可能性
利知は、ギリギリと歯ぎしりして、壁を蹴って。
机を殴って骨折れかけて。
いつの間にか力強い歯ぎしりのせいで血がダラダラ流れていることに気づいて狼狽した。
「……」目標ができた。
フォバルナエタ会のやつらを全員殺すこと、復讐だ。
殲滅だ皆殺しだ全員死ねぶち殺してやると、そう強く思っていた。
そうして玄関に向かおうとすると
「……利知?どこに行くんだ?」トイレから出てきたふらふらと歩く父に声をかけられる。
急に高熱がでてまともに歩けないほど体調を崩している父に利知は
「パン屋」と嘘をついた。
人を殺しに行きますなど言えるわけがない。
そして、利知は緑色のセーターを着てナイフをポケットにしまって街へ繰り出した。
そして人ごみや喧騒をうろついてじろじろと人どもの顔を見ていく。
お前ら、何生きてるんだ死ねというそんな苛立ちをぶつけながら。
利知はいっそのこと近くにいる片っ端から斬りつけてやろうかとも思う。
しかしそんなことはしない、まだそこまで利知は壊れていない
今のところは
ぶつぶつと小声で心を垂れ流すスピーカーになっているだけだ。
「しねよ、なんでいきてんだよ、じゃまなんだよしねくそがぼけどけよおまえらころしてやる」
利知の言葉が誰かに届くことはない。
ただ周りを人が流れていく。
それだけ。
利知と周りの人は「関係ない」から。
利知は歯ぎしりする。
ぎしぎし痛いほどこぶしを握り締める。
爪が皮膚に食い込んで血が流れだした。
ぶつくさ言いながら利知は歩く。
誰が、殺すべき奴なんだと、誰が殺してほしいんだと、誰を殺してやろうかと
もう自分が何をしているのかもよくわからぬまま。
いつの間にか、公園に来ていた。
利知は小さな女の子がとても楽しそうに滑り台で遊んでいるのを見て
思った
__殺してやる__
ゆっくり小さな女の子に向かって足を、足を踏み出して
「しょうこー?そろそろ帰るわよ―――」
大人の女性の声、母親の声がした。
利知と少女は我に返る
しょうこと呼ばれた少女は母親のもとに駆けていき
利知は。
利知はポケットからナイフを取り出そうとしたまま動けなかった。
心臓だけがいつもよりも活発に動いていた。
じっと、目だけで少女を追う。
すると、視線は母親に行きつき
利知はその母親と、目が合ってしまった。
一瞬だけだが時が止まった。
もちろんただの錯覚、そんなことありえない。
だが本当にそう利知は感じた。
その一瞬が終わり、利知は汗をドット噴き出した。
怖くなり恐ろしくなり吐き気がして
利知はその場から逃げ出した。
殺そうとしたのがばれた気がした。
だから逃げた。
わき目も降らず必死でとにかく泣きそうになりながら
公園を飛び出し、転げて電柱にぶつかり石に頭をぶつけて滑りながら起き上がり
走った。
とにかく遠くへ。
商店街で人にぶつかって「おい!」怒声を浴びせられたが走った。
そして「ぜひぜひぜひガハガハこひゅーこひゅ――」学校、校門の前まで来ていたいつの間にやら。
「……なんでここ?」アカネが今まで黙ってたくせにいきなり話し出す。
「わから、な、い」とぎれとぎれで返答、利知はアカネを睨み付け「何で今まで黙ってた?」と目で聞く。
「あなたが人を八つ当たりで殺せるなんて思ってない、だから止める必要がないから黙ってたの」返答。
いつの間にか二人の心は通じ合っていた。
そして、そういえば今日は休みかあと利知は思いだした。
「だから、何だという話だけどさ」
どうせ殺すべき相手がいないだろうと学校にいる面子を考え踵を返そうとして、踏みとどまる。
赤い化け物に襲われた時。
担任の上松が都合よく出てきたことを思い出した。
「・・・・・え」ぞわぞわと気持ち悪さがせり上がってくる。
吐き出しそうになりながら、回れ右からさらに右へ、学校へ向き直す。
「まさかね?」
一瞬利知は考えてしまった、悪い可能性を。
最初っから自分は憎き殺すべき相手と会っていたのかもしれないという可能性。
最初から、最後までそのことに取り返しがつかなくなるまで気づかなかった可能性を。
利知は校門を通過する。
血の匂いがまだしていた。
気分が悪くなる。
利知は走る、とにかく走る。
その可能性を確かめないといけないから。