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雨は降っていたけれど  作者: 和林
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第四話

 少年は高校生だった。


 在籍している学校も分かっていて、成績も優秀だった。


 私は、少年を進学させてあげたいと思った。だから、この場所から出してあげなくてはならない。


 私を求めて、少年が過ごしているのなら。私が、先に出てしまえばいいのではないか。



「樹くんなら、大丈夫だと思うの」


「そう……かな」


「あの子も、同じ大学を志望しているから……」


「でも、名前教えてくれないんだよね」


「え、どうして?」


「分からないけど……関わって欲しくないのかな」


「うーん……」



「ごめんね、急に話しかけて」


「いや、大丈夫だけど……」


「私、名前言ってなかったと思って」


「あぁ……確かに」


夢野那菜(ゆめのなな)です。よろしく」


「よろしく……なんて呼べばいい?」


「適当でいいよ。夢野とか?」


「……わ、分かった」



「なんで嘘ついたの?」


「だって、余計に友達増やしたくないから……」


「だからって、嘘をついていい理由にはならないのよ」


「それは分かってるつもりです。あの子同じ大学だし」


「ちゃんと謝って、本当のこと教えてあげて?」


「……それは」


「嫌なの?」


「私と、似てるから」


「似てる……」


「親がいないのも、暗い性格なのも、私と同じだから」


「だから、避けてるの?」


「……避けてるわけじゃないんです。ただ、可哀想な気がして」


「また、これで誰かを失う事になったら、次こそ耐えられる気はしていません」


「彼を、悲しませたくないんです」


「……そう、ね」


「だから、大学に行ったら、人数も増えるし、バレないかなって」


「ごめん……私が言っちゃった」


「え? ……絢瀬先生、そういうとこです」


「本当にごめん……でも、ありだと思うけど」


「な、何がですか?」


「二人、お似合いだと思うよ」



 夢野那菜さん。


 僕は、初めて人を好きになった。


 廊下ですれ違うと、挨拶をしてくれる彼女。

 目を合わせて、話を聞いてくれる彼女。

 長くてさらりとした髪を、かきあげている彼女。


 どの彼女も、落ち着きを持っていて、素敵だった。

 境遇も、自分にまるで似ていて。

 僕はいつしか、彼女を振り向かせたいと思うようになった。



「紬希先生……?」


「大丈夫、大丈夫よ。あなたなら、やっていけるから」


「違う……違うよ」


「……置いて行くわけじゃない。これは、樹くんを成長させるためなの」


「僕を……?」


「うん。彼女だって、樹くんを支えてくれるはずよ」


「……また、会えるよね」


「会える。絶対に」



「さよなら」



 道が桜色に染まるこの季節。

 僕は大学生になった。


 先生には、しばらく会えないけれど。

 一人でも、生きていける。


 もう、誰かに頼れる年齢ではないから。


 ありがとう。


 大丈夫。彼女がいるから。



「……初めまして」


「あ、初めまして」


「ここの大学って、意外と厳しいんですね……」


「講義中に怒られる事も、有り得なくはないかと」


「大学生なんだから見過ごして……って感じですけど」


「僕らもそろそろ社会人ですからね……」


「あの、私、秋野(あきの)麗々です。麗々って、あんまり聞かないですよね」


「麗々……いいお名前ですね」


「あなたは……よ、よや……」


「吉矢津です。吉矢津樹」


「おぉ……私より珍しいかも」


「読めるようで、読みにくいんですよね」


「……私、昔怪我で入院してたんです」


「怪我。骨折とか?」


「そう、そんな感じ。で、その時の隣に入院してた人に、似てるんですよね……」


「僕が?」


「似てます。すごく」


「僕も入院してた事はありますけど……」


「でも、気のせいだと思うんで……気にしないで下さい」


「あ、はい……」


「なんかすみません……」


「いえ、謝らないで」


「その人、私と同じような境遇だったから、結構仲良かったんです」


「今は繋がってないんですか?」


「はい。退院して、家も離れてたし、連絡先も交換してなくて」


「あぁ……ちょっと勿体ない」


「本当ですよね! もっと慎重に接してればよかったのかなぁ……」


「まぁ、大丈夫なんじゃないですか? 二人共楽しければ、それで平気でしょ」


「……そうですね」



 仲良くなった彼。

 私は、気づいていないフリをした。


 また、嘘をついた。

 彼は確かに、隣の病室にいた人。


 私は彼を、好きになっていたのかもしれない。


 長らく恋愛をしていないから、気づかなかったけれど。どうすれば、私を思い出してくれるんだろう。


 二年も経てば、何も覚えていないか。

 嘘をついたのは、私だったけれど。


 同じ大学なのも、知っていたけれど。

 また会いたいと思ってしまったのも、私の方だった。

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