邂逅編 4
出会い頭のサラに対しておおいに粗相をしてしまったフローディオではありましたが、自己紹介を済ませ紅茶を振る舞われた頃にもなれば、なんとかソファにきちんと座っていることができるようになりました。
「あ、あんな……っ、怖い王様のお城で、こんな、こんな綺麗な人が……ぐすっ、仕事をさせられてるだなんて……! サラさん、大変ですねっ、ううっ。」
「姫様、落ち着かれてください。」
「落ち着いてますッ!!」
さきほどの奇行の連続に比べればきちんと座っているだけ落ち着いては見えるものの……、陛下も陛下ですが、どうやらこの王子も王子で、ちょっと発想がぶっとんでるみたいです。
(このままではこの方が……、二百三十七人目の陛下に泣かされた人になってしまう……。)
今からでも陛下に断りを入れるべきなのかもしれませんが、たしか今は拝謁の予定が詰まっていたはず。
その最中とあっては幼馴染の公爵夫人であっても捕まえることは難しいでしょう。
サラは知っています。
陛下は顔こそあんなで、態度もちょっとアレげではありますが、意外と根は普通なのです。
血みどろの道を歩んできたのは彼が国を背負う立場であったがゆえでしかなく、決して私欲からではありませんでした。強いていうなら女性に飢えすぎて拗らせまくっているという点が問題ではあるのですが、それを除けば、誤解を招きやすいというだけで厳しくも優しい人なのです。
――先日のお話であります。
執務室の窓が曇っていたのを見た赤獅子陛下が、掃除係の侍女を呼び出したことがありました。
そしてその侍女は、翌日には王宮から忽然と姿を消しました。
周囲は侍女が殺されたのではと密やかに噂しておりましたが、もちろん実際にはそうではありません。
侍女が身重であるとわかったため、赤獅子王は即座に退職金を持たせて暇をやっただけです。
お許しくださいお許しくださいと涙ぐんで伏して謝る彼女の姿しか人目に触れなかったので、変な誤解が生まれているだけです。
引き継ぎや退職の挨拶なんてどうでもいいから身体を大事にしろと言いたかっただけなのですが……。
『これ以上余の城にいて、その身体で何ができるというのだ!?』
『ひいいいッ、ごめんなさい、ごめんなさい! 命だけはっ!! いやあああァッ!!』
怯えきった宮仕えと陛下の間に入れるのがサラくらいなので、誤解の芋づるは太く長く、いつでも豊作です。
(見たところ純粋そうな方ですし、きちんと話せば陛下の理解者にはなってくださるかもしれないけれど……。)
陛下が言っていた気丈さも豪気さもまったく見当たらない様子ではありますが、顔を合わせたばかりの夫人の身を案じてくれるあたり、花の王国の王子は野心も悪意もなさそうでした。性根も悪くないと見えます。
かといって、あの憔悴ぶりを見た以上、すぐに込み入った話ができるとも思えません。
ぐすぐす泣きながら紅茶を飲んでいるフローディオには、まずここが平和であるとわかるまで穏やかに過ごしてもらうしかなさそうだなと、サラはそんな気がしておりました。
そうなると厄介なのは、赤獅子陛下のほうです。
(政務が終わった瞬間に指輪を持って突進して来そうな勢いでしたし……。)
それだけは、なんとしても断固として、必ずや阻止しなければいけません。
あの悪役面陛下が、久々に色事へ前向きになろうとしているのです。
ここで正面からノックアウトを食らっては、世継ぎ問題が更に悪化しかねないのであります。
それに、赤獅子王がこの王子に夢中になるのは、サラにもわかる気がいたしました。
この王子、可愛いのです。
(羨ましい……これは若いってだけじゃないですものね。はあ。――あなた。私ったら自信なくなってきちゃったぁ……。)
胸の内で自分の主人に語りかけつつ、かつては社交界の綺羅星とも歌われる姫君だったサラも、こっそりと嘆息を溢すのでした。