第48話 想いを力に
「彼も載っていない…」
影利はモニターに表示されている名簿を見てつぶやく。
その隣にいた翔士は馬鹿にするような感じで、
「今更気づいたのかよ。だからあんたはその存在に気づかなかった。とはいえ、元々は別の奴が持っていた能力だ。彼の手に渡るのは最初から決められていたのかもしれないな。そして見てみろよ。これも想像力が豊かとは思えないか?」
影利は横目で翔士のモニターを見る。
花蓮がつけている装甲。
特徴は光、これも夢境が持っていなかった能力だ。
翔士はニヤリと笑い、
「彼女は三村湖也にとっても特別な存在だからな。やはりあの世界では想像力が形になって現れるから面白い」
1
会社の給湯室でヒソヒソと2人の社員が話をしていた。
「ねぇ、最近おかしくない?」
片方がコップにコーヒーを注ぎながらそう切り出す。
「おかしいって何が?」
「いや、よくわからないけど…感覚で思うの、普通じゃない人が多いって。あれ?この人前からこんな性格だったっけ?みたいな事が結構あって」
「何だそれ。急に性格が変わるのか?」
「うん。昨日見た時とは違ったように見える。まるで何かに取り憑かれたみたい」
「心霊モノの見過ぎじゃないか?それか君が疲れてるかのどっちかだと思うけど」
「絶対違う!あと、性格が変わった人達ってみんな同じような性格になってるのよ。なんか的確な表現が思いつかないけど、性格だけゾンビ…みたいな?」
「意味がわからないな」
「あと、会社だけじゃなくて街中でも何かを感じるのよ」
「君の何かが目覚めたのか?」
「そんな厨二病みたいな感じじゃない!真面目に聞いてよ!」
「だっていきなりそんな話されても真面目に聞くなんて出来やしないよ」
「あと」
「『あと』が多いな」
「たまに1つの名前を聞くの。この社内でもだし、街中でも聞いて」
「なんか流行りのタレントの名前とかじゃないかね」
「でもなんか気味が悪いのよ。その名前を呼んでるみんなの雰囲気が」
「誰なんだそいつは」
「その名前ってのが…」
「名前は?」
「…黒木花蓮」
コンコンと。
壁をノックする音が聞こえた。
廊下と給湯室の間には扉がないので、中に人がいるかはノックしなくてもわかる。
今回の場合、2人の話している話題に入りたいと言う理由で、2人の注意を集めるためのノックだった。
「君達、黒木花蓮を知っているのか?」
2人の先輩であるその男は、ゆっくりと問いかける。
その目がどこか死んでいるように見えた。
「い、いいえ。知らないですけど」
片方が言った時だった。
部長の背後から何かが飛び出し、2人を襲った。
2
街中にゾンビが増え出した。
ゾンビと言っても分かりやすくそう呼んでいるだけでその人は死んでおらず、映画に出てくるゾンビみたいにゆっくりと動き何も考えずに人を襲ったりするわけではないのだが、花蓮の都合のいいように人格を変えられている人がどんどん増えている。
そのゾンビになった人はいたって普通に生活している為、ゾンビ映画みたいに世界中がパニックになると言うことはないがあまりに増えすぎると流石に違和感を覚える人が出てくる。
ネット掲示板では『もしかしてこの世界はとんでもないことになってるのではないか』というスレッドがいくつか立てられ始めた。
スマートフォンでそのスレッドを見ている少年がいる。
登血斗だ。
彼らがいるのは空き地に置いてあるキャンピングカーだった。
どこから供給しているのか分からないが電気が通っており、結構大きい車両なので10人程度なら入れる余裕がある。
「ネットでこれだけ話題になってるって事はもうゾンビみたいな人が結構広がって来ているって事だよね」
隣で血斗の肩に頭を乗せながら一緒に画面を見ている空が言った。
「あぁ、そろそろ本気でやべーことになって来てるぞ」
花蓮に蹂躙されたあの日から2日は経っていた。
花蓮の作り出した人格はゾンビから人に移っていく為、ゾンビが増えるほどより被害者は多くなっていく。
時間が経てば経つほどゾンビはねずみ算的に増えていくことになるのだ。
「出来るなら今にでもどうにかして止めたいけどさ…」
湖也は深刻な顔して俯きながら言った。
どうにも出来ないと言うのが現状だった。
花蓮に勝つ算段が無いし、そもそも花蓮達はあれ以降姿を表していない。
よって彼女達がどこに隠れており、どこにコンピュータが置いてあるかすら分かっていない状況だ。
「あいつゾンビが着実に増えていることを確認すればもう顔を出さねーかもしれねぇ。クッソ卑怯な野郎だな」
火凪は穂花達と一緒に漫画を読み漁っている。
「何でお前らがまだいるんだよ」
「だってお前らといるのが1番安全だし」
「このキャンピングカーがいくら大きいからとはいえ、こんなに人がいると暑苦しいんだが」
「いいじゃん外寒いんだし」
確かに今は冬だが。
湖也は壁に背を預け息をつく。
このキャンピングカーには何かとお世話になる事が多い。
親の元を離れてみんなで生活するにはちょうどいい空間だからだ。
影森や花蓮の狙いが俺たちとなると、親を巻き込むわけにはいかない。
「で、何か対抗手段でも思いついた訳?」
柚子が緊張感の無い声で聞く。
「ダメだ。花蓮を突破する方法が分からない…」
「それが使えればいいのに…」
香里が机の上に置いてあるノートを見る。
この前影森から取り返した、上伊にとって大切なノートだ。
そのノートに血斗が興味津々だった。
「このノートの効果範囲を広げることって出来ないのか?そうすれば、あいつに対抗する方法が見つかるかもしれない」
「黒木花蓮が守っているコンピュータを使えば出来るかもね〜」
穂花が窓の外を見ながら適当に流す。
「本末転倒じゃねーか」
当の上伊はずっと黙って何か悩んでいた。
目の前の机にノートを置き、顎に手を当てながらそれと睨めっこをしている。
「さっきから何悩んでんの?」
凛の明るい声が響く。
だが上伊には聞こえてないのか、返答が無い。
その様子を見て退屈そうにした凛がキャンピングカーの中をぐるっと目渡し、
「あ!いいものあるじゃん!」
本棚に本と一緒に押し込まれていた携帯ゲーム機を見つけたようだ。
「おいおい、薄情な奴だな」
凛が離れて空いた席に湖也が座る。
「何そんな怖い顔してノートと睨めっこしてんだ?悩み事なら相談に乗るよ」
しかし上伊は口を開かない。
ダメだこりゃと湖也が頬杖をついた時、空が血斗のスマホを見て、
「あ、見て!ヒーロー助けてって!」
「何⁉︎」
湖也が血斗を挟むように空の反対側に行き画面を見ると、オカルト系のスレッドに
『段々周りが変わっていっているようで怖い。あの時見たヒーロー助けてくれないかな』といった書き込みがあった。
「…くそ、本気でみんなが助けを求めてる時に限って何も出来ないのかよ」
湖也が悪態をつく。
その時だった。
「よし!」
何かしら覚悟を決めた声と共にバン!と机を叩き上伊は立ち上がる。
「うわ、びっくりした」
凛の言葉を気に留めず上伊はノートを手に取ると湖也の所に行く。
湖也が怪訝な表情をしていると上伊はノートを湖也に差し出し、
「これは湖也が持っていてくれ」
ハッキリとそう言った。
「え?これってお前のお姉さんが作り出した物だろ?何で俺に?」
「なんか俺が持ってるとすぐお姉ちゃんに甘えてしまいそうでさ。また出て来てくれるんじゃ無いかって。そしたら、また校内戦闘の時の弱虫だった俺に逆戻りになってしまう。あの時俺を救ってくれたお前が持っていてくれ」
「あの時俺負けたんだけどな」
上伊からノートを受け取りながらあまり納得していないといった様子で湖也は言う。
「いや、殴り合いはしたけどあの時お前が姿を表してくれた時点で俺は心の深い闇から解放されていたんだ。あの時お前が来てくれなかったら、その時俺は本当に暴狐としてただ暴れるだけの存在になっていたのかもしれない」
「そうか」
口には出しつつも、湖也はまだ納得しきれていない。
「じゃああの時の殴り合いは何だったんだろう」
「俺友達と喧嘩するの夢だったからさ。その夢を叶えさせてくれたってことにしておいてくれ」
「うーん。分かった」
3
「クソ!クソ!クソ!」
影森は目の前の暴狐を殴り殺していた。
暴狐が死亡するとメインコンピュータで復活させる。
そしてまた殴り殺す。
この作業を繰り返して24時間が経過していた。
何も食べず、飲まずに延々と繰り返している。
復活した暴狐は人間体だったので、殴り殺しても爆発はせず無惨に赤黒い液体が飛び散るだけだった。
そろそろ岩から溢れ出して下界の方まで垂れ落ちるのではないかと思うほど溜まったその池の中心に影森はいる。
「花蓮の野郎!偉そうな口利きやがって!」
すでに何体の暴狐が犠牲になったか分からない悲惨な現場に大羅は足を踏み入れる。
そもそも、ミラーと花蓮も影森の様子が見える場所にいるのだが、ミラーは気持ち悪がり近づこうとしないし花蓮は彼が出す結果以外興味がないようだった。
「随分ひでぇ事してるな。人をストレス発散用の人形にしてんじゃねーよ」
「うるせぇ!じゃあお前が代わりにサンドバッグになるか?」
「お前が俺に勝てたらいいんだけどよ」
直後、大羅と影森がぶつかった。
魔王のような姿をした屈強な腕と土で作り上げた巨大で頑丈な腕がぶつかりそれだけでドッパァン!と衝撃波が生み出される。
衝撃波で遠くにいたミラーのポニーテールが揺れ、
「あの馬鹿達、なんかぶつかり始めたわよ?」
その報告を受けた花蓮は短く返す。
「好きにさせておけ」
大羅は軽く鼻で笑う。
「お前が危険視されていたのは好き勝手暴れて楽しむ為だけに無害な一般人を平気で殺す狂った思想だけだ。肝心の戦闘能力は大して高くねぇ。霧状化は回避にしか使えねーしもう片方の能力である電子操作はそもそも戦いでは使い物にならねぇ。この前もリーダーが助けに入らなければあのまま殺られていただうろな!」
「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!」
影森は大羅の土の腕をガシッと両手で掴むと背負投げをするような格好をとる。
しかし狙いは大羅を投げ飛ばす事ではない、腕をへし折る事だ。
肩に乗っている部分を支点にして思い切り腕を引く。
ベキベキ!と割れる音が響き土の腕が取れる。
それを大羅に向かって投げつけようとした影森だが、掴んでいた土は次の瞬間巨大な龍の顎へと変化して影森の体に噛み付いた。
すぐに影森の体は霧のように消えていき、大羅の背後に現れる。
こちらに気づいていない大羅に背後から奇襲するつもりだったが、
「…?」
直後、大羅の姿が消えた。
まるでどこかに瞬間移動でもしたかのように一瞬で姿が消え、影森はあたりを見渡す。
影森は知らないが、これは大羅の相手の認識を操作する能力によって姿を見えなくさせていることによるものだった。
「こっちだ」
見えない何かに捕まれ宙へと体が浮いていく。
「ぐっ、おぉぉぉぉ!」
強く握られ、特に左腕あたりから鋭い痛みが発生し影森は顔を顰める。
霧になろうとしても痛みで能力に集中できない。
気がついた時には目の前に土の巨人が現れて掴まれているのだと理解した。
「ここで握り潰してもいいんだがな、生憎俺にはお前を殺す趣味も理由も無い。ここで1つアドバイスをやろう」
握っている影森の体を巨人の顔の前まで持ってくる。
「話を聞くにお前は登血斗の能力に苦戦していると見た。あいつの弱点を教えてやる。あいつは時間を止める能力を持っているが止められるのは1人だけ、つまり数で押せばあいつの能力に苦戦することはなくなるという事だ。せいぜい足掻けよ魔王もどき」
影森の目の血管がどんどん太くなる。
悔しさで頭が沸騰するんじゃないかと錯覚するほどだ。
だが大羅は優しく影森の体を地面に下ろすと巨人の中から抜け出しさっさと歩いていく。
後ろから影森の奇襲を受けることはなかった。
4
湖也は外に出ていた。
キャンピングカーに背を預け地面にあぐらをかき座る。
手にノートを掴みながら星空を眺めていた。
今までどれくらい戦っただろうか?
苦しい選択をして何度も戦った。
神様みたいになんでも出来て勝てるわけないだろと思っていた相手にも勝った。
戦う度に、仲間に支えられ大切な事に気付かされ成長して来てる気がする。
気がするだけかもしれないけど。
そう考え1人でいるにも関わらずフッと鼻で笑う。
今度の戦いでも何か活路を見出せるだろうか。
「なーに1人で黄昏れてんのよ」
声が聞こえた方を見ると、キャンピングカーから降りてこちらに向かって歩いている紗水がいた。
紗水は湖也の隣に来るとちょこんと膝を折り曲げ座る。
「あんなのに勝てんのかよって考えてただけ」
「夢境倒して敵無しって思ってたのに、ここに来て更に強い敵が来るとは思ってなかったね」
「でも倒さなきゃいけない…みんなが俺達を必要としている。助けを求めてる。必要とされる力があるのに使わないなんて選択肢はないんだ」
湖也は右拳を強く握りしめる。
数々の暴狐を撃破して来た拳には今不安しか握られていない。
その拳が小刻みに震える。
その様子を見た紗水は不安そうな表情で、
「…怖いの?」
「かもな。俺は怖いのかもしれない。みんなの声が。夢境と戦っていたあの時は背中を押してくれたのに、今は戦いから逃げようとしている俺の服を引っ張るんだ。逃げないでって」
そこで湖也は鼻で笑った。
「酷いよな。助けを求めてるみんなの声を悪いように捉えてる」
紗水は湖也の言葉を黙って聞いていた。
聞いて、考えて、
(私に出来るのはこれくらいしかないかな…)
湖也の震える拳をそっと両手で包み込むように握る。
冷えた手を温めるように。
唐突な行動に湖也は顔を真っ赤にし、
「え⁉︎ちょっと何してるの⁉︎」
紗水は湖也の反応を見て少し照れながら、
「面白い反応するじゃん」
「からかってるのか?…いや、今はそうしてくれた方が嬉しい」
「望みとあらば、沢山温めてあげよう」
「お前なんかテンションがおかしくね?」
「そりゃあ湖也の悩みを聞いたら少しはおかしくなるわよ。私は湖也が言ってる『助けを求めてるみんな』の代表みたいなものよ?あんな言い方されるとちょっとショック…だから、少しでも湖也の背中を押せるように出来ないかなって」
その言葉を聞いて湖也は先程の発言を酷く後悔した。
出す言葉がうまく整理できずおどおどした感じで頭を下げる。
「いや…さっきの発言は本当に酷かった。みんなに八つ当たりしてる感じになった。本当にごめん」
湖也は申し訳なさそうに目を細める。
「…本当にごめん」
紗水は自分の気持ちを再確認するように2回言った湖也の左腕を見る。
正確にはそこにつけられている真っ黒なデバイス。
湖也の右拳から両手を離すと、正体不明の生き物でも触るかのように静かにデバイスをつつく。
真っ黒なデバイスはカチッと音を立てるがそれ以外の変化は起こらない。
「ヒーローが真っ黒な色なのはどうなの?」
笑いながら紗水は言った。
「ダークヒーローっぽくていいだろ?」
「湖也はダークヒーローじゃないでしょ」
「じゃあどうする?装甲付けたままインク風呂にダイブでもするか?」
「いいじゃん面白そう」
楽しそうに話す紗水を見て湖也は自然と心に巻き付いていた鎖がボロボロと崩れ落ちていっているような気がした。
「…少し歩くか」
深夜であるにも関わらずまだ営業している飲食店で街は明るく、仕事帰りなのかスーツを着た大人達が主に道を賑わせている。
勿論こんな時間でも外出している学生達はいる訳で、湖也達が完全に浮いてる状態になることは無かった。
湖也はみんなの耳に聞こえないように紗水の耳元に口を寄せて手を添えながら囁く。
(この中にもゾンビっているのかな?)
紗水も同じように囁いた。
(このあたりはほとんどそうだと考えた方が良さそうね)
「だろうなぁ」
つまり助けられなかった人たちの中を堂々と歩いているという事で、複雑な感情に湖也は肩を落とす。
(大丈夫よ。まだ手遅れって訳ではないんだから。まだみんなを元通りにする方法はある。そうでしょ?)
(そうだけどさー)
まぁ、ゾンビになった人達は完全に人格を消された訳ではなく、普段は基本的にいつもと変わらないので歩いているとだんだん罪悪感が薄れてくる。
(…訳無いよなぁ)
「道外れようか」
角を曲がり店の密集地を抜けると途端に先程の賑やかさは失われ、人も見えなくなった。
静かになった道を2人は同じ速度で歩く。
「でもみんながあーやって生活できてるのは湖也達が頑張って夢境を倒したからだから、そこは胸を張っていいと思うわ」
「それはお前も同じだろ?あの時紗水が助けてくれなかったら間に合ってなかったんだから。お前も立派なヒーローだよ」
「そ、そう言われると照れるわね」
顔を赤くしている紗水を見て湖也も自然と顔を赤くなる。
高鳴る心臓をどうにかしようと悩み、
「ほら!」
「きゃっ!」
紗水が可愛らしい悲鳴を発したのは、湖也に足を触られたからだ。
正確にはズボンのポケットなのだが。
湖也は紗水から財布を奪うと彼女から離れ見せつけるように財布を握った手を翳す。
「悔しかったら奪い返してみー!」
「あ!こらそれ冗談にならないでしょ!」
笑いながら逃げる湖也と必死に追いかける紗水の楽しそうな笑い声が光も音もなかった街に響き渡る。
誰もいない世界にいるかのような不思議な感覚だった。
思い切り追いかけっこを楽しんだ後、湖也は紗水に財布を返し再び歩き始める。
「たまにはこういうのも楽しいだろ?」
「車とか来たらどうするのよ…」
ハァハァと息を切らしながら紗水は言った。
「ほら、もうすぐ最終決戦だと思うし、決戦前ってはっちゃけた日常回とかするものだろ?嵐の前の静けさって奴」
「知らないわよ…って言うかこれを日常というのはどうなの?」
「楽しければそれでいいんだよ」
「…もう」
紗水はため息をつきながら髪を耳にかける仕草をした。
走って、笑って、心に何か温かいモノが出来た気がする。
湖也はどう言うか悩み、紗水の目を見て真剣な表情をしながら、
「俺、戦うよ。紗水と歩いて覚悟ついた。勝てるか分からないけど、でもやってみようって。今俺が持ってるこの暖かい気持ちを、今助けを求めてる人達にも持ってほしいから」
「そっか」
湖也の言葉を聞いて安心したように紗水は微笑んだ。
「きっと勝てるよ。ずっと戦ってきたんだから」
「あぁ」
5
影森は暴狐を引き連れてキャンピングカーを目指していた。
空き地へと続くこの道は住宅街の中にあり、一戸建ての民家が密集していた。
ミラーの能力で湖也達がそこにいるのは分かっていたのだ。
「おら!三村湖也出てこい!蹴りをつけようじゃねーか!」
影森の手には彼の身長と同じくらいの大剣が握られていた。
コンピュータによって復活した暴狐の1人である。
その大剣を使ってすれ違う人々を次々と斬り殺していた。
赤黒い液体が道路に飛び散るが、影森の後ろにいる暴狐達は気に留めず踏み潰していく。
すぐさま悲鳴が上がった。
恐怖で腰が抜けている人達も容赦なく斬っていく。
「おい!お前ゾンビだな⁉︎こっちこい!」
影森は遠くからこちらを見ている少女に向かって叫んだ。
命令通りに来た少女の首を掴むと何の躊躇いもなく斬っていく。
地獄みたいな状況だった。
悲鳴を聞いて駆けつけた湖也達は絶句した。
狭い道路には影森とその後ろを埋め尽くさんとする大量の暴狐達。
地面や壁は赤黒く濁っていた。
湖也はプルプルと体を震わせ、
「影森!お前…!自分が何しているのか分かってるのか!!?」
「分かってるから楽しんで殺ってるんだよ!」
「関係ない人を巻き込む必要は無かったはずだ!俺たちだけを狙えば良かっただろ!」
上伊も湖也の隣で叫んだ。
「そんなんじゃつまらねぇだろ。何をお前らそんなカッカする必要がある?どうせここで死んでも本当に死ぬわけじゃない。元の世界に戻るだけ。そうだろ?」
怒りに燃えてる湖也達を馬鹿にするような言い方をしながら影森は肩をすくめた。
その様子を正面から見据えながら湖也は、
「例えそうだとしても、この世界にはこの人達の日常があったはずだ!それを好き勝手壊していい理由はどこにも無いだろ!」
湖也の隣に血斗が並ぶ。
「無抵抗の人に手出して!そんなに俺たちが怖いかよ!あぁ⁉︎」
血斗は怒りで顔を引き攣らせていた。
他人から見たら笑っているように見えたかもしれない。
獰猛な動物が獲物を狩るときに見せる、殺意しか感じない笑みに。
「大丈夫さ!お前らもすぐに殺してやるからよぉ!」
その声が戦いのコングだ。
3人は装甲をつけ血斗は影森の時間を止める。
しかし影森が動かなくなった直後、影森の背後にいた暴狐が次々と影森を飛び越え前に出てきた。
それだけじゃ無い、戦いが始まった今でも空から無数の暴狐が降り注いでいた。
正確には空に浮かんでる岩に立っているメインコンピュータからだ。
「おいおいこりゃどんぐらいいるんだ?」
流石に血斗も困惑した様子で空を見上げる。
空の岩の上でリーダーは暴狐が段々出てくるコンピュータを見ながら、
「5万、いや10万か…影森はどこまでもぶっ飛んだことをしてくれる。流石に湖也も対処は出来ないだろうな」
「そんなに呼び出したらコンピュータ壊れちゃうんじゃない?」
隣でミラーが言う。
「そうなる前に止めるさ」
一体一体は強く無い。
湖也も上伊も血斗も今までの戦いで強くなった。
ただ数が多すぎる。
「クソ!無限に湧いてくるんじゃ無いか⁉︎」
5体まとめて殴り飛ばしながら湖也は言う。
上伊は黄色の装甲になり物凄いスピードで蹴散らしていく。
連続して爆発する音が鳴り響く。
「こりゃ本当のゾンビだな…」
血斗は両足を展開してブレイクダンスのように回りながら大量の暴狐を吹き飛ばしていく。
道路では戦うのに狭く、血斗は民家の屋根に移動していた。
「めんどくせぇなぁ!」
我慢できなくなったのか、影森に使っていた能力を解除して目の前の的に使うようにしたようだ。
動きを止めては殴り止めては殴りと繰り返していく。
動けることを確認した影森は両手を広げて笑う。
「こっちには10万の奴隷がいる!いくら雑魚でもそれだけいれば簡単にお前らを押しつぶす事ができるだろうさ!」
「結局お前は戦わねーのかよ!」
血斗がそう言った直後、目の前に影森が現れ、
「もちろん俺も戦うさ」
血斗が能力を使うより早く体を蹴り飛ばす。
血斗の体が暴狐の海へとダイブしていき、その中に段々と飲み込まれてしまう。
大剣を肩に担いだ影森はニヤリと笑うと自分からその中に飛び込んでいきズバッ!と暴狐ごと血斗を斬った。
装甲に傷は付かないが鈍い痛みが腹部を狙う。
「ぐっ…これはやばいかもしれないな…」
身動きが取れずに血斗は言う。
次に影森は上伊に狙いを定める。
上伊は赤の装甲になり影森に向かって思い切り駆け出した。
「お前だけはここで止める!前回仕留め損なったからなぁ!」
「てめぇに出来るかよ!」
懐まで飛び込んだと思った直後、背後から竜の暴狐が現れ上伊に噛み付く。
「があぁ!?」
強烈な痛みに上伊は装甲を守り特化の青に変えるが、逆に力が出せなくなってしまう。
「カラフルな装甲も使い主がこの様じゃどうにもならねーなぁ!」
動けなくなった上伊に向かって影森は大剣を振り下ろそうとする。
その時、背後から手が伸びて影森の首を掴んだ。
「お前の相手は俺だよ」
湖也は影森の体を思いっきり引っ張り投げ飛ばす。
民家の屋根の上を何度もバウンドしながら影森の体は転がる。
しかし影森は起き上がると不敵な笑みを浮かべる。
「残りはお前だけだな。だがお前の相手は俺たち10万の勢力だ!」
槍のようなものが湖也目掛けて突き刺さる。
湖也は素早く体を捻らせそれを回避するが、直後竜の顎が左右から狙ってくるのを察知し勢いをつけて勢いよく前へ飛ぶ。
狙うは影森。
ガキィン!と金属のぶつかる音が響き渡った。
湖也の拳と影森の大剣がぶつかった音だ。
「その剣、この装甲斬れないならある意味無いんじゃないか?」
「切れ味の有無は関係ねぇ。こう使えるからなぁ!」
直後、影森は素早く大剣を引くと地面に水平に持ち剣先を湖也の腹に当てる。
気づいたときには遅かった。
突き攻撃。
ビリヤードの球のように湖也の体が飛ばされ、宙に浮いた湖也の体を暴狐の大群が覆っていく。
あっという間に3人が暴狐の海の中に飲み込まれてしまった。
「これで3人の排除完了。次は花蓮かな」
影森がその場を離れようとしたとき、異変が起こった。
湖也を飲み込んだはずの暴狐の大群がまるで風船が割れたように四方八方に吹き飛ばされたのだ。
振り返るとそこには湖也と、見知らぬ少女が立っている。
いや違う、よく見る少女の足は地面から少し離れていた。
つまり宙に浮いている。
「…!なんだあいつは…!」
状況を理解できていないのは影森だけではなかった。
湖也は膝を横に曲げ腰を屋根に下ろしながらその少女を眺めている。
その少女には見覚えがあった。
「上伊の…お姉さん?」
「覚えていてくれたんだ」
口に手を当て少女はクスリと笑う。
「なんで?またあなたが?」
「私もよく分からないけど、夢境校長がいなくなって世界のルールがあやふやになってるんだって。だからこれを通じて出てこれちゃった」
少女はその手に持ってるノートを見せる。
上伊が湖也に渡したノートだった。
校内限定で、書いたことが本当になる魔法のノート。
「これ、今は君の物でしょ?」
「はい、上伊から貰いましたけど…」
「じゃあ、君の装甲にこのノートの力をあげる!どんな願いでも叶えてあげる!」
「え⁉︎俺でいいんですか⁉︎上伊には…」
「めんどくさい話はあとあと!君は何を望む?」
少女ごとノートが湖也の左手につけられた黒いデバイスに吸い込まれていく。
湖也の体が光に包まれる。
「俺は…」
一回悩んだ後、湖也は立ち上がり叫ぶ。
「絶対に負けない力が欲しい!みんなを守れるように!どんな強い敵にも負けない力が!」
「はい良くできました」
直後、湖也の体を包んでいた光が飛び散るように消えていく。
湖也の装甲は、黄金に包まれていた。
「な、なんなんだ!何が起こった!」
影森は信じられない光景に後退りをしながら叫ぶ。
今までの装甲より一回り大きく、力強さを感じさせる装甲は真上に上がる太陽によって無限の輝きを放っていた。
湖也は背後から囁くような少女の声を聞く。
「この装甲は、湖也君の想いが形になったこの姿は湖也君が人々を守りたいと思う限り絶対負けない。さぁ、戦っておいで!自分の想いを見せつける為に!」
背後から無数の暴狐が襲ってくる。
しかし、今の湖也相手には無力だった。
体を回転させて後ろを向き力を込めた拳を叩きつける。
それだけで襲って来た暴狐が全て消えた。
ドッガァン!と爆音が響き渡り、衝撃だけで影森は吹き飛ばされそうになる。
「ふざけんじゃねぇよ…なんでお前がまた新しい力を手にしてやがるんだよ…」
大剣を握っている腕にグッと力を込める。
「もともとそんな力も無いお前がぁ!」
槍投げのように湖也の顔面目掛けて投げ飛ばす。
しかし、顔面にあたる直前湖也がふと手で払いのける様に弾いただけで砕け散ってしまう。
「っ…!クソがぁ!」
影森は背後にいた暴狐の腹に手を当てる。
その暴狐の体に電気信号を送り込んでいく。
電気信号は体を伝って更にその奥にいる暴狐にも流れていき、直後全部で5人の暴狐の体が電気信号を受けドロドロに溶けていく。
そしてまるで空中にある透明な型に流し込まれる感じと言えばいいだろうか、ドロドロに溶けた体が空中で巨大な大剣の形へ変化していった。
今度は自身の身長の5倍はある大剣を影森は掴む。
更にまた暴狐を数人呼ぶと同じ作業を繰り返していった。
湖也はその様子を黙って眺める。
影森はもう1つの大剣を掴み二刀流にすると、足に力を入れ思い切り飛んだ。
「こんな価値の無い世界守って何の得になるんだ‼︎既に日本の半分以上はゾンビになっている!てめぇらは遅かったんだ!」
巨大な剣を同時に振り上げる。
「悪いが、何と言われようと俺の熱い思いは変わらない」
湖也はそれを受け止めようと手を伸ばす。
影森が勢いをつけて剣を振り下ろす直前だった。
「チッ!ガンマン!バズーカ!」
影森が叫び、湖也を左右から狙う形で銃の形をした暴狐と大砲の暴狐が発砲する。
爆音が響き渡った。
2人のゾンビ、そして2本の大剣により湖也の体は吹き飛んだはず。
しかし生じた煙から弾き出されていたのは影森の体だ。
2本所持していたはずの剣が1本消えている。
3人の攻撃が当たる直前に湖也は影森から剣の1本を彼の手から弾いて奪い取り、影森の腹を思い切り蹴ったのだ。
銃弾が当たろうが、大砲の弾が爆破しようが湖也の装甲には傷一つつかなかった。
「これいいな」
別に何もついていないのに剣についた血を飛ばす感覚でブン!とその場で素振りをすると湖也は影森を見据える。
「何か言うことはあるか?」
「クソが…お前なんか人の力を借りてるだけじゃねーか!黒の装甲だって今の装甲だってそうだ!お前は自分の力で戦ってねぇ!とんでもねぇ卑怯者なんだよ!」
追加で降って来た無数の暴狐が湖也目掛けて360度から襲いかかる。
湖也が対処しようとした瞬間、影森が動いた。
霧の様に消えた影森が湖也の体を抑える様にして現れたのだ。
急に体を締め付けられ不自然に体が曲がりそうになる。
「人の力が何だ」
湖也は体に力を入れると締め付けてくる影森の体を強引に押し返す。
左腕を背後に回し影森の体を迫ってくる暴狐の大群に投げ飛ばすと剣を握る手に力を込める。
「装甲を誰からもらったか、デバイスは誰が作ったかなんて関係ない。今の装甲は人を守りたいと言う俺の思いについて来てくれているんだ!一時期黒の装甲に飲み込まれたこともあったけさ、装甲が無ければ何もできないと思った時もあった!でも今は俺の思いが装甲に力を与えてる!大量のゾンビを発生させて楽しようとしているお前より何倍もマシだ!」
叫び、その場で一回転した。
物凄い速度で剣を振い、生じた斬撃は全方位に広がり襲いかかってくる暴狐を全て消し去っていく。
影森の体も例外では無かった。
「クソ…がぁぁぁぁぁ!」
直後、湖也の周囲が一斉に爆発した。
「終わったか…ん?」
周囲を見渡すとまだ暴狐がうじゃうじゃといることに気づいた湖也は、拳に力を込め暴狐の海に向かって突き刺した。
ドガァン!と爆音が響き渡り一瞬にして暴狐が消滅していく。
中から出て来た2人は謎の出来事に唖然としていた。
「な…何が起こったんだ…?」
2人が顔を上げると一軒家の屋根の上に黄金の装甲を着た湖也が立っているのが見えた。
「お前…それ」
血斗が指を刺す。
「俺の出せる全力だよ。ただ…」
湖也は上伊の元へ歩く。
黄金に輝くデバイスを見せて、
「これは上伊の姉から託された力だ。今からでも遅く無いと思う。お前が使わないか?」
その言葉に、上伊は迷わず首を横に張った。
「お前がつけたデバイスに宿った時点で遅いよ。それに俺は湖也みたいに気持ちの強い人間じゃ無い。俺じゃ使いこなせないさ。お姉ちゃんはお前に力を貸すと言ったんだろ?だったらもう迷わない。その力を使って世界をもう一度救ってやれ」
「上伊…」
自分のデバイスを見つめる湖也の脳内に声が響く。
『私は上伊の姉だけど、あなたの姉でもあるから。気にしないでいいの』
「え?それってどう言うことですか?」
湖也は思わず声な出すが、返答はない。
その様子に血斗は首を傾げ、
「こいつ誰と話してんだ?」
姉の声は湖也にしか聞こえていない様だ。
もやもやしている湖也の意識を変えるように上伊は声をかける。
「お前の新しい力も手に入ったんだし、敵の本拠地も分かった。いよいよ最終決戦か?」
その言葉を聞いて湖也達は顔を上げる。
先ほどまで暴狐が降り注いできた、その場所。
もう隠す必要は無いと考えたのか、以前まで何も無かったその場所には丸で宇宙船と見間違えるくらい巨大な岩が浮かんでいた。
あそこに花蓮はいる。
「…待っていろよ。花蓮」




