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一途すぎる彼女らのばあい  作者: 雨天零
第一章 異世界の彼女のばあい
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第二話 選択肢① 神無月凍華


「……ん」


 夢というより、僕は思考の渦から浮上し目を開く。

 あの指令のような紙を見てから、ずっと考え続けていたのだが、どうもあの時からベッドに入るまでの記憶が曖昧だ。考え過ぎは良くないと学んでおこう。

 僕は上体を起こし、考えている内に疑問に思ったことを試してみた。


「宿れ、仄かなる灯火よ。道を照らし、指し示す炎よ。篝火(ティンダー)


 魔術の一種、炎の属性魔法の中で最低位の魔法。

 詠唱し終えると、指先から小さな炎が宿り、それが独りでに宙に浮く。


「(やっぱり……)」


 なんとなく使えるような気はしていた。

 消えろ、と思うだけで炎は消える。

 それと同時に窓が叩かれた。

 さて、今日も一日なにも起こらないことを祈りながら、いつも通り過ごそう。


                ◆  ◆  ◆


「春樹、少し良いだろうか」


 今日は選択肢が出ることがなく、昨日のことが嘘のように平穏な一日だった放課後。

 帰る支度をしていた僕に凍華が話し掛けて来た。


「どうかしたのか?」

「ああ。今日の稽古に春樹が相手をしてくれればと思ってな」


 自分の肩に掛けてある竹刀袋を見せながら、「どうだろう?」と首を傾げる。たまにこうして決闘のように物を申し込まれることがあるのだ。

 ここまではいつも通りだった。ここまでは。


「っ」


 答えようとしたところ、頭に鈍痛が響き世界が灰色へと変わる。


『言語選択肢

 ①「ああ、いいよ」

 ②「悪い、今日は生理日だ」


「んな訳あるかい⁉」


 男である僕が女子特有のそれになるはずがない。

 僕は速攻で一番を選ぶと、世界に色が戻り昨日と同じように口が勝手に動く。


「ああ、いいよ」

「そ、そうかっ。久しぶりに相手してくれるかっ」

「そう言った」


 キラキラと嬉しそうに微笑む凍華を見ている内に、二度目の鈍痛が頭に訪れ、昨日と同じように凍華の頭上に『好感度UP』と表示される。


「では行こうか。今日は体育館ではなく、道場の方で練習なのだ」

「へぇ」


 夢想街に唯一ある高校であるここは、広いだけではなく色々な施設が備えられている。

 道場に、屋内プール、ジム、教会、工房、コンビニなど、様々だ。

 道場に着き、凍華がその戸を開けると、そこには剣道部員が――。


「あれ?」


 道場に着いたものの、その中では部員が誰一人いなかった。


「珍しいな。いつもは凍華が来る頃には整列してるだろうし」

「すまない。今日は部活が休みにさせてもらったのだ」

「……は?」


 稽古はあると言ったが、部活は休み?

 言われたことは理解できるが、ではなんのためにここへ来たのか分からず、僕は硬直する。

 その間に、凍華は竹刀袋から二振りの刀を取り出した。


「おい、それ……」

「む? ああ、大丈夫だ。これは本物ではなく模造刀だからな。ここへ来たのも、実はこれを見られないようする為だ。剣道ではこのような物は使わんからな」

「そうじゃなくて。なんで模造刀なんか持って来てんだよ」

「さっき説明しただろう――」


 凍華は模造刀のうち、一振りを投げ渡してくる。

 と、同時に間合いへと入って来た。


「稽古の相手になって貰うと」

「ッ」


 一閃。

 それも全力の一振りで、凍華が出せる最高の速度だと思われるものだった。

 僕はそれをキャッチした模造刀を、鞘から少し出した刃で止める。

 キィンッと甲高い金属ぶつかる音が響いた。


「おい! これ、本物だろ!」

「喋っている暇があるのか!」


 続けて体を反転させたかと思うと独楽のように回転し、連撃を放ってくる。

 刃を全て弾くが、しかし、神速ともいえる凍華の刃が一つ頬を掠める。

 

「どうした! 不意打ちでは太刀打ちできない訳ではあるまい!」

「……」


 後退しながら、凍華の怒涛の連撃を弾き続ける。

 凍華も火が付いて来たのか、一度に十の刃を放つという常人では絶対出来ない技を繰り出してくる。

 

 だが、遅い。


 僕はその内の一つを大きく弾き、凍華の態勢を崩す。

 すかさず出来た隙に深く踏み込み、足払いをし、凍華を押し倒した状態でマウントを取り、その首へ切先を突き付ける。


「「……」」


 互いに睨み合ったが、数秒の静寂を得て、やがて凍華が息を吐き体の力を抜いた。


「参った。私の負けだ」


 その言葉を聞いて僕も体から力を抜き、凍華の上から退き手を取って立たせる。


「今日はどうしたんだ? 不意打ちなんて、らしくないぞ」

「春樹を試してみたくてな。結果的に不意打ちでも私は勝てなかった訳だが」

 

 肩を竦め、少し残念そうに微笑む凍華。

 気に病むほど下手ではないというか、むしろ世界一レベルの剣の腕があるのに、負けず嫌いなところがあることを思い出し僕も苦笑する。


「けど凄いな。一度に十の連撃とか」

「ああ。私も日々成長しているのだ」

「そっか。そんじゃ、その成長を祝ってどこか軽く食べに行かないか? 最近、新しく出来たカフェがあってな。そこが結構雰囲気とか良かったし、今度誰かと行こうと思ってたんだ」

「そうか。春樹が言うのであれば、間違いないな。では、行こう」


 模造刀を返し、僕らは新しく見つけたカフェへと向かう。

 直感のようなものなのだが、僕の場合はそれが良く当たるため、新しく出来た所とかは今のところ百発百中で僕からしてみれば良い店となっていたりするのだ。


                  ◆  ◆  ◆


『Cafe ドリュアス』


 そう看板に書かれた店へ入ると、店は物静かで、けどどこか味わい深いシックな感じの店内だった。


「いらっしゃいませ」


 店長と思われるしゃがれた声のダンディーなお爺さんは僕らが入って来たことに気付き、直ぐに二人席へと案内された。


「珈琲を二つと、ショートケーキを一つ」

「畏まりました」


 注文すると店長(マスターと言った方が合っている気がする)は浅くお辞儀をし、カウンターへ戻り珈琲豆を挽き始める。


「やはり、春樹の直感は正しかったな」

「僕もここまで良い所だと思わなかったけどな。雰囲気といい、内装といい、ばっちりだ」

「あとは珈琲豆の味だけなのだが、さて」


 別に僕らは味にうるさいという訳ではないのだが、色々な所を回って行く内に、いつの間にかどれほどのものなのか考える様になっていた。

 珈琲の良い香りが漂い、マスターが頼んだ物を持って来る。


「ごゆっくりどうぞ」


 マスターがカウンターに戻った後、僕と凍華は互いに頷き合い珈琲に口を付ける。


「……これは」


 もう一度、口へ含んでみる。

 目の前を見ると、凍華も同じような感想のようで、感嘆の吐息を吐いていた。


「……美味しい。今までの珈琲の中で一番かもな」

「ああ、私もそう思う。ほど良い苦みと酸味が口の中へ広がり、鼻を抜ける珈琲の香りもまた良い。それに、このショートケーキも珈琲に合わせてほど良い甘さにされている」

「今回は大当たりみたいだな」


 マスターの方を見ると、僕らの声が聞こえていたのかその頬がほんの少し緩んでいた。

 僕らは店の雰囲気にあてられてか、感想を言い合った後、言葉を交わすことなくゆったりとした時間を過ごした。


                  ◆  ◆  ◆

「ありがとうございました」

 

 店を出ると外はすっかり昨日と同じように空が赤くなり始めていた。


「今日は本当に来て良かった。ありがとう、春樹。春樹に教えて貰えねば、私はここには来なかっただろう」

「いいって。今度は桜や蓮花もたちとも一緒に来ような」

「ああ……」


 そらを見上げる凍華はどこか遠いところを見ているかのような顔をした。


「……昨日は俺が変だと言われたが、今度は凍華が変じゃないか。どこか上の空だぞ、今のお前」

「む? いや、そんなことはないと思うが」


 本当に、疑問としか取れないような顔をする凍華だが、僕は長い付き合いということもあり、直ぐにそれが取り繕った表情だということを見抜く。


「まぁ、話す気がないなら無理に訊こうとしないがな。けど、なにかあるんだったらちゃんと言えよ。別に僕じゃなくてもいいけど」

「……すまない」

「なにを今さら。僕らの間に遠慮なんて必要ないだろ」

「ああ……。すまない」


 いつまでも、どこか気が抜けているような顔をする凍華に、僕は疑問を感じながら空を見上げたる。

 何度も思ったことだが、この世界は可笑しい。

 そもそも、一人の人間である僕が何度も世界を繰り返すという時点で可笑しいのだ。

 いや、もっと言えば、僕はそもそも人間なのだろうか。

 行動選択肢が出るということは凍華はそれについて何か知っているのだろうか。

 もしかしたら、そのことで悩んでいるのかもしれない。

 これもなんとなく、直感でしかないけれど。


「春樹」

「ん?」


 僕の家と凍華の家に向かう分かれ道、凍華は唐突に僕を呼び止めた。


「……いや、なんでもない。また、明日」

「……ああ。また明日な」


 最後まで微妙にギクシャクとしながら別れることになってしまい、僕は喉に小骨が刺さったかのような、そんな違和感を感じた。


                   ◆  ◆  ◆


 家に戻ると、玄関前で膨れっ面の桜が仁王立ちしていた。


「ずるいっ!」

「なにが?」

「今日、凍華ちゃんとどこか行ったんでしょ。春樹兄のことだから新しく出来た美味しいお店に行ったんだろうけど、それだったらサクラも連れてってよ!」

「悪い悪い。あと、今回の所は大当たりだった」

「うっりゃあっ!」


 気が抜けるような掛け声とは裏腹に、全力の掌底を繰り出す桜。

 受け止めなければ内臓の一つや二つは破裂していたかもしれん。完全に防御出来た訳ではないため、腕が痺れた。


「おいっ、今の本気だったろ!」

「それぐらい行きたかったんだよサクラも! 二人が絶賛するってことはほんとに良い所だったんだろうし、昨日は一緒に帰れなくて今日はと思ったのに教室に行ってみれば二人でどっか行ったって言われたし! うがあああああああああああああああああっ! またお腹が燃えて来た!」

「それを言うなら『腸が煮えくり返る』だこのお馬鹿!」


 家の外だというのに本気で襲い掛かって来る桜をいなしながら、この後どうやって騒がしくしたことを近所の人達に謝罪しに行こうか考える。

 だが、道行く隣に住む田中さんが「あらあら、今日もまた仲良しね春樹くん」と買い物袋片手にウフフッと御上品にかつ微笑まし気に笑みを浮かべている辺り、恒例となっている僕と桜の喧嘩(?)のことに関してはもう気にしていないのかもしれない。

 田中さんが通ったことで、ここが外だということを思い出したのか桜はスカートであることをお構いなしにハイキックを繰り出した状態でピタリッと動き止めた。


「……田中さん、今年で三十歳後半になるのに二十代前半と変わらない美貌であることにサクラは疑問を感じずにはいられないんだよ」

「まぁ、未だに『田中さん。どこかのお嬢様ではないか説』が消えていない訳だし、謎多き人だよな」


 二人してウフフッと御上品に微笑む田中さんの後ろ姿を見送りながら、とりあえず僕は足を下ろすようにと促した。可愛いピンクのパンツが丸見えだ。

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