第47話 最後の敵
1
みんなは近くの公園に移動していた。
道端で大人数が長話しても迷惑になるからと。
ちなみに陽平は聞いてもしょうがないからと言う理由で帰った。
血斗が心配そうに、
「いいのか?これから起こる事だし知っておいた方がいいと思うぞ?」
と言うと陽平は振り向かずに手を振り、
「何があってもお前らが守ってくれるんだろ?なら何も心配いらないさ」
と言って去っていった。
「さて、まずは今回の件、というよりそもそものこの怪物事件を起こした黒木花蓮の目的を話さなければいけねーな」
湖也達から期待の目を向けられてすこし調子に乗った火凪が胸を張ってそう切り出す。
「あぁ、あいつはずっと暴狐のリーダーでありみんなに指示を出していたもんな。でもあいつの目的は夢境への復讐だろ?あいつが消えた今やる事なんか…」
まだ話している途中の湖也の声を遮るように力強く、
「やる事ならある、というかあいつが作ったというのが正しいかな。あいつの目的は夢境が消えたこの世界を自分のモノにする事だ。ま、簡単に言えば世界征服だな」
「世界征服だと⁉︎」
血斗は分かりやすくリアクションを取る。
湖也はもう呆れたような感じで、
「夢境の世界消滅の次は世界征服かよ。悪役がやる事のオンパレードだな」
「分かりやすく悪役してくれてるって感じ」
紗水も緊張感の無い声だった。
だがそこに注目した火凪は首を横に振る。
「確かに夢境は分かりやすく悪役を演じているような感じだったな。でなければわざわざ三村に事前に犯行メールを送ったりはしない。理由は詳しくはわからないがな。しかし今回は違う。花蓮は純粋な憎悪だけで計画を進めている」
「憎悪?」
湖也は聞き返した。
それこそ夢境が消えて目標は達成されたのではと言った意味を含めて。
そこの意味を汲み取ったのか穂花が前に出た。
「夢境が作り出したこの世界って〜、まー分かりやすく言えば夢境の匂いが充満してるような感じなのよね〜。黒木ちゃんはこれをひどく嫌ってるみたい。ただ夢境を消すだけに飽き足らず、その残った匂いまでも無くそうみたいな?私の匂いで変えちゃおうみたいな」
その説明を聞いてみんなは苦い顔をした。
「そんな理由かよ…」
「そんな理由でも計画を実行しようとするくらい彼女の恨みはすごいって事だな」
「その計画にミラーと大羅は協力してるって事か…影森もまだ生きてるって話だしな」
血斗は悔しそうに歯をギリギリと言わせる。
あの時仕留められなかったからだ。
「それだけじゃないよ。今回はちょっとめんどくさいかも」
香里が小さな声で呟くように言った。
「どういう事だ?」
上伊が訊ねる。
「こっからが肝心なポイントだ。どうやってこの世界を支配するか。その方法がちょっとエグいんだ」
「一体、どんな方法なんだ?」
「彼女は今まで戦いで死んでいった奴らを蘇らせている。この前君達が夢境と戦った時、夢境が大掛かりな機械をいじっていたのを覚えているよな?」
「あぁ、結局何に使うのか訳わかんなかった。あいつ1人で世界滅ぼせた訳だしな」
「あれはこの世界をコントロールするメインコンピュータらしい。現状だと今までの戦いで死んだ生徒のデータしか入っていないが、それらを復活させたり消去したり自由自在だと。世界の情報が入っていたらそれの消去も可能になる」
「なるほど、世界の情報が入っているチップを夢境が確かに持っていた。でも夢境を倒したからそのチップも消えたはずだ」
「だから世界が消える心配はもう消えたと言っていいだろうな」
火凪は腕を組み頷きながら言った。
湖也の隣では上伊が顎に手を当てながら、
「そのコンピュータを使って野田が生き返っていたってことか…他にも生き返っている奴がいそうだな」
「酷い…」
凛が顔を真っ青にしていた。
体をプルプルと振るわせ、花蓮の行いと何も出来ない自分の無力さに怒りを募らせている。
その様子を見た火凪が水を飲みながら静かに言う。
「安心しろって言うわけではないが、あれは見るからに本人ではない。データを元に作り出した模造品に過ぎない。そもそも、死んだ人達は元の世界に戻ってるんだろ?」
「それは…そうらしいけどさ」
凛は複雑な感情をうまく出せずに納得するしかなかった。
そこで血斗はふと思ったことを口にする。
「でも死んだ者を生き返らせても世界征服に繋がる訳ないじゃん。何を考えてるんだあいつは」
「言っただろ。あの機械はこの世界をコントロールするコンピュータ。復活させる生徒の人格も例外じゃない。そして」
火凪はそこで一旦区切りを入れる。
自分でも理解が追いついていないのだろう、どう言おうか少し戸惑いながら、
「どういうことか復活した生徒が普通の人に危害を加えた際、その人にも人格が移るということらしいんだ」
空気が静まり返った。
湖也達はポカンとしていた。
全く意味がわからないと言った様子で、
「何て?」
「復活した人の人格が他の人に移る可能性があると言った」
「何で?」
「私が知るかそんなもん。分かりやすく言えばゾンビみたいな物だな。凶暴な人格になった人が人を襲えばその人も凶暴な人間になる。ようやって世界中を自分好みの人格に変えていく。自分を慕うような人間で世界を埋め尽くそうって所かな。そしてゾンビウイルスの発生源が、コンピュータから復活させられた生徒って事だ」
「それにしてもよくそんな詳しいことまで知ってるな」
血斗が感心した様子で言った。
「夢境のだか他の人のだか知らないが、いろんな所にカメラや盗聴器がある。奴らの話も丸聞こえ」
「もしかして、俺が毎晩空の事を考えてあんなことやそんな事やってることまでバレてんのか⁉︎」
血斗が驚いた表情で叫び、直後その腹に火凪の蹴りが当たる。
がはっと肺から空気を吐き出し吹き飛ぶ血斗を睨みつけながら、
「てめーの事なんか興味無いしキッショい事言うなボケ!」
「登君、デリカシーが無いわね」
今回ばかりは紗水も火凪に同感らしい。
「おぉ、女性の冷たい目線が痛い…すまん、すんません」
ゆっくりと体を起こす血斗は細い声で念仏を唱えるように謝った。
空は笑顔で血斗の手を取る。
「大丈夫だよ。ノボリが何をしているかは分からないけど。私の事を考えてくれてるの嬉しいから」
「ちょっとあんた、その歳になってわからないのはどうかと思うが?アホなの?」
柚子がニコニコの空を見て呆れた表情をする。
そのセリフに頭の血管が切れたのは血斗だった。
「てめぇもう一度言って見ろ!空を悪く言う奴は女だろうが構わずぶん殴るぞ!」
「あーいいわよやってみろ!別に怖くないわあんたの事なんか!」
2人が本気で殴り合いをしそうになり慌てて上伊は間に入る。
「そういうのは他所でやって貰えるか?柳沢、ゾンビウィルスはどうやったら止められるか分かるか?」
「こればかりは推察でしかないが、黒木花蓮を倒してコンピュータを止めるしかないな。モタモタしている時間はない。刻一刻とゾンビが暴れ周り被害が拡大すれば、ゾンビがさらに増えあっという間に世界を覆い尽くすぞ」
「なんだ、やる事は簡単じゃねーか」
湖也は右拳を左の手のひらにパンと叩きつける。
「ゾンビが世界を覆ってゲームオーバーになるのが先か阻止するのが先か」
凛が適当にそう呟き、
「なんか哲学的だな」
血斗が適当な事を言った。
「いやどこが?」
2
「いいの?影森にコンピュータ使わせて」
ミラーは岩の端に腰を下ろし足をブラブラと揺らしながら下の景色を眺めている。
「構わないさ。どんな理由であれ彼の行いは私達の計画を進めてくれる。人格をコントロールしたゾンビの増殖を」
花蓮は一見モノリスのようなオブジェにも見えるコンピュータの側面を手のひらで撫でながら、
「初めは湖也達の学校で起こっていた事件がきっかけだった」
「リーダーのお父さんが起こした事件?」
「いいや、上伊君が学校の支配者になろうとした事件だ。夢境への復讐を考えた私はあの本を使って上伊君や野田君が生徒を操っているのを思い出した。そしてその事件のあと、湖也の影響を受けた人物以外の人格がロボットのように同じような思考をするようになったのを見て、どうにかそれを応用しようと思った」
「そこで出てきたのが夢境が待っていたそのコンピュータって訳ね。あ、待って」
花蓮が口を開こうとした所を、ミラーは手のひらで制した。
「湖也達が動き出したわ」
花蓮は覚悟を決めた声で静かに言った。
「始めようか、非情に冷たく」
3
「なんかすごい久しぶりに出番貰えたね!」
「そりゃ俺ら今まで死んでたからな。これからいっぱい戦えるんだぜ?ワクワクするだろ?」
2人の少年が話している場所は、商店街のど真ん中だった。
そこには子連れの家族や学校帰りの高校生などで賑わっている。
2人の後ろで歩幅を合わせるように影森は歩いていた。
「陸高覗いたら知らない女が大事そうに持ってたから奪っては見たものの、結局これどう使うか分からねーし。やっぱり暴れまくるのが1番だわ」
手にしたノートを団扇のように振って言う。
2人の肩にガバッと腕を回して、
「いやーリーダーにお前らを貸してもらって嬉しいよ。どんどん暴れていいからな」
「うん」
そう言うとその少年は体を化け物へと変化させる。
純白のペガサスのような姿だ。
その姿には似合わない極悪非道な暴虐が始まる。
4
「それで何でお前は俺に影森の撃破をお願いしたんだ?お前と影森の間に何があった?」
湖也達がいるのは商店街だった。
湖也はコロッケを食べ歩きしながら火凪に訊ねる。
「いや、実はさ…」
湖也達がその訳を聞いて。
「…馬鹿タレ」
上伊は珍しく悪態をついた。
その内容は陸高の校長室にあった『欲望を叶える本』が盗まれたと言う物だった。
上伊が学校で騒ぎを起こす原因になり、上伊の姉が作り出した本。
校内限定ではあるが、本に書いたことが現実になる魔法の本。
上伊と湖也以外はその本の事を知らないので軽く説明をし、ずっと校長室にしまってあったが、火凪が持ち出した際影森に取られたと言うので、
「何で持ち出そうとしたんだ?」
「あの本の話を前聞いたことがあってさ。これから黒木花蓮が起こそうとしている事に対抗出来ないかなと思って」
「確かにあれもいろんなことが出来たが、校内だけと範囲が限られているんだぞ?外に持ち出したって使えない」
「そうだ、上伊の言うとおりだ」
湖也はうんうんと頷いた。
「なんだ。範囲狭ーな。使い物にならねーじゃん」
「でも俺にとっては大事な物なんだ。ずっと夢境が持っていたけど、あいつが消えた今俺が持っておきたい」
「あんな奴に管理任せて良かったのかよ」
血斗は串カツをもぐもぐと食べながら言う。
「下手に手は出せない状況だったし、あれに関しては夢境が変な事に使う事はないって不思議に感じてたからな」
「ま、あれ使うよりもっと大変なこと考えてたわけだしな」
湖也が言った時だった。
商店街の目の前の角を曲がった所から人の悲鳴が聞こえた。
角の奥からどんどん人が出てきており、ガシャン!バゴン!と何やら物と物が激しくぶつかる音も聞こえる。
間違いなく人間の仕業では無い。
「また復活した奴が暴れているのか⁉︎」
湖也が様子を確認しようとした瞬間、彼の足が止まった。
奥から出てきたのは、純白のペガサスのような化け物。
湖也は過去に一度その姿を見ており、2度と忘れる事はない姿。
火凪から話を書いた時から可能性として考えるべきだった最悪の現状だった。
彼が悪として復活している事を。
その化け物は人間の姿に戻り、湖也に向かって大きく手を振った。
「おーい!久しぶり!湖也!」
「天…」
湖也の体が反射的に行こうとする。
その様子を見て火凪が叫んだ。
「おい!お前目を覚ませ!そいつは敵だぞ!」
その声でハッとしなんとか足を止める。
「ん?どうしたの?湖也。こっちにおいでよ!一緒に遊ぼ!」
天は一瞬首を傾げ、また笑顔で誘い込む。
湖也は足を踏ん張り、歯茎から血が出そうになる程歯に力を入れて噛み締め目に涙を溜め込みながら、流さないように必死に目を開きながら肺を絞るような声を出す。
「何で…何でお前が復活してるんだ…!」
「僕だけじゃ無いよ!陸もいるんだよ!3人一緒だね!」
「⁉︎」
天に反応するように陸も奥から出てくる。
「おう!湖也元気にしてたか?」
「…!」
あの時自分で殺したはずの陸が笑顔で目の前にいる。
その姿を見た時、湖也は何とか感情を抑え込むのが精一杯だった。
体をブルブルと小刻みに振るわせ、何とか冷静になろうとするが、その様子を見た陸が心配そうに、
「お前どうしたんだ?あ、もしかして暴走して俺を殺ってしまったこと悔やんでる?大丈夫だって俺はお前を責めたりしないよ!だからもう悩むなって」
その瞬間、もうダメだと湖也は自覚した。
目から滝のように涙を流し、ガクンとその場に膝が落ちる。
「…!…!」
言葉にならない声を発し、陸に許してもらえた嬉しさと2人を復活させた奴への怒りで壊れてしまいそうになる。
その様子を見た2人を復活させた張本人が、奥から姿を現した。
「おうおう2人の姿を見せただけでここまで感動して貰えるとは、俺も嬉しいよ」
「影森ぃぃぃぃぃぃぃ!」
湖也は喉から血が吹き出そうになるくらい叫んだ。
「テメェだけはこの場でぶち殺す!」
「おいおいヒーローがそんな暴言吐いていいのかよ!」
湖也が影森に向かって走り出そうとした所を、血斗と上伊が押さえつける。
「おい!お前落ち着けって!」
「このまま行くとあいつの思う壺だぞ!」
「夢境倒して世界救って、ちょっとは忍耐力ついたかと思ったんだが、全然そんな事ねーな」
影森が半笑いで言った。
「うるせぇ!」
湖也が2人を振り解き、装甲を着けて影森に突っ込む。
握りしめた拳を影森の顔面に当てる直前で影森は魔王のような姿になりその拳を右掌で受け止める。
「そうだ怒れ!その感情を押し殺さず思いっきり撒き散らせ!そして暴走してみせろ!」
湖也が足を出そうとした所で、体が動かなくなった。
原因は1つ、血斗が湖也の時間を止めたのだ。
どこかでビギッビギッと亀裂が入る様な電子音が発生したが彼らの耳には届かない。
ゆっくりと歩きながら血斗は言う。
「影森、お前この前俺にボコされたの覚えてねーのか?それに安全に戦いたいとかヒヨったこと言ってデバイスを作ろうとしてたのに、今はそんな事覚えてないような感じ出して、一体どうした?」
「もうデバイスなんかどうでもいい!この2人を使って三村湖也を暴走させ、お前らを惨殺する。それにデバイスが無くても俺自身の力がある!お前らが束になっても戦えるほどにな!」
ゴッ!と鈍い音がして影森の拳が湖也の腹に減り込む。
「っまずい!」
血斗は能力を使う対象を変更し、直後影森の体が動かなくなる。
お腹に衝撃を喰らった湖也は2メートル近く吹っ飛んだ。
「クソ…あいつ何の能力持ってるんだ?」
湖也が膝をついて立ちあがろうとしている後ろで血斗は手を挙げながら、
「悪りぃ今の俺」
感情のない声で言った。
上伊が全力で動かない影森の懐へ飛び込み、赤い装甲の拳を握りしめたが、
「…!」
左から自分の体長と同じくらいの拳に殴られ体が吹っ飛び、商店街のお店のショウケースにぶつかる。
砕け転がるガラスを踏み潰しながら立ち上がる上伊に向かって陸は笑顔で言った。
「よっし!準備運動はバッチリだ!」
陸は機械の様な化け物の姿になっていた。
一見湖也達が付けている装甲と見間違えてしまいそうになるが、陸の方が機械である分ゴツゴツした見た目になっている。
その腕にガラクタを集め、巨大な腕を形成していた。
「お前、その姿なんだよ」
「俺の暴狐としての姿だ」
湖也の問いかけに陸は腕をブンブン振って答える。
「なんで…」
狼狽える湖也の隣に血斗が並び、静かに厳しい口調で語りかける。
「分かってるよな?あいつはもうお前の友達ではない。友達だから倒せないとか生ぬるい考えはやめろ。お前はここまで戦ってきただろ」
「でも、天と陸を復活させた影森への怒りは抑えられない!」
「…なぁ」
血斗の声が聞こえた直後、一瞬湖也の体が浮いた。
それが血斗に胸ぐらを掴まれたからだと理解する前に湖也の顔面に血斗の拳が直撃し、ぶっ飛ばされる。
商店街のシャッターに直撃し、ガシャガシャ!とシャッターの爆音が響き渡る。
湖也が立ち上がるよりも前に血斗は口を開いた。
静かに、ただし明確な怒りを乗せながら、
「いい加減にしろよ。そうやってホイホイ敵の予想通りに動いて計画に加担していくのかよ」
血斗は天と陸を指差す。
「こいつらはな!データを利用して作られたただのゾンビなんだよ!本人のほの字もないただのレプリカ!復活なんかじゃねぇ!こんなのに自分の感情を上乗せして優先順位から外すのかよ。何のために夢境を倒して世界を救った?お前は自分のためにやったわけではないと言ったよな?だったらここでもそうしろよ!後ろで見ている空や紗水さん、必死に逃げていった一般の人達、みんなを守るために戦え!」
「クソ…」
湖也は一度悪態をついた。
自分への情けなさと、血斗の非情に怒りがこもったからだ。
しかし間違った事は言っていない。
「あぁ、そうだよな。世界を守るために戦うんだ俺たちは!」
「あとノートね!」
後ろから火凪の声が聞こえ、
「何で今かっこいいこと言ってるのに口挟むの⁉︎」
湖也は振り向き叫んだ。
「それじゃあ、いくよ!」
緊張感の全くない天の声が響き、その声に似合わない速度で一気に湖也へと突っ込んだ。
湖也を頭の角で突き刺そうとしていた。
が、途中でその体が固まり動けなくなった。
黄色い装甲の上伊がもの凄い速度で天に接近し天の体を押さえ込んでいたのだ。
「はーなーせー!」
天が嫌がっているのを見て、陸は腕にガラクタを集め巨大な拳を作り上伊へと殴りかかる。
「え⁉︎」
直後陸が驚きの声を発したのはガラクタの拳が消えたからだ。
ガラクタはガタンゴトンと音を立てて陸の足元へ落ちていく。
湖也が陸の能力を弱めた結果だった。
「もうクヨクヨする時間はおしまいだ!お前らは俺がここで倒す!」
湖也が陸の懐に飛び込もうとして、天からの突進を受けて横へ勢いよく吹き飛ぶ。
「湖也と戦うのは悲しいけど、まぁしょうがないか!」
「おいおい、そろそろ覚えてくれねーか」
ふらりと立ち上がった湖也の隣に血斗が並び、
「俺がじゃなくて俺達がだろ」
「悪いって、陸は任せた」
「おうよ」
血斗は陸の懐へ飛び込んだ。
陸の顔面目掛けて拳を振るが腕にガードされる。
ガゴンバギン!と金属の衝突する音が何度も響き渡った。
「そんな体でもこれは効くよなぁ!」
顔の前に構えている腕に集中して攻撃していた血斗だが、そう言った直後陸の股間目掛けて思い切り足を蹴り上げる。
「ぐぉ!!!?!?」
あまりの苦痛に体が固まり、ガードが出来ず思い切り殴り飛ばされる。
「上伊は影森とノートを頼む!」
同じく天を殴り飛ばした湖也が言い、
「あぁ!」
そう言うと上伊は影森の元へ走っていく。
と言っても今影森は血斗によって時間を止められているので探すのは容易で、
「よし!」
影森から奪え返し、両手ノートを天に掲げて喜んだ。
「あ!それ影森さんが奪ったやつ!」
天が上伊を見て叫び、
「みんな出てきて!ノートを奪い返して!」
そう言うと、先ほど天達が出てきた商店街の角の奥から暴狐でもない普通の人がゾロゾロと出てきた。
一直線に上伊へ襲いかかる。
「こいつら!まさか!」
装甲で普通の人と戦う訳にはいかないのでノートを取られないように上に挙げながら上伊は言い、その言葉に続く形で火凪が叫ぶ。
「間違いない!ゾンビにされたやつだ!」
ゾンビと言っても人格を変えられただけなのでよくある映画のゾンビみたいに動きは遅かったりしないのだが、みんな同じ様な動きで上伊に駆け寄っている。
「そのノート返せ!」
と次々にゾンビの激しい声が響き渡る。
上伊がどうしようか悩んでいた時だった。
「ちょっと上伊君から離れなさいよ!」
紗水がその人たちを引き剥がしていた。
続く様に空と凛も上伊に纏わりつく人を引き剥がしている。
「相手が普通の人なら私達の出番よ!」
「ありがとう。助かった」
「いいのか?そいつらに触って」
湖也は天を殴り飛ばしながら聞き訊ねる。
紗水は自分の体を確認しながら、
「うん。何ともないみたい」
「そうか。それじゃあこっちも終わらすぞ!」
「僕を倒して本当にいいの?」
天は今まで見たこともない悪い笑みを浮かべて言った。
「その顔見て安心したよ。お前は本当の天じゃない。そんなんじゃ俺は止まらない!」
湖也は右拳の装甲を展開させる。
突っ込んできた天の顔面目掛けて拳を突き刺した。
それと同じ時に、血斗は右足を展開させて陸の腹目掛けて蹴りを入れる。
「まぁ、悪いな。俺はお前との思い出あんまないからさ。素直に倒されてくれや」
「久しぶりの登場なのに…」
天と陸の体は爆散した。
「あとは影森だけだな」
付き纏っていた人達がいなくなり身軽になった上伊が影森にトドメを刺そうとする。
その時だった。
急に湖也、血斗、上伊の体が吹き飛んだ。
何が起きたか分からなかった。
3人の体が物凄い速度で水平に飛んでいきそれぞれ建物の壁にクレーターを生み出しながらぶつかる。
「あ?なんだ?」
今の衝撃で血斗の能力が解けたのか影森はキョロキョロと周りを見渡している。
そしてその目は一点で止まった。
「一体、何が起こった⁉︎」
湖也達も起き上がりその方向を見る。
「あれは!」
「え⁉︎何で⁉︎」
上伊と空がそれぞれ叫び声を上げる。
商店街のど真ん中、そこには湖也達と同じ装甲を付けた人間が立っていた。
光り輝く装甲だった。
「光の…装甲…?」
血斗がそう言った直後、湖也の体がまた飛んだ。
「ぐぼぁ!」
情けない声がほんの少しのラグを生んで聞こえてくる。
気がつけば1秒前までそこにいた光の装甲が飛んでいった湖也の隣に立っている。
湖也は手も足も出ず、立つ力も残っていなかった。
「君達はもう用済みだ。私の作戦の邪魔をするならここで消す」
「その声…花蓮か」
光の装甲、花蓮の足元にベッタリと這いつくばりながら湖也は言う。
「夢境の時はよくやってくれたよ。お疲れ様。これからは私の世界になる」
「何でだよ…あんな小さい事で世界を支配するのかよ」
「残念だけど、どう説得しても私の心は動かない」
その時、上伊が花蓮目掛けて黄色い装甲で飛び出した。
素早さに特化した装甲だ。
だが上伊が追いつくより前に、花蓮の体が消えた。
「速い!追いつけない!」
花蓮は上伊の背後にいた。
「光は世界で1番速く、地球で例えると1秒間で7周半分の距離を進めると言われている。私はそれと同じ速さで動くことが可能だ。君の速さではとてもじゃないけど追いつかない」
直後、上伊の体が地面にめり込んだ。
花蓮が上伊の体を思い切り踏みつけたのだ。
「がは…!」
一気に肺の空気が押し出される。
そのまま上伊は花蓮に蹴り飛ばされ再び壁にめり込んだ。
「いくら速くても時間止めれば無力だ!」
花蓮目掛けて能力を使った血斗だが、花蓮の体が止まることは無い。
「は?何故だ…?」
困惑する血斗に向かって花蓮はゆっくりと歩きながら、
「光は観測者の影響を受けることなくどこから測っても一定の速度で進むと言う。この装甲はその性質を取り込みあらゆる事象の影響も受けない」
「そんな無茶苦茶な!」
「君達では私に勝てない。そして私は、夢境みたいに変に手加減する気もない。光の速度で蹴られたことはあるか?」
「ちょっ!それどこぞの大将の!」
言い終わる前に血斗の体が吹っ飛んだ。
壁にめり込みながらも血斗はまだ耐えていた。
パラパラ…と破片を落としながら血斗は腹を抑え壁から出てくる。
「うーん昔喰らってた蹴りに比べたらちょっと弱いかな」
「流石だ戦闘野郎。だが何発も喰らえば君もただでは済まな…」
花蓮の声が途中で止まった。
横から飛んできた拳を右手で受け止める。
「何のつもりだ。影森」
「それはこっちのセリフだ。こいつらで遊ぶのは俺の楽しみなんだ。勝手に壊してもらっては困るんだよ」
「君の仕事が遅いから私が直接手を下しに来ただけだ。手を出されたくないなら結果を早く出せ」
「だーから俺は別にお前の手駒じゃねーんだわ。好き勝手やってるだけって何回言ったら分かる」
「私こそ言ったつもりだが?君の行いは私の計画に良い結果をもたらすと。私は君を手駒だと思っているよ」
「この状況を借りているだけだ!こいつら終わったら次はお前らをぶっ潰してやる」
「そうなったら私も素直に応戦しよう。それで、君の対象物はどこへ行ったのかしらね」
「あ?」
花蓮の言葉を聞いて影森は辺りを見渡す。
そこにはゾンビ以外誰もいなかった。
「ちっ、お前が邪魔するからだろうが。おいお前ら!一旦退くぞ!」
影森はゾンビを連れて去っていく。
「はぁ…はぁ…流石に装甲着てても2人を抱えての全力ダッシュはキツい…」
彼等は商店街の店の1つに入っていた。
商店街にはもう人はいなかった。
みんな化け物騒動で逃げているのだろう。
血斗は抱えていた湖也と上伊の体をゴロンと転がすように床に置き、自分もゴロンと横になる。
何度も深呼吸を繰り返し呼吸を整える。
遅れて紗水達が入って来た。
「大丈夫?みんな」
「あぁ、何とか死んじゃいないさ」
湖也は壁に背を預けるように腰を下ろすと装甲をしまった。
「何あの装甲、みんな手も足までなかった…」
上伊の装甲をしまって壁に寄りかからせながら凛は言う。
上伊はケホケホと乾いた咳をしながら、
「あれがラスボスって訳か…ありゃヤバいな…」
「あぁ、今までとは格が違う」
血斗は起き上がり、装甲をしまった。
「あれだけ速けりゃ数で有利も取れねぇ。みんなで戦ったって一瞬で返り討ちにされてしまう」
「黒木花蓮自身何かしてくるとは思ってたけど、まさかあれほどとは…なんか悪かったな」
火凪が申し訳なさそうに言った。
知らなかったとはいえ、戦うよう煽っておいて忠告をしなかったことに負い目を感じているらしい。
「どうしよう。黒木さんを何とかしなきゃ世界中がゾンビだらけに…」
震える空を見ながら、血斗は苛立ちながら言う。
「あんなのどうしろってんだよ…」
「ご、ごめん」
「いや、空に言ったんじゃないんだ。あれを前に何も出来ない自分が虚しくてさ」
血斗の言葉を聞いて湖也は自分の掌を見る。
今までこの手で何とかして来た。
初めて暴狐と戦った時も、竜希と戦った時も、夢境を倒した時も。
今度こそ何も出来ずに終わるのか?
「…クソ」
考えても、出て来たのはそれだけだった。




