淡々とした宣告、飄々とした冷酷
利知は、ゆっくりと足を動かして歩いていく。
休日だから、部活生と先生以外に学校にいる奴はほぼいない。
ちょくちょくすれ違う生徒が利知を見て驚く
学校に来るときは制服で来いという規則があるのに、利知はセーターだからだろう。
もっとも、その程度のことでわざわざ制服に着替えに家に帰るほど利知は余裕などない。
カツカツと、利知のくつの音が廊下に響く。
徐々に力強くなっていっていた。
そして利知は、職員室の前にたどり着いた。
ガラガラと、ドアを開けて
見回す。
先生は普段と比べると少ない。
そのほとんどが疲れているのか無気力なのか利知に注意を払わなかったし
利知を気にしても、「なんだこいつが入ってきたのか」とすぐ意識の外においやってしまう。
利知は、その中から担任の上松を見つけだして
「先生」話しかけた。
「質問があります」上松はただ無言で利知を見つめ返していた。
「あの」利知の目に流れた汗が染み込む。
ポケットに仕込ませたナイフの重さが利知の心を締め付ける。
右手が震える、力を込めるか込めまいかと。
「どうして」
利知は、震えてまともに話せなかった。
どうして赤い化け物に襲われた時都合よく助けに来たんですか?
そう聞くだけなのに。
それでも言わないといけないのだと利知は覚悟を決めた。
その瞬間
「……命に絶対的な意味があると思うか?」突然上松が、話し出す。
「は?」利知は一瞬呆けた、しかし少し落ち着いて上松の質問に答えるため少し考える。
アカネの「脈絡ないわね」という言葉は無視した。
「正直」利知は、何度か考えていた、ミノリや古賀、麻、ヨモギ、錐と死んでいった人たちの命の意味。
そしてあるかないかの結論がいつも「ない」にたどり着く。
だけどどうしても、なにか意味が欲しい、彼らの死に意味が。
それでも利知は、どうしても意味があったと思えない。
だから、黙りこくってうつむいた。
上松はそんな利知を見て、つらつら当たり前だというようにしゃべる。
「ま、この世は突き詰めたら皆無意味なんだっての」
そして
「聞きに来たのは、赤い化け物のことか?」当たり前のように淡々と言った。
利知は、息が詰まりそうになる。
返事ができず、頷くことしかできなかった。
「なんで、都合よく助けに来たのかってことだろ?」
利知はゾわぞわと気持ちの悪さを感じた、吐きそうな感じだ。
上松はそんな利知を無視して続ける。
「まあ、赤い化け物にお前を襲わせたのは俺だからなあ」
利知は、その言葉でナイフを握りしめた、それでもまだ取り出すことはしない。
まだ。
「あの、フォバルナエタ会って知ってますか?」
利知はそう聞いた。
上松が次にどう返答するかでどう動くか決めるつもりであった。
覚悟と、怒りと、憎しみと混じりあった気持ちで上松の言葉を一つも聞き漏らさないよう集中する。
そして、帰ってきた言葉が。
「俺が会長だしな」
感情はぐちゃぐちゃなまま爆発した。
利知はナイフを引き抜いていた。
もしも上松の言葉が冗談だったとしてもかまわない、殺してやると
ナイフを上松の心臓に向け、突き刺そうと走る。
しかし、上松は気だるげに利知のナイフを拳ではじいた。
「はあ」そして上松はくるくると弧を描いて飛んでいくナイフを見ながらため息をつく。
利知は、上松に飛び掛かって殴ろうとするが
全ての攻撃を的確にガードされてしまう。
それでもと利知は上松を殺そうと、攻撃の手を休めない。
「おい!やめないか!」職員室にいた先生が利知に叫ぶ。
当然だ、関係ない周りから見たら利知が突然何の理由もなしに上松を殺そうとしているのだ。
止めないやつはいない。
襲われているはずの上松は平気な顔をして、襲っている利知は必死だった。
「おい!お前!」職員室にいた先生に引っぺがされ「絶対殺す!絶対に!」利知は叫んだ。
冷静さのかけらももう持っていない。
「親呼ぶぞ!?」そういわれて、利知は少しだけ怯んだが、それでも上松を睨み付けることはやめなかった。