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邂逅編 11

 王宮が草木の荒廃に慌てふためいていたその頃。

 騒ぎの元凶であるフローディオはベッドに引きこもってておりました。

 肝心の赤獅子王が手を引いた今、件の王子はサラの手配りにより過ごしやすいきちんとした客間へ移動しておりました。

 カーテンを引いたままの薄暗い寝室に閉じこもっているため、彼は庭園が酷い有様になっているとは夢にも思いません。

 小心のフローディオには、夜の窓から魔王(のような顔をした陛下)が突撃してきたという事態がよほどショッキングだったのでしょう。

 そのせいあってか、一人では布団から出るのもままならないようで、サラも無理強いはできずに手を拱いているのでありました。

 今は気持ちが落ち着くまで、刺激するべきでない。布団の中からたまに聞こえてくる啜り泣きを聞いた彼女がそう思ったのも、無理からぬことだったでしょう。



 が。



 実のところ、フローディオが塞ぎ込んでいるのはちょっと違った理由からだったのであります。

(叩いちゃった。)

 薄暗い寝室で、たまにじっと眺めているのは自分の手でした。

 あれから二回も夜も明けて、とっくに時間も経っているというのに、陛下の横っ面を引っ叩いた手が今でもしくしく痛むのです。

 人を叩いたなんて、箱入り温室育ちの王子には初めての経験でありました。我を忘れて酷い言葉を人に浴びせたなんて経験もです。

 混乱のあまりなんと言い放ったかまでは正確には覚えていないのですが、酷く傷付けてしまったことだけは今もはっきり覚えています。

 あんな悪魔か魔王みたいな人にも「すまなかった」なんて言葉が切なげに言えるものなのか。そう思ったら、ビクビクしてばかりだった自分が実は大きな間違いを犯してしまっていたのではと、自責の念に苛まれてしまうのでありました。

 普通に考えて、冷酷無慈悲という噂が真実であったならば、今頃自分の首と胴はとっくにお別れしていたでしょう。祖国とてどうなることやら。

(なのにまだ処されてない……。)

 最初に陽が昇った時には、いつ兵が首を落としに来るかと散々怯えたものでしたが、実際にはサラが心配して来たのみ。

 その上、その日のうちに伝えられたのは処刑の日取りではなく、厚遇の沙汰であります。

(姉上と取り替えられるわけでもなくお役御免、しかも領地に城に爵位付き……。)

 すぐにはとても信じられず、なんの罠かと疑うばかりで食事も口にできませんでしたが、サラが目の前で毒味の真似事をしてくれたので、小鳥よりはまともに食べられたかという状態です。

 死の覚悟が必要ないとわかってくれば、また陛下の顔を叩いた手が痛んできます。なんだか自分の手ではないように、汚くすら感じられます。

(そもそも僕、陛下が……怖すぎて……、)

 うつ伏せに寝返って枕に顔を埋めつつ、目蓋の裏の暗闇に陛下の姿を思い描きます。

 ツノは生えていなかったはずだし、牙はそんなに人外な感じではなかったような。口も耳まで裂けてはないかと思われます。肌もどどめ色はしていないはず。尻尾なんて生えていたでしょうか?

 髪の色は日焼けしたような銀で合っていたはずですが、瞳の色ってなんでしたっけ? ギラッとした眼光しか記憶にないのです。

 要するに。

(怖すぎて……、顔も覚えてないなんて……。)

 臆病もここまでいくと勲章もの。

 実際爵位はもらえるみたいですしね。なんたる皮肉でしょう。

 別れが近付いた今になって、落ち着いて振り返ってみると、そもそもどうしてこんなにも陛下が苦手だったのやら。

 人質なんて求めてきたことだとか、強引に人前で接吻なんてされたことだとか、祖国で聞いた耳を疑いたくなるような吟遊詩人の歌だとか。

 理由は色々あれども、一番に思い当たるのはやっぱり、……顔。

 どうしてその顔で人類なのかと疑わしくなるほどの凶相ひとつのせいで、フローディオは赤獅子王とまともに会話しようとすら思えませんでした。

 まさか理不尽は、自分の方なのでは?

(わかんないよ、姉上……!)

 今まで蝶よ花よと育てられてきた少年には、修羅場が激しすぎました。仕方がない結果でした。

 実際、長年仕えてきたというサラですら「陛下のお顔は怖いからなぁ」とぼやくことさえあるくらいです。真性です。

 せめてあの夜、フローディオの涙を拭った指があんなに優しくなければ、悲しそうな声さえその耳に聞こえていなければ。

 綺麗なものを踏みにじってしまったような、こんな気持ちにはならずに済みましたのに。

(たぶん、やっぱり……、僕が悪い。)

 嫌なこと一つ知らずに生きてきた彼にとって、あの夜は生まれて初めて自ら人を傷つけてしまった日でもありました。

 それがこんなに胸が痛い。

 叩いた感触だけが残っている右手を再度眺めて、嘆息して、それから、しばらくのち。

「……。」

 久々にむっくりと、ベッドの住人は起き上がります。

 悪いことをした時は自分から謝るのが筋であると、曲がったことが大嫌いなフローディオの姉はいつも口酸っぱく言っていました。

 結果がどうであれ何もせずにいては、何よりこんなに胸が痛いままでは、そのうち身体の内側から荊が芽吹いて喉を裂き蔦を伸ばし、綺麗な花を付けてしまうかもしれません。

 そうなる前にやるべきことは一つです。

(……会いに行ってみよう。)

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