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4.同情

この日以降、己の父と彼女の父に従って出陣するまでの間、ラルフとシェリスが言葉を交わすことは一度もなかった。

彼女は徹底的に彼を拒絶した。

最低限しか彼と同じ空気を吸おうとしない。

共に同じ場にいることを求められた時は、ひたすらに視線を合わせない。

とうとう出陣という日も、彼女は決められた言葉を寄こしただけだった。



もやもやと身体の中のどこかを渦巻く何かを秘めて相手に刀を向けた時、ラルフの気持ちは意気揚々とざわめきだった。

一時の『安らぎ』を求めて女に触れている時と似ているような全く違うような、なんとも形容しがたいこの感覚。

本来ならば前に出て戦う必要などない立場なのに、彼は積極的に部下を率い、相手を斬った。

陣に構えてゆったりと酒を交わしている二人の王の姿に、嫌悪感に似たものを覚えたせいであったかもしれない。

しぶき上がる真っ赤な血をとめどなく目にしても、彼は表情一つ変えなかった。


ほどなくして、相手国の王は、自ら首を斬った。



「王子の戦いぶりは、まさに鬼神のようであったと、皆申しておりますぞ」

ムークライル王は自国の城に帰った後も甚だ機嫌よくラルフを褒め称えた。

目の前に広がるのは相手国より差し出された品々。

亡き王の後継に立った現王は、いまだ幼い子ども。

属国を手に入れたムークライル王は献上品を一瞥した後、後方にある『物』を特に目を細めて眺めた。

「義兄上様、義兄上様はあの国にしかない鉱物をご所望されましたが、王子には何を差し上げたらよろしいでしょうか?」

「ああ…これは当然の働きをしただけのこと、何もいらぬ。ましてアレは王子にはまだ不要の物。両方とも貴殿が納められるがよかろう」

口元を緩めて、王は片手を上げた。

その物は、家臣たち数人に連れられて下がった。

少々眉間に皴を寄せてその様子を見ていたラルフだったが、敗者が勝者に差し出されるのは当然のこと、特に思うことはなかったのだが。

「お父様。あの姫様お二人、私よりもお若くていらっしゃるそうですよ」

今の今まで黙って様子を見ていたシェリスが突然口を挟んだ。

「現王が5歳であるゆえ、姉姫であるあの二人も幼くて当然であろう。それが如何した?」

娘の問いに何も思うところなく単純に答えて、王は再び視線を変えた。

代わりではないがラルフが彼女に視線を向けると、彼女は苦渋の表情で連れられていった二人の幼い姉妹姫の後ろ姿を見つめていた。


分かるまい、あの純粋な姫には。

一遍通りの決まりごと―女はあくまでも男の所有物であること―は頭で理解していても、実際それがどういうことであるのか、知れば知るほど彼女からは笑顔が消えていくのだろう。

弱者は金銀財宝と共に若く美しい女を相手に差し出す。

強者ほど、たくさんの女たちを囲う。

そこに愛があるのかないのかなど全くもってどうでもよい。

愛などなくても、身体を結び、子をなすことはできるのだから。


相手国に経済援助を頼む代わりに嫁がされるシェリス。

聞けば相手国の王はすでに40歳を超えているという。

父の年齢とほとんど変わらない相手に嫁ぐ自分の姿を、先ほどの幼い姉妹姫に重ねたのかもしれない。


嫌悪感を示しながらも、悲しげな瞳を何度も瞬きさせながらそこにいる彼女に、ラルフはしかし同情しないでもいられなかった。

いくら彼が彼女を見つめても、彼女は決してこちらを見ない。

それでも彼女は従兄妹姫。

見た目だけなく、今も昔も変わらず澄んだ心の持ち主だからこそ、彼女は美しいのだ。


「義叔父上、父上、俺は出陣前、叔母上にお会いすることができませんでした。ご無礼ながら先に下がりましてお会いすること、よろしいでしょうか」

「構いませぬぞ。あれもおおいに喜びましょう」

再びチラリと彼女を見遣ると、ようやく彼女と視線が合った。


父王の同腹の妹であり、ラルフにとっては叔母にあたるこの国の王妃は、ここ数年ずっと病に伏していた。

子はシェリスただ一人で、後継ぎは王のたくさんいる妾の一人が生んだシェリスの異母弟だった。

ラルフが王妃の部屋を訪れると、その場にいた者たちは礼をして下がった。

「まあ…随分と大きくなって」

王妃は身体を起こそうとした。

「ご無理なさらずそのままで構いませぬ」

「いいえ。今日は調子がよいのです。それに折角あなたが会いに来て下さったというのに」

ラルフは手を添え、手伝った。

王妃は、ケホ、と小さな咳をしてにっこりとほほ笑んだ。

「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。本当は出陣前にお目にかかりたかったのですが…」

「よろしいのですよ。ああ…でも本当に、目元はお父上にそっくりですね」

「周りにはよく、今は亡き母上に似ていると言われます」

「でも目元だけは、子どもの頃からお父上似ですよ」

目を細めて、王妃はラルフの目元をなでた。


病を得ているせいなのだろう、昔会った時と比べて王妃はだいぶ痩せてはいたが、上品な美しさは健在だった。

父と兄妹というだけあって、この叔母も銀色の髪と青い瞳を持っている。

この国の王は黒髪に金色の瞳をしているので、娘のシェリスはこれらは母のものを受け継いだのだろう。

いや、それだけではない。

シェリスは、ほとんどが叔母似であると思っている。


「叔母上、実は一つお話がありましてこちらへ伺ったのですが」

「なんでしょうか?」

「シェリスはまもなくサントリエに嫁ぐそうですが、それは本当に経済支援のためなのですか?」

「ええ…情けない話なのですけれど。あなたも知っている通り、ムークライルは決して裕福な国ではありません。母としては、こんな形で娘を嫁がせるのは悲しいのですが」

やはりそうなのか。ラルフはふと思う。

ならば尚更、なぜナイトフォードを頼らないのか。

「サントリエよりもナイトフォードの方が裕福です。叔母上はそれをご存じのはず。なぜ頼られないのです?そうすればシェリスを見知らぬ国へ嫁がせる必要もないというのに」

「私が同盟の証としてこの国に嫁いだとはいえ、軍事以外のことで兄上を頼るのは忍びないと王が判断されたのでしょう。ならば私は従うまでです」

「ならば…」

ラルフの鼓動が大きく波を打った。

確かに彼女はラルフにとって初恋の姫であることに違いないが、今でも焦がれているとか惚れているとか、そういう感情を持ち合わせている覚えはなかったが―。

「ならば、シェリスを我が国に…俺にお預け下さい。それならば…」

「それはなりませぬ!」

突然、王妃は大声を上げた。

といってもそれほど大きなものでもなかったが、今の今まで下手をすると消えてしまいそうなくらい小さな声で話していた王妃だったのだから、ラルフを驚かすには十分の声だった。

叫び声のような、怒鳴り声のような。

「俺とシェリスが従兄妹どうしだからですか?従兄妹どうしであっても、倫理には反しませぬ」

「シェリスがそれを望んだのですか?あなたは、あの子を愛して下さっているのですか?」

「まだ何もシェリスには話していません」

「どうであれ、私は反対です。これを機に、ムークライルもナイトフォードだけでなく他国とも積極的に交流を持つべきなのです。たとえ相手がナイトフォードよりも小国であったとしても」

王妃の厳しい口調に、ラルフはこれ以上何も言えなかった。


王妃の部屋を出て自分にあてがわれている部屋へ歩を向けた。

ムークライルを訪れたのはこれまでほとんどない。

記憶の中にある叔母のイメージは、穏やかで優しい人であったのだが、今一瞬にしてそれが覆った。

叔母のあの反応は、予想外だったのだ。

それにしても過剰な―。

そう思わないでもなかったが。

ぼんやりと歩いていたところ、不意に右腕を引かれた。

振り向くと、そこにいたのはシェリス。

彼女はそのまま彼の腕を引いて、柱の影に彼を引っ張り込んだ。

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