第四話 選択肢③ 霧島桜
その後も何度か選択肢が出続け、やっと来た日曜日。
珈琲を飲みながらゆったりはしているものの、あのドリュアスの珈琲を飲んだ後だと美味しいとは思うものの少し物足りなさを感じる。
暇潰しとして見ていたテレビからはどこかの駅で列車にトラブルが発生し、重軽傷者が多数いることが発表されていた。幸い、意識不明者は出ているが死人はおらず、原因は列車とレールの整備不良ということらしい。
することがなく、暇になった午後一時。
リビングのソファーに寝転がり、うとうとしていた所、窓が叩かれ、見ると桜が手を振っていた。
「やっほー! 春樹兄。 約束を果たしに貰いに来たよ」
窓を開けると、そんないつも通り元気過ぎる挨拶がやって来た。
「約束って……。ああ、今度道場に行くって話か。こっちも暇だったし丁度良いか」
「やったっ! それじゃ、サクラは先に行って準備運動しておくから、春樹兄はゆっくり来てもいいからね! それじゃ、また後でね!」
全力疾走で戻って行く桜を見て、その準備運動の相手をさせられるであろう門下生が少し哀れに感じられた。
(けどまぁ、僕は言われた通りゆっくり行こう)
テレビを消しながら、軽く伸びをし、霧島流道場へ向かう。
◆ ◆ ◆
一言で言えば、目の前に地獄が広がっていた。
桜の相手をさせられた門下生は全員脇の方で倒れ、今はそんな倒れている門下生たちの中央で桜と桜の親父さんが手合わせをしていた。
こんな濃密な殺気を振りまいておきながら、手合わせ程度で済んでいるのは、一応二人ともブレーキは掛けているからだろう。
「……ッ」
深く息を吐き、息を吸い込んだ桜は瞬きをする間に、親父さんの後ろへ回り込み、その首へ手刀をいれる。
が、親父さんはそれを読んでいたのかのように受け止め、そのまま桜を道場の床へ叩き付け、その喉に手刀を寸止めさせた。
「……」
「……」
「……はぁ~。今日は師匠にも勝てなかった~っ!」
「桜、今日のお前はなんだか違うことへ意識を向け過ぎだぞ」
「あ、そうだった!」
桜は跳ねるように跳び起き、こちらへ振り返ると嬉しそうにニパッと微笑んだ。
「やっぱり来てた! 春樹兄、早く早く! 早くやろう!」
「ああ」
僕が近付くと、納得がいったという風に頷いた。
「久しぶりだな、春樹。元気にしていたか」
「はい。親父さんもお元気そうでなによりです」
「もう、挨拶なんていいからさっさとしようよ! うずうずしてしょうがないんだよ!」
飛び跳ねるように自分をアピールして来る桜に呆れながら軽く手を振る。
「分かったよ。親父さん、始めの合図をお願いします」
「ああ、すまないな。じゃじゃ馬の相手をさせてしまって」
「いえ、慣れていますから」
苦笑を漏らす親父さんに苦笑で返しながら、僕と桜は線が引かれた所定の位置に立ち、親父さんがその間に立ち手を振り上げる。
(さてと、どうするかな……)
どうしたら桜が満足する戦いが出来るか考え、親父さんが手を振り下げた瞬間。
世界が、灰色一色へと変わった。
『行動選択肢
①攻めて来たところを躱し、腹に一撃入れる
②繰り出される攻撃を全て薙ぎ払い、足払いをする
③攻撃を同じ攻撃で相殺し、ハイキックを繰り出した瞬間を狙う』
「今回は三つもあるのか……」
まず一つ目だが、腹にカウンターで一撃を入れて戦闘不能にさせたとすると桜は不完全燃焼で憤慨するだろう。それか、僕の動きを読んでガード体勢に入るだろうし、もしそうなら分かり易すぎる攻撃で手を抜いているのかとどちらにしろ憤慨するから却下。
二つ目は足払いをした所で直ぐに体勢を立て直すだろうし、これも却下。
となると。
選択すると同時に、桜が動くのが見て取れる。
僕は桜の攻撃を真似るようにタイミングを合わせ、弾き、それを数度繰り返す。
徐々に速度が上がり、凍華までとは行かないが高速の掌底や蹴りが繰り出される。
フェイントを掛け、僕の攻撃を躱し、足を絡めるようにしながら僕の首に飛びつき、それを強引に引き剥がし投げ飛ばす。
桜は体勢を立て直し、また間合いを詰めたかと思うと体を反転させ、踵の方から繰り出すハイキックの態勢へ入る。
その瞬間、僕は深く踏み込み、桜の腹のど真ん中に普通の掌底ではなく発勁を繰り出し、その衝撃で桜が吹き飛ぶ。
「カハッ」
床を転がった桜は発勁によって乱された呼吸を整えるため、体を起こしヒュウヒュウと不自然な呼吸を繰り返す。
「そこまでだ」
戦闘不能と見なした親父さんが言うと、正常な呼吸を取り戻しつつあった桜がその場で寝転んだ。
「駄目だ~、やっぱり勝てないや」
「いや、前より僕の動きを読むようになってたし、かなり良い線いってたと思うぞ」
「それでも勝てないんだよ? やっぱり遠いな~。もっともっと修業しないとっ」
起き上がろうとする桜に近付き、その体を抱え上げる。
「ちょっ、春樹兄!」
「いいから。手加減したとはいえ、完璧に入った発勁をくらったんだ。桜じゃなかったらあの程度で内臓の一部が破壊される人だっているんだぞ。そんなのくらったんだから、まだ痛むだろうし、大人しくしてろ」
「分かった、分かったから! 師匠がいる前でお姫様抱っことかやめて!」
「たまに自分から言って来るくせに、急にやられると顔を真っ赤にして拒否するのは一体なんなんだ」
桜の言うことを聞かず、僕は道場の奥の方へと向かい、そこにある和室の畳の上へ一旦桜を下ろし、布団を敷いてからその上に桜を寝かせてやる。
「安静にしてろよ。無理に動くと吐血とかしかねないからな」
「うん……」
顔を真っ赤にしながらしおらしくなった桜を置いて、僕は道場の方へと戻る。
そこでは既に回復していた門下生の人達が親父さんの指導の下、二人一組で取っ組み合っていた。
「では、僕は帰りますので。桜は奥の和室で寝かせて来ました」
「ああ。しかし、前に見たよりもさらに強くなったのではないか? さらに強く、隙が無くなったと言うべきか。なにかあったのか」
「いえ。ただ、久しぶりに鍛錬を積んだというだけですよ」
「そうか。ではまたな」
「はい。お邪魔しました」
親父さんに一礼し、道場を出る。
暇潰しには丁度良い物だった。
まぁ、一時間くらいしか潰せなかった訳だが。