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一途すぎる彼女らのばあい  作者: 雨天零
第一章 異世界の彼女のばあい
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第六話 魔王襲来

魔術攻撃を受けてから数日経った夜のこと。

夕食を食べ終え、風呂へ入り、あとは寝るだけとなりベッドへ寝転ぶ。

魔術攻撃を止めた右手の切傷は回復魔法を掛け、既に傷跡も残さず元の状態に戻っている。


「……」


 何もない天井を見上げ、少しばかり物思いに耽る。

 考える事は勿論、ドリュアスで魔術攻撃を仕掛けて来た魔術士のこと。

 夜は警戒する為に、近頃は気を張って寝ているため、少しばかりうんざりしてしまう。

 戦や野営、殺人が当たり前の世界にいた事もあり、そういったことも一通り熟知しているが、平和だったはずのこの世界ではあまりやりたいとは思わない。

 そんな風に考えていると、傍らに置いていたスマホから着メロが流れる。


「……は?」


 こんな時間に掛けて来るのは凍華か蓮華(桜の場合は窓をぶっ叩いて来るので通話するという事があまりないのだ)だと思っていたのだが、そこに表示されているのどちらでもなく、『非通知』という文字だった。

 それに加え、微かに魔力も感じ、僕はいつでも対処出来るように座り直し、通話ボタンを押して耳に当てる。


『おうおう、久方ぶりじゃのう、ラインハルト。いや、今は神ノ宮春樹じゃったか。(わらわ)はずっとお主に逢いたかったのじゃ』


 聞こえて来たのは機械で合成された声だったが、その話し方や僕の事を『ラインハルト』と呼んだこと、それから微かに感じる懐かしい魔力から、一人の人物を思い浮かべる。

 その人物は僕が震えそうになる声を堪える為、深呼吸をするのに充分な相手だった。


「……。その機械で合成された声をやめろ。こっちはもう、お前の正体に気付いているぞ」

『ぬ? では、妾が誰じゃか当ててみよ』

「ああ――」


 懐かしくて、胸が締め付けられ様でいて、少し怒りが湧いて、それでももう一度心の底から逢いたいと、そう思って様々な世界の記憶を持ちながら色濃く残っている声の主の姿を思い浮かべ、僕は皮肉気な笑みを浮かべながら、その名を口にする。


「お前は、リーズリット・ヘルズ・ワース。この世界に来る五つ前の世界で、僕――勇者ラインハルトと共に世界最強のパーティーを組んでいたが、僕が同じパーティーの()()()と付き合い始めた瞬間、魔王に成り果てた、馬鹿な奴だよ」


 僕がそう言うと、スマホの向こう側でクツクツと笑い声が聞えて来る。

 ラインハルト。それは今言った通り、今いるこの世界から五つ前での僕の名前。その世界で僕は勇者となり、世界最強の聖剣使いだった。

 対して、リズ(リーズリット)は実力こそ僕と同程度だったが、その手に持つのは魔剣であり、世界最強の魔剣使いとされていた。


『馬鹿とは、酷い言われようじゃのう。じゃが、覚えておったとは。存外人道から外れていても、好いた(おのこ)から覚えられているというのは、嬉しいものじゃな』

「リズはいつでも人道を突き進んでいたさ。ただ少し道を間違えただけで、リズ本人は本当にちゃんとした人格者だった。……リズ。僕はお前に言いたいことが山ほどある」

『それは嬉しい誘いじゃが、生憎と今回この魔道具のような便利なアイテムを使ってまで連絡したのは言っておきたいことがあったからじゃ。で、じゃ。今お主の部屋に誰かおるかの』

「いや、誰もいないが。……まさか!」


 フッと鼻で笑うかのような音をスマホに残し、目の前に律義にも靴を手に持った女性が現れた。

 健康そうな赤褐色な肌に、燃えるように紅い瞳。肩で切り揃えられた金髪は、片方の目を隠すように前髪が垂れている。凍華と同じく女性にしては長身で、凍華以上のプロポーションを誇り、凍華が『美しい』と思われるなら、彼女のそれは『妖艶』という言葉がぴったりだろう。

 そんな突然現れた女性――リズを呆然と見て、それから僕は苦笑を漏らした。


「こういう時、どういった言葉を掛ければいいのか見つからないんだが」

「そうじゃな。久しぶり、と言うには一度敵同士となった妾らにとっては気軽過ぎるじゃろうし、ここで戦闘態勢に入るほど今はそれほど仲が悪いという訳でも無し。そうであろう?」

「ああ。最後まで、僕はお前を憎めなかった。責任の半分は僕にあることだし、何より、リズのことを仲間として、一人の敵として、そして、一人の女性として認めていたから」

「じゃが、そんな妾をお主は殺した」

「……ああ。言い訳をする積もりはないけれど、あの戦いは僕かお前が死ぬまで止まらなかった。止めるには、もう遅過ぎた」


 僕は胸の内から湧き出る怒りや悔しさや、そういった感情を押し殺す為に、強く手を握り締める。

 あの時、リズを殺した一瞬の刹那、本当はもっと上手くやれる方法があったのかもしれない。

 そう思い、後悔し、僕は未だにその事を引き摺っていた。そんな世界、他にも色々あったというのに。けど……。


「けど、もうその戦いも終わった。だから……」


 思い出を噛み締めるように、僕は精一杯の笑みを浮べて。


「久しぶり、リズ。また逢えて、本当に嬉しいよ」


 これが多分、正しい答えなんだと思う。

 互いの過去を振り返り、それを噛み締めることで自覚し、そうしてまた気の置ける仲へと戻る。

 だから、リズも。


「ああ。久しぶりじゃ、ラインハルト」


 目の端に涙を溜めて、僕が差し出した手を握ってくれたのだ。


「これで、お互いあの時のことは水に流すということでいいのか?」

「妾は元々、お主の傍にいられるのであればどうでも良いのじゃ。あれは嫉妬心が暴走した状態とでも思って笑ってくれぬか」

「笑わないさ。僕のことを思ってやったことを、笑えるはずがない。ちょっとやり過ぎだけどな」


 僕がそう言うと、リズはキョトンッとした顔をしたが、次には苦笑にも似た笑みを浮かべ頬を掻いた。


「ラインハルトはどの世界でもラインハルトなのじゃな。いや、この世界ではそれ以上に御人好しじゃ」

「なんだそれ。言っておくが、戦闘になれば僕は手加減しないからな」

「当然じゃ。そこまで根が腐っておれば、妾が引っ叩いて目を覚まさせる所じゃからな」


 軽口を叩きながら、少しの間他愛もない会話をし、それが一段落付くと、僕は表情を真剣な物へ変える。


「それで、話ってのは」


 雰囲気で感じ取ったのか、リズも「ああ」と頷き僕の目を見据え、一拍置いた後、口を開く。


「レボルグのやつが、この世界へ来ておるようじゃ」

「なに⁉」


 レボルグ・デイ・ラタトスク。魔王として君臨していたリズの配下にいながら、単独行動を取る事が多く、気分屋で、魔術に関してはその世界最強だった。


「なんとなしにそこらを散歩しておったのじゃが、その時に奴の魔力感じ、その場へ向かってみたのじゃが既にレボルグの姿は無かったのじゃ。しかし、そのお蔭というべきか、被害に遭った者の顔を覚えておこうと思い、お主を見つけたのじゃ」

「………」


 その時の状況を端的に説明してくれているリズだが、僕はそれを話半分にしか聞いていなかった。というのも。


「あの変態野郎もこの世界に来ているのか⁉」

「ぬ? ああ、そういえばそうじゃな。奴め、妾のラインハルトを狙いよってからに」


 レボルグは世界最強の魔術士(男)であると同時に同性愛者である。というより、『生まれ変わっても私は君が好きだ』と言うほどその時は僕に固執していた。一途という乙女な部分もある。男だというのに。

 どことなく仕草も女っぽい所から、僕は本当にその頃レボルグが苦手だった。

 そんなやつの顔が思い浮かび、僕は身震いし、それから頭を抱えた。記憶が戻ってから最近、頭を抱えることが多くなった気がするのは気のせいだろうか。


「つうか、レボルグもこの世界に転生して来てたのか」


 ジリジリ、ジリジリ。


「どうせ、あの天才魔術士のことじゃ。色々と策を回し、来世でお主と再会できるよう仕向けたのじゃろう」

「そういえば、リズはどうやってこの世界に来たんだ?」


 ジリジリ、ジリジリ。


「転生したんじゃよ。どうして記憶が戻っておるのか、どうして魔力が戻っておるのかは知らぬが、今の妾は高宮(たかみや)リザという名で、この日本という国とは違う国で生まれ、今となっては父方であるこの街へ戻って来たのじゃ。大変じゃったぞ。まず赤子の頃より前世の記憶が残っておるせいで、この世界の言語を理解するのに時間が掛かり、当初は翻訳魔法を使うはめになったのじゃからな」

「色々と大変だったんだな、リズ。いや、リザか」


 ジリジリ、ジリジリ。


「好きな方で呼ぶと良い。妾も人が見ぬ内はまだ慣れぬのでな。ラインハルトと呼ばせて貰うのじゃ」

「そうか。って、何してんだ⁉」


 ジリジリと、さっきから少しずつ距離を詰めて来ているなと思っていると、いつの間にか体が密着するほどの距離になっていた。というか、腕に当たっているんだが!


「当てておるのじゃよ」


 心を見透かしたかのように妖艶に微笑み、リズは更に密勅度を上げようと僕の首に腕を回し、真正面から抱き着く形となった。


「あの世界では妾はお主と番いとなることは叶わなかったが、今この世界においてはまだ遅くはなかろう」

「いやいやいや、さっきまでしんみりとしたり真剣な話をしていたのにいきなりだろ⁉」

「なんじゃ、今の妾には魅力はないと申すのかや」

「まったく真逆の回答に至る訳だけど、実質この世界では初対面な訳だし!」

「そのようなもの、愛があればどうとでもなるのじゃ」


 逃がすまいとガッチリホールドし、リズは濡れた舌で舌なめずりをする。 

 その目は完全に獲物を狩る獅子のそれだった。

 そうな風に追い詰められていた僕だったが。


「な、に……?」


 いつものように、世界が灰色になり、選択肢が表示された。


『行動選択肢

 ①観念し、流れに身を任せる

 ②魔剣について訊いてみる』


「どういう、ことだ……」


 選択肢は凍華と蓮華と桜だけのはず、と考えた所で「いや」ととある可能性が思い浮かんだ。

 そもそも、冷静に考えてみればその可能性もあるのだ。あの指令のような紙には『()()()()()()()』と書かれてあった。つまり、今後選択肢が増える可能性もあった訳だ。

 なんにしても、ここは助かったというべきか、僕が二番を選ぶと、世界に色が戻る。


「そ、そういえば、魔剣はどうなったんだ?」

「ぬ。ああ、そのことならば……」


 強引に話を逸らされ不服そうにするリズだが、素直に僕から離れ床に魔法陣を発生させ、そこから禍々しいオーラを放つ蒼い刀身の剣を引き抜いた。


「魔剣ダーインスレイヴ。こやつも何故だか付いて来おっての。お主はあの()()()()()聖剣を出せぬのかや」

「どうだろ。僕はまだ出せそうな感じじゃないというか、その気配が感じられないからな」

「ふむ。まぁ良い。さて、伝えるべきことは伝えたからの。これからはいつでもお主と会うことが出来る。今日はここまでとしよう」

「そうかい。気を付けてな」


 内心さっきの続きを迫ってくるのではとヒヤヒヤしていたのだが、リズはダーインスレイヴを魔法陣へ呑み込ませ、それから転移でどこかへ行ってしまった。

 なんにしろ、相手の存在が分かっただけでもかなりの収穫である。

 あとは目的だけだがと考えた所で欠伸が出て、僕は今がかなり良い時間のことを思い出し、部屋の明かりを消しその日は眠りに就くのだった。 

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