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邂逅編 2

(怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった)

 謁見の後。

 後宮の支度が整うまでまずは王宮の貴賓室へ通されたフローディオでありましたが、人払いを認められてからはずーっとこの有様でございます。

 赤獅子王にお目通りの際にはキリリと背筋を伸ばしていたこの王子。

 実は、――たいそう臆病だったのです。

(怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かった怖かったうわああああああ……!!)

 どん! どん! どん! どん!

 せっかく結い上げてもらった髪が取っ散らかるくらい壁に頭をぶつけ続ける程度には我慢の限界でした。

(なにあれ!? なんなのあの目! 人間じゃない、絶対人間じゃないっ。石にされそう!! こわいいいッ……!)

 次は窓の隅でビロードのカーテンを引っ張ったりバタバタさせたりしております。

 扉の向こうには見張りがおりますから、一応これでも、音を立てないように気をつけてはいるつもりなのです。

(姉上えええぇぇぇッ! もう無理です、僕帰りたいです。帰りたいよぉぉぉおおおお……ッ!!)

 忙しない足取りで次に向かったのは部屋の隅。

 よよよ、と儚く倒れるように膝をついてから、次の八つ当たり相手は毛長の絨毯の角っこです。

 綺麗な毛揃いをした上等な絨毯でしたが、絹の手袋を脱ぐのも忘れてフローディオが一心不乱に掻き乱したので、毛が抜けるまではいかずともすぐに哀れなことになってしまいます。

 奇行が、止まらないのでありました――

(どうしよう!! 僕、あんな魔王みたいなのと契るの? 契っちゃうのッ!? あああ、考えたくない。考えたくないよぉぉぉ……!!)

 頭を抱えて振り乱し続ければあっという間に平衡感覚が迷子になって眩暈がします。しかしそれ以前に頭の中のほうが平静を失っております。

 落ち着きを取り戻すことが一向にできぬまま、動揺で跳ね続けている心臓に急かされ覚束ない足で立ち上がり、ついにはふらふらよたよたソファに辿り着きました。

 そうですね、お客人はだいたいそこに座っているのが正解です。

 しかし辿り着くまではできたのですが、腰掛ける前にドレスの裾を踏んでしまったため膝は床へ。どっすん。

 そのままつんのめってソファのクッションへばったり埋まり込んで、張り地へ鼻っ柱から突っ伏して、声にならない声で叫びます。

(うわあああぁぁぁぁぁァァァ……ッ!!)

 じたばたじたばた、どったんばったん。

 華奢な拳が際限なくソファを殴るので、流石にそろそろ物音が激しくなってきたのですが、蛇足ながらお客人は後宮入りする他国の『姫君』であらせられますため、見張り役の騎士たちも容易には中へ踏み入れなかったのです。

(いや、いや、落ち着こう、僕。お、落ち着いて、フローディオ。)

 暴れたいだけ暴れてみれば、鼻息は荒いままでも頭に上っていた血は少しずつ下がってきたようです。

 王子とて、目的なくここに来たわけではありません。

(姉上があの王様に召し上げなんてことになるほうがずっと辛い……! 直接見た今となってはますますのこと!!)

 フローディオが赤獅子王に伝えた言葉に嘘はありません。

 彼は花の子と呼ばれたツキモノつきなので、経験はありませんが子をなすことはできます。

 代々花の子は、その時その時で最も信の置かれている重臣の家に嫁ぎ、その後は王家の血筋の予備としてたくさんの子をなしてきました。

 選ばれた良家は新しいものから順に御三家として王家に保護され、花の子はそこで生涯に渡り大事にされる。これが祖国の習わしです。

 しかしそれはあくまで内輪の話。歴史と平和と花しかなかった辺境の一国の、一風変わった価値観に基づいた珍しい風習でしかありません。

 性別的には立派な男である王子を他国の後宮へ送るなんて話はもちろん異例のこと。

 花の王国、大いに揉めました。

 それを押してでも臆病なフローディオが自ら大国へ赴いたのは、他でもない、大事な姉上のためなのです。

(僕で満足してもらうしかないんだ。僕で。ぼ、僕、で……、う、う、う、)

「うわああああああぁぁぁぁ……。」

 改めて心を決めたつもりではありましたが、我慢しきれず声がだだ漏れております。

 人が来る気配が一向になかったため、そろそろ注意が疎かになっていたのでしょう。ガチャリと扉が開かれた気配に、フローディオは気がつけません。

「ひ、姫様……? どうなさいましたか!?」

「ひっ!?」

 がばちょ。頭にクッションを乗せたまま跳ね上がったフローディオ。

 目の前に現れた見知らぬ女性に、思わず声が詰まりました。

「何かございましたか!?」

「ひゃ!?」

 咄嗟に身を守るようにクッションを構えて腰を抜かしているわけですから、何もないようにはとても見えませんでしたが。

「なななにもっ、何もないですうぅっ!!」

 紫のドレスで現れたその女性、フローディオの情けない声を聞いて思わず固まってしまいました。

(おかしいですわ。陛下からは豪気な姫君だと聞いてたのに……?)

 もっとツンケンしていて煌びやかで、居丈高な女狐みたいなのを想像しておりました。

 正気を取り戻したフローディオがクッションで顔を隠しながら告げた言葉にも、頭がちっともついていかなかったくらいです。

「お、お願い……。このことは誰にも言わないで……。」

「……か、かしこまりました。」

 この会話一つで、おずおずと頷き返した彼女は静かに悟りました。

 間もなく後宮に、激しい嵐が訪れることだろうと。

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