俺たちは、そこに向かう
利知は、出ていく息の代わりの空気を全力で吸い込む。
むせそうになりながら、はあはあと呼吸を途切れさせながら
走る。
利知も、菜野も必死で走っていた。汗だくになりながら、転げるように。
桂はまあ、普通の走りだった。
そして菜野の家についてドアを閉めた時、利知と菜野は倒れた。
極度の疲労によってのものだ。
「ぜーはーっーフーッ」
菜野も、利知も緊張からの解放感を得て倒れたまま立ち上がろうとしなかった。
唯一、桂だけが自分のカメラに傷がついていないか立ったまま確かめていた。
「フーっ、とりあえず……助かったか?」菜野は、倒れたまま言った。
「……」利知は、答えなかった。
とても笑い合う空気ではない。
命が助かったとはいえ何人も死んだ、青野も矢田も死んだ。
目の前で。
ただただ二人の胸の中には灰色が満ちるばかりだった。
―――――――――――――――――――――――― 一時間後、落ち着いてから。
菜野は、疲れ切って横になって休んでいて、でも睡眠しているわけではなくて、利知と桂はテーブルをはさんで向かい合っていた。
「うっわ、ゴミだらけだなあこの家」桂はゴミ袋だの、気持ち悪く蠢く虫だのを見ながら感想を言う。
「あの、さ」利知は、桂に聞こうとした。
「なんだろ、あの虫?ゴキブリと蜘蛛のあいの子って感じの……」
「それよりも‼」利知は、怒鳴りつける。
「聞きたいことがあるんだよ!山ほど!だから助けたんだ!」
まくしたてていく。
「なんでお前らフォバルナエタ会はミノリの家にいた!?なんでお前らヒドイことばっかりするんだ!
お前は何でフォバルナエタ会にいるんだ!なんで!」
桂は利知を見やって。
「答えないとダメか?」訊ねた。
利知の瞳に怒りの火がつく。
「答えろ……」
「やれやれ、だったら教えてやるよ」
「まず、一ノ瀬家にいたのはフォバルナエタ会の実験をするためだ。
人工的に赤い化け物を作って世界をもっと早く滅ぼすためにな」
利知は、思い出した。
屋敷には利知のように赤い化け物力で怪我の治癒が行われてる男がいた。
横たわった菜野が、怒る「世界を滅ぼしたところで何の意味もないだろ」と。
「それで、何でお前らは酷いことばっかりするんだ」利知は今にも桂に殴りかかりそうな気持を必死で押さえつけながら聞いていく。
ミノリを殺したうえ、彼女のいた所までクソみたいなことに使うなんてと。
なんだか利知はミノリの死体を蹴り飛ばされているような気分になっていた。
「じゃあさ、何で……そうフォバルナエタ会は酷いことをするんだ」
桂は不思議そうな顔をして「だから、意味なんてないよ、トップに指示されるからやってるだけって知らないのか?もう知ってると思ってた」
それは、前にも聞いたことがあるふざけたことだった。
翻弄され、苦しめられ続けた理由が「ない」なんてどうしようもない。
利知は立ち上がって「ふざけんな!じゃあ何でお前はそんな無駄な団体にいるんだ!」聞いた。
どうしても納得したくない。
理屈ではわかる、フォバルナエタ会の行動に無意味さがあることが。
だけど、やっぱり。
桂は、何をいってるんだという顔をして答えた。
「そりゃ、良いカメラ貰えるもん」
そんな理由で、と怒鳴るよりも早く利知は桂を殴り飛ばしていた。
「痛いな!」
あまりダメージは与えられなかったようだったが、利知は冷静になった。
相手は殴ろうが殺そうが良いはずの相手なのに、ひどく拳が痛くなった。
イラついて舌打ちをし、壁を殴りつける。
「……クソが、なんだよ……」
唐突に。
「なあ、」
菜野が提案してきた。
「私たちで、フォバルナエタ会止めないか?……その、トップをどうにかして」
利知は、菜野を見る。
互いの目を見つめる。
「私は、もうこれ以上あいつらがのさばっているのは許せないんだ」菜野の瞳は、若さを感じさせないほど成熟した覚悟を宿していた。
「世界を無意味に滅ぼそうと奴らはしてる、テロ集団だ警察にも入り込んでる」
だから!と、菜野は決意を高らかに「私たちが、どうにかしないか?」宣言を決める。
「おお、かっけえ‼」パシャパシャと桂が菜野の写真を撮る。
「……そんなの」利知はヒロイックさに酔いしれた馬鹿げた思想だ、素人集団が狂った集団をどうにかなんてできない、と言おうとしたのに。
「どうやってするんですか?」少しだけ、違う言葉が出てきた。
自分でも、驚く。
「そりゃあ、トップを倒し……いや、殺すんだ」殺すと言い換えて、菜野は利知に手を伸ばして見つめる。
言葉なんていらない、お友達になんかならなくてもいい、ただただ。
お互いに力を重ねさえできればそれでいい。
利知は頭の中でぐるぐると思考が回っていた。
たくさんの死んだ人、守れなかった人、翻弄される自分、このままでいいのか、どこにも無い助け。
そんなことを考えていたら。
自分を守るため戦ったミノリや敵と戦った矢田や、色んな人を思い出して。
「……これは、俺たちの戦いなんだな」そう呟いていた。
もう仲間はいない。
みんな死んだ。
ただ、この目の前にいる彼女以外は。
だから利知は
いつの間にか菜野の手を握りしめていた。
「ああ、そうだ、それでいい!私たちは、それでいいんだ」
自分たちが闘う道を選ぶことが、無茶で無謀なことなんて二人ともわかっている。
だけど、利知は闘わないでただ怯えて過ごしているのなんてもう嫌だった。
たとえ、自分が今より狂っていこうとも。
お互いに見つめ合う利知たちに。
「で、そろそろ俺おいとましていいかな」
と桂が聞いた。




