逃げた先にあるものなんてどうせ
利知は、ぼけっと歩いていた。
どうせ何処に行こうと大して意味はないのだからどこに行ってもいいのだと思う。
だけど、どこに行ってもいいのならどこに行く必要がないのではとも思う。
アカネは、利知に何か言おうと思った。
だけど、言えなかった。
生きる気力を取り戻してほしいのだけど、そうして赤い化け物と戦ってほしいのだけど
そうすることは結局利知に「死ね」というのと同じだから。
だけど、何もしなくてももうすぐ死ぬ。
そう、結局どうなろうとすぐに利知は死ぬのだから彼の思うままに生きてもらうべきではないのか
そう迷っていた。
利知は「ウ・・・・・げほっ」突然苦しくなって咳込む
びちゃ、という不快な音がした。
地面、アスファルトに血が見えてそれでなんだか鉄の味を感じることに気づく。
利知は自分に命が本当につきかけようとしているとわかってしまった。
アタリを見回すといつの間にか、商店街まで来ていたようだ。
と言っても人通りはまばらだしそもそも店は休日でもないのにほとんどシャッターが閉まっている。
寂れたところだ。
利知は共感を覚えた。
そして
電柱に手をつけて、考えてみる。
これからどうしようかと。
二つある。
利知にとって選択肢は
まず、赤い化け物と戦うこと
次に、赤い化け物と戦わないこと
正直、戦わない選択をしようと思っている。
「おいおい!ちょっとお前!」
不快な声が利知にかかる。
利知は無視しようとした。
「お前、なんで赤い化け物を使って人殺ししてるんだ!?」
「……は?」
あまりにもあんまりな発言の主を見上げて確かめる。
知らない人だった、若い、利知にスマホのカメラを向けている。
彼は動画を有料生配信していた。
利知は知らないがその放送のタイトルは「犯罪者の少年発見!インタビューしてみた!」
だった。
赤い化け物を使役しているなどどういうことだ?利知は思う。
いつそんな話になったのか、意味が解らない。
誰の流したデマだ。
それがデマと指摘しようとするが、その知らない若い男が
べらべら食い気味に喋ってくるので機会がない。
「いやー俺考えてみたんだけど、君赤い化け物と一緒に動画出たことあんじゃん?
なんか小さい女の子見捨てた奴、あれ、君が赤い化け物を使ってやったんじゃないの?」
なるほど、妄想かと利知は文句を言おうとする。
が、言う前に男が話す。
「でさ、あと、たくさん君殺してるけどそんなにたくさんただの子が殺せるのかって思うんだ
殺した人に格闘家大人とかいるし、でもあの赤い化け物を使えるなら殺せるだろ?」
利知は格闘家の知り合いなどいない。
それは完全に報道上のデマだ、と叫んで逃げたくなるが。
だんだん、ぞろぞろ、男が騒げば何が起きてるんだと人が集まってくる。
利知を取り囲む。
まばらにしかいないはずの人たちも一点に集まれば多く見えた。
彼らは利知に消えてほしいという敵意の視線を向ける。
そうして利知を逃してくれない。
「お前が!」叫び声と共に利知は腹部に鋭く思い痛みを感じた。
だれかにぶん殴られていた。
「げほ」利知は息が一瞬止まり、苦しくなって
倒れ込んでゲホゲホ咳込んで、そんな利知を見て誰も同情しなかった。
子どもに大人たちが言われない悪意を向ける状況だった。
お前が、殺したんだ何人も、お前は死ぬべきなんだとそういう悪意。
この場所に報道がすべて真実と思う奴らが「たまたま」集まっているうえそいつらが「たまたま」やや過激な性質でこんなことになっているから
利知はとてつもなく不運であった。
「ん?あ、やばい」男がぼそりと呟いて突然逃げ出す。
利知は何だろう、と思う。
利知は男が桂葬儀で、フォバルナエタ会で、危険の察知能力が周りより高いことなど知りようがないから
そう思った。
だがその思考も大人たちの利知と関係ない怒りで暴走する憎しみが押し流していった。
憎悪、怒り、狂気、恐怖、歪、そんなマイナスの感情。
マイナスは冷静さを削る。
だから、大人たちは接近してくるそれに気づかなかった。
利知も桂に言われて辺りを見回さなければ気づかなかった。
人型の赤い化け物が、家で襲われた奴がゆっくりと遠くから近づいてきている。
ゆっくりとその足を利知に向かって前へ踏み出してくる。
「ッ!に、逃げてみんな……」利知は叫ぶ。
まだ痛む腹を抑えながら。
全てがどうでもよかったはずなのに、赤い化け物を見ると震えが止まらない。
憎しみと恐怖が利知を震わせて、現実に引き戻す。
「何を言ってるんだ!私の兄貴返せよ!」若い女性が利知を蹴り飛ばす。
利知は焦った、自分の話を誰も聞いていない。
言葉がだれにも届かない。
「早く、逃げてください!」半泣きになりながら利知は叫ぶ。
人型はボコボコと体中から水泡を出しながらゆっくりと歩いてくる。
「逃げ、逃げ!」利知は必死で鼻水をたらしながら皆に伝えようとする。
焦ってろれつのまわっていない言葉は誰にも届かなかった。
人型はボコボコ膨れ上がりながら、姿を変えてゆく。
よく見た、ミノリがそうなった卵状のボディに脚と腕がくっついたような形に変わっていく。
利知は恐怖に発狂しそうになった。
「速く!早く逃げ……!」
目の前にいた人に叫んだ。はずだった。
見れば、もう人の形をしていなかった。
ただ、赤い化け物の太いその巨大な腕が押しつぶしていた。
その人を。
「あ―――」利知は、そんな何も考えていない声を出した。
そこに含まれるのは絶望と虚無感。
「ああああ、あああ」ズルズルと、何か利知から音が出る。
「まずい、右に跳んで」アカネが指示。
「利知?」アカネの指示を利知は聞かない。
放心状態にある利知を赤い化け物は無慈悲に殴り飛ばした。
勢いよく吹き飛んで、アスファルトに打ち付けられごろごろ転がって
利知は打撲と骨折と出血をした。
「う……グ……」利知は苦痛に顔を歪めながら立ち上がる。
どうせそのうち治る。
痛みなど無関係だと。
利知は赤い化け物を睨んだ。
その拳に砂がついている。
拳がめり込んだアスファルトが砂になっている。
どうやら物質を変換する力も持っているようだった。
「ひ……」
利知に暴行を加えていた人たちが現実に起きた異常な出来事を理解しだし。
「うわああ!」
「いやあああ!」
各々勝手に逃げだした。
利知は勝手に来て勝手に放置するとは、と少し苛立った。
「……よし」
かなり怪我が治ってきた、赤い化け物を立ち上がりながら見据え「立っちゃダメ!」睨む。
赤い化け物が、利知に向かって殴ろうと向かってきていた。
そしてその腕を振り、利知を横に殴り飛ばす。
内臓がめちゃめちゃとつぶれた。
そして店のシャッターにぶち当たり、ずるずると体も意識も落ちていく。
呼吸しようとして利知は血を吐き出して、反射で飲み込んでむせた。
赤い化け物が追撃に来ようとしている。
利知を殺そうとしている。
なんとなく利知はなぜこんなに殺意を持たれるのかわかった。
利知が、利知だけが、赤い化け物を殺す力を持っているから。
証拠に最初に殴られできた骨折はもう治りそうだった。
だから苦しみながら利知は横に跳ぶ。
後ろで赤い化け物がシャッターをぶち破った音がした
回避成功。
利知は立ち上がろうとして内臓の痛みに倒れた。
アカネは、赤い化け物を利知に殺してもらうことが役目だが少し疑問に思った。
利知だけが、赤い化け物に攻撃できる。
だが、だけど。
攻撃できるからなんだ。
誰だって熊にパンチをふるうことは出来る、倒せないだけで。
それと一緒で利知もまた攻撃できるだけで倒すことなどできないのでは?
そんな疑問はいったん片隅に追いやって
「とにかく距離を取って」利知に指示を出す。
利知は指示通り這いずりながら、赤い化け物から離れる。
赤い化け物が叫んだ、この世の終わりのような音。
それとともに、赤い化け物が突っ込んだ店が
砂になって崩れ去る。
それと同時に赤い化け物がの赤色がより鮮明な血に近い色になる。
「……?」アカネはその行動の意図がよくわからなかった。
とにかく利知は、必死で逃げる。
もう内臓も「かなり痛い」程度に治った。
アニメの主人公みたいに謎の力に覚醒することもない利知はとにかく必死で走るしかなかった。
後ろから、赤い化け物が絶叫するのが聞こえてくる。
と、ほぼ同時にズガンズガンズガンとかガガガとかとにかく迫力のある音がしてきた。
「伏せて!」アカネの指示に従って走りながら利知は飛び込みのように伏せる。
ギリギリだった。
利知の頭の上を何かがかすった。
ギャッとか、ドガ、とかそういう破壊音があちらこちらから鳴り響く。
うるささに溜まらず利知は耳を塞いだ。
そうしながら、あたりを見回すと。
赤い化け物の体から太くて長い針が出ていた。
その、人を一撃で殺せそうな針は、商店街のシャッターや窓に突き刺さっていて
そして。
「……あ?」
利知は、気づいた、さっき自分に暴行していた男が針に腹を貫かれている。
逃げ遅れたのだった。
「……とっとと引き抜けよ、そのくらいすぐ治るだろ」利知は、ぼそりと呟いた。
そんなことになるのは利知以外いないのに。
その突き刺さった建物たちが一瞬で「砂」になって崩れ落ちる
誰もそれを止められない。
利知は逃げ遅れた男に手を伸ばした、無駄だった。
彼もまた砂になって
ドサドサと落ちる砂と化した建物たちに混じって、わからなくなる。
「クソ!」利知は叫んだ。
赤い化け物を睨み付ける。
より鮮明な赤になっている。
だけど、動きが鈍い。
ゆったりとしている。
大技を使ったりして、疲弊しているのだろう。
利知は、攻撃しようと思ったが足がすくむ。
「今は、逃げましょう……!」このチャンスを逃さず逃げろ、アカネが言う。
利知はそれに従う。
また目の前で殺されてしまったと心に黒いインクを染み込ませたまま。




