俺は彼女に生かされている
利知は走っていた、周りがかすんでよく見えなくなるほど。
直感的に上松がいまだに追ってくるのがわかった、だから止まれない。
「ハぁ……はぁ……」利知は、何度も敵から逃げるために走り回っているんだから
少しくらい脚が速くなっていいじゃないか、と思う。
アカネにはなぜ速くならないかわかった。
赤い化け物の力が利知を浸食しているせいだ。
そう、利知は走るフォームや腕の振り方は洗練されてきている。
だが、それを打ち消すほど、脚の筋肉などのの身体能力が下がっているのだ。
「ふひ、ぜひ、はぁはぁ」
「まだ走ったほうがいいわ」アカネは決して利知を死なせようとしなかった。
「……」利知は上松から逃げるいいアイデアはないか?とアカネを見る、心配そうに見返されたので苦笑いした。
彼女もまた、どうすればいいのか悩んでいた。
息をがひゅがひゅ飲み込みながら、利知に限界が来た。
疲労困憊して、ゴキリと足首をくじいてしまった。かなりえげつないくじき方である。
「うぐッ、はぁはぁ」
あまりにも苦しく、すぐ近くにあるものにもたれかかって体力の回復をしようとした。
すると、ずるずると体の力が抜けて尻もちをついた。
まともに動けそうもないほど気力も体力も失われていた。
「……うぅ」かすかに残る微小な元気で辺りを見回すと
もう夜で、周りが見えないのは目がおかしくなっただけでなく暗いからでもあると気づいた。
そして、どうやら歩道橋の橋脚……つまり土台の部分にもたれかかっているようだった。
「利知、もう休める時間は終わったわ」アカネがそう言う。
確かにゆっくりと利知に上松が近づいて来た、かなり近い。
「うぅぅぅ......」利知は立ち上がろうとした、しかし乳酸菌だらけであろう脚が働いてくれない
「があッ!」利知は前のめりに倒れそうになるが胸倉を掴まれて、持ち上げられる。
「お前は俺を倒そうとしてたけどさ、もはや俺の目的はもう俺が死んでも達成される」
上松の言葉を聞きながら抵抗しようとしても、腕が全然動かなかった。
「つまり、この戦いはどう転んでも無駄だったわけだ」
利知もアカネも上松も思った。
『利知は詰みだ』と。
だが、上松が大きく目を見開く、誰にも予測できなかった出来事が起きた。
誰も目をむけないほどの短い時間が流れた。
現実→DW
「なんだッ!?」ここにいる三人が瞬時にDWに来たことは理解したが
なぜそんな出来事が起きたのかがわからなかった。
上松の後ろに少女が立っていた、その右手に拳銃を構えたまま。
利知はその子を見て、すぐに誰なのかがわかった。
ヨモギだった。
利知の後ろにいる女を殺そうとしている。
そう、今再生されている死の瞬間は「ヨモギが殺した」人のものなのだ。
パン、と虚しい音が響く。
赤い化け物の体液を塗り込んだ銃弾が空気を裂く。
上松の頭部に、弾丸はヒットした。
ヨモギが殺した人の代わりに、上松が殺されて
死の再生は終わる。
―――DW→現実――――――――
利知は、少し呆けていた
突然の出来事に驚愕していたのである。
アカネも同じ理由で呆けていた。
そして、冷静さを取り戻してきたが何一つとして笑えない。
悪を打ち倒したなどと大はしゃぎなんて出来るはずがない、菜野が殺されてしまったのだから。
「ぁ……」上松の死体がドロドロに溶けて、赤黒いぶにゅぶにゅしたゲル状の物になって
そして蒸発したのか空気中に散らばって消えてゆく。
綺麗に見えた、だけど感動なんて出来ない。
利知が陰鬱な物思いに落ちていると
「この人”俺が死んでも目的は達成される”って言ってたわよね?」
深刻そうにアカネが言った。
「え?」
利知が聞き返した瞬間。
遠くから、唸り声が響く。
その音が止んで一呼吸おいてから、世界が吹き飛んだ。