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邂逅編 3

 時はほんの少しさかのぼります。

「えっ。他国の姫君に真珠の名を……!?」

 その世話をするようにと呼び出されたのが、紫のドレスを纏う麗しの公爵夫人、サラでありました。

「その通りである。」

 今までになくご機嫌な陛下の言葉に、サラは耳を疑います。

 本来ならば未来の正妃が住まうべき部屋を、独り身の王が姫君に与える。

 示すところは疑いようもなく、結婚です。

 しかも、聞けば聞くほど不安しか感じられない話の連続でした。

「実際には男のようなのだがな。」

「エッ???」

「子を孕める以上に、あの臆さぬ態度が気に入った。」

「エッ???」

 歴史家に問い合わせれば一発でした。花の子は、たしかに子を産めるというのです。

 しかしながら、そんな事実と結婚とは直截的な関係なんてありません。

 花の子がかの王国にとってこれ以上ない特別な存在であったとしても、普通に側室にでもして不自由のない生活をさせておけば、それで大国の本来の目論見は完成するのですから。

「陛下。まさかとは思いますが……、珍しいから興味が湧いた、などとはおっしゃいませんよね……?」

 引きつった表情でサラは尋ねましたが、無論、陛下の答えはこの一言。

「あんなに珍しい者が寄越されるとは思っていなかった!!」

 くわ、と見開かれた切れ長の目。らんらんです。

 獅子が兎を見つけたよう、というよりは、蛇が通りがかりの蛙を見つけたような感じです。血も滴らせずに丸呑みする勢いです。

「はははははっ! よもやこうも簡単に世継ぎ問題が解決するとは、余も思っておらなんだ!!」

 ぶわっ、と貂のマントをなびかせ、大きな窓の前で世界を育んだ太陽に感謝、と言えば聞こえは良いのですが。

「神よ。余のような者にまさかあのような者を与えるとは……なかなかに粋な計らいではないか……!」

 大きく両手を広げ、眺めのいい窓から緑と青空を刮目で望んだその姿は、神を敬うというより貶める者のそれでありました。

 逆光で影を負った広い背中を前に、サラは一人、頭を抱えております。

「可憐にして優美! 清楚にして豪気! 加えて気高くも見目愛らしいッ!! 全て気に入った……。」

 緩く束ねた長い銀髪を鞭のようにしならせ振り返り、拳を握りしめた赤獅子陛下。

 ゆったりと噛み締めるように何か宣ってます。

「ははははは……!! あの者の身も心も、必ずや我が手中に収めてみせようっ!」

 本来ならここは、『あんなに美しい人が来てくれるなんて、僕はなんて幸せなんだろう!! 神様ありがとう!!』とでも言っときゃよいのでしょうが。

 非常に残念な現実だったのですが、つくりは端正ながらどっからどう見ても悪役顔をして生まれてきてしまったこの陛下、実は可愛い子が大好きなのです。

「サラよッ!! そなたも知っているであろう? 余が今まで何回娘に泣かれてきたと思っている……!?」

「二百三十六回でございますわ、陛下……。」

 興奮収まらずかぶりを振った陛下は声高に問いを投げます。サラは失笑を隠しもせず、真実を述べるしかありません。

 彼女の母はかつて現陛下の乳母役をいただいておりました。その縁あって、二人は家族同然の乳兄妹。つまりは幼馴染なのです。

 幼少のみぎりよりこの陛下を近くで見てきたサラは、その二百三十六回すべての悲劇を見聞きしてきました。

 何を隠そう、凶相の陛下の告白で最初に泣かされた娘は彼女本人でもあります。もう十五年も昔の話です。

「帝国の分派が我が国に侵略の愚を犯し、それを返り討ちにして以降、余は、余は……ッ……、ついに吟遊詩人の歌の中では眼光でドラゴンを殺せる設定にまでなってしまった……。」

 事実です。

 実はサラはその事実が陛下本人のお耳に入らぬようさんざん根回しを重ねてきたのですが、最近所用で城下へ赴いた際に大泣きした子供たちの供述でついにバレてしまいました。

「いいごにじでるがら石にじないでぇぇぇ!!」と無垢な子供たちに叫ばれてしまったことで傷心極まった赤獅子王。

 最近では、『口から溶岩が吹ける』という新設定まで生まれ始めております。

「だがあの者は、この余の強面にも泣かず臆さず物まで申してきたのだぞ? あの可憐な、風にも堪えぬような華奢な姿で……!!」

 感極まるかのように宙に掲げた大きな両手、これまたぷるぷると歓喜に震えておりました。

 その姿を絵本の表紙にすれば、子供たちは間違いなく、魔王に世界が侵略されるおはなしなのだろうと理解するでしょう。

「男と懇ろになるなど考えたこともなかったが、女でなければよかったとは盲点であった! あの者ならば、あの者ならば……!!」

 この心酔っぷり。

 唖然としたまま痛む耳で話を聞いていたサラにも、ようやく全貌の察しが付きました。

 大事な大事な愛しい愛しい『姫君』だから、一番信頼できる付き合いの長いお前に世話役を任せるよ! という意味なのでしょう。

「サラよっ! この余がっ、この余が!! やっと添い遂げられそうな者を見つけたのだぞ!? なぜ喜ばぬっ!?」

「あー、陛下。その怖い顔でそれ以上近づかないでください。」

「ぐぬっ……!!」

 幼馴染とはいえ、サラもか弱い女性です。

 成人男性に大股で詰め寄られるだけでもちょっと怖いのに、おまけに陛下の凶相がついてくるのでは、たまったもんじゃありません。息苦しいです。

 不遜にも陛下の胸板を押し返し後退りで数歩逃げた彼女は、これはしばらく様子を見るしかなさそうだなと、すでに諦めの境地でありました。

 男に後宮入りを許すというだけでも参った話でありますが、目の前の浮かれきった陛下を宥めるよりはずっと楽です。世継ぎ問題が解消されるなら悪い話ではないかもしれませんし、もはや「どうにでもなれ」です。

「わかりました……。フローディオ様のお世話役、謹んでお受けいたします。」

 優雅にドレスの裾を広げてお辞儀をするサラに、陛下も気を取り直してうむうむと首肯を繰り返します。

「大事なのだ! 大事だからな! 大事にするように!」

「三回もおっしゃらないでください。」

 こうして公爵夫人サラは、真珠の名を頂くこととなる『姫君』フローディオのお世話役を任されたのでありました。

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