亜世界転移 クソ雑魚鈍才な勇者
真ん中にポツンとビルが立っている砂のたまり場があった、学校のグラウンド程度のサイズだ。
ここはもともと、普通の繁華街である。
赤い化け物が無機物を吸収してこうなったのだろう。
利知はそんなポツンと立つビルの入り口前に雨に打たれながら立った。
屋上から叫び声を浴びせられる。
見上げずとも、赤い化け物がいるのだとわかった。
大災害とやらを止めるために利知は来た。
「……あっちから来る様子はないようね」
「ああ」
覚悟は決まった。
入り口を躊躇わずに開けて中に入っていく。
ラスボス戦だ、もうこの後の戦いのことを考える必要は無い。
利知はアカネと走りながら相談したことを頭の中で反芻した。
攻略法はミノリを殺した時と同じように、DWに行き赤い化け物の「コア」と呼ばれる弱点を破壊することだけ。
それをする作戦は何を考えても確実でとても良いものはなかった。
結局作戦はアカネの指示に従って利知が攻撃を避けて用意したナイフで攻撃するという程度のものになった。
一応、今幸いなことに利知の治癒力はこれまでで最高クラスに高まっているが、それは不運にも今赤い化け物の力が利知を滅ぼそう暴走して肥大化しているせいだからである。
とにかく利知は赤い化け物に対して優位に立っているどころか不利。
だけど利知は逃げない。
足はすくむけど「関係ない」といって歩き続ける。
そして屋上についた、赤い化け物が待っていた。
利知は、赤い化け物をよく見据える。
これまでは不気味だったり、醜悪だったりといった風に見えたが。
彼女も暴走しているだけで人に危害なんか与えたくないのだということを考えると、そんなネガティブな感情は生まれてこない。
むしろ憐みや同情といった親近感と。
俺が苦しみから解放してやるという優しさが噴き出していた。
「やって、やるよ」
赤い化け物が咆哮する。
アカネが右と叫ぶので利知は右に跳んだ。
直後、さっきまでいた虚空を巨大な腕が殴りつける。
利知は必死でその赤い体に「目」を探した、DWに行くのに必要なのだ。
きっと、人をたくさん殺してきた彼女のことだから一つくらいついていてもおかしくない。
しかし赤い化け物が右へ左へステップを踏み目を探すのを邪魔してくる。
「前」突然の指示が来た、利知は指示通り前に全力で走った。
雨でぬかるむアスファルトが足を滑らすがそれでもどうにか走ることが出来た、最後は転んだが。
赤い化け物は跳躍し、利知がいた場所をその巨躯でプレスした。
「どうする……どうする……?」
頼れる武器はちっぽけな自分の血を塗り込んだナイフだけ、それもダメージは与えられるが殺すことは出来ない。
本当に絶望的だった。
「左」利知は左に避けようとして跳ぼうとして雨のせいで足の踏ん張りがきかず、ただ滑って
バキッ!
殴り飛ばされた。
「……見えた!」そして吹き飛ばされ転落防止用フェンスにブチあてられ利知は赤い化け物の大きく開けた「口内」に「目」を見た。
一秒より短い時間が流れた。
リアル→DW
ミノリの屋敷にいつの間にかいた。
矢田が赤い化け物の口の中にぶち込まれて行こうとしている場面だ。
「……!」そして、矢田は口の中にぶち込まれてダガーナイフで応戦したがかみ砕かれた。
そこでまたDWの時が戻り矢田が赤い化け物の口の中にぶち込まれて行こうとしている場面に来て
利知は赤い化け物の腕に飛びついて矢田を助けた。
DW→リアル
「そうか、なるほど」DWに赤い化け物とともに行けるのは彼女と触れあっている時に「目」と「目」を合わせた時だけ、そしてのように一緒に行った時だけコアを破壊できる。
そして赤い化け物は先ほど矢田の魂が産んだ「目」を潰した。
「つまり、さっきの矢田さんの目でいったDWは赤い化け物を殺せる可能性があったから使われる前に彼女は潰したのね」
「ああ、そういうことだな」
厄介だなぁと利知は思った。
パワーだけでなく弱点である部分を無くすような知能すら持っている。
「右‼」アカネが叫ぶ。
「うおッ!」必死で利知は言われた方向に跳んだ、濡れたアスファルトのせいで右足首が挫ける。
しかし、すぐにその挫けた感触は消えた。
利知の脚は消えていた。
跳んできた赤い化け物のパンチが利知の右足首から先を削り飛ばした。
「うお」しかし、次の瞬間から傷口からはぶくぶくと泡が出てきてそして足が再生していく。
そして完全に治るのに五秒もかからなかった。
「おお、すごい」これまで考えられないほどの速度で治癒したことに驚くが
「……利知、あなた気づいてないでしょうけど瞳が赤い化け物と同じ色になってるわよ」
「え?」水溜まりに反射した自分の顔を見ると、瞳孔が赤くなっていた。
そして何だか心臓がずきずきとする。
赤い化け物の力に体が今にも飲み込まれてしまいそうなことの証明だった。
死を目の前にして叫びだしたくなった、しかし「……関係ない!」利知はそう叫んだ
そしてどうするかと赤い化け物に利知は向き直る。
利知の方にゆっくり近づいてきている。
いくら利知の生命力が高くても、頭のほとんどを潰されれば流石に死ぬ。
そしていとも簡単に赤い化け物のは頭を潰せるだろう。
そう思うと赤い化け物の巨躯がとてつもなく不気味に思えてきて「……関係ない……」利知はそう呟いた。
「アカネ、作戦はこのままで」
「わかったわ」
どうにかして赤い化け物と共にDWに行って、そしてコアを破壊すればいい。
やることはハッキリしている。
だから利知はそれを実行した。
作戦通りに必死でアカネの指示を聞いて攻撃をよけ、そして赤い化け物の体から「目」を見つけ出してDWに行きコアを破壊することを試みた。
何度も何度も攻撃を受けて腕が引きちぎれたり顔が抉れたり血を吐いたりしながらアカネの励ましをうけつつ目を凝らして試み続けた。
実時間で何時間も集中して、吐き気を我慢してつづけた。
その結果。
傷つき、ナイフをどこかで落とし、神経をすり減らして、赤い化け物を殺すことは出来なかった。
「あぐ‼‼‼」利知は赤い化け物の拳をクリーンヒットさせられ吹き飛ぶ。
そしてフェンスにぶち当たり、そのフェンスすらガシャン!と音を立ててぶっ壊れた。
当然利知は空に放り出される。
赤い化け物に有効打すら与えることなく、重力に逆らえず利知は自由落下で落ちて行く。
何かを掴もうと手を伸ばしても、そこに救いは無く。
ただ、落ちていく。
「……クソがっ‼‼‼」利知はドサリ、と地面に落ちた。
派手な音はせず鈍い音をたてて、体中の内臓が破裂して
「あ……が……」必死で赤い化け物と最後まで戦おうと無理にでも意識を保とうとしたが無理で
利知は何でもいいから掴もうとして手を伸ばそうとして、それでも力が抜けてしまった。
これでいいわけない、このまま終わってしまっていいわけない、こんなのダメだ。
そんな意思を強く持っていたものの、それでもダメージは大きく気絶した。
落下ダメージは修復が始まった、動けるまで回復するのは数分後。
だけど、利知が目覚めるのはいつかわからない。
「利知‼お願い……目覚めて!」アカネは利知に呼びかける、それ以外彼女に出来ることは何も無かった。
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赤い化け物は利知を殴り飛ばした後、ひときわ大きな唸り声をあげた。
聞いた誰もがその「誰でもいいから殺してくれ!」という泣き声を不気味な声としか思わないだろう。
赤い化け物は何度も何度も咆哮を続ける。
少年を何度も何度も傷つけてしまう罪悪感、体が勝手に他人の命を奪い続ける恐怖。
その全てが苦しい、なのに利知という殺してくれる「希望」があるせいで狂えない。
何も考えられないほど狂いたいと赤い化け物は思った。
そして、その場で立ち止まって。
赤い化け物はこれまでと違い、より低く地獄の釜のような唸り声をあげだした。
彼女は、自分の体が大災害を引き起こす準備を始めたのだと理解した。
早く誰でもいいから止めてくれと切に願った。
もう、大災害までの時間は少ない。
利知の住む町が壊滅した時よりもひどいものが来る。
――――――――――――――――――――――――――――――
利知は、気絶したまま夢を見ていた。
死んでいった仲間たちの夢だ。
たくさんの名も知らぬ人たち、最初に死んだ友達の麻、自分をかばって死んだ錐、自分が殺したミノリ、ヨモギと殺し合って死んだ古賀、自分で殺したヨモギ、矢田の自己犠牲、殺された菜野。
誰もかれも、結局は無意味な死だったかもしれない。
「……それでも、関係ない」利知はそして目覚めた。
「利知!?……良かった、起きたの?」アカネが喜ぶ、だが喜び合っている時間は無い。
「何分くらい俺が気絶して立った?」立ち上がりながら聞く。
アカネが利知にまだ動くなと言った、気絶してからまだ一分程度しかたっていないだから怪我も大して治っていないから赤い化け物を倒しに行くにしても治癒してから行けと。
だが利知は「行きながら治すよ」と言って屋上で先程より低くて不気味な唸り声をあげる佇む赤い化け物の元に向かう。
足を引きずりながら。
ビルの中へ入る。
ぽたぽたと血が流れ、足がきしむ。
体の再生が速くなっているのに、大きすぎる怪我のせいで中々治っているような気がしない。
それでも利知は前へ前へと脚を進めた。
アカネはそんな彼を見ながら何もできない自分に罪悪感を感じ、何か役に立つものはないかと辺りを見回した「……あ、ナイフ落ちてるわよ」
「ナイフ……?ああ、さっき落とした奴かそんなも……」そんなもの何の役にも立たない、と利知は言おうとしたが踏みとどまった。
アカネが自分のために何か出来ることはないか考えてくれていることがわかったからだ。
「一応もっていくか」
ふらつく足と震える手でナイフをかろうじて掴んだ。
そして再び前に向かう。
階段をカツカツ登っていく、屋上に向かおうと必死で力を振り絞る。
進んできた道なりに血が落ちていた。
「利知君」ふと、後ろから声がかかった。
振り向くとミノリがいた。
いや、それだけじゃなく、たくさんの人がいた。
死んで来た仲間たちだった。
「……!」利知はわかっている、これは幻影だ。都合よく人は生き返らない。
だから、これは利知自身の産み出した都合のいい妄想。
もしかしたら先程落ちた時に頭を打ったのかもしれない。
「何で子供が世界の運命を背負わなきゃいけなんだ、おかしいだろう?」幻影の菜野が利知にやさしく諭す。
「お前は弱いのによく頑張った、もうやめていいんじゃないか?」幻影の父が利知に提案する。
「もう、やめていいんじゃない??」幻影の古賀が優しく言った。
利知は自分の心のどこかにそういった「優しい世界に逃げたい」気持ちがあることを理解した。
だからこんなものを見るのだ。
「諦めて好きなことしようよー?」逃避願望の作りだしたヨモギが誘う。
「お前もよくヘタレなのに頑張ったよ」承認欲求の作った麻が利知をほめる。
「もう、あなたが頑張る理由は無いでしょう?」利知に都合よく作られた錐が利知をたしなめる。
「なぁ、君は……もう疲れたんじゃないか?」妄想の矢田が利知の本音を言った。
そして「もういいでしょう?」嘘のミノリが、利知に手を差し伸べて。
「投げ出しちゃいましょう、全部、何も考えないで快楽に逃げちゃいましょう、私と一緒に」
言った。聖母のように優しく。
少しだけ利知は迷って「ごめん」謝った。
「……ごめん」利知は偽物の仲間たちから視線を逸らしながらつぶやいた。
そして前へ進みだす。
やらないといけない。
利知は全てが突き詰めれば無意味だと思っているが、それでも価値があると思えるなら突き詰めた時のことは関係ないと思っていた。
だから赤い化け物を何としてでも倒さなければいけない。
ハッキリと利知は自分がそうする理由を言えなかったが何となく理解していた。
進みながら利知はアカネに「ありがとう」と話しかけた。死んだら無になって話すことはできなくなるから今のうちにと。
「な、何かしら?いきなり」アカネは困惑する。
「お前、俺と一緒にずっといてくれただろ」
「それは……私がそうするために作られたから」
「でも、一緒にいてくれただろ」
「まぁ、そうね……」
感傷にあまり長く浸っていてもいけない、利知はナイフをアカネに見せる。
「なぁ、俺、一つだけ思いついたんだ良い作戦、協力してくれないか?
このナイフ見てたらさ……これならできるかもしれないって」
利知はボロボロのまま中々治らない自分の体を見ながら笑った。
「ちょっとだけ、時間かかる作戦だけどさ」
―――――――――――――――――――――――
そして屋上に利知はついた。
そして赤い化け物に歩み寄っていく。
多少の恐れはあるし、ふらついている、それでもただ前へ。
赤い化け物が腕を振るった。
利知は最小限の動きで避けて、走り出す。
「うぁーっ!」
叫んで、利知は赤い化け物の口元に飛び掛かった。
そして殴りかかる、当然のごとく何一つとしてダメージは与えられていない。
やはりコアを破壊しないとどうしようもない。だがDWに行かないとそれはできない。
DWに行くには誰かが死ぬことで発生する『目』を使わないといけない。
「あぁぁああああ!」赤い化け物が、叫んで利知を口の中にぶち込む。
「ッがぁッ‼‼‼」利知の本気の抵抗も圧倒的パワーの差には意味が無く、そして口にぶち込まれた利知は。
ぐちゃぐちゃと咀嚼された。
何度も何度も、足も腕も折れ、そして頭もかみ砕かれて、利知の脳みそはミンチになった。
死んだ、確かに利知は死んだ。
本当に利知は死んだ。
そして「目」を赤い化け物の中に産み出し、その命を刻み込んだ。
これは現実だった。
赤い化け物は希望が断たれたという悲しみと、これで邪魔ものがいなくなって嬉しいという壊れた部分の喜びの混じった叫び声をあげた。
そう、利知の存在が消えた。
仲間たちのように。
それが利知の作戦だった。
「‼‼‼‼‼」
利知が、屋上に突如現れて、そして叫び続ける油断した赤い化け物に向かって走った。
赤い化け物の口内にある「目」をみないよう自分の目をつぶったまま。
「アカネ!お前の指示だけが頼りだからな!」
「ええ!」
作戦はこうだった。
利知はまず、自分の体をナイフで真っ二つにした。そして利知は二人になり、片方が赤い化け物に殺されて失われてしまった『目』を作る、そして残った方がDWに行ってコアを破壊する。
いくつもの知識を利知は使って考えた。
例えば脳みそはあくまで『ほとんど』失われた時に再生が止まる、だったら半分程度なら再生できるのではないか?という疑念。
菜野のかぎ状の骨となった指先を見て知った『自分の体を道具として使う』方法。
自己犠牲で利知を救った矢田のその『自分の死を作戦に組み込む』方法。
その他にもいろいろと考えてみたが、この作戦が最良だと利知は思う。
「!?」赤い化け物は利知に気づいた。
そして、なぜ殺した相手がここにいる!?と驚きながらも
口の中にある「目」を使われないよう閉口しようとして、出来なかった。
赤い化け物の中の、壊れていない心が、利知を必死で助けようとしていたのだ。
仕方なく赤い化け物は利知に拳をふるうことにした。
「左!」アカネがその行動を受けて叫ぶ、利知は目をつぶったまま無理矢理左足をより左へ踏み込んで体を左へ傾ける、ギリギリで右腕が吹き飛ぶ程度で済んだ。
「右‼」アカネが先程よりも強く叫ぶ。
利知は走りながら右へ滑り込んだ、かなり危うかったが赤い化け物の左拳を避けることが出来た。
そして「前へ跳んで!」アカネの指示と同時に利知は前へ跳ぶ。
そこは、赤い化け物の口内。
目を開けると閉じた瞼があった。
その瞼がゆっくりと開いていき……
「俺が、これで終わりにするんだ」
一秒よりも、とてもとても短いけど、尊い時間が流れた。
リアル→DW
気づけば利知は隣で自分自身がかみ砕かれているのを見た。
それは問題ではない、それよりも丸っこくてきれいなものが利知の目の前にあることが大事なのだ。
知っている、コアだ、赤い化け物の弱点。
壊せば倒せる。
利知は何の感慨にひたるでもなく、そのきれいなものを握りしめた。
それはとてもとても脆く、簡単に壊れた。
DW→リアル
――――――――――――――――――――――――――――――――――
利知は、ドサドサとあっけなくドロドロに溶けて蒸発して消えていく。
赤い化け物のすぐ隣で空を見上げていた。
自分もドロドロに赤くゲル状に溶けて行きながらである。
アカネと利知はお互い死ぬ前に話したりせず、それぞれ自分勝手に色々なことを感じていた。
アカネは、この結末に納得していた。
利知は、空を見ていた。
雨が降り止みそうである、しかし利知はもう少しだけやまないでいてほしいと思った。
別に、太陽は嫌いじゃない、でも雨だって嫌いじゃあない。
利知は、空を見上げながら赤色の粒が飛翔して、そこに存在しないかのように消えていくことに気づいた。
それが蒸発していく自分の一部分だと気づくのに数秒かかってしまった。
「……蒸発して見えないだけで、確かに残ってるんだろうな」掠れるような声で利知は言って
目を閉じた。
そして、利知は自分の死を泣き叫ぶこともなく、その運命を呪うこともなく。
この瞬間を終えた。
利知は死んだ。
それが現実。
もう一人の利知がいたりすることはもうありえない。
利知は死んだ。
利知は死んだから、彼の脳が作り出すアカネも死んだ。
利知とアカネは、この世界から消えた。
……消えてしまった。生き返ったりする夢物語は決してない。
利知は今回分裂しました、しかしそれができる回数はそんなに多くありません。
なぜかというと、赤い化け物の力で再生する脳の機能はさいっしょからある者と比べて大きく落ちるのです
そのため、あんまりにも再生して作った脳の比率が大きすぎるとまともに体が使えなくなり死にます(だから脳のほとんどが壊された時、赤い化け物の力の持ち主は死ぬ)