第一話
「正気の沙汰ではない」
そう表現するほかなかった。
人間というのは、これほど愚かな生き物だったのか。人が殺し合っているのを初めて見た私は、今まで抱いていた人間に対しての認識を大きく改めざるを得なかった。比較的恵まれた容姿のせいか、計算ずくめの愛嬌のせいか、周りの人間は私に対して今まで敵意という敵意を抱いてこなかった。望めば大抵のものは手に入ったし、皆私をちやほやしてくれた。強いて向けられた敵意を一つ上げるなら、隣の家の犬に吠えられたくらいのものだろうか。しかし、その時感じた恐怖の比ではない。温室野菜のように大切に育てられた私は、外の人間がどれだけ冷酷かを知らなかったのである。とにかく、見てしまったのだ。次は私が殺される。恐怖で全身の毛が逆立ち、油汗が出る。逃げなくては。しかし、腰が抜けてぴくりとも体が動かない。
しかしながら、殺人鬼は私を見逃して部屋から出て行った。子供だと思って見逃してくれたのだろうか?現場を見られたのに?動転した私には理解ができなかったが、一気に体の力が抜けてへたへたとその場に座り込む。念のため、力なく横たわる体を揺り動かす。
死んでいる。
理解していたはずだったのに、悲しみと絶望で目の前が真っ暗になる。とにかく、警察を呼ばなくては。人生で初めての電話が110番になるとは夢にも思わなかったが、何度も見たことがあるから電話の仕方くらいは知っている。受話器を外して、ボタンを押すのである。繋がった。そして、無情にも、電話は切れた。