第一話
僕には大切な彼女がいる。
彼女は、たくさん僕に尽くしてくれる。
晴れの日も、雨の日も。
私には大切な彼がいる。
だから、私は彼にたくさん尽くす。
曇りの日も、雪の日も。
「麗々、今日すごい青空」
「本当だ……でも、天気予報は雨なんだよね〜」
「そうなんだ。まぁ、いらないんじゃない?」
「何が?」
「え、傘……」
「あー、いらないね」
「ちょっと、外の様子見てくる」
「うん、ありがとう」
僕には家族がいない。父親はガンで病死して、母親は交通事故で死んだ。
兄弟も、祖父母も、親戚も、誰もいない。今、頼りに出来るのは、彼女だけだった。
彼女は昔、僕と同じように親を亡くして。大学生の頃に出会ったのが、彼女だった。
「ママ!」
「……ごめん……ね……樹」
「ママ……行かないで……行かないで!」
『大丈夫ですか!?』
「ママ……ママ……」
『君、お母さん達の事助けてあげるから、少し離れていなさい』
「……ママ」
「僕……どこに行っちゃうの?」
彼と出会った時、第一印象は「根暗な人」だった。
ずっと俯いていて、話しかけてもあまり反応してくれなかった。だからこそ、彼を変えてみたいと思うようになった。
もしかしたら、私と同じなのかもしれないと。そうならば、私は、彼を助けることが出来る、と。
「え、降ってきたよ……」
「あーあ、やっちゃったね」
「樹が傘いらないって言ったからだよ」
「でも、出かける前は晴れてたし」
「はぁ……まぁいいや」
「どうせ、麗々が暗い事考えてたんだろ」
「いや、私は今日の晩御飯考えてただけだし。それは樹の方でしょ」
「まぁね?ちょっとだけ」
「ほーら」
「この辺の道、昔歩いたことあるなーって思ってただけ」
「そう……」
彼との会話が途絶えた時、少し雨足が強まった気がした。
私と彼は、よく暗い事を考える。
そうすると、雨が降ってくる。
ただの偶然だと思っているけれど、私達はそれを教訓に、暗い事を考えないようにしている。
明るい事を考えれば、天気も晴れるし、自分の心も落ち着くと思っているから。
今日も、雨。
昨日も、雨。
明日は……きっと晴れる。
「ママ……起きないの?」
『樹くん……ママは、もう……起きないんだ』
「おじさん……なんで?」
『ママはね、天国に行ってしまった……だから、もう起きてくれない』
「そんな……ママ……僕、どうすればいいの?」
「パパも……いないよ?」
『樹くん。今日から、おじちゃんと一緒に暮らそう。ママも、パパも、お空から見守ってくれているよ』
「……うん」
叔父と暮らすようになってから、僕の生活は大きく変化した。
通っていた小学校も違うところになって、新たな環境に慣れるには、長い時間がかかった。
何せまだ幼かった頃だ。
馴染み深い場所を離れ、生みの親を亡くし、僕の心は閉ざされていった。
そうして段々根暗な性格になり、友達も限られた人になった。
そのまま流れるように大学生になって。
彼女に出会って、僕は変われたと思う。僕は彼女に、救われたと思う。
「コンビニの傘って、可愛くないね」
「だってビニール傘だし。そりゃそうだ」
「もっとさ、柄がついてるとか……」
「そんな可愛さ求めても、値段上がるだけだよ」
「あぁ……そっか」
「あっ」
「なんか、止んだね」
「天気って、猫みたいだよなぁ……」
「気分屋さんだよね」
「麗々もだいぶ気分屋だよ」
「そう? ま、確かにそこにある水溜まりに入ってみたい気はするけど」
「ほらね」
「ていうか、私この道知ってるよ」
「やっぱりそうだよね。僕も知ってる」
「何でだろう……二人で歩いたことはないけどね」
「……虹出てきた」
「おぉ……写真、写真撮らなきゃ」
今、一番彼女の事をよく知っていて。
今、一番彼女の事を想っている。
これがもし、夢だったとしても。
僕の好きな人は、ずっと変わらないと思う。
たとえ女の子に憧れていても。
あの先生が教えてくれたことは、僕にとって、人生の分岐点だったから。