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一途すぎる彼女らのばあい  作者: 雨天零
第一章 異世界の彼女のばあい
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間話二 魔王との決闘の記憶

 この世界は、とても血生臭かった。

 仕方がなかったと割り切ることも出来たが、それでも『俺』は、それを受け止める義務があった。

 いや。例えそんな義務がなかったとしても、俺はこの場に立つ事になっていただろう。

 幾度の殺し合いをし、数多の屍を越え、そして、数多もの救えなかった命があった。

 

 けれど、今日ここで終わらせる時が来た。


 燃え盛る炎の結界の中、目の前に立つかつて仲間だったはずの魔王(てき)を見据えて。


『辿り着いたぞ、リズ。今日ここで、この戦争も、お前の恋も終わらせてやる!』

『ラインハルト……』


 今にも泣き出しそうな顔をしながら、リズは子供のように嫌々と首を横に振る。


『何故じゃ、ラインハルト。何故お主は妾を選んではくれぬ。妾はこんなにもお主を愛しているというに。妾に悪い部分があるのならば正そう。お主が言うのであれば、なんでも言うことを聞こう。妾はただ、お主の隣を歩きたかっただけだというに、何故……』


 伝わって来る。静かな怒りや嫉妬、悲観の悲鳴が。

 それでも俺は、深呼吸を一度静かにし、胸を締め付けられながらも突き放す。


『……確かに、リズの想いは本物だった。だが、俺はやはりあいつのことが好きだ。ずっと俺の傍で寄り添い、支え、一度告白を断ったこともあった。それでもあいつは離れることなくずっと俺の傍に居続けた』

『……』


手の中に白金に輝く聖剣・エクスカリバーを呼び出し、その切先をリズへと向ける。


『そこがお前とあいつの違いだ。一度振られたくらいで諦め、八つ当たりのようにこの世界全土を巻き込み、数々の罪もなき命を奪って来た。それが俺の為だったとしても許されることではない。例え俺が許したとしても、この世界はお前を許さないだろう。だから、せめて――』


 エクスカリバーを構え、自分の体に魔力のオーラを纏わせる。

 魔力の色というのは、その人物の根本的な物、つまり『魂』の色を意味する。

 俺の魔力は白と黒の二色。場合によっては善にも悪にもなる染まることの出来る色だ。

 対して、リズは赤黒い色。燃えるような情熱の中にどす黒い恋慕の色が混じった物。

 本来なら鮮やかな紅色だったのだが、魔王となり色が変ってしまった。

 その引鉄を引いたのは俺だと、自分を戒め、奥歯を噛み締める。


『だからせめて、俺自身がお前を殺してやる(ふってやる)! 死後の世界で、俺なんかに恋するんじゃなかったと後悔するほど、完全にな!』

『ッ、ラインハルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーッ‼』


 こうして、結界がなければ世界が滅ぶであろう激闘が、リズの悲鳴にも似た叫びと共に始まった。

 互いが互いを殺す気で殺意を放ち、剣を振る。

 光と闇が交差し、弾け飛び、何度でも混じり合う。まるで、相容れない物同士が反発し合うかのように。

 この瞬間を見ている者がいれば誰しもが思った事だろう。

 これは、人と人とが戦っているのではない。

 これは、神聖なる神とその対となる邪悪な魔神の戦いだ、と。


『終わりを迎える終焉(ラグナロク)の業火‼』

『万物を貫き勝利を齎す聖(グングニル)なる水の槍‼』


 剣を交えながら、魔術の中でも最高峰と言われる神代魔法を放つ俺とリズ。

 その余波で周りが吹き飛び、辺り一面が蒸発した霧で覆われ、視界が0といってよいほど何も見えくなる。

 それでも俺達は正確に相手の位置を把握し、また剣を交える。

 ふと、頭の端にあった冷静な部分が顔を出した。

 本当に今さらながら、俺達が戦う以外に選択肢はなかったのだろうか、と。

 けれど、余りにも血が流れ過ぎてしまった。あまりにも、悲劇的過ぎてしまった。

 一度告白を断っただけ。されど、断っただけ。それだけで、どこかで歯車がずれてしまった。

 俺は何故、聖剣を握ったのか――。

 そう思った瞬間。


『そんなもの、最初から決まっているだろうが‼』

『ッ⁉』

 

 より一層力を込め、リズの剣を弾き、がら空きの脇腹目掛けて切り裂いていた。

 リズはそれをギリギリの所で避けたように見えたが、その脇腹からは血が流れている。

 なおも俺は攻め、リズがそれをギリギリのところで回避していく。先程より焦りが見えて来た。


『始めは全てを護ろうとした! だが、そんなことをしている内に大切な物を失った!』


 思いだす。

 幼い頃、自分が近くにいれば死ぬことはなかった幼馴染みの顔を。


『だから今度こそ、手の届く範囲にいる全てを護ろうとした!』


 思い出す。

 勇者である俺とパーティーを組んでくれていた、最高の仲間たちを。


『そこにはリズ、お前もいたんだよ!』

『ッ……。なれば、何故妾を助けてはくれぬ! どうしてお主はあの女ばかりを見る! 妾を助けること、それをお主にしか出来ぬことじゃった! お主がただ妾を傍に置いてくれればそれで済んだことじゃろうに!』


 吠えるように。それでいて懇願するかのようにリズが叫び、少しずつ罅が奔って来ていた聖剣と魔剣がついに折れる。そして。


『告白は断った! だが、それで逃げるように去って行ったのはお前だろうが‼』

『妾がどれほど思っていたか、お主は知らぬ癖にいいいいいいいいいいいッ‼』


 最後の一撃。

 それは、互いの折れた剣が、互いの腹部を貫くことで終わりを告げた。


『……』

『……妾の負け、か』


 だが、その傷の深さはリズの方が完全に上回っていた。

 倒れるリズを抱き締め、その場に座り、膝を貸してやるとリズは穏やかに微笑んだ。


『じゃが、ダーインスレイヴに秘められし『血吸い』の呪いは解呪の魔法であったとしても決して解ける物では無い。妾は先に逝って、お主が来るのを待つとしよう。お主は行け。癪ではあるが、最後は愛しき者の腕の中で死に逝くことこそ、戦場において、一番の幸福じゃろうて』

『……お前はいいのか』


 咳き込んだ拍子に血反吐を吐き、それでもリズは笑う。


『なに、これは妾への罰じゃよ。今まで、我儘が過ぎたのじゃ。お主の傍にいればそれだけで良かったというに、何時の間にじゃろうな。道を違えてしまったのは。ッ、ゲホッゲホッ、ゴプッ……』


 苦しそうに、それでいて俺に意地でも最後まで自分が綺麗なまま見ていてほしいのか、リズは吐き出しそうになった血反吐を呑み込み、愛おしそうに俺の頬へ手を当てる。


『出来ることならば、お主にこの想いを伝えたかった。今度は真正面から、堂々と、盛大に振られてやるというに。まったく、もう少し早くお主が気付いてさえいてくれればのう……』

『……』


 ここまで来て、俺は胸が張り裂けそうなほどの申し訳なさを感じた。リズに関しても、あいつに関しても……。

 だから、なのか。

 俺は自然とリズに顔を近づけていた。


『なにを……むぐっ⁉』


 リズの唇に、俺の唇が重なる。

 驚いていたリズだったが、やがて目を閉じ受け入れてくれた。

 数時間にも感じられるその数秒を脳に刻み込むように、そっと唇を離す。


『最初から、気付いていたさ』

『なん、じゃと……』

『告白される前から、ずっと。リズの……いや。俺のことを想っていてくれた者達全員、あいつも含めて気付いていたんだ。ただどうしたら良いか分からなくて、幼馴染みのことも頭に過って、ずっと分からない振りをしていたんだ。だから、すまなかった。お前の、お前達の想いを無視し続けて。それでいて、あいつとだけ真正面から向き合って。そして、ありがとう。こんなどうしようもない俺を、世界を壊そうとするほど愛してくれて』

『……』


 それを聞いて、リズは目を見開き、言葉を失った。

 やがて、その瞳から光り輝く雫が一つ落ち、リズは気が抜けたように笑う。


『ははっ。そう、じゃったのか。始めから、妾の想いに気付いて……』

『ああ』

『良い。最後にそれが知れて、妾にとっては良い幕引きじゃった。本当にお主を――ラインハルトを好きになれて良かったのじゃ』

『……嫌われて終わりにする積りだったんだけどな』

『それこそ無理な相談じゃ』


 ただ楽しそうに、どこにでもいる少女のように笑ったリズは、最後の力を振り絞って俺の背後に向けて指を差す。


『さぁ、行け。妾も、そろそろ限界じゃ。もう、ほとんどお主の顔が見えん。じゃから、妾は本当に、充分じゃから。お主は、お主の死に場所へ向かうと良い』

『……ああ』


 その場にリズを寝かせ、俺は背を向ける。


『じゃあな、リズ。いずれまた出逢うことがあれば、その時はお前のことも愛せるかもな』

『……』


『その時は、一番に……』。

 聞こえはしなかったが、そう言った気がした。

 俺は振り返らず、今一番会いたいあいつの下へと体を引き摺る様にして向かうのだった。




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