第38話 冷たい心
1
「さぁどうする?こっちの人数に対してそっちはたったの2人だ。こっちには仲間が沢山いるんだよ。当然俺も戦う。流石にこっちの有利だと思うな〜」
湖也は挑発するように言った。
「あのバカ挑発したいのか逃したいのかどっちなのよ」
紗水は呆れた声を出す。
「あーあめんどい事になった。俺たちはただそのおばさんが欲しいだけなんだけどなー。まぁ一旦引くか。ほら、トルボ」
大羅は翼を羽ばたかせ空へ去って行った。
次の瞬間トルボもワープしたかのように一瞬にして消えていく。
「あれがあのガキのもう一つの能力…ワープか?別の奴が使ってたと思うけど」
血斗が顎に手を当てながら言った。
「能力がかぶることなんざザラにあるだろ。それより、紗水のお母さんだ」
湖也は装甲をしまうと紗水の元へかけよる。
「おい紗水、なんでお前のお母さんが狙われてんだよ」
「え、知らないわよ!」
「とりあえずここを離れよう。河原さんのお母さんは学校の保健室に寝かせよう。聞きたいこともあるし」
「…?」
純恋は目を覚ます。
「お母さん、目が覚めた?」
紗水が心配そうな様子で純恋の顔を覗く。
「え、紗水?どうしたの?ここは?」
「学校の保健室です。俺たちが連れてきました。あなたは暴狐に襲われたんですよ」
湖也が冷静に言った。
それを聞いて純恋は目を逸らした。
「そう、とうとう私が襲われたのね。でも、あなた達が助けてくれたんでしょ?ありがとね。紗水も、立派になったね」
純恋は紗水の頭を撫でる。
「ちょっとお母さん…恥ずかしい」
「襲われてた理由はなんですか?」
上伊が手短に言った。
「え?」
「暴狐のトップである大羅とトルボがピンポイントであなたを狙ってくるなんて絶対おかしい」
「確かに、大羅もあなたに用があるって言ってました」
「あなたが狙われるだけの理由があるってことですよね?教えてください」
「うっ…」
純恋は言葉を詰まらせた。
「あいつらは今夢境を探してたはず。そんな彼らが、貴方に訊ねてくるってことは…」
「え?お母さん夢境と繋がってるの⁉︎」
紗水は驚いたように言った。
「どうなんですか?」
上伊は真剣な表情で問いただす。
「…バレてしまってはしょうがないわね。そうよ、私と夢境影利は繋がっているの」
純恋は正直に告白した。
「不倫ですか⁉︎」
「そんなふしだらな⁉︎」
「お母さん…」
紗水は口に手を当て今にも泣き出しそうだ。
「違うわよ!そんなんじゃない!私は夢境影利と連絡出来る存在って事よ」
「でも何であなたが…」
「あなたも暴狐に関わってるって事ですか?」
上伊が訊ねる。
「いいえ、それには関わってないわ。あれは夢境が一人で勝手にやってるだけだもの」
「え?一人って、この戦いって夢境影利と影正の兄弟による者なんじゃ…」
「いや、影正の方は影利が作ったただの分身よ。この戦いは全て影利一人に仕組まれたものなの」
「は?いやいや待て一人で怪物やら装甲やら作って戦わせて何の意味があるんだよ」
血斗が割り込んだ。
「そんなもの私には分からないわ。彼が勝手にやってるだけだもの。ただ…」
純恋は湖也を見つめる。
「…?俺がどうかしましたか?」
「いや、何でもないわ」
「何なんですか紛らわしい。じゃあもう一つ、この世界は夢境が作ったってのは本当なんですか?そこら辺の真相は知ってるんですか?」
一瞬純恋は驚いたような表情を見せる。
「よく知ってるわね。そうよ。この世界は彼が作り出したの」
「それじゃあ、俺たちも夢境に作られたってこと?」
「いいやそれは違うわ。仮想現実って言葉は知ってるわよね。コンピュータで作られた現実そっくりな世界。この世界はそれに近いような感じよ。私たちは外から夢境が作ったこの世界に入り込んだって感じなの」
「…何でずっと俺の目を見て話すんですか、気持ち悪い」
湖也は照れ臭そうに目を逸らす。
「ということは今まで死んでいった生徒たちはこの世界から消えただけでまだ死んでない可能性もありますよね」
「やった!湖也!陸はまだ生きてるんだよ!元の世界で!」
「あ、あぁ!良かった!本当によかった!」
湖也は目に涙を浮かべて言った。
「でもそれじゃおかしい。仮想世界なら何で痛みがあるんだよ。ほら、ほっぺを引っ張ると痛いだろ」
そう言いながら血斗は空の頬を引っ張った。
「いたたたたたた!ノホリ!ワハヒのほっへひっはらないで!」
「この世界でも痛覚が存在する。ただそれだけよ。夢境は痛みを感じるように作ったの。大丈夫。この世界で怪我しても元の体に支障はないわ」
「厄介な設定をしてくれたな…」
そう言って湖也はある事を思い出した。
暴狐と初めて戦う時、湖也に説明していた事を。
「夢境の奴、『この学校はどんな攻撃からも耐えられる設定になってる』って前言ってた。最初はボケたかと思ったけど、あれマジだったのかよ…」
そこでずっと考え事をしていた亮矢が口を開く。
「ん?じゃあ別にこの世界を守る必要なくねーか?」
「え?何言ってるんですか亮矢先輩」
葉種が聞き返す。
「いやさだってこの世界で死んでも元の世界に戻るだけ、だったら別に人も世界も守る必要性をあんま感じないっていうか…」
「そうかも…」
湖也も納得する。
だがその疑問に純恋ははっきりと答えた。
「守る理由ならあるわ。あなたたちだって見てきたでしょう、この世界で楽しく暮らす住民たちを。この世界なら死んでも大丈夫…ではあるんだけど日常を奪われたく無いでしょ?それにみんなだって痛覚はあるのよ。みんなに痛い思いして欲しく無いなら君たちで守るしかないわ」
純恋はここで一度座り直して真剣な表情をした。
「夢境は今この世界を壊そうとしている。そのための準備をしているところだわ。ここであなた達に依頼をします。今の夢境を止めてこの世界を守りなさい。私のお願い、聞いてくれるかしら」
「もちろんです」
湖也も真剣な表情だった。
「でも何でこの世界を作ってこの世界に俺たちを送り込んだんだろう。元の世界の記憶が全く無い。それに、昔の記憶もちゃんとある。この世界はどのくらい前に作られたんだ?」
血斗が首を傾げる。
「そこら辺は実際に夢境に聞いて欲しいな」
「彼の場所場所…知ってるんですよね?」
上伊が訊いた。
「知ってるけど…大丈夫?そんな急に」
「頼んだのはあなたの方でしょ。大丈夫です。みんなで力合わせれば」
湖也は一度みんなの方を見ると笑顔で言った。
「そう」
純恋は微笑んだ。
2
「全く最悪だよ」
ハデスは一人で愚痴を呟いていた。
「せっかく陸高最強を殺したというのに、最初に会うのがあの影森だなんて…」
彼は海高の階段を登っていた。
屋上には今花蓮とミラーがいる。
ハデスは屋上の扉を勢いよく開けた。
「ねーリーダー!聞いて聞いて!僕陸高最強の大政君を殺したんだよ!褒めて!」
大きな声で言うハデスに対し花蓮は冷静に答えた。
「しっ、今それどころじゃ無いんだ。少し静かにしててくれ」
「えー、褒めてくれたっていいじゃん」
ハデスを無視して花蓮はミラーと夢境を探している。
「どう?この方角に気配は感じる?」
「ダメねさっぱり…」
花蓮がポケットから地図を取り出し地面に広げてミラーに説明し出した。
「最後に彼を見たのはこの場所なんだよね。ここから…」
空気も読まずにハデスはミラーに話しかける。
「ねぇ、僕大政君を殺したんだよ!なんで無視するのさ。あのみんなの脅威だった大政君を殺したの!」
「は?」
凄くイラついた様子でミラーは振り返る。
「あんたこの前私にやった事忘れたとは言わせないわよ」
「あの時…てあぁ!そういえば君の感情を少し操作させてもらったね。あの時のは謝るよー」
「あの件でもうあなたとは関わらないって決めたの。時間もないし。さっさとどっか行って」
「ぶー」
ハデスは校舎を飛び出した。
「じゃあ大羅に自慢してやろう。あいつ大政君にビビり散らかしてたし」
ハデスは大羅の城まで来た。
扉をノックする。
「大羅開けて!ハデスだよ!」
すると次の瞬間、突然城が龍へと姿を変えた。
「お前は二度とここに来るなと言ったはずだ」
「いいじゃないかそんな前の事は、それに…」
「どっかいけやくそやろう」
そう言うと大羅はハデスを思い切り叩き潰そうとした。
ハデスは急いでその場から離れる。
「ん?オーハデス!こんな所に?ワイ?」
ちょうど大羅の所へ来ていたトルボが焦って走るハデスを見ていた。
「ちょっと大羅に追われててね。僕ひどい扱いされてると思うんだ」
ハデスはご立腹の様子だ。
「そうなんだー。でもソーリー!ミーはユーに興味無いから。シーユー!」
そう言うとトルボはたった今城の形に変形した大羅の家に入っていった。
ハデスはなんとかトルボの恐怖の感情を操作しようとするが彼の心に恐怖が全く見当たらない。
「はぁ、鷲羽がいたらなぁ。でもあいつもう死んじゃったし」
ハデスは路地裏の暗い道をトボトボ歩いた。
「やっぱり人の心は恐怖で支配しないとダメだね」
ハデスは苦笑いしながら目の前の少年に話しかける。
包丁を手にした少年、ずっとハデスが操っている子だ。
「もう向こう側から大政君が消えた以上、僕に勝てる奴はいない。誰か一人引っこ抜いてくるのも良いかもしれないね。でもミラーがいないから向こうの居場所も分からない。あーあ、だったらあの時葉種君逃さなきゃよかったな」
3
「全員いるわね」
純恋はみんなの顔を確認した。
集まっているのは生き残っている生徒。
湖也、天、紗水、上伊、葉種、血斗、空、亮矢、凛の9人。
「お前も来るのか?」
湖也は紗水を見る。
「私の能力侮らないでよね」
「相手はこの世界作った張本人なんだぞ…」
「それで、夢境のところまでどうやって?」
上伊が訪ねた。
「少し行った所に私の車があるわ。それで向かう」
「こんなに沢山入るのかしら?」
凛は首を傾げた。
「ま、最悪装甲付ければなんとかなるぜ」
亮矢が適当に答える。
「ちょっとそれってこれ付けて走れって事⁉︎無理よそんなの!」
「ま、とりあえず車に向かいましょう」
「着いたわ」
みんなは駐車場に来ていた。
周りには誰もいない。
真ん中にぽつんとトラックが停まっているだけだ。
「これなら後ろの荷台に数人押し込めば入れるな」
湖也は真面目に言った。
「ちょっと馬鹿じゃあのあんた。私前乗りたい」
紗水が不機嫌そうに言う。
「俺も前乗りたい!」
「僕も前がいいー」
誰が前座るかでガヤガヤし出したその時、
聞き慣れた声が駐車場に響いた。
「あ、みーつけた!」
みんなは背筋が凍った。
恐る恐る振り向く。
「ハ…ハデス…」
このタイミングで、ハデスに出会ってしまった。
ナイフを持った少年も一緒にいる。
「なんでこんな所にお前が…」
「やだなぁ偶然だよ。僕が君たちをわざわざ追い回すことしないって。ちょうど良いタイミングだこんな時に君たちと会うなんて僕は幸せ者だ!僕達は結ばれてるんだ。ね、そこの嬢ちゃん」
ハデスは葉種にウィンクした。
葉種は既に涙を浮かべて天の後ろに隠れている。
「あれ?隠れてどうしたの?あの時は素直に僕の言うこと聞いて大政君とやらを殺してくれたじゃ無いか」
「この殺人鬼め…」
湖也は恨みを込めて呟いた。
「やだなぁ前から言ってるけど僕は一度も自分で人を殺した事はないの。殺してるのは、この子と、そっちの嬢ちゃん」
ハデスは包丁持った少年と葉種を指差す。
「僕は世界一優しい人間だよ。誰も強制させたりしてない。僕は心を動かしてるだけ。つまりだ嬢ちゃんの心の中に大政君に対する恐怖心があった違うのかい?」
「いや違うお前が葉種の恐怖を極限まで増幅させただけだ。全ての人間に恐怖を抱くほどにな」
「証拠はあるのかい?」
「俺たちがお前の言うこと信じるわけないだろうが」
「というか、お前仲間はどうしたよ。基本的にお前は一人だ。仲間にも見捨てられたんじゃねーの?」
血斗が煽るように言った。
「君は目が節穴なのかな?仲間ならここにいるじゃ無いか。この少年と、そしてそこにいる嬢ちゃんが」
天は葉種と包丁を持った少年を見る。
「君は葉種ちゃんを狙ってるんだね」
「正解!じゃあ大人しくその子を僕にちょうだい?」
「いや…」
葉種は全力で天の後ろに隠れる。
天は葉種を隠すように前に立った。
湖也と天はデバイスを起動して装甲を身につけた。
「お前の言う仲間は仲間じゃない。ただ恐怖で服従させてるだけだ。そんな事をする奴に仲間と呼ぶ資格はない」
しかしすぐに装甲は消えてしまった。
ハデスの能力。
「君たちは本当に馬鹿だねー。僕の能力の事まだ知らないの?僕の目の前でそのデバイスを使うことは不可能なの。そして、君達の心の中にも恐怖はある」
ハデスは一斉にみんなの恐怖の心を増大させた。
急に心の底から湧き上がる恐怖にみんなは座り込むしかなかった。
「ハハハハハ!さっきまであんなに強気だったのに、急に戦意喪失しちゃってギャグかな?ほら、なんとか言ってみろよ。その子を守ってみろよ!」
みんなは顔を青くして全く動かない。
「はぁ。全く楽しくない。それじゃあ、その子貰ってくね。行こうか」
ハデスは葉種に近づこうとする。
しかし、ふとハデスの足が止まる。
「絶対に…渡さない」
そんなセリフが聞こえた気がした。
ハデスは気のせいかと思いまた近づこうとするが、今度は確実に聞こえた。
「葉種ちゃんに近づくな!」
天の声だった。
震える体を必死に起き上がらせ、腹の奥から出た言葉だった、
「おや?恐怖が足りなかったのかな?」
ハデスは天の恐怖をさらに強くした。
天の体の震えは大きくなるが、
「…おらぁぁぁ!」
叫び声を発し、その震えは消えていた。
天はしっかりと2本足で立った。
震えなど一切なく、ハデスに臆する様子も無い。
「恐怖が…無い?何故…」
ハデスは困惑した。
「お前なんか怖くない!嫌いだ!大っ嫌いだ!葉種ちゃんに酷い事をするような奴は僕が許さない!」
「おかしい…この僕に屈しないだと⁉︎君の心に見えるのは、怒り…そして、優しさ⁉︎なんで…⁉︎」
次の瞬間、信じられないことが起こった。
突然天の体を2色の光が包み込んでいく。
禍々しい赤紫の炎のような光と、優しさが溢れるような透き通った水のような光だった。
ハデスを許さないと言う怒りの気持ちと、葉種を守りたいと言う優しい気持ちが表れているようだった。
その光が収まると、天は暴狐になっていた。
白く巨大な翼をゆったりと羽ばたかせる。
鋭い一角を持った天馬の姿だ。
「天…お前、まさか⁉︎」
湖也は必死にその姿を見つめる。
「暴狐になってしまったのか…」
天を姿を見た湖也達はハデスに対する恐怖心が消えていた。
天の姿に心が浄化されていくようだった。
だが恐怖心が消えても戦えない。
上伊は自分のデバイスを見つめる。
味方に暴狐が現れた以上、このデバイスは機能しない。
そもそもハデスの能力がある以上戦えるのは天しかいない。
「天!戦え!ハデスを倒せるのはお前しかいない!」
上伊の言葉に天は振り向く。
上伊の顔を見ながらゆっくりと頷いた。
「うん!」
ハデスは困惑していた。
「なんで君が暴狐になってるの…?」
「僕は君が嫌い。その強い思いがこうしたんだ」
「嘘だ。僕の力は絶対だ。僕の力で恐怖を増幅させれば君は屈するはずなんだ!」
「僕は屈しない。葉種ちゃんにこれ以上怖い思いして欲しく無いから!ここで君を倒す!」
天はハデスの操る2人の胎児を突き飛ばす。
吹っ飛ばされる2人の胎児に引っ張られるように本体である球体も飛んだ。
「おい!こいつをなんとかしろ!」
ハデスは包丁を持った少年に命令した。
いつもの余裕のある様子じゃ無く、焦りを感じる力のこもった声だった。
少年はハデスの指示に従い包丁を突き立て天に向かって走る。
しかし、
「大丈夫だよ」
その声と共に光り輝く天の姿を目の前に、少年の走るスピードがどんどん遅くなっていく。
遂には少年の足は止まり、全身の力が抜けるように崩れ、手から包丁が落ちた。
天はその少年に寄り添い、巨大な翼で少年を包み込む。
「大変だったね。ずっとハデスに従うしか無くて、嫌な事沢山して。でももう安心して。今から君は自由だから。元の生活に戻って良いから」
光が収まり翼を退けると、さっきまでの無表情の少年はいなくなっていた。
感情を取り戻し、必死に鼻水を啜りながら涙を流す少年がいた。
「ごめんなさい…」
その少年は掠れるような声で言った。
「謝ることはないよ。その言葉はあいつから聞くから」
天は湖也達を見た。
「この子の保護を!」
「あぁ!」
湖也達は少年の元へ駆け寄った。
「大丈夫?立てるか?」
湖也が肩を貸しその場を離れる。
戦場は天とハデスだけになった。
「貴様…よくも僕の大切な仲間を!」
ハデスは全力で体当たりをしようとする。
が、天は翼を羽ばたかせ素早く空を飛び避ける。
今度は天が急接近し、ハデスの体を宙に放り投げる。
「今の君では僕には勝てない」
「ちょっ⁉︎やめ…」
天は頭の角をハデスの操る胎児の1人に突き刺した。
「ぎゃぁぁぁ!」
ハデスは悲鳴をあげる。
「この胎児は君の心そのものなんだ。君は本当は寂しがりやで臆病、だから2人いるし丸く縮こまった胎児の形をしている」
「僕が寂しがりや?臆病?笑わせんな!人の感情を操る僕が臆病なはずない!」
「君は人の感情を操る事で平常心を保っていただけだ。『僕はこんな奴らなんかとは違う』と、そう思っていた」
「馬鹿か君は!そんな事操ってまでやる事じゃないだろ!」
「実際、君はあの少年が側にいたから余裕があったんでしょ?今は周りに誰もいないから焦ってる」
「そんな事…!」
天はハデスを蹴り落とした。
勢いよくハデスの体が叩きつけられる。
天はハデスの目の前に降り立ち、ハデスを見下すように眺める。
「今まで散々悪さして来た罰だ」
天は足を上げるとハデスのもう1人の胎児を踏みつける。
「ぐわぁぁぁぁ!いだい!たすけでぇ!」
もう勝ち目は無いと悟ったハデスは必死に助けを求める。
「仲間なんて来ない」
その言葉にハッとした。
「今…僕は…」
「助けを求めた。だが誰も助けに来ない。何でだろう。全く同情できないや」
「いやだ…死にたくない…」
「やはり君の心は弱いよ。一度折れたら立ち直れない。君なんかより何度もめげずに戦ってる湖也達の方が何倍も強いんだから!」
天は勢いよく飛び立った。
「これで終わりだ!」
まるで太陽のように体から強烈な白い光を放つ。
その姿を見たハデスの心が浄化されていく。
最後に一言。
「ごめんなさい…」
次の瞬間、ハデスの体は爆散した。
爆発音が聞こえ、湖也達は駆け寄る。
そこに宙を舞う天しかいない。
「終わったのか?」
その湖也の声に気がつき、天は振り向く。
みんなの目の前にゆっくりと降り立った。
「勝ったんだな」
天はゆっくりと頷くと人間の姿に戻った。
「ごめん湖也、僕馬鹿だからこの方法しか思いつかないや」
「いいやお前はよくやってくれたよ」
「えへへ、そうかな?」
「天先輩…」
葉種は涙を流していた。
「葉種ちゃん。君を守れてよかったよ。僕カッコよかったかな?」
「カッコよかったです!カッコよかったですから…!いなくならないでください…私の目の前から消えないでください!」
「あはは、それは無理だね」
天は優しく笑いながら上伊を見た。
上伊は頷き冷静に話し出す。
「仲間から暴狐が現れた以上、俺たちはこのデバイスを使えない。この世界を守るためにはその暴狐は消えなければならない。夢境の手紙に書いてあった事だ。そしてそれと一緒に渡されたあれを、湖也が持ってる」
湖也はポケットから取り出す。
起爆装置だ。
「仲間に暴狐が現れた場合、この起爆装置によって爆破する…」
湖也は起爆装置を握りしめ、天に向かってその腕を伸ばす。
腕が震えていた。
ただ涙は流れなかった。
「しばらくお別れだね」
天が微笑みながら言った。
そう、ここで死んでも元の世界では生きてる。
もう二度と会えなくなるわけでは無い。
「本当にいいのか?」
湖也は険しい表情で天に聞く。
「うん。覚悟はできてる」
「お前とずっと一緒にいたかった」
「大丈夫だよ。元の世界で待ってる」
「嫌だ…私天先輩に何も恩返ししてない!行っちゃいやだ!」
葉種は叫んだ。
「そんな顔ぐしゃぐしゃにしたらせっかくのかわいい顔が台無しだよ?ほら!笑顔笑顔!」
葉種は無理やり口角を上げ笑顔を作り出す。
「うん。その笑顔を守れて良かった。それだけで僕は幸せだよ」
「天、あなたは決して馬鹿なんかじゃないわ。ハデスを倒してくれた。私たちのヒーローよ」
紗水が言った。
「えへへ…河原さんがそう言ってくれるなんてうれしいなー」
天は嬉しいそうだ。
「でもその笑い方は気持ち悪い」
「前真似してたくせにー」
その言葉に紗水は口に手を当て優しく笑った。
「星野…カッコよかったぜ」
「うんうん!」
血斗と空が駆け寄る。
「ノボリくん!青山さんを大切にしてね」
「当たり前よ」
湖也は夜空を見上げる。
「元の世界で…か」
湖也の切ない表情を見て天は察した。
「あ、湖也はまだこっち来ちゃだめだよ。ちゃんとこの世界を守ること。これが約束できないと僕は安心できないな」
「バレてたか…しゃーない!分かった!約束するよ」
その言葉に天は満面の笑みを見せる。
「ばいばい」
「あぁ、またな」
次の瞬間、湖也は起爆装置のスイッチを押した。
天の体が木っ端微塵に爆散する。
「ありがとな。天」
湖也は呟く。
みんなは車のそばに立ってる純恋の元へ向かった。
「行きましょう。夢境の所へ」
「強くなったわね。湖也君」
「あいつを倒さなきゃ天や陸、そして戦ってくれたみんなに顔向け出来ない。もう立ち止まってられませんよ」
上伊達も湖也の言葉に頷いた。
「分かったわ。行きましょう」
みんなを乗せた車が発進した。




