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1.現実

「王子はとうとうわたくしのことを一度もちゃんとご覧になりませんでしたね」


脱いだ上着を身につける後ろで聞こえた女の声に何も答えなかった。

すべてが寝静まっている今時分、暗闇にまぎれて聞こえるのは自嘲気味に呟く女の声だけだった。

何も答えぬ彼に、女は「つれないお方」と続けた。

なんと言われようとも全く構わなかった。

毎夜毎夜抱く女は違うのに、問われる言葉は同じだなんて笑う価値もない。

適当に答えることができたならまだこの煩わしさから逃れられたのかもしれないが、生憎彼はそのような器量を持ち合わせてはいなかった。


最後に女のため息を聞きながら部屋を出た彼は、ふと銀色の髪をかきあげながら外を見上げた。

月が出ていない夜は本当に闇だ。

元々光を秘めている彼の銀糸ですら輝きを失ってしまう。

一筋も頼るものがないというのは、なんとも物寂しいもの。

だからこそ彼は、女の部屋を渡り歩くのだけれども。



ラルフ・ナイトフォード。16歳。

肩書きはナイトフォード国の第一子、嫡男、そして皇太子。

世界にあまた存在する国々の中でも勢力も財力もある国の一つとして数えられているこの国の年頃の男子である上に容姿端麗ということで他国から舞いこむ縁談は多かった。



「側室は何人持っても構わぬ。だがすべては早く然るべき国から正室を迎えてからだ。その後はお前の好きにするがよい」

最近会えば口癖のように縁談の話をする父王に正直辟易していた。

確かに父王の言うことは間違っていないのだろうと思わないでもなかったが、一言で言うならば気が進まないのだ。

正室は形だけでよい、これも父の口癖だ。

現にラルフの母がそうであった。

彼の母は他国より嫁いできた王女で、父の正妃であった。

母はラルフを生んではくれたけれども父との仲はそれほど良くはなく、故に彼に同腹の兄弟姉妹はいない。

彼と数カ月しか誕生日の違わぬ同じ年の異母妹を始めとして、彼の父の周りには側室たちと子どもたちが多くいた。

そんな父はまだ足りないのか、高齢期にさしかかった今でも側室を迎え続けている。

最近迎えた側室などはラルフとほとんど年が違わないほどだ。

母は数年前に亡くなったが、こんな父を子どもの頃から見てきたから、妻を持つことにためらいが生じているのかもしれない。



「父上、お呼びでございますか」

ある日呼ばれて王の接見の間に行くと、主だった家臣たちもそこにいた。

父が自分を呼んでいると聞いた時、またいつもの話をされるのではないかと思ったが、今回はどうやら違うらしい。

自分にまっすぐに向けられている視線が不快だった。

自分の視界に入ってくる、自分と同じく銀色の髪と青い瞳を持つ父の姿が嫌だった。

そして、すでに亡いといっても結局は正妃の子であるという事実を変えられぬ現実として突きつけられているようで嫌だった。

父は側室を今でも迎えてはいるが、正室は今でもラルフの母だけなのだ。

たくさんの側室たちを機嫌悪く横目で見つめ、更に父と不仲であったくせに正妃であることを誇りに思ってはいたのか、生前、母はよく「お前は将来この国の王になるのだよ」と言っていた。

王になったなら、父のしているように母ではなく他の女たちに笑顔を振り撒かねばならないのかと子ども心に思いこんでいたから、別段王位に興味を持ったことはなかったのだが。

「ムークライルが出兵することになってな。同盟国である我が国も援軍を出す。故に皇太子であるお前も私と共に出陣してもらうぞ」


思い知らされる。

逃れられぬ運命というものを。


「ムークライルには叔母上が嫁いでおられましたね。お会いするのは久方ぶりです」

「そうであったな」

母を亡くして、なのに正妃の唯一の子ということで皇太子になった彼がまず学んだことは、従順であること。

気持ちはどうあれ、とりあえずそうであるなら支障は生じない。

だから、今回の出陣の話も文句一つなく承諾した。



ムークライル国。

ナイトフォードとは少々距離を隔ててはいるが、ラルフの叔母、つまり父の妹が正妃として嫁いだ国であるので関係は良好であった。

年に数度は使者が土産を持って行き来し、交流を持っている。

接見の間を出て自室に向かって歩きながらふと、昔のことを思い出した。

確か一度、幼い頃、父と行ったことがある。

そこで叔母の娘、彼にとっては従兄妹にあたる姫と会ったのだ。


従兄妹姫は流れる銀色の長い髪が光を帯びて目がくらむほどに輝く中、丸く大きな青い瞳をしきりに動かしながら辺りをうかがい、可愛らしい声で何度も彼の名を呼んでくれたものだった。

父にあまり良い印象を抱いていなかった彼が、父似の銀色の髪と青い瞳を持つ自分を少し好きになれたのはまぎれもなく彼女のおかげだった。

彼女も母に似て、同じ色を持っていたから。


淡い、初恋の思い出だ。


部屋に戻ると、一人の女が彼のベッドに腰かけていた。

「いつ出発なさるの?」

「勝手に入るなといつも言っているだろう?」

彼は重々しく上着を脱ぎ捨てて窓辺に立った。

まだ日は高いのに、どうしてこの部屋は暗いのか。

いや、自分の心が、か?

シャツ一枚になった彼の身体に女は自分をすり寄せて、彼の首元に唇をおしつける。

「いちいちあなたの許可を取って入れとも言われておりませんわ」

「父上は自分の側近のお前が俺のところに来ていることを知っておられる。は。楽しいか?俺と父上を比べて」

「おっしゃっていることの意味が分かりませんわ」

「知っておられるからこそ、昼間からこうしてお前が俺のところにいることに対し何も仰せにならぬのだ」

女は後ろから彼のシャツのボタンをはずして、手を間からすべりこませてきた。

しかし彼は女の手の動きに表情一つ変えず、ただ苦々しそうな声をもらすだけだった。

「同じ穴の狢とはよく言ったものだ」

突然彼は女の手をとって、そのままベッドに沈めた。

女を苛んでいても頭の中の思考は変わらずはっきりしたままであるのが不快でたまらなかった。



ムークライルの従兄妹姫は、あれからどのような成長を遂げたのだろう。

あの銀色と青色に、自分の銀色と青色は並ぶことができるだろうか。

頭の中で幼い従兄妹姫がほほ笑む姿を思い出しながら身体は他の女を啼かせているなんて、我ながら悪趣味極まりないと思わずにはいられなかった。

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