不思議ダンジョン(クラリーナ編)
遅くなりました。
私が転移を終え、目を開けてみるとそこはよく見慣れた部屋だった。小学校に上がるときに買ってもらった机に本棚。ベットと何処にでもある女の子のお部屋。ウサギのぬいぐるみが枕元にあり。単純にもうーちゃんと名付けた片耳の千切れかかったぬいぐるみだ。幼稚園の年中さんの時におばあちゃんから貰ったその子は、私の相棒だった。両親が仕事でいない時や友達と喧嘩した時など、辛い時はいつも側にいてくれた。そんな懐かしさであふれた部屋…そう前世の記憶にある、私がかつて居たお部屋。
「なっ。どうして…。」
全くの予想外な光景に言葉を失う私。今の世界で4歳の時に記憶を取り戻しても、あまり思い出そうとせず、記憶に蓋をして出来るだけ考えないようにしていた、忌々しい記憶の残る世界の私の部屋…もう、見る事も思い出す事もないと思っていたのに…
「何故なの?何故ここなの?」
そんな私の動揺は激しい。時間は夜だろうか外は暗く、隣の山田さんの家の二階拓也くんの部屋の電気が付いているのが見えた。
物音はしなくとても静かでまるで時間が止まっているようにも感じる。恐らく両親とも仕事で今日も遅いのだと思う。記憶が確かならば…
私には妹が1人居た。両親と私と妹の所謂普通の家庭で育った。私が中学校にあがるまでは、両親も仲が良く家庭円満という言葉の通りのような生活で特に悩みもなく、不満や不安というものとも無縁の毎日だった。
しかし、私が中学校に上がった当たりから、両親の喧嘩は増え2年になる頃には、両親が仲良く話をしてるところは殆どなくなっていた。
ある時、母と妹と三人で買い物をしている時に、偶然他の女の人と一緒に居る父を見かけた時家族の溝に決定打を与えたのを覚えている。
もし、そこで離婚していればもっと平穏だったかもしれないが、世間体を特に気にする母は離婚をする事はしなかった。だから、側からみれば普通の家族に見えたとは思う。まだ小学校の中学年だった妹は、そういった微妙な関係の両親を不思議に思う事はなかったし、私も見てみないフリをしていた。でもやはり、その関係に余力などなかった。母も自分の精神のバランスを取るように男を作り、夫婦はお互いを干渉せず。父、母という肩書はただの役名になった。
家族を演じている時の4人は周りから見ても疑いようのない仲の良い家族。家という舞台で永遠とも思える時間の間、演目を興じてる劇団のようだった。
私は当然そんな生活は嫌だった。けれど無邪気な妹は違った。三人が役を演じている事になんの疑問も抱かず、毎日楽しそうに生活してた。私にとっての唯一の救いはそんな妹がいた事だ。私が家に帰ると一番に飛んできて、飛びついてきた可愛い妹。絵を描いては私の似顔絵を描いてくれた妹。誕生日には手作りのバースデーカードを作ってくれて、折り紙で作った首飾りをプレゼントしてくれた優しい妹。夜怖くなると、そっと布団に潜り込んで震えている怖がりな妹。
私はそんなユイが大好きだった。
ユイが居たから、長女という役を演じ日々の公演をそつなくこなしていた。たとえ心が疲弊しすぎても、そんなユイと過ごす時間はかけがえのない癒しとなった。
いつか働けるようになったら、妹を連れて出て行こう。
そう目標を掲げてからは特にそうだった。
しかし、そんな小さな癒しさえも両親は奪った。自分勝手で自己中心的。思いやりのかけらの無いまるで悪魔のような両親は私からユイを奪った。
実はユイも演じていたのだった。それに私は気づかなかった。
小さいながらも、微妙な空気を纏う両親の距離感を察し気付かないフリをして、それでもなんとか治そうとして振る舞っていたのだった。私にも気を使い、私が壊れてしまわないように無邪気に笑っていてくれていたのだった。
ある日学校から帰ると、家のマンションの前に人だかりが出来ていた。赤い光がチカチカと辺りを照らし、壁や人だかりを照らしているその雰囲気は、私への悪魔の宣告のようだった。
現実を知れ!現実をみろ!お前はそれでいいのか!
チカチカと光るたびにそう言われているようだった。瞬時にユイの無垢な笑顔が脳裏をよぎり、胃を突き上げるような悪寒が襲った。
「ユイ!」
まだ人だかりの向こうで何が起こっているのか知らないのに、見なくてもわかる気がした。
でも、そんな予感を否定したくてその人混みの中に突っ込んでいった。そうしてそこに広がったのはただ無機質に現実を突きつける光景だった。
その時私の公演も終わりを告げ、残った舞台にはユイの笑顔の残滓だけが漂っていた。父親役も母親役も別の舞台に向かうかのように無言で舞台を降りていった。
残された私はその日を境に心のバランスを崩し、台本はただ真っ白に塗りつぶされた。行き場を無くし、彷徨う私は事故にあって人生を終えた。幕は降りたのだ。
そんな私は今のこの世界で新たなる人生を得た。今度の舞台には幸いにも役者はなく、寧ろ舞台を観覧する仲睦まじい家族だった。平和で怒鳴り声も騙し合いも家族の中には無く、特別仲が良い訳ではないけど少なくとも作り物ではなかった。だから、王女としての毎日はとても優雅で平穏で気ままなものだった。当然その生活にも満足していた。
記憶が戻るまでは。
前世からの転生と分かってからは、日々その記憶に怯えまた。繰り返すのではという恐怖を退屈という布で隠し、家族の関係を壊さない内に離れる事を決意した。今世でも存在する可愛い妹が幸せになれるように、私自身も家族に振り回されない内に遠ざけようと…
世界や立場が違うのだから同じ事にはならないとはわかってはいるけど、そのトラウマという魔物は大きかった。
そうして、誰にも縛られず、自由で誰にも振り回されぬように城を飛び出した。
そんな私は力を手にした。どんな強大な敵だろうと、卑劣な悪者だろうと抗える力を手にした。
今度は守れる!そんな自信を手に入れた。
ミリアや、リリーネ、ルーちゃんやダリア。とまた失いたくない、かけがえの無い存在がまた出来た。
人と繋がり生きていく以上は、家族、友達、仲間など必ず結びつきがある。そんな結びつきががある以上は前世の悲劇がいつ襲ってきてもおかしくない。
けれど今の私にはそれを跳ね除ける力がある。私の今の力はそういう事のために使うためにあるのだ。
だからもう怖くはない。
皆んなと過ごして思った。感じた。
周りのひとも私と同じように悩み考え、足掻いて生きている。お互いを思い、守ろうとしてくれる。ギルド長もそうだった。世間に疎い私にミリアと出会わせてくれた。
そうして今ここにいるのだ。でも、何故今この場面なのだろう。あの日、ユイとお別れしたその日の前日。
両親は相変わらず帰ってこない。そんないつもの夜だったが、机には私がお風呂に入っている隙にユイが置いていったメモがある。“お姉ちゃん大好き”と書かれたメモが…
「どうしてこの日なの。。。」
改めてメモを手に取ってみる。懐かしいユイの字だ。
少し筆圧が強いけど、少女らしい丸みのある字。。。
「!!!!」
「えっ!!」
「まさか!そんな。うそよ!」
よくよく見たその字はこの世界でも見た事があった。当たり前のようにあったから気づかなかった。
そうか、だから今あの日をフラッシュバックしてるのか。
忘れてはいないけど、当たり前すぎて気付かなかったから。
「うっ。うっっ。」
涙が止まらない。
「神様ありがとう。私は今度は守れるのね。今度こそあの無邪気な笑顔を守れるのね。」
「お姉ちゃんは今度こそ貴方が守れるように頑張りますわ」
「レイナ…」
その事に気づいた私はまた眩い光に包まれて、転移陣が発動する。その中私は決意する。かけがえの無い存在達を守れるように今度こそと。
「ならば、クロードを私の楽園にして見せますわ。」
これは私が密かに抱いていた野望。
皆に迷惑をかけるような輩は私が排除すると。そして、それらがいなくなった後は私の自由にしようと。。
「みてないさい!レイナ!お姉様はやりますわよ!」




