第23話 憎しみ
今回から空野葵を青山空に改名させます。
1
「殺しなさい」
美百合先生は覚悟を決めた。
「おいおい!正気か⁉︎自分を殺せとか!カッコつけていうセリフじゃねーぞ!」
怪物は笑いながら言う。
周りにいる先生達は怒号を飛ばす。
「岩田先生!何考えてるんですか!」
「冷静になってください!」
「本当何考えてるんだ?お前」
「貴方が大人が嫌いなのはわかりました。そして私たちを殺すのが目的だと言うことも、ならば私たちを殺しなさい。ただし…」
「馬鹿なことを言うなぁ!」
先生の1人が美百合先生の肩を掴んで前後に揺らす。
ガシャガシャと装甲が軋む音を立てる。
「簡単に人の命をかけるな!貴方の考えに俺たちを巻き込むんじゃない!やるならお前ら2人でやってくれ!俺は逃げるぞ!」
怒り狂う教師達を見て怪物は大声をあげて笑い出した。
「ハハハハハ!これだよ!きったない大人がそうやって生に貪欲になるその様子が見たかった!やはり大人はこうでなくっちゃね。もういいや」
「っ⁉︎」
美百合先生を揺らしていた教師の方に銀色の液体がつく。
怪物が飛ばした物だ。
「今度は死の恐怖に絶望する様子を見せてよ」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
教師は腰を抜かした。
その装甲がゆっくりと溶けていく。
「いやだぁ!死にたくない!岩田先生!助けてくれ!さっきの言葉は謝るから!」
生身になった教師は美百合先生の体にしがみつく。
だんだん口調が激しくなっていく。
「おい!こんだけ頼んでるんだから助けろよ!岩田ぁ!何とかしてくれよ!俺を…」
ついに体が溶け始め、喋ることができなくなった教師はゆっくりと美百合先生の体から手を離し地面に倒れ込んだ。
肉が溶け、骨だけになる。
美百合先生は怪物に向かって、
「まだ私の話は終わってないのに」
「あーごめん。つい面白くって。それで?話の続きは?」
「一つ要求があります。その要求を呑んでくれたら私たちを殺してもございません。って言おうとしたんですがね」
「でも嫌いな大人の言うことなんか聞くと思う?」
「聞きなさい」
「あぁ⁉︎そうやって無理やり言うこと聞かせようとするから嫌いになるんだよわかんだろ!」
怪物は銀色の液体を飛ばした。
その液体は美百合先生以外の教師の体に付着する。
「お、おい!何で俺らなんだよ!」
「私は何もしてないでしょ⁉︎殺すなら岩田先生にしなさいよ!」
「あーごめんついカッとなって。こいつとはもう少しおしゃべりしたいから残しとくわ」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
教師達の体が溶けていく。
その場に2人だけ残った。
さっきまで命だったものがあたり一面に転がっている。
「でもお前こんな惨劇見ても冷静でいられるとか頭イカれてんな」
「私だって逃げ出したいわよ。正直に言う怖いわ。体が震えて仕方がない。でもそれじゃあ貴方の解決にならないから」
「何で俺の話になってるわけ?お前馬鹿か?」
「私は貴方に分かって欲しいの、私たち大人がどれだけ苦労しているか。その為に私は貴方と向き合うわ。殺したいならそうしなさい。ただ嫌いだから殺すと言うのは何も解決になってない。私を殺しても大人嫌いは治らない。だから一つだけ約束させて欲しいの」
「あ?」
「相手の気持ちを考えて生きなさい。それが大人への第一歩になるわ」
「何を偉そーに言ってんだ!相手の気持ちを考えてるならコロコロ意見変えんじゃねーよ!大人ってのは自分勝手な物だろーが!相手の気持ちなんて考えてねーだろ!何が約束だ!そんなの人の考え押し付けて!」
「大体、貴方だって大人になるのよ。いやでも必ずいつか。貴方が人間だというなら」
「は?俺はならねーよ?俺は人間だが大人にはなりたくないからならねぇ」
「なるの、歳を取れば成人する。社会人になる。大人になることは逃れられないことなの」
「いや、俺はならないね」
「人の話聞いてた?」
「大人になる前に死ぬんだから」
「え?」
美百合先生は困惑の声を漏らす。
「貴方…まさか病気?」
「いいや、違う。俺は大人になる前に自殺すると決めた。子供の時間を最大限に楽しんで、大人になる前にこの世からおさらばするのさ!」
「正気の沙汰じゃない」
「それを言うなら大人の方だ。子供をおもちゃのように弄んで。お前ら教師だってそうだろ?人の進路をおもちゃのように決めてうまくいけばラッキー的な感じで考えてんだろ?」
「違う!決して私たちはそんな簡単に決めてない!」
「人の人生がかかってんだぞ!お前らは何のために教師やってんだ⁉︎」
「話を聞いて!そんな不真面目な教師なんてどこにもいないわ!みんな生徒のことを一生懸命考えて!」
「じゃああれは何だったんだよ」
「え?」
「この前のあんたんとこの文化祭。女子生徒が1人教師に襲われたんだってな。生徒のことを一生懸命考えてたら女子高生襲いましただと⁉︎考えるベクトルが違うんじゃないのか⁉︎あぁ?」
「違う!」
「さっきから違う違うしか言ってねーじゃねーか!ちゃんとした根拠あんのかよ!」
「…」
「黙ってんじゃねぇぞ貴様ぁぁぁぁぁ!」
正十二面体だった怪物は一度その体を液状にすると人型に形を変えていく。
美百合先生の胸ぐらを掴んだ。
「大人はすぐそーやって黙り込むんだ!都合の悪いことを言われると!ちゃんと根拠を見つけてから喋れや!いいか、俺はいつでもお前を殺せる。お前の約束事なんか聞かずにな。わざわざ話を聞いてやってんだぜ?もっとまともな話をしろや」
「何で貴方はそんなに大人が嫌いなの?」
「理由は何回も言ってる。俺は大人の嫌な部分をたくさん見てきた。それだけだ。お前らの心が汚いから、醜いから、煩わしいから!俺は誓ったんだ全て壊すと!」
「辛かったんだね…」
「は?」
「貴方の周りは何かと騒ぎ立てる大人が沢山いたんでしょう。大人に従うのが悔しかったのかもしれません。ですがそうしないと子供は生きていけないから。子供は大人の後ろをついていかなきゃ生き方を学べないから叱るの」
「お前言ってることおかしいぞ。汚い大人の後ろ歩いてたら汚い大人になるに決まってんじゃねーか。叱り続けたらよく怒る子に育つに決まってんじゃねーか。生き方を学ぶためなら汚い部分を見せないようにしろや」
「私はなるべくそうするよう心掛けているわ」
「本当かよ。じゃあ何だ。お前は生徒に怒ったことは一度もないと言い切れるか。生徒を苦しませたことは一度も無いと。そんだけ優しく接していれば生徒の心も優しくなるはずだろ。お前の教室ではいじめが起こったり不登校の生徒がいたりしなかったのか?」
その質問を聞いて先生は黙った。
一度湖也が無断欠席したこと、そしてその原因がいじめであることを思い出した。
「…私は優しく接してきたつもり」
「つもりの時点できちんと言い返せてねぇじゃねーか!」
「でも私が優しく接したら優しく育つの?確かに子供の性格に教育は影響してる。でももろにその影響を受けるものじゃ無い。優しく接してもその接し方が嫌で殻に閉じこもる子もいれば反抗する子もいる。子は人それぞれなのよ」
「何だ今度は逆ギレかよ!」
怪物は掴んでいた先生の体を地面に叩きつけると馬乗りになり顔面を殴り始めた。
「てめーが何と言おうが俺の気は変わらねえんだ!」
「分かりました」
「何が分かったんだよ」
怪物は手を止める。
「それじゃあ貴方の理想の大人はどんな人なんですか?貴方がなりたいと思った大人はどんな人なんですか」
「大人にはならないと言っているだろ!」
「答えてください!」
「答えて何になる!」
「私が貴方の理想の大人になります」
「おいおいさっきまで殺しなさいとか言ってたじゃねーか!やっぱりコロコロ意見を変えやがる!」
「では何故貴方は私を殺さないんですか?」
怪物はハッとした。
「貴方ならいつでも私を殺せるはず。なのに何故殺さないんですか?何故先程の銀色の液体を飛ばさず殴り続けるだけなのですか?」
「…」
「貴方は私に求めているのでは無いですか?私に自分の理解者になってくれるという希望を抱いているのでは無いですか?私を殺したく無いと思っているのでは無いですか?違いますか?」
「…初めてだった。こんなに真剣に話を聞いてくれる大人。いつも文句言っても聞いてくれなかったから。だからもう少し話をしたくて…」
「貴方が私しか頼れないというのなら、私は貴方のために頑張りましょう。少しずつ大人に慣れて、いつか自分もこんな大人になりたいと夢を語れるようになるまで貴方のために精一杯頑張ります。さぁ、言ってみてください。貴方の理想の大人を」
2
湖也達は窓に張り付いていた。
「なぁ、あれって先生だよな」
最後の1人になった装甲を見て湖也が呟く。
「多分な」
色んなことが起きていて脳が処理するのを拒んでいる。
気になることは一つだけ、美百合先生が生き残っているのかいないのか。
「先生このまま死んじゃうのかな」
涙目になりながら天が言う。
「やっぱり先生にデバイスを渡すんじゃなかった。今俺が戦えたら、助けられたら…」
「だが、あの怪物の銀の液体に触れたら先生達みたいにされるだろ?どうやって助けるんだよ」
上伊が質問する。
「避ける。銀色の液体を避けるの!」
「無理だろあの速度」
「なんか非日常的でうかうかしてだけど、俺たちはとんでもない事に首突っ込んでるらしいな」
「あぁ、いつ死ぬか分からない地獄の渦中に飛び込んでしまったらしい」
「あ、今ちょっとかっこいいこと言ったとか思ってる?」
天が湖也の頬を指で突く。
「うるさいなぁ」
「でも、だからこそ守らねえといけないじゃ無いか。いつまでもこの状況にしておけない。早くみんなの平和を取り戻さないと」
「でもあれにどうやって勝つんだよ。あの銀色の液体に触れた瞬間オワリの即死イベントなんて無理ゲーすぎる」
陸が窓の外を指差しながら言う、
「うーん」
顎に手を当てて考えてた上伊は異変に気付く。
「ねぇ、あれ見て」
湖也達が窓の外へ視線を向けると、さっきまで馬乗りになっていた怪物が装甲から退いたところだった。
別のところを指差して今度は陸が叫んだ。
「おい!あれ見ろよ!向こうの木の後ろ」
装甲と怪物がある場所から数メートル離れた木の後ろに居たのは、真っ赤な胎児を2人引き連れた怪物だった。
この前、湖也を恐怖で動けなくした怪物である。
「あいつ!何故見てるんです⁉︎」
「何で急に敬語になるんだよ」
3
蓮真は理想の大人を語った。
「一度言ったことは曲げない人、子供をおもちゃとして見ない人、子供の事を熱心に考えてくれる人。そんな大人が俺の理想」
「頑張るわ」
「何でだ?何でお前は俺のためにそこまでするんだ?」
「だって見てられないじゃない。将来死ぬのが分かっているなんて。そしてのは理由が私たちにあるなら尚更ほっとけない。ねぇ貴方、歳は?」
「16」
「高校2年生?だったらうちの学校来る?私がみんなと一緒に面倒みてあげるわ。名前は?」
「蓮真」
「いい名前じゃない。お父さんとお母さんに感謝しなくちゃ」
「そうっすね」
「あら、急にキャラ変わった?」
「そんな事ないっす」
「さぁ、教室に戻りましょ。あ、でもまずは校長先生に話さなくちゃいけないわね。怪物連れてきたら湖也君達怒るよねーどうしましょう」
「本当どうしましょう。そっちに寝返ったりしないよね?蓮真」
突然声がした。
急いで振り返るとそこには2人の胎児を引き連れた怪物がいる。
「ハデス…」
「まさか、裏切るわけじゃないよね?」
蓮真は黙り込む。
「はぁ、君は何しにきたの?」
「やめなさい」
蓮真を庇うように先生は2人の間に体を入れる。
「先生…」
「蓮真君は私の生徒になりました。もうそっちには行かせません」
1人の胎児が下に転がっている骨を拾い上げる。
「君、馬鹿なの?蓮真は貴方以外のここの教師をみんな殺したんだよ?そんな極悪犯を守るつもり?」
「守ります。蓮真君は決心してくれました。私についてきてくれると。子供を守るのが大人の役目です」
「はぁ、じゃあもういいよ」
突然、美百合先生のデバイスの電源が落ちた。
装甲が消えていく。
「…!ハデス!やめろ!」
「これは君への罰だ。少しは使えると持ったのに。失望したよ。その行いを悔いるといい」
次の瞬間、美百合先生の体が沈んだ。
足腰に力が入らなくなり、体がガタガタと震え出す。
「え…なにこれ…」
「ハデス!」
「蓮真。君から殺してもいいんだけどね?少しばかり絶望を味わってもらおうと思って」
「先生!大丈夫⁉︎」
「無理無理、恐怖に縛られたものは絶対に起き上がることはできない」
「恐怖…ですか」
ガサ…と音が聞こえた。
「お?」
美百合先生が大地を踏み締める音だった。
「確かに恐怖はあります。死ぬのが怖い。だがそんなものに縛られてたら教育と言うものはできません。教師を舐めないでください。私がどうなってもこの子は守ります。この子の大人への恐怖が消える前に私が恐怖に負けてどうするんですか!」
「先生…!」
美百合先生は大の字になって蓮真を庇う。
「ふーん。やるじゃん」
ハデスは素直に感心する。
「じゃあもういいや」
「⁉︎」
次の瞬間、美百合先生は痛みを感じた。
突き刺さる物凄い痛みが怒涛の速さで脳に伝わってくる。
見るのが怖かった。
「先生!」
蓮真がものすごい声で叫んでいる。
「先生!」
どこか遠いところからも声が聞こえる。
あれは湖也君の声かしら?
視線を下におろす。
場所は腹部。包丁が突き刺さり、鮮血が滲み出ている。
先生は倒れた。
「先生!先生!」
今まで怪物の姿だった蓮真が人間の姿に戻り駆け寄ってくる。
「ごめんなさい。貴方を守ることは出来なかった…教師失格ね」
「すぐに救急車を呼ぶからじっとしてて!」
蓮真はポケットから携帯電話を取り出す。
救急通報をしようとするが、なぜか電源がつかない。
原因は分かっていた。
「…ハァァァデェェェスゥゥゥ!」
先生のデバイスの電源が切れたのも携帯電話の電源が付かないのも、全てハデスの能力によるものだった。
「本来これは君がやることなんだよ?それを代わりにやる僕はなんで優しいんだろうか」
近くにはガタガタと大きく震えている少年がいた。
ハデスが連れてきた者だった。
ハデスに命令されて美百合先生を刺したのもこいつだ。
「ヒィッ…」
その少年は極限まで顔を青ざめるとどこかへ走り去ってしまった。
「おーい待ってくれー」
ハデスが追いかける。
「情けないわね。大事な生徒の前で死んでしまうなんて…」
「もういい!喋らないでくれ!」
「喋らせてちょうだい…どのみちもう死ぬんだから…いい?貴方は生き続けるのよ。大人になりなさい…貴方の理想とする大人に、貴方がなるのよ…」
そう言うと先生は目を瞑り動かなくなった。
蓮真は泣いた。
「先生…名前…聞けなかった…なんで死んじまうんだ…」
その時、蓮真は決心をした。
「全てハデスのせいだ。あいつだけは許さない」
4
「おい、あれって…」
湖也達はあまりの光景に絶句した。
美百合先生が死んだのも衝撃的だが、問題はもう一つ。
怪物が人間の姿に変わったのだ。
「おい!あれはなんなんだ!人間だよな!」
湖也は紗水の肩をガクンガクン揺らしながら問いかける。
「えぇ、少年に見えるわね」
「マジかよ…怪物の正体は…人間?俺、今まで殺人を犯してたのかよ!」
「落ち着け湖也!怪物になった時点でただの人間じゃねぇ」
陸が取り押さえる。
「ふざけんじゃねぇ!なにが学校を守るだ!ただの人殺しじゃないか!」
「でも湖也達が戦ってくれなければ僕たちはもう死んでたんだよ?」
「ん?どうしたの?」
教室から空と凛が出てくる。
「いやなんでもない。驚かせて悪いな。気にしないで」
上伊が2人を教室に戻した。
「おーいたいた。湖也君。そして上伊君」
階段の方から声がした。
5人が振り向くと校長がこっちに向かって歩いている。
「悲しい事に先生方が全員怪物にやられてしまったよ。やっぱり、学校を守るには若い子の力が必要だ。また戦ってくれるかな?」
「校長!俺見ました!怪物が人間の姿に変わる所を!怪物の正体は人間なんですよ!もう戦いたくありません」
「んー?それは人間に擬態しているだけじゃないのかい?」
「確かに。その可能性もあるわね」
「紗水!」
湖也は紗水の胸ぐらを掴む。
「でも、なんで先生は怪物を庇ったんだ?」
上伊は呟く。
「そうだ!それだよ!美百合先生は怪物なんか絶対庇わない!俺たちの為に怪物を倒すと言っていたんだ!と言うことは怪物がただの人で、美百合先生に守るべき理由ができた。そうだろう⁉︎」
「怪物に洗脳されてる可能性もあるのだが?」
校長は顎に手を当てて言う。
「…!」
「とにかく、怪物を倒すには君達の力が必要だ」
「嫌だ。俺はもう戦わない」
「なら仕方ない。じゃあ君はこの戦いを辞退すると言うことでいいんだな?」
「はい。それで構いません」
「上伊君は?」
「俺は…」
上伊は悩んだ。
「…戦います」
「上伊…お前…」
湖也の声が震えている。
「確かに相手は人間かもしれません。が、だからって俺たちがやられていいわけではない。だから…」
「あ、そう」
湖也は一人で教室の方へ足を進める。
「じゃあ勝手にすれば?」
「湖也?」
天が訊く。
「俺と上伊では意見が合わない」
「そう言うわけじゃ…」
「いいよ。じゃあもう、絶交だ」




