第五話 ルート 異世界
『行動選択肢
①右へ進む
②左へ進む』
家に帰るか、街中の方へ向かうかの分かれ道まできたところ、世界が灰色へと変わり、選択肢が現れた。
(けどまぁ、家に帰る所だったし、もし家の方に誰かいるなら俺に用事かもしれないしな。一番だ)
選択肢が消え、世界に色が戻ると僕の足は自然と家の方へと向かう。
予想通り、家の前には凍華がインターホンに指を伸ばした状態で首を傾げている所だった。
その恰好は白のセーターに少し短めのスカートで、薄く無色のリップが塗られていることから、凍華の女の子らしさが感じられた。
ただちょっと言わせて貰えれば、サイズが小さいのか、はたまたそういう仕様なのか、セーターのせいで体のラインがくっきりとしてしまい、体の凹凸(特に胸の辺りとか)が目立っている。実に怪しからん。
高校の女子が憧れるのも分かる気がする。多分。
「よう、凍華。家になんか用か」
「む? ああ、春樹か。外へ出ていたのか。道理でインターホンを押しても返事がない訳だ」
声を掛けると、一瞬、怪訝そうな顔をしたが、僕だと気づくとホッとしたように微笑んだ。
「なんでそんなに警戒してんだよ」
「いや、ここに来るまでに二回ほどナンパされてしまってな。ここに来てまでナンパなどされたら堪った物では無いからな。まったく、あのような下心100%の目を向けられるのは不愉快だ」
「それで、掴みかかって来た輩を投げ飛ばしたと。スカートには気を付けろ」
「グッ、何故それを知って……」
容易に浮かんだ予想だったが、顔をほんのりとピンクにする辺り図星だったらしい。
「まぁ、それだったらオシャレの仕方を変えればいいんじゃないか? それ、言っちゃ悪いけど見るなって言われた方が男としては無理だぞ。体のラインが出過ぎてるし」
「そ、そうか」
何故か注意したのに嬉しそうに微笑む凍華。まぁ、いい。
「とりあえず、家にってよりは、俺に用事があるんだな」
「ああ。実はあのカフェの場所を忘れてしまってな。場所を教えて貰うと同時に春樹も一緒にどうかと思って。ついでに、今指摘されたことから、新しい服を買いに行きたいのだが。夏服はもう入らなくてな」
自分の胸に手を置き、照れたように笑う凍華だが、僕は自制心をフルに働かせ凍華の目だけを見るように努力する。……そうか、まだ成長中なのか。
煩悩を振り払う為、凍華に気付かれないよう、小さく息を吐く。
「んじゃ、まずは凍華の服からだな。一息ついてから動き回るより、最終的にそうした方が良いだろ」
「ああ、そうだな。では街中の方へ向かおう。そこに私の行きつけの店がある。意外と安い割に良い物が多くてな。男物もあるから、春樹も一緒にどうだ」
「そうだな。一着二着は買っておいても損はないか。ちょっと待っててくれ、財布取って来る」
そう言って、財布を取りに行き、僕と凍華は夢想街の街中へと向かって行った。
◆ ◆ ◆
「ここだ」
凍華が言っていた店は、言っていた通り様々な服が売られていた。
男物や女物、赤ん坊用に、コスプレや和服衣装等々。『Rー18』と書かれた空間もあるが気のせいだと思いたい。多分、そういったことをする時の為の衣装かなんかがあるのだろう。
僕は近くにあった一つのTシャツを手に取る。
「へぇ~、色々とあるんだな。しかも安い」
「それでは、お互い良さそうな物を探そう。決めかねる場合は呼ぶ」
「了~解」
こうして僕らは店内を見て回るのだが、別に僕はオシャレとかにこだわりがある訳ではなく、なんとなく自分に合いそうな物を選んだ。正式は名前は知らないが白と黒を中心に、生地の薄い物や、風通しが良い物だったり、動き易い物だったりと、動くのに効率的な物ばかりを選んだ。
元々、無頓着だったということもあるが、やはり、戦場で生きて来た人生もあった身としては無意識の内に気にしている物のようだ。
「春樹、ちょっと来てくれ」
「ん? って、あれ。凍華、どこに行ったんだ?」
「試着室の左から二番目だ・着ている物が似合っているかどうか判断してくれ」
「分かった」
僕が試着室の前に立つと、気配を感じ取ったのか、凍華は次々と衣装を披露していった。
凍華のイメージに合った涼やかな物だったり、女の子らしい可愛い系の物、アサガオが描かれた紺色の浴衣や、少し大人っぽい色っぽい物まで。
ドレスのような物も来ていたが、これが意外と似合っていなかった。
そのことを伝えると、凍華は納得したように頷いた。
「うむ、やはりドレス系は似合っていなかったか。自分でもそう思っていたが、なるほど。他人の意見を聞くというのも参考になるな。ちなみに、どれが一番似合っていただろうか」
「う~ん、一番と言われてもな。一番始めの涼やかな物とか、あと、アサガオの浴衣とか似合ってたと思う」
「ふむ。ではそれを買うとして、後は自分で選ぶとしよう。時間を取らせてすまなかった、春樹。後は自分で選ぶから、お前は自分の会計を済ませて来ると良い」
「ああ、そうさせて貰う。会計が終わったら、後は店内で色々と見てるから探せば見つかると思う」
「了解した」
言った通り、僕は会計を済ませ、店内を色々と見て回った。
コスプレ衣装のコーナーにとある人気アニメの衣装だけではなく、武器なども置いてあり少し興味をそそられ、たまたま同じ店に来ていた田中さんと少し話、二つの衣装の内どちらが良いか訊かれ、凍華が似合っていなかったドレス系の方を選び満足して貰った、等々。
いつの間にか、ランジェリーエリアまで来てしまったことに気付き、慌てて戻ろうとするが、視界に濃い青と黒の二色で彩られた際どい下着が目に入った。
「うげっ、こういう物こそあの18禁エリアに置くべきじゃないのか? 女子の下着は良く分らん」
とにかく、ここから一秒でも早く離れようとした。のだが。
「は、春樹」
後ろから呼び掛けられ、ビクッと反応し、恐る恐る振り返ると、そこには凍華がいた。
その目が若干引いている様に見える。
「その、いくら興味があるとはいえ、ここへ来るのは少々、というかかなり不味いぞ」
「違う! 奥へ奥へと向かって行ったらいつの間にかここまで来ただけであって決して女物の下着に興味があって来た訳ではない! 断じて!」
「そ、そうか。そうだな……」
二人してほっとした息を吐くと、凍華が「ところで……」と少し真剣そうな顔で呟いた。
「春樹はあのような下着が好みなのか?」
「だから違うってええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」
「あ、待て! 私はまだ会計が済んでいないのだ! 入り口で待っていてくれ!」
「了解!」
僕はその場から逃げるように駆け出し、入り口のところでピタッと止まり、肩を大きく落とした。
◆ ◆ ◆
凍華は最初からそこまで疑っていいなかったのか、会計を済ませた後、よそよそしくなることもなく、当初の目的であるドリュアスへと入る。
「いらっしゃいませ。おや、この間の」
「覚えててくれましたか。マスターの珈琲が飲みたくてまた来ました」
「それはそれは、誠にありがとうございます。こちらのお席へどうぞ」
通された席は前と同じところで、僕と凍華は床に荷物を置いた。
「アイスコーヒーを一つと、珈琲を一つ」
「畏まりました」
「あ、いや、私もアイスコーヒーにしよう。今日は荷物を抱えて歩いたからな。冷たい物の方がいい」
「では、そのように」
いつもの様に一礼してカウンターへ行くマスターは初めて来た時とは違う穏やかな笑みを浮かべていた。
「それにしても、さっきは何してたんだ? 会計をするには時間が掛かっていたような気がするんだが」
「い、いや。なんでもないのだ。最後の最後で買うか買わないかで迷ってしまう物が出来てしまってな」
「? そうか」
なにやら言いづらそうにする凍華を見て、それ以上は訊かないことにした」
「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」
数分して、マスターはアイスコーヒーを二つ置き、一礼してまたカウンターの方へ戻って行く。
僕らはそれに口を付け、満足げに微笑む。
「やっぱり、普通の珈琲だけじゃなくてアイスコーヒーも美味いな」
「ああ。ここの常連になりそうだ」
そう言って、微笑む凍華が大人びていて、見惚れてしまったというのは心の中だけに止めておこう。
「蓮華と桜にはさ、いつか連れて来るって言ったけど、ここは僕らの秘密の場所にしないか? 二人には悪いけど、なんだか凍華と二人で飲んでいた方が落ち着くっていうかさ」
代わりに、何故かそんな言葉が出て来た。
「そ、そうだな。二人だけの秘密、だな」
僕の提案に、凍華は嬉しそうな、それでいて恥ずかしそう笑みを浮かべ、誤魔化すようにアイスコーヒーに口を付ける。
それを見て微笑みながら、僕ももう一度アイスコーヒーに口を付けようとして。
隣の窓から何かが放たれ、それをアイスコーヒーを持っていた方の手で掴み取った。
当然、何かが放たれた方向にあった窓と手を離してしまったアイスコーヒーのカップが床に落ちて割れてしまった。
「春樹!?」
立ち上がろうとする凍華を左手で制し、座るように促す。
慌てた様子でマスターが近付いてくる。
「お、お客様。大丈夫ですか」
「ええ。掌を切りましたが、それほど深くありません。すみません、あればで良いのですか何か血を止める為に布を頂けませんか」
「え、ええ。少々お待ちください。まったく、どこの輩がこのような悪戯を……」
ブツブツと怒った風に言うマスターの言葉を聞き、僕は心の中で違うと否定する。
改めて掌を見ると、血とは別に水が混じっていた。元々は氷の礫だったのだが、僕の体温で溶けたのか、或いは標的に触れた時点で溶ける仕組みだったのか。
いずれにしろ、こんな風に氷の礫を放つような物は、僕は一つしか知らない。
(魔術……)
低位魔法、属性魔術の一つ、水系統の《氷礫》。
サイズが小さい辺り、魔力を抑えて放ったらしい。
そもそも、僕が反応できたのは魔力の流れを感じ取ったからであって、もしそうでなかったとしたら今のところ、受け止めていられたかどうか。
「お待たせいたしました」
「私が巻いてやろう。片手ではやりづらかろうし」
「ああ、頼む」
凍華にマスターが持って来てもらった布を巻いて貰いながら実感する。
記憶が戻り、魔力が戻ったところで、所詮この世界においては僕はただの高校生なのだ。こんな最弱魔法ですら受け止めただけで傷が付く。
今戻っていないのは強靭な肉体と、人知を超えた化け物じみた力だろうか。
まぁ、魔力が最高時のそれと同等なのが救いか。
「これで良い。痛くは無いか」
「大丈夫だ。血もそれなりに止まって来たし、痛みも引いた。そっちこそ硝子の破片とか刺さってないだろうな」
「私も大丈夫だ」
「申し訳ございません。どこの輩か知りませんがお客様にこのような傷を」
「いえ、ですが今日は帰ります。この状態では営業にならないでしょうし。いずれまた来ます。アイスコーヒー代と割ってしまったカップのお金は置いて行きます」
「いえいえ、そんな……」
「良いですから。はい、ちゃんと払いましたよ」
「……ありがとうございました」
強引にお金を握らせると、渋々といった風にお金を受け取ったマスターは、立ち去る僕らに深々と頭を下げた。
とにかく、この世界には魔術士が存在して、何故だか僕を試すような真似をしたと。殺すなら、もう少し上位の魔術を使っただろうし。
「今日はすまなかった。買い物に付き合わせ、ドリュアスでは奢って貰い、その上あんなことになるとは」
「いいさ。それに、あれは凍華のせいじゃない。明日には傷が治っているだろうし」
「……ああ。では、また明日、学校で」
「ああ……」
この前もこんな風に暗い雰囲気で別れたなと思いながら、僕らはそれぞれの帰り路へと付くのだった。