パンストユーゲント
先輩である美咲は目の前でパンティストッキングを脱いだ。
焦らすようにこちらのことを見ながらゆっくりと、パンストがずれることで美咲の白い素肌が見えた。
これ以上ないくらいに心臓の鼓動を感じながら、由実はその光景を目に焼き付けようと瞬きすらせずに見入った。
膝から踝に、踝から足先に。
両方の足から脱皮するようにパンストを脱ぐと、美咲は見下しながら由実にパンストを差し出した。
「はい、これでいい?変態」
見下し視線は冷たくて、ナイフのように鋭い。
心を視線のナイフでゆっくりと切り裂かれるようで、由実はどうしようもなく興奮した。
今目の前には憧れていた先輩のパンストがある。
それも今しがた脱皮したばかりの。
きっといい匂いがするんだろう、先輩のエキスが含まれているだろう、今まで綺麗な御御足を包み込んでいたそれはまだ先輩の熱を持っているだろう。
「さっさと受け取りなさいよ、変態」
ただ吐息を荒くして受け取らない由実に痺れを切らした美咲は顔面向かって叩きつけるようにパンストを投げた。
デニールが厚いものではあったが、まるで痛くはない。
だが、顔面に投げつけるという行為自体が由実をさらに昇天へと導く。
「これであなたがナニかをすると思うと反吐が出るわ」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
顔に被さったパンストを顔全体に感じながら由実は何度も感謝の言葉を口にした。
***
高校に進学した由実は水泳部に入ると、そこにいた美咲に一目ぼれした。
水着に包まれた美咲は胸こそ控えめであるが、伸びる足はとても美しく、プールからあがって髪をかき上げる姿はたまらなく妖艶だった。
美咲を見たくて毎日部活へと通った。
最初は水泳部なのだから、夏以外は大した活動をしないだろうと案じてのことだったが、季節が夏だろうと冬だろうと、由実は美咲を見るために欠かさずに部活動に参加した。
同級生に対しても、後輩に対しても美咲は冷たかった。
県大会優勝候補、未来のオリンピック選手とまで謳われた美咲は高校3年の夏、通学中に車に接触されて転倒し、足を折るとそのまま夢をあきらめた。
他の先輩がいうにはその頃から美咲は冷たくなったと語る。
夢が破れたショックなのだろうと言っていたが、それでも部活動に参加する姿に由実はまだ目標を諦めきれていないのではないかと思った。
卒業を前にした美咲に、由実は思いの丈を伝えた。
同性であるにも関わらず、美咲は珍しく困惑した様子を見せると、返事は保留となった。
1週間が過ぎ、美咲は答えを出すからと由美を部活後に更衣室に呼び出すと誰もいない更衣室で由実を見つめた。
「由実、この前の返事なんだけれども」
「…はい」
「私は――今はあなたの気持ちに答えられない」
グサリ。
心に刃を尽きられた気がした。心に刺さった刃からは血の代わりに涙が流れる。
「…はい…先輩。ありがとう…ございました」
腰を折って深くお辞儀をすると、涙が落ちないように両手で顔を塞いだ。
そりゃそうだろう。高校生にして同性愛だ。とても受け入れられるものではないだろう。
終わった。私の恋はプールの排水溝に流れていく水のように流れて消えた。
どうせなら由実は自身も排水溝に流れて消えたいと思った。
「今は、といったでしょ。少し聞いてもらえる?」
「…はい」
顔をあげずにそのまま耳を澄ませた。
まだ希望はあるのだろうか、かすかな光を差し出す美咲だが、その光が刃の輝きだったらどうしよう、もう一度刺されたら完全に壊れると由実は涙を貯めた。
「私ね、選手の夢を絶たれてから必死にもがいたの。でも記録は伸びないし、全盛期よりもどんどん落ちていくのが嫌になっていた」
無言でうなずいているのを見ると、美咲は言葉をつむいだ。
「もう高校以降は水泳はやめようと思ってる。事故って以来足は悪いままだし、次に夢中になれるものを探してるの」
水泳という道は諦めたが、まだ他に道はないかと模索する姿はやはり由実にとって憧れの先輩像だった。
立派です。先輩は本当に尊敬の出来る人です。
涙と嗚咽のせいで言葉に出せなかったが、心のうちに思う。そして、それゆえに惹かれたのだと。
「あなたは――私を夢中にさせてくれる?」
「…がんがりましゅ」
「じゃぁ、一つ。私ね、人を甚振るのが好きなの」
「…え?」
「Sっていうのかな。罵声を浴びせたり叩いたり、バイオレンスなものが好きなの」
え、何故そっちになった。
零れていた涙が瞬時に引いた。それと同時に今迄しることのなかった一面に愕然とした。
しかし、自分も同性愛という面を持っている。それなのにSだと告白されたからと引いてしまうのは失礼に当たる。
「由実、私に何かお願いしてみて」
「え…じゃぁ、付き合ってください」
「そうゆうのじゃないの。もっと変態チックなもの」
「え、え、どうしよ」
なんだこの展開。
由実は急激に変わってしまった空気に飲まれた。
何を言えばいいのだろうかと悩む。変態チックなものを想像してみる。
おっぱいを揉ませろ、パンツを脱げ、裸になれ、色々と駆け巡る妄想に顔に熱が入るのが分かった。
「じゃ、じゃぁ…先輩の生おっぱいが…見たいです」
ガンと美咲の足がロッカーを蹴った。
美咲を怒らせてしまったかとビクつくが、反面、美咲の顔は笑顔だ。
「違うでしょ?そんなもの更衣室で見たことあるでしょ?」
「あ、は、はい」
確かに女子更衣室で着替えているときに見たことはある。
じゃぁ、どんなことを言えば美咲は満足するのだろうか。由実は再び変態ちっくなことを考えた。
「じゃぁ、先輩のパンストください…この場で生脱ぎで」
「…いいわ」
美咲は立ち上がると、由実の目の前でスカートを脱いだ。
ゆっくりと指を自身の肌に這わせながらパンストに指を食い込ませた。
憧れの先輩が、自分の惚れた先輩が目の前でいやらしくパンストを脱ぐ姿に、由実はこれが現実なのかと疑った。
「先輩、超絶えろいです」
「…変態。パンストもらって何するつもりなの?」
きっとこれも変態チックなことを言わなければならないのだろうと由実は察すると、嘘ではない言葉を口にした。
「先輩の脱ぎたてパンストもらったら…ジップロックに入れて永久保存して時折取り出してオカズにしまくりたいです」
美咲の視線が一気に冷たくなるのを感じると、由実はドキドキが止まらなくなった。
憧れの先輩に卑猥な言葉を言わされている状況。変態と罵る言葉はどれも、由実には甘い刺激だった。
「…変態、あなた男の子以上にバカなこと考えてるのね。そんなこと考えてたの?」
「はい…考えていました」
ゆっくりとゆっくりと美咲はパンストを降ろした。
夢中にさせてくれるかと問われた。
しかし、答えはノーだ。夢中にさせたいとは思うが、それ以上に夢中になってしまっている由実はただ息を荒くしてそれを見ていた。