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~亜世界転移~  弱虫クソ雑魚鈍才な勇者(一秒のみ)    作者: 赤木野 百十一茄太郎
俺たちの戦いだ
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矢田の覚悟

シナリオに入れ忘れた設定。


青野が、山坂利知を殺すといったのはただただフォバルナエタ会に邪魔だから入るときの交渉材料になると思った「だけ」で実際には利知はどうでもよかったのです。

ちなみに彼がフォバルナエタ会に参入した理由は「興味本位」です。

矢田は、昔から正義感にあふれる男だった。

例えばいじめの現場を見ればいじめをしている奴に殴りかかった。

たとえ、そいつが自分より大きかったり、数が多かったりしてもそうだ。


矢田が刑事になったのはそういった経験があってのことだった。


しかし、矢田は自分でも悩んでいた。


本当に自分は正義なのだろうか?

ただただ正義である自分に酔いしれているだけではないのだろうかと。


彼は、心のどこかで今もそう思っている。

赤い化け物に入り口を塞がれ、退路を断たれた今も。


時が濁流として常に流れていくというのは、ウソだ。

それは認識の問題で、いくらでも変わる。

明らかに今の、時間は止まっていた。


利知と、矢田と、菜野、そして桂。

4人は入り口を塞いでいる赤い化け物を睨み付けた。

見れば見るほど凶悪な奴である。

後ろを向いて逃げ出したら飛び掛かってきて一瞬で殺される気がして、どうしてもこうすることしかできない。

今の所は襲い掛かってこずに矢田たちの様子を窺っているが、何かの気が変わればすぐに4人を殺せるだろう。


緊迫感が、時間を永遠のように引き伸ばす、

一秒が十秒に、十秒が百秒にここにいる誰もが感じた。


「っフゥ」静寂を潰えさせたのは桂だった。

カメラで、パシャリと写真を撮る。

利知はそのシャッター音にビクリと全身を震え上がらせた。


全員で、赤い化け物を睨み付ける。

眼力で殺せればいいのに、とここにいる桂以外の全員が思っただろう。

桂は微笑みながら写真を撮り続けていた。


「……おい、アイツ囮にして逃げないか?」菜野が矢田の近くに寄ってきて囁く。

小さく桂を指さしてのセリフだった。

フォバルナエタ会をやっている相手だから、別に死んでもいいだろうみたいな口調だ。

しかし、矢田は首を横に振る。「ダメだ、囮としては彼はダメだ」


囮にして逃げるには、まずその逃げるまでの時間を稼ぎきる体をもっている奴を使わないといけない。

そう、桂を囮にして逃げても無駄なのである。

一瞬で桂は殺され、追ってきた赤い化け物に皆殺されてバッドエンドへ直行してしまう。

だから、囮に出来ない。

生命力が高く死んでも死なないような利知だったら囮としては長く嬲られてくれるので最適なのだが、矢田も菜野も子供に「自分のため死んでくれ」と言えるような人物ではなかった。


しかし、矢田は悩む。

確かに囮作戦はいいかもしれない、なぜなら他に方法がないからだ。


まず、この化け物と戦うは厳しい

武器もないのに人の十数倍体積がある上、入り口を塞ぐ知能を持った強敵だ。

そして、ただただ逃げるのも厳しい

入り口を塞がれているからだ。


「うわ―――――――――ッ‼」突然の叫び声。

利知の物だった。

自分の腕をどこかで拾ったらしいダガーで突き刺している。

なぜ屋敷で拾えるのか、というのを議論している暇はない。


利知は、そのダガーを構え赤い化け物に突進する。

しかし

「ガヒュッ!」その剛腕に殴り飛ばされごろごろと転げた。


そして、立ち上ろうとして足が変な方向に折れ曲がっていたようで崩れ落ちる。

それを見ながら、矢田は足元に何かが当たる感触を覚えた。

見ると、利知の使っていたダガーが足元に転がってきている。

べっとりと赤い化け物みたいな色の血がついているダガーだ。


矢田は拾い上げて「……僕、か」呟いた。

菜野に振り向いて頷く。

菜野は、矢田のしようとしていることを理解した。

「いいのか?」

「うまく言えないけど、そうすべきと思いますから」

「そうか」


菜野と矢田は互いに短い会話を交わして、別の方向に走り出した。

そうべらべらと喋っている余裕などない、たとえ最後の会話だろうと。

現実は理不尽だ。


菜野は利知の元へ行き、もう走れることを確認し。

矢田は、赤い化け物のもとへ走った。


利知と桂を牽引して菜野は赤い化け物のすぐ横を走る。

利知も桂も、菜野に色々言っていたが、菜野は無視して「走れ!」と叫んだ。


赤い化け物は、三人を追おうとしたが。

「うあっ!」矢田の叫びが響く。

彼は赤い化け物の後ろ脚をダガーで切りつける。

赤い肉がとんだ。

「うわあっ」もう一撃。今度は突き刺した。


赤い化け物は面倒くさそうに矢田の方へ振り向く。

それと菜野たちが屋敷の扉を開けて外に出ていくのはほぼ同時だった。

そして、オカルト的なモノでなく構造上の出来事だろうが扉は菜野が触れてもいないのに律儀に閉まった。


矢田は、それを確認して赤い化け物の腕を切り付けた。

囮として、菜野たちが逃げ切るまでの時間を稼ぎ切らないといけない。


赤い化け物は矢田を殴りつけようと腕を振るう。

後ろに跳んでギリギリで避けられた、が。「うわ」風圧で、まともに着地ができず矢田は転倒した。

「くッ、この……!」矢田は、がっしりと赤い化け物の巨大な腕に握られてしまった。


「チッ」舌打ちをして、抵抗しようと力を込めるが、赤い化け物の剛腕には、勝てず

無理矢理咀嚼され、脚を失いながら口の中に矢田は押し込まれた。


「‼‼」無言の叫びで、矢田は口内でダガーをやたらめったら振り回す。

構えも作戦もない、本当にメチャクチャな戦い方だった。

しかし、ダメージを与えているようで赤い化け物は苦しみ、暴れていた。


ドロドロと、矢田の脚の傷口が赤い化け物の体にあたるたびに、溶けていく。

吸収されていた。


「うわ――っ!」恐怖心をかき消すように叫びながらダガーを振り回し続ける。

吸収されるまでの時間を少しでも引き伸ばさなければいけない。

そうしていると、声が聞こえてきた。

「!?」その声は、叫び声。男や女の恐怖や憎しみに染まった声だった。

これまで、赤い化け物に吸収されて同化した人たちの悲鳴。


「うわあっ!」矢田は、それでも攻撃を止めない。

ダガーが赤い化け物を傷つけるたびに悲鳴が反響する、矢田の耳を馬鹿にしそうなくらい大きな音で。

「あああああ!」矢田は悲鳴をできるだけ意識しないよう攻撃を続ける。

とにかく、できるだけ菜野たちの逃げる時間を作らないといけないのだから、と。


矢田が、またもう一度切り付けた時。甲高い、悲鳴が聞こえた。

これまでとは違う、そう。年端もいかない少女の悲鳴だった。

「……え?」矢田は、その声で一瞬動きを止めた。


矢田の中の正義が、子供の声に惑わされた。

抵抗を一瞬止めた矢田の体は、赤い化け物にかみ砕かれた。


―――――――――――――――

矢田は生命を終えるその瞬間、微笑んだ。

たとえ自分が酔いに酔いしれた酔っ払いでも、それでも正義でいられた。

それは、喜ばしいことだ。

そう彼は感じた。

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