俺は
上松戦はあと一話あると思います。
あ、それと前回お色気シーン書くか迷うと言いましたが……書きませんでした。
利知は走った。
足で地を後ろに蹴り飛ばして。
上松が利知の方に振り向く。
「うわあっ!」
叫びながら殴りかかる。
次の瞬間上松の腕に生えていた触手は、利知の足を切り落としていた。
「は?」
利知は地に倒れ込みながらそんなことしか言えなかった。
反射的に右手で受け身を取ろうとする。
また次の瞬間、右腕が肩から切り落とされていた。
「あ、グッ!」
そして思いっきり顔面から重力が利知を地面に叩きつけた。
上松の力を知らなければ意味のわからない一瞬の出来事だった、怖い。
その様子を見ていた部活生たちの中から何人かが利知を助けようと向かって来ようとしていた。
「来ちゃダメです!」
利知は、叫んだ。
それでも何を言っているんだ?と言う顔でやって来る奴がいる。
「俺はッ大じょ、あぎっ」利知は吐血していた。
背中から肺を触手に貫かれたようだった。
傷のできた穴からブシュウと噴水のごとく血が噴き出す。
「うっうわあっ!」異様な光景に恐怖して部活生たちは逃げ出した。
よかった、これで何らかの弾みでも彼らが殺されることはないだろう。
利知はそう思うと共に笑みをこぼしていた。
大したことはしてないし、あの部活生たちと友達だったわけじゃないけど初めて誰かを助けることが出来たことがうれしくてしょうがなかった。
「どうするの?」アカネに言われてはっと気づく。
部活生を逃すことばかりで、上松を倒すことをすっかり忘れていた。
視野が狭くなっていた自らに苦笑する。
まず。腕と脚は切り落とされてしまって治るまで十分程度かかるだろう。
これはいけない、フィジカル以外でどうにかしなければいけないのである。
一応既に肺は治りつつあった、声を無理やりなら出せるから……
「うえま、あぐゲフォッ」何か言おうとした瞬間、また肺を貫かれた。
「ガフッ!」吐血した。
上松を睨みつける、彼は眉一つ動かさずに利知に語りかけていた。
「あのなぁ、お前のせいで殺せなかったじゃないか」
ぞわりと利知は心臓が握られている感覚に陥った。
「まぁ、別にいいんだけどさ」
いらりと、利知は怒っているかと誤解させるようなことを言うなとムカついた。
「そもそも、殺そうとするなよ!」利知はむかむかとしたので言いたいことを言った。
「おいおい、人を傷つけることはそんなに悪いことなのか?」上松の言うことは間違っているとわかる。
「気に入らないんだよオ!」だけど利知は論理的に反論しなかった。
上松は、利知に走り寄ってきてサッカーボールのように腹を蹴り飛ばした。
「おお、弱い」
何となくやろうと思ったからやったのである。
ゴホゴホと咳込む利知に対して更に腹を蹴りつけ追い打ちをかける。
「おお山坂お前、もうちょっとまともに抵抗しろよ?いやできないのか」
必死で四肢の残った部分でガードしようとしても上松のアタックをブロックできなかった。
利知の実力不足が原因である。
そして、利知の顔面を蹴りつけて鼻を折ると上松は何だか満足して戦闘態勢を解いた。
「よ……弱い」アカネが驚愕するほど利知は弱かった、結局上松を一発殴ることもできなかったのである。
「はあ、正直お前が赤い化け物を殺せちまうかもしれないなんて思ってたのが馬鹿みたいだ」
上松はゆっくりと利知から目を逸らしつつ言った。
「こんな奴に、殺せるわけがないんだ」
その時だった、菜野が駆けだした。
「 ‼‼‼」無音叫んで出来るだけ音を立てないように上松に向けて突進する。
その手に稲妻を弾かせるスタンガンを握りしめて。
「ッ!」
バチィ!と大きな風船が破裂したような音が響く。
「ガアッ!」次に上松が苦悶にあげる声が響く。
上松の腹に菜野のスタンガンは押し付けられていた。
利知は察した、『上松が獲物を狩って油断した瞬間を狙う』ことを菜野はしたのだ。
そう、利知を獲物として使って。
「―――――よしっ!」利知と菜野は興奮した、確実に攻撃は入った。
証拠として上松は白目を向きかけ、ふらつき、口をまぬけに開けながら今にも倒れそうである。
これは勝った、間違いない。
二人は甘かった。
獲物を狩った後油断するというのは別にどんな者にも言えるのだ。
ここで、上松に容赦せずもう一撃を『殺すつもりで』くらわせておけばよかった。
上松は口を勢いよく閉じた。
すると、ぶち、みたいな、変な音がして血が噴き出して。
ぺっ、みたいな音を立てて何かを彼は吐き出した。
噛み切られた舌だった。
そして、すっと堂々と立つ。
突然の残虐シーンに呆けている利知を見て
「ん?舌を噛み切って簡単に死ぬのはフィクションの世界だぞ?」と教師のように解説した。
菜野は奥歯を折れそうなほど強く噛み締めた。
「……噛み切った痛みで気絶を防いだか……!」
スタンガンを構えなおすが、見えないものに弾き飛ばされた。
一瞬で戦闘態勢に戻った上松の触手が、菜野の武器をトばしたのである。
「まったく!」
一瞬だった。
アカネが利知に攻撃が来ると叫ぶ暇もなく、上松の触手に菜野は絡めとられ体を持ち上げられていた。
「ぐっ!このクソ……」ぶんぶんと中空で足を振り乱しながら抵抗しようとしても無駄であった。
「おろせ!おろせよッ!」利知はろくでもないことになることをすぐに察して、泣きそうになりながら
上松に叫ぶ。やはり返答はない、実力行使に出ようと治りきっていない体を酷使してトんだスタンガンを拾い上げる。
スイッチを入れるとまったく電気が流れず先程の攻撃で壊れていることがわかった。
しょうがないので、素手で上松をどうにかしようとしたがどうしようもなかった。
上松と利知のフィジカルに差があり過ぎた。
「あがっ!」菜野は、触手に掴まれたまま塀に叩きつけられた。
右腕を脱臼してしまったようだった。
「がひゅ……おま……やめ」かなり強く触手に束縛されていてまともに声を出すのも困難だった。
「ッ!」何度も何度も塀に叩きつけられた、乱雑に、死なないように手加減されながら。
「やめろ!やめろよ!」利知が上松を羽交い絞めにして止めようとするが簡単に振りほどかれる。
その間にも、菜野は一方的な暴力を受けていた。
塀が血で汚くなってきたから、上松は菜野をアスファルトの地面に叩きつけた。
「やめろッ!」利知は上松を殴った、効果は無かった。
理不尽なまでの力量差がそこにある。
「……無駄よ、今のうちに逃げたほうがいい」アカネがあまりにも冷たい現実を吐いた。
今は利知にとってそんなものクソみたいな言葉で、どうしたらこの男を止められるのか考えてほしかった。
そしてもちろん、物事の終わりが来た。
もう呼吸も絶え絶えで数々の怪我を負った菜野を叩きつけるのを、上松はやめて、ギリギリと触手での束縛を強めていく。
「やめろ―――――‼‼」
菜野の体が、ぷっつりと糸の切れた人形のように動かなくなる。
だらだらと涙等の液体を漏らしながら死んでいた、彼女の尊厳もクソもない死に方だった。
ただただひたすらに絶望しか残っていなかった。
「あ……」
利知は、ボロボロ泣きながら笑おうとした。
あまりにも救いがない、誰も得していない。
そんなおかしなことに耐えるには自分がおかしくなるしかない。
なのに、笑えなかった。
ひたすら自分の心をすり減らしながら戦い続けて利知は悲しいことに慣れてしまったから、おかしくなれなかった。
上松がゆっくり利知に顔を向ける。
結果的に菜野と協力して彼を倒しかけた利知を今度は殺す気だった。
菜野のグロテスクな死体を見ていると、ここで全部を投げ捨てて上松に頭を潰されてBADENDになる、それがいけないような気がして利知は逃げ出した。
ベチャリと、乱雑に菜野の死体が投げ捨てられた音が耳から離れなかった。
走り出したその先に待っていた者は、ただひたすら重苦しい胸くその悪さだった。
ここまで読んでくれてありがとうございます