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恋愛編 1

 花咲きの国の『姫君』との正式な結婚まで一年弱の準備期間を設る。陛下のいつになく慎重な決断について、ほとんどの重臣たちはひとまず胸を撫で下ろしました。

 突撃と玉砕しか知らなかった陛下が『姫君』を案じて準備期間を設けられるわけですから、これはむしろ少なからぬ進展があったと見るべきです。

 すぐにも子作りしてほしい! と望む者とてございましたが、陛下はそもそも先代のような一方的な情交は好みません。平和的な趣味に似合わぬ悪鬼の如き眼光でひと睨みされてしまえば、不躾な連中もあっという間に黙ってしまいました。

「まずは花の王国に使者を出さねばならぬ。先週決めた使者を呼べ。目録も持て。」

 大国妃候補止まりではありましたがフローディオ一人を後宮に残したとなれば、結納品には及ばずとも見栄えするだけの品くらいは礼として持たせなければなりますまい。

 果たして彼の国は、フローディオを安全保障の担保として送ったのか、禍の種として投げ込んだのか。そこについてあちらの本意はわからないままですが、何を持たせるかひとつとっても国の体裁に関わります。

 その日のうちに新たな目録の草案が出来上がり、夕食の前には写しがサラの手に渡りました。

「相手は国交がなかった辺境の王国だ。慣習や縁起の基準も違うであろうからな、妙な印象を抱かれぬ内容であるか念のため妻殿にも見せておけ。」

「かしこまりました。」

「妻殿が望むならば手紙くらい書かせてやれ。使者に持たせる。」

 何かあれば姉上姉上と故郷を偲んでいるフローディオですから、それを聞けばきっと喜ぶことでしょう。

 自分から外へ出ようとはしない王子の気分転換にはうってつけであろうと、サラも機嫌よく目録と良い報せを運んでいきます。

「え、手紙?」

「はい。陛下からお許しが出ておりますよ。」

「書いていいの……!?」

 話を聞いた瞬間の王子の驚きようは、跳ね上がって目はまん丸。世話焼きのサラをして満足させしめるものでした。

 生き別れを覚悟して出てきたわけでしたから、こうもあっさり手紙が許されようとは、フローディオは思ってもみなかったようです。

 翌朝には気の利いたレターセットや洒落た色のインクがいくつか用意されました。

 その頃にはフローディオも目録へ目を通し終えたとのことでしたが、「これ、本当にやるの?」と、彼は困惑気味です。

「そんなに難しい内容なのですか?」

 もしくは花の王国があれこれしきたりにうるさいか、でしょうか。

 獅子の大国とて歴史ある旧い国なのでしきたりはピンからキリまでございますが、今に限っていえば現陛下がかなりのリベラル派。そこまでとやかくは言わない風潮が浸透し始めております。

「サラは見てないの?」

「はい、権限がございませんので……。」

「あ、そうなんだ。じゃあ、読むのも駄目なのか。」

「問題があれば伺うようにとは言われておりますよ。」

「うーん。」

 口を噤んで唸りだすフローディオ。

 長らく黙して待っていたサラへ、やっとのことで告げられた言葉は。

「豪華すぎる……。」

「ああ……。」

 陛下もかなり頭が冷えたように見えたのでサラは油断しきっておりましたが、あの御仁、まだまだラリラリ恋愛脳で暴走気味なのかもしれません。

「お伝えしておきます。」

「うん。……あとこれ、やけに真珠が多いのってなんでなのかな。」

 宝石の価値は土地によって変わります。サラからしても、ああそっか、といったところ。

「元々獅子の王国は内陸の国です。歴史的に真珠は最も貴重とされておりましたから……。」

 なので正室やその有力候補は、今でも真珠の間と呼ばれる後宮の最上階の部屋に入るのが通例なのです。フローディオも、へーそっかー、といったところ。

「うちの国は養殖も盛んだから、バロックの小粒くらいなら城下の誰でも持ってるし……。あれ? って思われるかも。」

 フローディオに目録を寄越した陛下の判断は賢明だったようです。

 そんな話を終えてからは、レターセットを受け取ったフローディオは日がな一日机に向かっておりました。

 書くことはたくさんあって、話題は事欠きません。

 はじめての旅の話から始まって、獅子の大国の王宮がいかに大きいか、空気の味や空の色の違い、世話係の女性が優しいこと、などなど。

 部屋の主が熱中している間に、先のお茶の席で話に上がった月下美人がかき集められる限り続々と後宮へ届けられました。

 昨日また移動したばかりであった客間のあちこちにサラの采配でどんどん鉢が置かれましたが、フローディオはそんなの気にもしないほど字を認めるのに没頭しております。

 心配しないでください、お元気で。この言葉で締めくくられた手紙を三通書き上げたのが、夕食前のこと。母と父と兄へ宛てたものです。

「書くことがたくさんで、こんなにかかっちゃったのにまだ終わらない。」

 ほくほくした表情でそう言って切り分けた肉を口へ運ぶフローディオに、サラはにこにこしながら心の隅ではほっとしておりました。

 お茶の席での話や、陛下の不穏な予測を聞いていたため、花の王国でこの王子がどんな扱いをされていたのか、本心ではかすかに疑わしく思っていましたから。

 時間をかけて書くだけ書いて、楽しそうに笑っているのですから、フローディオは嘘偽りなく心から自国の家族が好きなのでしょう。それだけでも救いになります。

「やっぱり検閲とかあるのかな。」

「検閲でございますか?」

「だって、僕が何書いてるかはこっちの国の人もきっと気になるでしょう?」

 サラの管轄は城の裏側が主であり、外交なんかの表の仕事には精通しておりません。

 ポンコツだろうと腐っても王子。フローディオの指摘はもっともです。

 重鎮の中には「どうしてやって来たのは姫君ではなく王子なのか」と腹を立てたり愁いたり嘆いたりしている者も少なからずおりましたし、手紙の検閲をしようがしまいが難癖つけたいお偉い方もいるでしょう。素直と愛嬌で勝負するばっかりのポンコツ王子に何ができるとも思えませんが、中身を検める必要があるかないかは微妙なところです。

「変なことは書いてないはずだけど、見られるとちょっと恥ずかしいから……。」

「なるほど。では確認して参りますね。」


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