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ギャグノベル日和

長年片思いしてる幼馴染を振り向かせるために「運命の相手を検索するアプリ」を開発したら大いなるゴリラの力を手に入れた

大いなるゴリラには大いなる責任が伴う

 頭脳は明晰、運動神経は抜群、顔も良ければ家柄もいいこの俺、東条辰巳にも、できないことのひとつくらいはある。


 それは色恋沙汰――正確に言えば、長年片思いをしている幼馴染の九条院あかりが、どうしても俺に振り向いてくれないのである。

 16歳の今日に至るまで、俺はあらゆる手を尽くした。後学のため、敗戦の歴史を少し振り返ってみよう。


 去年のあかりの誕生日のこと。俺は寿司が好きだというあかりのために、アイツを銀座にある某高級寿司屋に招待した。


 一貫ウン千円はくだらない鮪のトロを食べた時、アイツは板前にこう言った。


「すいません。びんちょうマグロの炙りマヨください」


 くら寿司じゃないんだよ。一皿百円じゃ玉子すら食えないんだぞ、この店は。

 これは後で人から聞いた話だが、アイツが好きなのは寿司ではなくて、回転ずしのプリンアラモードらしい。ふざけろ。プッチンプリンでも食ってろ。


 一昨年のあかりの誕生日。俺はテディベアが好きだというあかりのために、全長3mを超える超巨大テディベアをプレゼントした。

 自宅まで届けられたそれを前にした時、アイツはこんな感想を述べた。


「そういえば、くまのプーさんってどうして下半身裸なんだろうね」


 今言うことでもないだろ。だいたいそんなこと言い出したら、テディベアは全裸だろ。

 これは後で人から聞いた話だが、アイツが好きなのはテディベアじゃなくてミディアムレアらしい。おい、この情報仕入れたヤツ誰だ。どんな耳してたらテディベアとミディアムレアを聞き間違えるんだ。


 三年前のあかりの誕生日のこと。最近、抹茶にハマっているというあかりのために、俺は最高級茶道具のセットをアイツにプレゼントした。

 使い方がわからないというので、俺がその道具を使って茶を点ててやると、それを飲んだアイツはこんなことを言った。


「あたしにはよくわからないけど、好きな人には堪らないんだろうね」


 大人か。出されたものの良さがイマイチわからなかった時の大人の意見か。答えに困った時のマツコ・デラックスの意見か。

 これは後で人から聞いた話だが、アイツが好きなのは抹茶ではなくて牛丼チェーン店の松屋であったらしい。というか、今になって考えるとアイツは基本食うことしか考えないのか? 


 とにかく、俺は誕生日だけに限らず、こういった失敗を数多く重ねてきた。そして昨日、失敗の甲斐あってか俺はついにひとつの天啓を得たのである。


 あかりに俺を『運命の相手』だと思わせるしかない、と。



 天啓を得たあとの俺の行動は早かった。


 東条グループの中の会社のひとつ、スマホアプリの開発を専門とした『イーストサイド・ストーリー』に出向いた俺は、そこの社員とちょっとしたアプリを共同で開発した。


 そのアプリというのが、その名も『あなたの運命』である。これは自分の趣味や年齢、異性への条件を入力することによって、ビッグデータを参考に『運命の相手』がどういった男性であるのかを導き出してくれるという優れモノだ。


 方々へマーケティングしたおかげで、アプリは配信から三日で中高生を中心とした若い女性層に爆発的広がりを見せ、そしてその流行の波は思惑通り、俺の通う高校まで届いた。


 朝のホームルーム前の時間から、クラスの女子たちはアプリを使用し『運命の相手』を覗き見て、一喜一憂していた。はじめはそれを見て笑っているだけだったあかりも、「やってみなよ」という周囲からの声に押され、昼休みにはついにアプリをダウンロード。現在、『運命の相手』を探している最中である。


 さて、このアプリにはちょっとした細工を施してある。あかりがアプリを使うと、たとえアイツがどんな情報を入力しようとも、この俺が『運命の相手』として導き出されるという仕掛けである。


 あかりだって思春期真っ盛り。動きやすいショートカットの黒髪に起伏の穏やかな身体と、思えば小学校6年生のころからちっとも成長していないように見えるが、さすがにそろそろ異性を意識する年頃だろう。そんなタイミングであのアプリを使用して、幼馴染である俺が『運命の相手』として導き出された日には……恋に落ちる。間違いなく落ちる。


「お、きたきた」

「あかりはどんな人だった?」

「はやく見せてよぉ」


 どうやら、あかりの『運命の相手』の検索が終了したらしい。さあ、俺だ! 俺がお前の運命だぞ、あかり!


「えぇー。でも、これおかしいよ。絶対ヘンだよ」


 これはあかりの声である。おかしくない! おかしくないぞ! 俺がお前の運命だ!


「だってあたし、異性への条件に『身長2メートル30センチ』って入力したのに」


 おかしい! 俺より60センチくらい身長高いから! それで俺が『運命の相手』として表示されたらたしかにおかしい!


「それに、髪型はモヒカンって入力したのに」


 おかしい! 俺の髪型そんなファンキーじゃないから! 社会への反抗はファッションで見せつけるタイプじゃないから!


「あと、筋骨隆々でゴリラみたいな人って入力したのに」


 おかしい! そもそもお前の趣味がおかしい! なんだよ2メートル30センチの筋骨隆々モヒカンゴリラって! 八割バケモノだろ!


「それなのに、その……身長は172センチで、年齢は現在16歳で、血液型はAB型で、頭脳は明晰で運動神経は抜群で、顔はよくて家柄もよくてお金持ちの幼馴染が、あなたの運命の相手ですって表示されたんだけど」


 アピールがうるさい! いくら意識させたいからって主張が激しすぎるだろ! もっとそれとなくやれよ、俺!


 あかりの周囲にいる女子から、「ほんとだ」「ヘンだねー」などの声があがる。これはもう駄目かと思われたが、「でもこれって、もしかして東条くんのことじゃない?」という意見が上がったのは救いだった。


 そうだ! 俺だ! とにかく俺なんだ! 俺を見ろあかり!


 思いが通じたのか、こちらへ視線をやってちょっと恥ずかしそうに微笑んだあかりは、あろうことか俺の席まで小走りでやって来た。


 まさか早々に愛の告白――。


「ねぇ、タツミくん。あたしたちが運命の相手だって。なんか笑っちゃうね」


 笑えねーよ! 


心の中でそう叫びながら、俺は「くだらないもんだな」などと心にもない言葉を吐き捨てた。



「――なあ、ひとついいか」

「ハイ、なんなりと」と答えたのは、東条家にメイドとして勤める日野桜子である。白黒のメイド服に隙無く身を包み、何があっても表情をほとんど変えず、眼鏡をきらりと光らせるその立ち姿は、いかにもベテランメイドで、事実、15歳から俺の屋敷に勤めてもう10年にもなる。


「なんで俺はベッドに大の字の格好で手足を縛りつけられて、いかにも怪しい実験室みたいなところにいるんだ」

「決まっております。次の作戦のためでございますよ」

「それは聞いた。ただ、その作戦とやらの詳細を聞かされないままお前の淹れた紅茶を飲んだら気を失って、気づいたらここにいる理由を聞いてるんだ」

「坊ちゃまが仰ったでしょう。アプリ作戦は失敗に終わったと。ですから、あかり様にふさわしい殿方になりましょう」


 そう言いながら分厚いビニール手袋を装着した桜子は、長いスカートの裾をまくり、なにやら巨大なものを股下から「よいしょ」と取り出した。


 それは、2リットルのペットボトルくらいのサイズの特大注射器だった。


「……おい。なんだその漫画でしか見たことない物騒な太さの注射器。何が入ってるんだそれに」

「ご心配なく。人間の身体能力を限界まで無理やり引き上げるお薬が致死量寸前まで入っているだけです」

「ふざけろ! 心配に決まってんだろ! それを俺に注射するつもりか!」

「もちろん。貴方様を2メートル30センチの筋骨隆々モヒカンゴリラにするのが、メイドとしての御役目ですから」


 嫌な汗が額に浮き出るのを感じて、俺は両手足を必死に動かそうとした。しかし身体はまったく動かない。よほどきつく縛られているらしい。


「止めろ! 絶対副作用とかあるだろソレ!」

「ご安心を。動物実験はすでに幾度と。マウンテンゴリラがニシローランドゴリラへ変化することは確認済みです」

「ゴリラがゴリラに変わっただけだろそれ! おい止めろ! 本当に止めろ!」

「なんとも往生際が悪い。さっさと辞世の句をお読みください」

「ちょ、待って――」

「では、プスっと」



「――さあ、起きてください。坊ちゃま、朝でございますよ」


 聞き慣れた桜子の声で俺は目を覚ます。まぶたの裏に、カーテンの隙間から差し込む陽の光を感じる。なんだか頭が無性に痛い。昨日、屋敷に帰ってからの記憶が曖昧だ。いったい何があったのか。


「朝のご準備をお願いいたします。朝食はすでにご用意できております故」


「わかった」と答えた俺はベッドから起きて、ベッドルームに隣接している浴室へ向かった。


 寝間着を脱いで、冷たいシャワーを頭から浴びる。頭痛がだんだんとマシになっていくのを感じながら薄目を開いた俺は、浴室の鏡を見て思わず叫んだ。


「ゴリラじゃねーか!!!」


 そうだ。そこにいたのはゴリラなのだ。黒い体毛がもっさりと生えた、筋骨隆々のジャングルの王、ゴリラなのだ。目が覚めたら俺は、ゴリラになっていたのだ。


「んなわけあるかっ!」と叫んだその時、俺は昨日の出来事を全て思い出した。桜子の野郎、なんてことしやがる。


 急ぎ浴室から出ると、桜子は俺を見ながら淡々と言った。


「ああ、そういえばゴリラになってますから、あまり体毛が抜けないように気を付けてくださいね。お掃除が大変ですので。フフ」

「フフじゃねーよ! 笑ってんじゃねーよ!」

「申し訳ございません。ついでに言っておきますと、坊ちゃまがなにを仰っているのかわからないんですよ。なんせゴリラですから。こちらには坊ちゃまの言葉が『ゴリゴリ』と言っているようにしか聞こえませんので」

「ゴリラの鳴き声なら『ウホウホ』だろ! ゴリゴリ鳴くゴリラがどこにいるんだよ!」

「ご安心を。お薬の効果はそう長いこと続きません。長くとも一日といったところでしょう」

「ほ、本当だろうな?! 一生このままじゃないだろうな?!」

「フフ……それにしてもゴリゴリって……フフ」

「今になってツボに入ってんじゃねーよ!!!」


 この女じゃ埒が明かない。などと思っていると、ベッドルームの扉が開いて、屋敷に勤める執事・諏訪部がやって来た。


 コイツなら大丈夫だ! 俺への忠誠心は屋敷随一のコイツなら!


「おい、東条。坊ちゃまを起こすだけでどれだけ時間がかかってる」


 その場に膝を抱えながら声を出さずに笑う桜子を見て、呆れたように息を吐いた諏訪部は、部屋にいるゴリラ=俺に気づき、その表情を途端に険しくした。


「……ところで、そこのニシローランドゴリラ。坊ちゃまをどこへやった?」

「お、おい。諏訪部、違うんだ。俺だ、辰巳だ。お前達の坊ちゃまだよ」

「ええい黙れ! ゴリゴリと鳴きおって! 早く坊ちゃまをその毛深い胃袋から吐き出せッ!」


 バカしかいねーのかこの屋敷! ゴリラが人を食うわけねーだろ!


 懐からナイフを取り出した諏訪部は俺へとにじり寄る。誰にも理解されない悲しきゴリラである俺には、窓を破って逃げ出すという選択肢しか残されていなかった。



 屋敷を逃げ出した俺は、街を当てもなくさまよった。ゴリラゆえに普通に道を歩くこともできず、仕方がないのでゴリラらしく家々の屋根から屋根を、あるいは電柱から電柱を飛び移り、人目を忍んで移動を続けた。


 これから俺はどうなるのか。桜子が言うには長くとも一日で薬の効果が解けるとはいうが、果たして本当にそうなのか。


 ゴリラだ! 俺は一生ゴリラなのだ!


 住宅街の中にあるマンションの屋上に昇り、忙しい気配がしてきた朝の街を眺めるうち、俺は無性にドラミングをしたくなった。もう身も心もすっかりゴリラだ。


 ゴリラ的欲求に抗えず「ウホウホ!」と声を上げていると、眼下に映る景色の中、あかりの姿を見つけた。高校に行く途中なのか、大きなリュックを背負って弾むような足取りで道を歩いている。


 ああ、俺はもうそっちの世界には行けないよ。お前は人間、俺はゴリラだ。


 自嘲気味に笑ったその時、俺のゴリラアイはとんでもない瞬間を捉えた。呑気に歩くあかりに向かって、居眠り運転でもしているのか、コントロールを失った乗用車が突っ込もうとする光景である。


 ――マズイ!


 考えるより先に身体が動く。


 マンションから飛び降り、乗用車とあかりの間に割り込んだ俺は――突進してくる車へ向けて渾身の力を込めた右ストレートを放った!


 弾け飛ぶバンパー、割れるフロントガラス、躍動するゴリラ力。


 乗用車は半壊しながらその場で停車する。息を吐いた俺は、肩越しに振り返ってあかりを見た。きょとんとした表情をしているが、身体は至って無事らしい。


「……まったく、気を付けろよ。たまたまゴリラがいなかったらどうなってたかわからないぞ」


 ――なんてカッコつけたことを言ったが、あかりには伝わっていないんだ。ふと悲しくなった俺は、ドラミングをしてからその場を去ろうとする。


「タツミくん? どうしたの、そんなにゴリラみたいになっちゃって」


 電信柱に飛び乗ろうと跳躍しかけた俺を止めたのは、あかりのそんな言葉だった。


 そんな、嘘だろ? 俺はもうすっかりゴリラなのに――。


「……あかり。わかるのか、俺が」

「わかるよーそりゃ。だって、幼馴染じゃん、あたしたち」

「こ、言葉まで……ゴリゴリとしか聞こえてないはずなのに」

「たしかに、ゴリゴリとしか聞こえないけど……でもわかるよ。言いたいことは」


 いつもと変わらない春の太陽のような暖かい笑顔のあかりは、俺の人差し指をそっと握る。柔らかく、優しく、そして懐かしい感触だった。


 チクショウ。だから俺はお前が好きなんだ。でも俺はもうゴリラなんだ。この思いが叶うことは無いんだ。


 ふと頬に温かいものが流れるのを感じる。ああ、ゴリラも泣けるんだ。


「あれ、タツミくん。顔がタツミくんに戻ってるけど、どうしたの?」


 何を言ってるんだ? 今の俺はすでにニシローランドゴリラで――なんて思いつつ自分の腕を見ればだんだんと体毛が薄くなっているではないか!


 人間に戻れるんだ! 俺はまだ人間なんだ!


 そんな喜びと同時に俺は、あることに気が付いた。


 服は家で脱いできている。ということはつまり、ここで人間に戻ったら――。


「……あかり。俺は用事を思い出した。帰る」

「ちょ、ちょっとタツミくん?!」


 名残惜しさを感じながらあかりの人差し指を振り払った半ゴリラ人間は、大慌てで走り去った。



 それから数分ともせず全裸人間になった俺が、誰にも見られぬように物陰でじぃっとしていると、やがて「どうも」と冷たい声が聞こえてきた。現れたのは桜子であった。


 桜子が持ってきたジャージに着替え、文明レベルで現代人に戻った俺は、まず安堵の息を吐き、それから桜子を問い詰めた。


「おい桜子。薬の効果は一日って言ったよな」

「ええ。ですが、それは大人しく過ごしていた時に限ったお話です。坊ちゃまはきっとゴリラパワーを使いすぎたのでしょう。ゆえに効果が早々に切れたのかと」

「ふざけろ。危うくこっちはあかりの目の前で、ゴリラから変態に進化するところだったんだぞ」

「でも、よかったじゃありませんか。おかげで彼女のヒーローになれたんですから」


 ……たしかに、あのゴリラ薬が無ければ、あかりはあそこで車に轢かれていたのかもしれない。そう考えれば意味はあったのかも、と思わないこともない。


「それと、あかり様の異性のご趣味についてですが、アレは気にしない方がよろしいかと」

「……どういうことだ?」

「ご友人曰く、あかり様は運命の相手などというものが白日の下にさらけ出されることを恥ずかしがって、あんな風にあり得ないことを入力したそうですので」


 なんだか久々に明るい話題を聞いた気がする。俺は「そうか」と気分を良くしたものの、ふと頭に過ぎるものがあり、「待てよ」と思い直した。


「……つまり、それをはじめから調べておけば、俺はゴリラにならずに済んだんじゃないのか?」

「まあ、そうなりますね」

「ふざけろ」


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[良い点] 大きな破綻がないので存分に笑える.
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