第七話
今日も、頭の中には雨が降り注いでいた。
小さなバケツから溢れるほどに、大きな水たまりができるほどに。
先生は、解決すると言ってくれていたけれど。
会えなくなってしまった今、私はどうしたらいいのだろうか。
彼に相談をしても、解決の糸口が見つかる訳ではなくて。
私は一人、考え続けた。
こぢんまりとした家の片隅で、頭の中の雨の音に耳を済ませながら。
年が過ぎてゆくと共に、生活や会話にも変化が訪れる。
彼女の事を下の名前で呼ぶようになったり、現実的な話をしたり。
もう三年ほどで、三十路と呼ばれるようになるけれど。
僕はそれほど年齢を気にしていない。
年齢という数字が増える事も、一種の楽しみと言えるくらいだ。
彼女も段々と、女性らしい、落ち着きのある雰囲気が出てきていた。
もしかしたら、彼氏でも出来たのだろうか。
着る洋服に気を使ったり、丁寧に化粧をしていたり。
自分を磨きあげる事は、生き甲斐にもなる事がある。
そろそろ、彼女が家を空ける日がやってくるけれど。
いつ、帰って来るかな。
「……麗々?」
「どうしたの」
「いや、なんか。寂しくなった」
「……大丈夫だよ。すぐ帰って来るから」
「うん、待ってる」
「一人の間に、彼女でも出来てたりして」
「まぁ……有り得なくはない」
私は大学卒業後、海外の子供達を支援する仕事に就いた。
来週から、少しの間ニュージーランドへ行く事になった。
家を空けてしまうけれど、たまには一人の時間があってもいいのではないか。
寂しいのは、私も同じだから。
ゆっくりくつろいで、一人を楽しんで欲しいと思う。
「あれ、パスポートは?」
「ここにあるけど……大丈夫?」
「あっ、ありがと。多分平気だよ……多分」
「気をつけてね、体調とか」
「……なんかお母さんみたい」
「僕、お母さんと二人で暮らしてたからかな」
「きっとそうだね」
「雨も、気をつけて」
「……じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
彼女と暮らしている中で、初めて長い期間一人になった。
寂しさを感じるし、部屋も広く感じるけれど。
これはこれで、いい機会だと思った。
窓際に座って本を読み、デスクワークをする。
一人でご飯を作って、一人で食べて。
彼女がいないだけで、いつものありがたみを深く感じた。
心で思っているだけではなくて、しっかりと言葉で伝えなくてはと思えた。
やはり、寂しいけれど。
私が家を出た時、空は晴天だった。
よくある表現をすると、雲ひとつない空、と言ったところか。
たまに支援のため家を空ける事はあったけれど、近くの国へ日帰りなどが多かった。
まだ足を踏み入れた事のない、ニュージーランドという国。
そこで生きている人々は、私達とは違う言語を使い、私達とは違った生活をしている。
それでも、どこかで心が通じ合える時がある。
共通の趣味や互いの文化、思いやりなど。
言葉が通じなくても、分かり合える事はいくらでもある。
私はそれを通じて、日本の良さや、貧困問題の解決など、たくさんの事を伝え、広める事を望んでいる。
たとえ伝えられた人数が少数だとしても。
その人々を、大切にしていく事こそが、道を切り開くための行動だと思う。
だから、彼のことを理解してくれる人が少なかったとしても。
私はそのひとりとして、彼を支え、共に過ごして行きたいと思える。
「……樹くん?」
「え、紬希先生」
「久しぶりだね……まさかここで会うなんて」
「紬希先生、動物好きなんですか?」
「子供も大きくなったし、人生の新しいパートナーを……と思って」
「いいですね。僕も、パートナーを探してます」
「麗々ちゃんと、どう? 上手くいったの?」
「今、シェアハウスしてます。彼女はニュージーランドに行ってますけど」
「……あ、ちょっとなんか……理解しにくい感じね」
「付き合ってるわけじゃないんですけどね」
「そう……幸せそうでよかった」
「結構あっさり会いましたね」
「あの時は、樹くんがこれから自立できるようにと思って、突発的にやめてしまったから……」
「知ってます。麗々から聞きました」
「そうだったの……ごめんね、急にいなくって」
「いえ。こちらこそ、ありがとうございました」
「また、会える時があったら」