誰もかも 何もかも それでも
「おいおい利知め……」
菜野と矢田は、利知がすぐ戻ってくるかと思い
二十分程度待った。
フォバルナエタ会と戦うには具体的にどうすればよいか話しながら。
それで、トップのつまり会長をどうにかするということに決まった。
そして、全然利知が帰ってくる気配がなくアイツマジで帰って来る気ないのでは?
と思い現在、手分けして利知を捜索中だ。
「クソ、あいつどこにいった?」
菜野はひとりごとを発する。
公園にいる気がしたのだが、いない。
そこら辺のオタクショップものぞいてみた、いない。
学校ものぞいてみた、いない。
大人しか行っちゃいけない店ものぞいたが、いない。
どこを探してもいない。
菜野は利知が心配だった。
スマホで時間を見るともう日が沈みかけていた。
そろそろ矢田と合流して情報を共有しようかと思う。
その前に少し
利知のいそうなところをもう一度考える。
「……」
地下鉄の駅はどうだろうかと思いついた。
それはこういう思考からだ
突然逃げ出すということはどこかへ逃げたいということ、でも彼が目的地を持っていると思えない。
だから、適当な所へ向かっているのだと菜野は思う。
そして、利知はコミュ障だからタクシーにのって「どこでもいいので遠い所へ」等と言えるとは思えない。
だから、電車とか誰ともコミュニケーションをとる必要がない乗り物で遠くへ行こうとしているかも……?
思いっきり的外れな考察なのだが、菜野は駅に向かった。
回れ右して、やや小走りに電気屋の表口から裏口へ通り抜けて、その途中。
「……」菜野は、その異様な雰囲気に息をのんだ。
「彼」を視界の中に見つけ周りを見る。
右と左には道が開いている、しかし正面には「彼」がいて、その後ろに白い高い壁がある。
たぶんスーパーか何かの壁。
菜野は、電気屋にバックして戻ろうかと思った。
だが、いきなり逃げるのはむしろ危険かとも思った。
だから、その場から動かなかった。
それに、聞かないといけないことがある。
コンビニで一度一緒にバイトした仲。
利知ならば「俺と関係ない」と言う程度の関係の青野に。
それでも菜野ならば、しっかりと覚えている。
ただの知り合い程度の関係でも、鮮明に思い出せる。
「……なあ」菜野は、待ち伏せをしていたかのようにいた
「彼」に、つまり青野に聞いた。
「お前、猟奇殺人事件の犯人……か?」
少しどもる
菜野は自分の中に赤黒いインクが染みわたっていくことがわかった。
それは精神を歪める黒い鬱と、すぐ近くに殺人事件の犯人がいる可能性を思い浮かば無かった自分への怒り。
菜野は、社会の平和を守りたいなどと言った正義感は希薄だが
根っからの善心と菜野の祖父の記憶が、菜野の心を震わせる。
「……どうしてそんなこと聞くんだ?」青野は聞き返す。
菜野は、答えた。
犯人を絞る、事件の分析を
事件の被害者は皆何か悪事に手を染めていること、被害者の少年らの悪事がコンビニでバイトをしていないと知りようがないこと、被害者の一人が男性差別発言を多くしているからそれに怒った男性が加害者かもしれないこと。
「つまり……私とバイトしていて、さらに男性で……それは青野、お前と店長だけ」
「そして店長はな、事件が発生した日は忙しくてずっと働いてたんだ」
「だから」
菜野は、そういって青野を睨み付ける。
青野はヘラヘラと笑みを浮かべた。
馬鹿げたように見えるが、後ろに確固とした信念が見える
……と菜野は思う。
「流石だね」
そして、青野の手元から嫌な音がしてくることに気づく。
青野は、速かった
バチバチというスパーク音に菜野は後ろに後ずさるが
それよりもはやく、イナズマが菜野を襲う。
「……あっ、あぐ……!」
スタンガンが思いっきり菜野の腹にぶち当たった。
高電圧。
菜野は腹の焼けるような痛みを唇を噛んで耐えたが
ふっと眠る様に、気を失った。
「……菜野さん」
青野の達成感に満ち溢れた声を聞きながら黒い世界に引きずられる意識に菜野は文句の一つも言いたくなった。
一方その頃。
人気の少ない裏路地で
利知はじっと黙っていた。
空を見上げるとさんさんと晴れている、だからと言って気分まで晴れはしない。
アカネは、ずっと利知の助けになるようなことを言いたかったが
思い浮かばない。
いったい彼に何をいえというのか、そう思った。
それでも、自分は何か言うべきなのではという使命感と優しさがアカネにあることを思い出させた。
「……ミノリさんって、どんな気持ちだったのかしら?」
ぴくり、と利知が反応する。
「私たちみたいに絶対に死ぬ、みたいな状態じゃないのに周りのために自ら死を選んだ」
アカネは、改めて考えると本当に彼女がすごいと思った。
普通の女子中学生が『お前は化物だ、暴走することあるぞ』ということになって
周りのために死ぬことを選べるなんて。
普通はもっと皆が幸せになる方法を必死で探して泣き叫んで、みたいになるのではないかと。
利知はぼそりと呟いた。
「俺、たち……?」アカネの瞳をじっと見据えての言葉だった。
「え、当然じゃない、あなたの脳が私を形作ってるんだからあなたが死ねば私も死ぬ」
その事実は、利知をより深い絶望に叩き落したようで
利知は泣きそうになりながらまくしたてた。
「何で言わなかったんだ!?」
「え、だって……」
「クソ!」利知はアスファルトの地面を蹴りつけながら自分の中で無理やり折り合いをつけた。
利知は、走るような速度で歩き出す。
「……どこへ行くの?」
アカネが聞くと
「ミノリの家……」
ぼそりと返した。
利知は、そこへ行けばミノリがどうすればいいか教えてくれる気がした。
自分だったらできそうにない選択をしたミノリのことを知れば、分かる気がした。
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「え?」矢田が、それに気づいたのはたまたまだった。
偶然、フォバルナエタ会らしい桂葬儀が一ノ瀬家、つまりミノリの家に入っていくのを見た。
彼の素性を調べてみたのだが、わからず困惑していたところでだ。
「……行くしか、ないか?」矢田は、迷った。
一ノ瀬家にいきなり突っ込んで捜査すれば色々と問題になるかもしれない。
矢田は、深呼吸した。
ある程度の無茶は必要だと彼は思っていたから、覚悟を決めた。
ルールを破る覚悟を。