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邂逅編 6

 目が覚めた時、フローディオの瞳に映ったのは見知らぬ天蓋でございました。

 豪華絢爛、と言えば聞こえはよろしいでしょうが、こんなとこで寝てたなんてと恥ずかしくしまうくらい派手な絵画と金銀装飾。無意味なまでに飾りたてられまくっております。

 天使とか太陽とか月とか星とか、だいたいそんな感じです。年代物なのか、夜空がかすかに緑に変色していました。贅沢にも塗料に聖母の群青が使われているのでしょう。

 そこまで細かく見てとれるほど周囲がうすら明るいのですから、時刻は恐らく朝か昼かといったところ。

(趣味が悪い……。)

 寝惚け具合を確かめるにはちょうどよかったのかもしれません。緻密な絵を眺めているうちに、だんだんと視点がはっきりしてくるのがわかります。

 呆れてものも言えなくなっていたのは、はたから見ればゆめうつつのせいかのようにも見えなくはありません。

「お目ざめになられましたか?」

 一瞬はビクンとスプリングの上で跳ね上がったフローディオでしたが、その声が女性のものであったからこそ、酷い混乱はせずに済みました。

 女性の声であるならば、少なくとも傍にいるのは恐ろしの赤獅子王ではないのですから。

「あ……えっと、サラさん……?」

「はい、サラでございます。」

 心配させてしまっていたのか、傍らの椅子に腰掛けていたサラがほっとして微笑みます。

「ご気分はいかがですか?」

 覗き込むようにして尋ねられたフローディオはささやかな吐き気と胸焼けを感じておりましたが、こんなベッドに寝てるのだって気は休まりません。小動物のようにきょろきょろとあたりを確かめてからゆっくり起き上がります。

 ひとまずは、安全地帯であると理解したのでしょう。

「大丈夫……だけど……、」

 フローディオも、何がどうしてどうなって自分がここに寝かされていたのかは理解ができておりました。

「だけど……だけど……、」

 繰り返す消え入りそうな声は、まるで譫言。

 うっぷと口許を覆ってから、寄せた膝に顔を伏せました。固く目を瞑ったまま今度は額の前に祈りの形で手を組みます。

「……夢であれかし……。」

 その様子に、サラは乾いた笑いが滲んでしまいました。

 魔王さながらの強面に人前で熱烈な接吻をされたともなれば、臆病なフローディオの本音は、これに尽きるのであります。

「お倒れになってからもう一晩明けておりますわ。お食事は召し上がれそうですか?」

「はい……。」

 サラの采配で間もなく食事が運ばれてきます。

 倒れた直後の姫君のか弱い胃を想定してか、さらさらしたスープやさっぱりしたリゾットに、見目にも鮮やかな沢山のフルーツが揃えられておりました。

 サラの手で寝間着からドレスにお召し替えされたフローディオですが、彼は実際には男子です。ショックで寝込んだとはいえ食欲はきちんとあったようで、ちょっとボリュームに欠けるなぁと思いながら綺麗に匙を運びます。

「良い眺めでございますでしょう?」

「……ええ。」

 元気そうなら気分転換でもと、サラは自分のお抱えの侍女たちに眺めの良いテラスへ食事と花を並べさせました。

 季節は春でございますから、陽は強すぎず暖かく、風も花と新芽の香りを孕み柔らかく吹き込んでおります。傷心を慰めるにはうってつけでしょう。

 それに、これからここに住まうこととなる『姫君』には、まずこの国が悪い場所ではないことを知ってもらわねばなりません。

「花咲きの国とも謳われる王国からおいでになった姫様にはこれでも物足りないかもしれませんが、後宮の庭園の美しさは我が国随一ですわ。」

 広々とした中庭を望みながら紅茶をいただくサラの説明を聞き、小さなさざなみが弧を描くスープを静かに飲んでいたフローディオは僅か眉を動かしました。

「じゃあここが……。」

「はい。後宮の一角にございます。」

 その言葉に物憂げな様子で俯きがちになるフローディオ。

 次に庭園を眺める時には、菫青石の瞳は自分の墓でも見るような沈んだ色をしています。

 いよいよ二度と国には帰れなくなったのだと、唇を噛んで耐え忍ぶ面持ちを見せておりました。

 だってそうでしょう。母国の安全と引き換えに求められた輿入れです。フローディオは自分が事実上の人質であることを、理解しております。

「ですがここは、ただの客間です。」

 はたりと、フローディオは大きな丸い目をしばたかせながら振り返りました。

 サラは人差し指を口許に立てて、おまけにウインクなんて返してきます。

「花の王国は平和な国と伺っておりますからフローディオ様は驚かれるかもしれませんが、庭園を囲んだあの左右の棟も、全て後宮なのですよ。」

「へ? ええ……ッ!?」

 最初に通された王宮と違う建物であるとは一目でわかるのですが、それにしたって、デカいんです。

 花の王国では、後宮の中央棟敷地がちょうど城一つ分になるでしょうか。そしてそこには王室の住居である禁裏も含まれております。妃なんて多くても三人くらいまでで済まされていましたし、後宮なんてありませんでした。なにぶん田舎の小国です。

 そんな故郷で生きてきたフローディオからすれば、広すぎる後宮なんてまさしく異常。サラの言葉を聞くなり、身を乗り出して景色を二度見三度見してしまうくらいです。

「現陛下が即位後にすぐ廃止なさいましたが、先王の代までは王室に初夜権がございましたから……。」

「うわ……。」

 目眩がしそうな話です。

「気に入った娘がいれば身分に関係なくそのまま後宮に入れられていたので、それに合わせて増改築を繰り返してしまったんですよね。外見はさておき中はどこも迷路みたいになっています。」

 信じられない話を聞きながら、まさかと言わんばかりにフローディオはサラを不憫げに見つめていました。ですが、それについては見当違いでございます。

「私は運良く難を免れましたから、お気遣い無用ですよ。」

 それとて赤獅子陛下に保護されての話でしたが、ほっとした様子の温室育ちにそこまで察しがついたかは少し怪しいものです。

「歴史はさておき、後宮はこれだけ広い。しばらくは陛下もここには辿り着けませんわ。」

「……!」

 さっきのウインクの意味は、これでおわかりですね。

「少し落ち着いてから、先のことを考えましょう。よろしいですか?」

「は、はい。」

 ほんのいっときのこととはわかっていても、平穏の約束は尊いもの。

 先よりは表情が柔らかくなった『姫君』に、サラもひとまずは一安心です。

 テーブルの中央に飾られていた花は、いつのまにか蕾が柔らかくほころんでおりました。

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