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邂逅編 7

 怖いものなしの人間が獅子の大国にいるとするならば、それは陛下ではなく、その幼馴染のサラでしょう。

「何故だ!! 何故なのだッ!!」

 ズダぁッ!! ズドぉッ!!

 拳で殴られるたび、重厚な机が、ミキッ、メリッ。今にも壊れそうな音を立てながら絨毯に足をめり込ませガタゴト大きく揺れています。

 居合わせた控えの兵や重臣たちすら息を殺して硬直しておりますところ、執務室で御前に立たされているサラはといえば、駄々をこねる子供でも眺めるような生温かな苦笑をひょうとして保っておりました。

「何故ッ!! 余が余の妻殿に会えずそなたが余の妻殿と仲良く過ごしているというのだサラよッ!?」

 唾が飛ぶのでもう少しご静粛にお話しいただきたいところですが……、とまれ全ては彼女の目論見通りでございます。

 増改築を繰り返されてきた後宮は奇々怪々の魔の造り。主だった部屋以外は、慣れた者でなければなかなか辿り着けません。

 サラもかつて一時期ばかり後宮入りさせられたことがありましたが、その時は事情によりかなりあちこちの部屋を行き来して回ったものでした。

 今となっては彼女よりあの建物に詳しい人間なんておりますまい。

 結果として、陛下は妻にする予定の『姫君』の姿を見るどころか、手紙すら届けることができずにおります。

 それが三日も続きましたから、怒り心頭となるのも当然のことでしょうが。

「ですからご海容くださいますようお願いしているのです。」

「ならぬ……! 妻殿を今すぐ余の前に出せ!!」

「だからそーいう態度がフローディオ様にはご負担なのです。」

「理解できぬッ!! この余の花嫁だぞッ!?」

 陛下はお約束のマント翻しをご披露してからもったいぶる動作で自分の胸を示しております。

 こういったデリカシーのない猪突猛進ぶりがいけないのですが、飢えた獅子にはどう説明したところでわかってもらえる気配がありません。

「もう指輪もドレスも式場も手配したうえに結納の品まで準備済みであるぞ!? 使者の任命まで済ませているっ!! これ以上待つ理由がどこにある!?」

(たった三日でそこまでやるとは……。)

 初日の突撃を辛くも撃退したかと思いきや、サラの頭痛の種は三日で山盛りフルコースです。

 そういうのはどれもこれも本人と話し合って決めるべきでしょうに。赤獅子王は自らの手配りの盤石さを信じて疑いません。

 目指すのは幸せな結婚というごくごくありふれた理想像に過ぎませんでしたが、このまま陛下のペースで進められてしまえば、不幸な美姫と悪の魔王の呪われた挙式の図が待ち受けているに違いないのであります。

 現状は、非常に厄介。

 サラはもうフローディオがここにやってきた理由については大方把握が済んでおります。

 あの王子は徹頭徹尾、姉を庇ってここに来ただけ。冷酷無慈悲と噂される凶相の赤獅子陛下に好意があるわけではありませんでした。

 人前での強引な接吻という凶行も相俟って、もはや好感度は地に堕ちています。陛下の「へ」の字を聞いただけで小動物のように跳ね上がる始末です。

 印象修復は、この上なく難しいでしょう。

 安全保障の担保であったはずの後宮入り。その名目を、ラリラリ恋愛脳で暴走中の赤獅子陛下は紛うことない嫁入りと認識していて、泣き虫な臆病王子が不本意な人質生活の始まりと認識しているのです。

 一方的な片想いを押し付けているだけという現実を陛下に理解してもらわない限り、会わせたところでまた失神騒ぎになるのは目に見えております。

「他の辺境小国からも姫君が来ておりましたでしょう。そちらはいかがなされたのですか?」

 一人くらい野心的に陛下の正妃の座を狙ってくれる姫君がいれば、飢え切った赤獅子王とて少しは頭が冷めるかもしれません。

 陛下は圧倒的に女慣れが不足しているわけですし、下心のある相手でも構わないから最初は難易度低めの女性にお相手いただいたほうがいいのでは?

 なのでサラは話の方向性を変えてみます。

「どれもこれも話にならぬ……。適当な領地を与えて暇をくれてやった。」

 ええええ。サラは叫ばないように口を一文字に引き結ぶのが精一杯でした。

 最初の予定では全員後宮で不自由なく生活させるという話だったではありませんか! と。

「余はもとより一夫一妻主義であるぞ!!」

 笑止千万とでも言わんばかりに腕を真横に一振り、風切り音を響かせて血眼をギラつかせるのですから、サラからしたら「うーん」って感じです。

 その強烈な結婚願望と悪役面がある限り、ひとりの人間が全ての求めに応じきれるとは、とても思えません。

 サラとて一夫一妻主義者ではありましたが、これほどまでに賛同の言葉を喜べない日も、……なかなかなぁ。

「それであるならばやはり、陛下にはもう少し冷静になっていただかないと……」

「余は冷静であるッ!!」

 ズダンッ!! 両手で叩かれた衝撃に耐えきれず、ついに机の表面がベキっとひび割れました。

 これのどこがどう冷静だというのやら。

「無理です。」

「クッ!! ではせめて手紙をッ!!」

「いやです。」

「サラっ!! 余の命令が聞けぬのかッ!?」

 ガタンガタン!!

 振りかぶった赤獅子王。薙ぎ払うが如き速さで机の上の物を一掃します。

 陛下の執務机ともなれば壊れて困るものはたくさんあるわけです。唯一無二の国璽、国宝級の花瓶、替えの効かない書状、文鎮からペン一本に至るまで。

 四方八方から「ひえあああッ!?」と可哀想な声を上げながら、文官なんかが五体投地スライディングキャッチ。

 頭からインクを浴びる者もいましたから、サラの目には大層不憫に映ります。

「陛下。私が仰せ付かったのはフローディオ様のお世話役です。フローディオ様に関しては、陛下のわがままよりフローディオ様の心の平穏を取ります。」

「ぐぬッ……!!」

 正論を申し上げ、陛下が固まっている今のうちにと、サラは紫の裾を持ち上げ優雅に礼を残しその場を退散いたしました。

 なので陛下が禍々しげな表情でついに机を叩き割ったのは、沈黙を挟みしばらく後のこととなりました。

「納得がいかぬ……、ぐぐぐ……ッ。」

 爪を噛むどころか噛みちぎって血まで流すので、腹が減りきった獅子が飢えのあまり自分の手でも食むような有様でしたが。

 彼とてこの大国の王。冷酷無慈悲と謳われながらも、確かに大陸に平和をもたらした尊き権力者でございます。

「……隠密だ。ただちに隠密を呼べッ!」

 もはや我慢は限界突破。必死すぎて黒いオーラを背負う陛下の血走った目が、前髪の奥で魔獣の眼力を放ちます。

 なんだかろくでもないことが始まりそうだなと、その場に居合わせた誰もが脂汗を流すのでした。

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