一方その頃メインヒロインは
利知の部屋のドアを珍しく帰ってきた父親が叩く。
「利知―?晩飯俺が作るけど、なにがいい?」
利知から返事が返ってくる。
「……食欲ないから少なめで」
ドロドロとヘドロみたいに疲れた声で、父はギョッとした。
「利知……?どうしたんだ?」
返答は、なしだった。
利知の部屋。
利知はすべてが灰色に見えた。
このままドロドロと自分も灰になって、そのまま粒子となって風に乗って消えてしまいたい。
そんな風にも感じた。
なのに、利知の体はむりやり生かそうとする。
不死身であることは利知にとって全くメリットはない。
ただただひたすら延々と逃げられない苦痛を与え続けるだけであった。
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一方その頃。
「んあああ!!!きったないいい!」
家の中がゴミだらけの菜野はスティーブと何となく名付けた
ゴキブリが湧いてきて反射的に素手で叩き潰してしまい。
手を洗っていた。
大してゴキブリに彼女は嫌悪感をいだかないが
それでも体液がつくのは何だかいやである。
「モ~……あなたしっかり掃除しないから虫が湧くのよ」
「してるしてる」
ちょうどいま遊びに来ていた知り合いの 神浦 リナ に菜野は適当に返す。
「じゃあ、何で足の踏み場がないくらいにゴミが散らばってるのよ!」
かわいらしいアホ毛を揺らしながらリナは怒った。
「……生ごみはちゃんと片づけてる」
リナは、床に散らばっているごみを見る。
電池だの、紙袋だの、破れたチラシなど確かに食べ物のカスなどは無い。
「他もちゃんと片づけなさいよ!」
菜野は、リナに文句を言った。
「あ――あ――あ―――!!大学の同級生ってだけの人にそこまで文句言われたくないです~」
「友達でしょ!」
「……そうだっけ?」
「そうよ!」
リナと他愛ない話をしながら、菜野は違和感を感じていた。
なんというか、彼女は何か、気を窺っているような。
そんな風に感じる。
そうして、リナに対する不信感をつのらせて無口になり
それにつられてリナも無口になり
沈黙。
すこし、間が空いて。
そして、リナは覚悟を決めたかのように。
「なんで、大学急にやめたの?」聞いた。
菜野は、やっぱりかと思った。
菜野は大学生だったが、時折フォバルナエタ会とか、DWに関わらないといけないという
とんでもなくデカい、絶対に逆らえない強迫が自分の中で起こる。
それが原因で、まともに大学生活が送れないと判断した菜野は、退学したのだった。
もちろん、症状と向き合って大学生活を続けることも考えたが
それはやめた。
「……なんでもいいだろ?」
また、あの症状が来る。
菜野にはわかった。
どこかへ行かないといけないという妄想が精神を支配しようとしている。
菜野は、外に出る準備をリナを無視するようにやった。
「ちょ、菜野?どこ行くの?」
菜野は、走った。
「……速い!」
リナが菜野を見失うほどに早く。
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人ごみを菜野はかき分けるように進む。
何かに集まって見ている奴らが邪魔だと思い、険しい表情になりながら足を動かす。
そうしていると、突然手首をつかまれた。
「誰だ?」見ると、青野が__コンビニバイトで一緒になったことがある男__が
つかんでいた。
菜野は手を振り払い、少し距離を取って何の用だと聞いた。
「いや今どうしてるのかちょっと気になってさ、一応仕事仲間なわけだし」
突如。
歓声が沸き上がる。
「スッゲー!」とか「流石!」とか言った声。
菜野と青野は、その歓声の出処「何かに集まって見ている奴ら」と気づき
そいつらが、何を見ているのか見た。
中年男性の死体だった。
性格に言うと、ついさっき死んだかのような生々しい死体。
そのそばに、金髪の若い男が拳から、血を滴らせ立っている。
「あの血、返り血……!」青野の言葉で菜野は気づいた。
なにかの理由で、ケンカになり金髪は中年を殺してしまったのだろう。
その「殺害」という行為を称賛しているのだ、この沢山の人達は。
菜野は救急車を呼ぼうと、スマホを取り出したが。
「つまんないことすんな!!」ガタイのいい男が
スマホに119と番号を打ち込んだところで菜野のスマホを取り上げ、べっきりと折った。
青野と菜野は、この状況で何をしても無駄だと判断しすごすご退散した。
結局、二人は少し遠い場所にある邪魔の入らなそうな公衆電話で救急車を菜野は呼んだ。
___でも、もうどうしようと手遅れかもな___
やるべきことはやったと、菜野は自分に言い聞かせる。
「しかし、なんで人が死ぬのを朗報みたいに騒いでたんだあいつら?
日本ってこんなに治安悪いっけ?」
菜野はいつの間にか疑問を口に出していた。
青野はそれに答える。
「きっとあれは、そういう人たちの集まりなんじゃあないかな?」
「それにしたって、人が死んであんなに笑えるのはおかしいだろ」
「そうだね、でもこれだけ人口のいる世界なんだ、おかしい人は出てくるよ」
菜野はそれでも納得がいかなかった。
「あの死んだ人に対してあそこにいた奴ら皆異常に冷たかった、一人くらい救急車呼ばないかな?」
青野は少し考えて
「呼んだんじゃないかな?好さんみたいに妨害されただけで」
「そう……かもな」
菜野は不思議なことに気づいた。
青野と話していると、なんだか自分の中の「事件に迫れ」というぐちゃぐちゃに濁った
強迫観念が薄れていくような気がした。