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もしもこの世界で、あなたと  作者: 白銀
第1章〜校内戦闘〜
14/52

第14話 心変わり:中編

7.


それは何年も前のことだった。

当時大きなニュースになったが、今となっては覚えている人は少ないであろう事件が、この学校で起こった。

とある少女が学校から飛び降りて死んだ。

それはいじめによるものだった。

過度ないじめが少女の精神をズタズタに引き裂き、自殺に追い込んだのだ。

頭から落ちたためか頭はぐじゃぐじゃに潰れ、赤黒い液体が飛び立っており、その少女がどんな表情をしているのかも分からなくなっていた。

そして、その少女の近くには、一冊の本が置いてあった。


8.


「最近なんか足りんなぁ」

ふと校長がそんなことを言った。

「ん?何が?」

ソファーに寝っ転がりながら花蓮は訊ねる。

「『やばいやつ』の件ならしっかりやっているんだが?」

「いやぁ、『やばい生徒』を更生させているって報告は聞いているんだが…そこに何かが足りない気がする」

うーんと唸り声を上げる。

「私は必要なことならやってるぞ。あんたが言ったこの学校にいる『やばいやつ』という異常な性格の生徒を見つけ出し、彼らを説得し更生させる。やるべきことちゃんとやってるのに何が不満だ?」

「そうだ戦闘だぁ!」

花蓮の声を無視し校長が椅子から立つと同時に叫ぶ。

「…は?」

花蓮は怪訝そうな表情を浮かべる。

「いやぁ最近の君の活躍には戦闘が足りない!登君の一件から君は戦闘という戦闘をしていないではないか!」

「なるべく平和に解決するように心がけているからな。なんで戦闘を求める?」

「いやぁ高校生の青春といえば熱い拳のぶつかり合いだろう。各々が自分の主張のために他人を力でねじ伏せようとする!それのぶつかり合いを見てみたい!『やばい生徒』がみんなで殴り合っている様子を見てみたい!」

「こんなのが校長でいいんだろうか…」

花蓮は本当に心配している様子で小さく呟く。

「なぁに私のこういうところは何回も見ているだろ?」

「まぁねー。じゃあ残っている『やばいやつ』をみんなまとめて戦場に放り込むとするか」

「お!いいねぇ!」

「ところでさぁ」

唐突に、花蓮は話題を変える。

「どうして『やばいやつ』や『やばい生徒』って呼び方してるの?普通に問題児って呼べばいいのに」

花蓮がいつも「やばいやつ」っと言っていたのは別に自分が言い出したことじゃない。前に校長が使ってた呼び方を花蓮が使っているだけだ。

「馬鹿者、問題児とはただ問題を起こす奴のことだ。別にそれは叱ればいいだけだし、ちっぽけな問題など気にすることはない。しかし『やばい生徒』というのはただの問題児ってわけじゃない。もっと大きな、クラス、学年、学校という単位で大きな事件を起こしかねない存在のことを言うのだ」

「へぇー、でもあんたが大橋にその本の力与えたせいで、今学校はとんでもないことになってるんだよ?更生させるどころか悪化させてどうすんのさ」

「彼の欲望を叶えてあげて、その結果がどうなるかを見せてあげたかっただけだ。それにこれはこの本の制作者の意図でもある」

「?」

花蓮が首を傾げている様子もお構いなしに校長は言う。

「さぁ私に戦闘を見せておくれ!あ、でも生徒を死なせちゃいかんぞ」

「めんどくせぇなぁ」

よっこらせという声と同時に花蓮は起き上がると校長室を出ていく。


9.


学校の真ん中、一棟と二棟の間にある中庭のベンチに上伊と寛信は腰掛けていた。

「こうやって話すのも久しぶりだな」

「最近会ってませんからね。どうです?受験」

寛信は高校三年生。つまり受験生である。

「このままいけば大丈夫って先生に言われたよ。模試も第一志望のところはA判定だし」

「そうなんですね」

上伊は安心したように声を洩らす。

「早くこの学校を離れたいよ」

急に寛信の言葉に上伊はビビる。

「え?なんでですか?この学校が気に入らないんですか?」

先輩らしく振る舞おうとしているのか寛信はタメ口で話しているが、上伊がこの学校でトップという改変は年上にも適応されている。

「いや、お前がトップということが気に入らないわけじゃないんだがな?最近嫌なことがあってだな…」

「なんです?」

上伊は花蓮に相談に乗ってやってくれと頼まれてここに二人でやってきた。嫌なこととはそのことだろう。

「最近体育が自由になってさ。授業で決められた種目じゃなくて自分たちで何やるか決めてやることになったんだ」

「いいじゃないですか好きなことやれるなんて」

「いいもんか。俺が運動が苦手でなことくらい知ってるだろ?」

「はい、だから好きなことやればいいじゃないですか」

「馬鹿言え。やることはクラスで決めるんだぞ?バスケやサッカーとか勝手に決めて、自分の好きなグループに入れって言ってんだ。好きな種目なんてないのに」

寛信は俯いたまま続ける。

「それでさ。仕方なくバスケのチームに入ったわけよ。でも入ったら入ったで地獄を見たんだ。当たり前だ。バスケに来るやつはみんなバスケがやりたいから来るんだ。どいつもこいつもすげー上手いんだ」

「それで、いじめられたんですか?」

上伊は静かに訊ねる。

しかし、予想に反して寛信は首を横に振った。

「逆だよ。みんな優しいんだ。俺がミスしても笑って許してくれて、みんなは高度なプレイをしたいはずなのに、気を使って俺にパスしてくれてさ。またミスるんだ。明らかに空気が悪くなるのがわかる。そしたら申し訳ない気持ちになってさ。なんで俺ここにいるんだろうって。他のチームに逃げたって結果は同じさ。サッカーのところへ行ったってミスをする。今度はいじめられるかもしれない。そんなことを考えると逃げ出せなくなる。もうこんなところにいるの嫌だって死にたくなるね」

「そんな…」

絶望的な状況に上伊は絶句した。

自分が傷ついているのではない。周りを傷つけてしまっているのが嫌で仕方がない。

これの解決策が見つからなかった。

寛信は泣きそうになりながら口を開く。

「逃げたら逃げたでさ。あいつらは責任を感じるだろうよ。俺たちが悪いんだって、そしたら余計気不味くなるだろ?教室で目があった時どうすればいいのか。俺が悪いのはわかってるよ。まともなのはあいつらだ」

「そんなこと言わないでください…」

力強い声を聞いて寛信は横を見る。

上伊はぷるぷると震えていた。


10.


湖也は上伊を探して学校の中をうろうろしていた。

(あいつ急に飛び出して行きやがって。どこに行ったんだ?)

女からチヤホヤされて羨ましい限りだ。俺も校長に頼んでそんな学校を作ってもらおうかと湖也は考えるが、すぐに考えるのをやめた。人を強引に操るのは許せない。だからやはりこの学校を戻さなければならないのだ。居心地いいからこのままでいいってのはやっぱりダメだ。元に戻せないからその環境に適応しようってのは弱い自分から逃げているだけなのだ。

勢いよく階段を駆け下りて一階まで行き、一棟と二棟の間にある渡廊下を走り抜けようとする。

と、その時声が聞こえた。

「そんなこと言わないでください…」

それは上伊の声だった。

震えているが力強い声だった。

声がした方へ近づいてみると上伊と見知らぬ男子生徒が中庭のベンチに座っていた。

いじめられているんだろうか?この学校のトップが?と思い物陰に隠れて観察してみる。

するととんでもない言葉が耳に入ってきた。

まず口を開いたのは見知らぬ生徒の方だ。

「悪いな、お前にこんなこと相談して。死のうかなとかいい出したりして」

「もう俺の身近な人が死ぬのは嫌なんです…お姉ちゃんが居なくなって、それから先輩まで居なくなるなんて考えたくありません…」

「…お前の姉さんもこの学校に通ってたんだよな…」

「おい、ちょっとどう言うことだよ…」

気付いたら湖也は物陰から出てきていた。

震える唇を必死に動かす。

「大橋のお姉さんが居なくなったって?この学校に通ってたお姉さんが死んだって?…まさか!」

そこで湖也は思い出した。

数年前、この学校で起きた事件のことを。

ベンチに座っていた寛信は湖也をみた瞬間表情を変えて立ち上がる。

睨み付けるようにして言葉を発する。

「おい、お前はこの学校の底辺じゃないか?何上伊に

近づこうとしている?」

「いいんです先輩。彼は悪い奴じゃありません」

上伊は寛信を宥めてから湖也の方に目を向ける。

「そうだよ湖也。お前も見たことあるだろ?この学校で少女が飛び降り自殺したってニュース。それ、俺のお姉ちゃんだよ」

「マジかよ…」

記憶を辿ると確かにあの時ニュースに載っていた少女の苗字は大橋だった。そうだった気がする。

「ほんとだよ。俺たちがまだ小六の時だった。高校一年生だったお姉ちゃんはクラスでいじめを受けていたんだ。宿題はちゃんとやってたし、授業をサボっていたわけじゃない。友達も居なかったわけじゃないし、成績も優秀だった。悪いところは一つもなかったんだ…いじめられる要素はどこにもないと思っていた」

それは上伊が弟だから、死んでいった彼女が上伊の姉だから少しばかり印象が美化されているのかもしれない。

遠い空をながめながら上伊は話している。

「それじゃあなんで」

「ニュースでもいってただろ?成績良くてチヤホヤされてるのが気に入らなくていじめたって。悪いのはお姉ちゃんじゃない。いじめていたあいつらが悪いんだ。家に帰ってくるとお姉ちゃんはいつもボロボロだった。」

上伊がテレビを見ていると毎回小さな声で『ただいま…』と聞こえてきた。

『どうしたの?高校ってそんなに大変なの?』と聞くと『大変だけどその分楽しいこともあるよ。上伊も早く高校生になれるといいね』と返ってきた。『うん!俺お姉ちゃんの学校に通う!』って言うと『それじゃあ勉強いっぱいしなきゃね…』と弱弱しい答えが返ってきた。泣きそうな表情をみて『大丈夫?』と聞くと『大丈夫だから…』と返事をして階段を上って行った。

ご飯の時間になって上伊が姉を呼びに行こうと部屋の前まで行くと、扉の奥からすすり泣く声が聞こえてきた。

上伊は何も言うことができなかった。

姉の話を聞いたところで上伊には何もできないからだ。

結局『ご飯できたよ』とだけ言ってすぐその場から離れてしまった。


11.


高校二年生になってからだった。

クラスの女子に虐められるようになったのは。

最初は優しく話しかけてくれた。

「大橋さん、また90点代なの!?凄いよねー」

「一年生の時から点数良かったよね」

「また今度勉強教えて欲しいなー」

三人組が私のところに来るようになった。

私は勉強ばかりしていてあまり友達がいなかったから話しかけてくれるのが嬉しかった。

一緒に帰るようになり、休日一緒に遊ぶようになった。

おそらく最初から友達になるかなんて彼女たちには無かったかもしれない。

おそらく最初からいじめの計画は始まっていたのかもしれない。

ただ帰り道に寄り道をしてゲーセンに行ったり公園ではしゃぐのが楽しかった。


ある時、友達と一緒にカフェに行った時だった。

隣の席に座った友達のスマホ画面をなんとなく横目で見てしまった。

友達が開いているのは私も使うトークアプリだった。

友達は沢山のグループに入っていて、トークルームも数えきれないほどあった。

その中の一つ。

不可解な点があった。

「お待たせしましたー。こちらパンケーキでーす」

店員の声が聞こえてきたけど私の意識はそちらに向かなかった。

「ねぇ、どうしてクラスのグループが二つもあるの?」

思わず声に出していた。

友達はびっくりして片手でスマホ画面を隠す。

「あ、見てたの?やだなー勝手に人の見ないでよー」

全く、悪い子だな!と言いながら肩をポンっと叩かれた。

私の質問には答えてくれなかった。

私は気のせいだったのかなと思い深く追求することはしなかった。

だが頭から離れることはなかった。

どうしても気になってしまった。 


数日後、またみんなでカフェに行った。

最近の若者はスマホ片手に話すから嫌いだ。

隙を見て、私は隣にいる友達からスマホを強引に奪い取り、急いでトークアプリを開いた。

頼む、私の見間違いであってくれ。

しかし、クラスのグループは二つあった。

その内の一つ、私の知らないグループのトークルームへ入る。

信じられないことが書いてあった。

今ではどうでもいいことなので覚えてないが、私の悪口で賑わっていた。

「おい、大橋」

後ろから声が聞こえた。

あれ?いつも名前で呼んでくれてた筈なのに。

「なに人のスマホの画面勝手に眺めてんだよぉ!」

次の瞬間、思い切り背中を蹴られた。

バランスを崩して床に倒れる。

「勝手に人のスマホ奪ったのは謝るわ。でもこれって…」

「あぁそうだよ。そのグループはお前の陰口を叩くグループだよ。お前みたいな陰湿でノリの悪い奴といると体力が減るわ」

「じゃあなんでいつも一緒にいてくれたの?嫌なら離れればいいじゃない…」

「ん?そのグループで話すネタを見つけるためだけど?」

「大橋が帰った後、三人で大橋の嫌なところを話し合うのが楽しいんだよねー」

「そうそう、私たちで嫌いなところを言い合って笑いこけるのが最高なんだよな!」

私を見下しながらゲラゲラと笑う三人。

いじめっ子達はバレちゃったら仕方ないねじゃあもう帰るわと言いながら店を出て行った。

あの後家でどれだけ泣いたかはあまり覚えていない。

ただ次の日から学校生活が地獄に変わった。

事あるごとに蹴られて金奪われて水ぶっかけられて。

学校に行くのが嫌になった。

だが一人私の味方をしてくれる人がいた。

担任の先生だ。

廊下で会うとボロボロな私を見て大丈夫か?なにがあったんだ?と事情を聞いてくれた。

いじめっ子達を叱ってくれた。

だがいじめが止まることはなかった。

「お前ら!いい加減にしろ!」

毎日先生の大声が教室に響く。

「えー?これは生徒の問題ですよ?なんで先生が首突っ込んでくるんですか?」

「生徒の生活の安全は先生が責任を持って守らなければならない!いじめをやめなければ親に話をさせてもらうぞ」

「いいですよ?ウチの親このこと知ってるし。親に言ったところでいじめが止まるわけないじゃないですかやだー」

「あらついさっき『生徒の生活の安全は先生が責任をもって守らなければならない』とか言ってたくせにもう他人に任せるの?自分じゃ止められないからって。『いーけないんだーいけないんだー先生に言っちゃおー』て言ってる小学生と同じですよ?」

「俺は生徒の安全を守ると言ったんだ。生徒の行いに関することは親が責任を取るべきだ」

「あら?貴方それでも先生かしら?生徒の行いを正すことも先生の立派な仕事じゃなくて?」

「あらやだーこの人先生がどういう職業かわかんないのに先生やってるよー」

「でもこれは生徒たちの問題だから先生は下手に手を出してはいけないんだよね。どうやって生徒の行いを正すのかな?」

「生徒たちの問題だからとか関係ない。俺は生徒の行動が間違っていると思ったら正すだけだ」

「どうやって?生徒に手を出すのはいけないし。なにが私達を説得できる演説でもしてくれるの?無理だね」

言いながらその子は手に持っていた飲みかけのペットボトルを蓋を外したまま先生に向かって投げる。

ペットボトルから水がこぼれ先生のスーツがびしょびしょに濡れる。

「さぁ、どうやって私達を止められるかねぇ?」

私はもう見てられなかった。

「やめてよ!黒木先生はなにも悪くない!」

「お前は黙れよ!」

顔を思いっきり蹴られた。

派手に二回転くらいして教室の壁にぶつかる。

鼻から血が出ていた。

「お前ら!」

先生は叫ぶといじめっ子のネクタイを掴んで顔の近くまで引っ張り上げていた。

「退学にさせるぞ」

「逃げるの?手に負えないからって。学校の悪いところだよねー手に負えなくなったら退学処分。これだからいつまで経っても不良な生徒はいなくならない。退学くらいでビビって従うようになるとでも?」

「…!」

その後も何度かいじめっ子と先生の話し合いは続いた。

たがいじめが止まることはなかった。

体も心もボロボロにされて生きている心地がしなくなった。

家に帰っても疲れや傷が癒されない。家族に心配かけるわけにもいかない。

先生と話している時間だけが生きていると実感できる時間だった。

「なんで先生は私の味方をしてくれるんですか」

「そりゃ先生だからだよ。生徒の楽しい学校生活を守るのが先生だ。…だが、現状を見ると全く守れていないけどな。すまない」

「いいんですよ。これは私たちの問題なんですから。先生が謝ることはなにもないですよ。先生は何もしなくてもいいんです。もう私のことはほっといてください」

泣きそうになりながら話す大橋を見て先生は明るく話しかける。

「俺さ、今小六の子供がいるんだよ。花蓮って名前でな。先生って仕事にすごく興味津々なんだ。俺が帰る頃には花蓮は寝てるからあまり話す機会はないんだけど、休日とかに学校のことを話すと嬉しそうに聞いてくれる。今度話すときも楽しい話ができるようにしたいんだ。だからあいつらを更生させてお前を助ける。理由はそんなとこかな」

それを聞いて私は頑張ろうと思った。

頑張ってあいつらに対抗してやろうと思った。

自分のためでもあるが、先生に迷惑をかけるわけにはいかない。

しかし彼らに勝つことは出来なかった。

数の差?力の差?経験の差?

何が足りなかったか分からないが、抗えば抗うほどより強力な痛みで精神を壊されていく。

蹴られ、殴られ、裸にさせられ。

もう彼らを止めることは出来ない。

無理だ。

誰か…

助けて

助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて


ある時、ふと思いついた。

あぁ、そうだ。

死んじゃおう。

もう学校は嫌だ。先生にも迷惑かけたくない。

私がいなくなればいじめが無くなり先生も嫌な思いをしなくていいはずだ。

私の人生最後の日。

家を出る前に弟に向かってこう言った。

「上伊は強い人間になるんだよ。頭がいいだけじゃダメ。運動できるだけじゃダメ。大人数を相手にできる力、悪に対抗できる力を手にしなければ学校は生きていけない。黒木先生を安心させられなかった私みたいにならないで…」

「…?どういうこと?お姉ちゃん」

私は学校に行った。

教室に行かないで、屋上に向かう。

屋上についても立ち止まることなく進む。

後ろから階段を上る音が聞こえてきた。

黒木先生だった。

「大橋!何をしようとしている!お前、まさか…」

「私はもう先生に迷惑をかけたくないんです。もうこうするしか、私が死ぬしかないんです」

「待て!早まるな!おおは…」

「さようなら」


一人の生徒が屋上から飛び降りた。

次の瞬間、下から叫び声が上がった。

その声は瞬く間に広がっていったが、俺にとってはどうでもよかった。

一人の生徒を死なせてしまった。

俺が頼りないばかりに。

屋上で俺は泣いた。

下の叫び声よりも大きな声で泣いた。

そして誓う。

これからはどんなことがあっても生徒を守り抜く。

今回みたいに生徒の辛そうな顔はもう見たくない。

もう失いたくない。


12.


「はい、じゃあこの問題といて」

「えーめんどくさいー。もうこんな時間だよ?帰ろうよー」

「貴方がバカなのが悪いんだから辛抱しなさい。このままじゃ進級できなくなるわよ。それでもいいの?」

「問題が難しいのが悪いんだよー」

「じゃあそっちの基礎問題は?」

「無理」

「基礎なのよ!?せめて基礎問題は全部解けるようにならないと帰らないわね」

「じゃあ帰れないじゃん!しばらく学校に泊まってく?これが本当のがっこうぐら…」

「解きなさい」

「ごめんなさい。あーもうわかる気しないよー」

さっきから解け!解けない。のやりとりを繰り返しているのは紗水と天だ。

本当は湖也の勉強を見るつもりだったが天の点数が壊滅的であるためこっちを見ているのである。

「物理は公式が頭に入ってないと解くのは無理よ。万有引力の公式は?」

「分かりません」

「教科書を見て。自分で探して」

「あらら〜?もしかして先生もわかんないんですか〜?自分が分からないからって他人に調べさせるのはよくないと思いますよ〜?ダメですね〜自分もわかんないのに先生気取りとか」

「そんな御託はいいからさっさと探して」

「はい」

教科書をパラパラとめくる天をよそにして紗水は窓の方へ顔を向ける。

「夕日が綺麗ね」

その言葉を聞いて天は勢いよく顔を上げた。

「え?それって告白の言葉!?」

「それは月が綺麗ですねでしょ。バカなの?」

「バカですよ?バカだから帰るね」

「バカは勉強しないとダメでしょ?さあ早く公式探して」

「うーす」

「どう?見つかった?」

「なんの成果も得られませんでした!」

「何いってるかさっぱりなんだけど。教科書に絶対乗ってるから探して」

「えーでも先生に教えて欲しいなー」

「そもそも私は貴方の先生になった訳ではないし」

「じゃあ家庭教師?」

「ここ家じゃないでしょ」

「じゃあ教室教師?」

「…何それ」

とそんな感じで全く勉強が進まないまま放課後の時間が過ぎていくのであった。


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