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2.再会

何年かぶりに踏んだムークライルの土は、昔踏んだそれと全く変わっていなかった。

人工物ともいえる財力やら権力やらはこちらが上でも、自然物ともいえる土や景色は、完全にムークライルの方が優れていた。

遥か昔、ナイトフォードがまだ小国であった頃、勢力拡大のために日々戦いに明け暮れていたという何代か前の王により、ラルフの国は一時荒廃しきったと聞いた。

それから今に至り、ようやく花が咲くまでにはなったけれど、しかしムークライルより美しい景色を手に入れることはできないと思う。

絵には描けない美しさとはよく言ったもので、まさにこの国がそうであった。


父と共にムークライルの城に入ったラルフは、まずはムークライル王に謁見した。

同盟国であるこの国の王と父王は同等の立場であるが故、ムークライル王がわざわざ玉座より立ちあがって二人を迎えた。

そして、どちらが上座に行くということもなく、ラルフが少々下がった場所にいた以外は、すべてが同列に並べられた。


「義兄上様、よくぞおいで下さった」

「本当に久しい。折を見てこちらへ伺おうと思っていたのだが、なかなかに機会がなくてな」


ラルフは俯きながらも時々視線だけを上に上げて二人の王の様子を伺っていた。

片や大国の王。片や小国の王。

本当ならばいくら同盟国といってもラルフの父の方がどちらかといえば上の立場であるはずなのだが、しかしすべてが同列であるのは、それは単に父王が義理の弟をたてているからにすぎない。

すべてが勝っている国の王が、力を誇示したがる父王がなぜそのような態度をとるのかはいまいちラルフには理解できなかったけれども、それを理解したいという気持ちもなかったため、彼はすぐに思考を変えた。

父は彼にとって良き反面教師である。

余計なことを考えるのは自分が疲れるだけだと知っている。


「して、妹は息災にしておりますかな?」

「それがですね…ちょうど義兄上様がお出でになられる数日前に病を得てしまったようでして。城中の医師を総動員しておりますが、まだ少々時間がかかってしまうようです」

「なんと。あれは昔から病気らしい病気をしたことがなかったというに」

「お時間ございましたらぜひ見舞ってやって下さいませ。本日義兄上様がいらっしゃることを知ってお迎えできないことを悔やんでおりました故。それにしても…王子は大変すばらしい男子に成長なされましたな」

ふと、自分に話題が振られ、ラルフは眉を動かした。

視線を上げると、ムークライル王が目を細めてこちらを見ている。

これが全く関わりのない国の王であったなら、父がこの場にいなければ適当に話を流すものの、さすがに今反応しない訳にもいかず、ラルフはとりあえず礼をした。

「おそれいります」

「いやいや、これはまだまだ。実戦経験もそれほど多くはない故、今回どれほどお役に立てるかどうか」

ラルフはとっさに眉をひそめた。

あなたは俺の何を知っておられるのか。

心に秘めたことは多くあったが、敢えて何も言わずにただ相槌だけを打った。

それからすぐに共同戦線の話になったが、ラルフは自分の意見を言うこともなく、ただただその場で話を聞き、頷くだけであった。




今夜はこの城で休むことになった。

父はムークライル王と共に病に伏している叔母のところへ行くという。

ラルフは一人先に用意された部屋へ向かうことにした。

ただでさえ他国ということで息が詰まってならないのに、これ以上父と一緒にいたならば呼吸さえできなくなるのではないかと思った。

王がつけてくれた若い侍女に連れられて、ラルフは部屋に向かった。


侍女と少し距離を置いてその後ろを歩きながら、ぼんやりと彼女のうなじを見ていた。

ナイトフォードとムークライルの女は、何か違うところがあるのだろうか。

かきあげられた髪がちらほらと散っている様子は、無性に彼の劣情をかきたてた。

過度なストレスとやり場のない気持ちを以てして今ならば、彼女をひたすらに苛む自信がある。

しかも王自らがつけてくれたということは、そういう意味合いもあるということ―。

部屋の近くに来て、こちらです、と腰をかがめた彼女の腕をとろうと手を伸ばしたその時だった。



「お兄様、ラルフお兄様、よね?」



伸びた手が動きを止め、ゆっくりと落ちた。

側で腰をかがめていた侍女は更に腰を低くして頭を下げた。

「姫様」

侍女の放った一言に、ラルフは視線をその声の主に定めた。

腰を越えて流れる銀髪。空よりも青い丸く大きな瞳。

彼女自身がまさにこの国の景色そのものに見えたような―。

「シェリス…か?」

「ええ…!私のこと、覚えていて下さったのね!嬉しい」

シェリスと呼ばれた姫は、真っ直ぐに駆け寄って来てラルフに抱きついた。

その時ふわりと揺れた彼女の髪からは花のとても良い匂いがした。

女には抱きつかれ慣れているというのに、なぜか彼の腕は彼女を抱きしめようとしなかった。

一瞬花の匂いにくらりとはしたが、あまりに突然のことで、面食らってしまったのかもしれない。


「シェリスお前…」

「なあに?」

「一国の姫ともあろう者が、簡単に男に抱きつくんじゃない」

意外にも冷静に彼女を自分から引き剥がした。

「いいじゃない。だって私とお兄様は従兄妹どうしなんですもの」

ぶう、と頬を膨らませたその様は、幼い頃の彼女そのものだった。

先日ふと幼い彼女を思い浮かべたことを思い出して苦笑いしながら、ラルフは彼女を見遣った。

幼い頃の面影はそのまま残っている。

しかし、今目の前にいる彼女は、まさに15歳のシェリス・ムークライルであった。


控えていた侍女を下がらせ、ラルフは彼女と共に部屋に入った。

自国の城にある自室はあんなに暗いのに、どうしてこの部屋は明るいのか。

一歩足を踏み入れた時に思った、単純な感想だった。

そんな彼の横で、シェリスは何かをしきりに言いながら騒いでいた。

「母上様についていなくていいのか?」

「だって今日、お兄様がいらっしゃると聞いてしまったんだもの。ちゃんとお母様にはお許しを頂いてきたわ。それにさっき、お父様と叔父様にお会いしたし」

落ち着きなく動き回りながら、彼女は部屋のカーテンを開けた。

「この方がいいわ」

「開けなくても十分明るかったのに」

「そうかしら。でもこの方がもっと明るくていいじゃない」

突然入り込んだ光に一瞬目がくらんだが、恐らくくらんだ理由はそれだけではないだろう。

途端彼女の銀髪もキラキラと光り始めた。

「まぶしい…」

「あはは。お兄様ってホント昔と変わらずお暗いところがお好きなのね。でも私は嫌」


彼女がくるくる動くたび、ラルフの目に飛び込んでくる光も様々に形を変えた。

太陽の金色と、彼女の銀色と、そして青色と。

自分も同じ色を二つ持っているはずなのに、彼女のその色たちは彼に新鮮でさわやかな気持ちを与えた。

「あ…はは…。お前の方こそ全然昔と変わっていないじゃないか」

彼の言葉を聞いたシェリスは、突然動きを止めた。

きょとんとした目で彼を見つめる彼女に、ラルフも動きを止める。

「…どうした?何か気に障ったか?」

「笑った」

「え?」

「お兄様、ようやく笑って下さいましたわ」


笑った…?この俺が?

再び動き出した彼女を尻目に、ラルフは茫然とした。

笑う、ということをもう何年も忘れていたから。

自分の城の自分の薄暗い部屋で、自分でもどうしようもない沈んだ気持ちを抱えてただひたすらに女を苛むことしかしていなかった自分が?笑った?


ふと、彼女の腕を引いた。

それはいつものように女を抱くためではなく、単に彼女の動きを止めるため。

「どうしたの?」

怪訝そうに自分を見つめる彼女を、彼もじっと見つめていた。

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