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一途すぎる彼女らのばあい  作者: 雨天零
第一章 異世界の彼女のばあい
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第一話 始まる選択


「ん、んん~……」 

 

 ぼんやりとした頭を掻きながら、僕は時刻を確認する。

 五月十四日 AM 7:00


「眠い……」


 二度寝してしまおうかと思うほど体がだるいが、今日は学校のある日。

 いつまでも寝ていられる訳もなく、ベッドから出て伸びをし、制服へと着替える。

 今回の世界では、僕はまた普通の高校生として暮らしていた……。


「えっ……?」


 そこでようやく気が付く。


「なんで僕、記憶が戻っているんだ……?」


 本来なら、戻るはずのない膨大な数の過去の記憶。

 それがさっきまで見ていた『彼女』との夢を見て、戻ってしまっていた。

 ただ、『彼女』の顔や姿を思い出せないのが気になる所なのだが。

 コンッ コンッ

 呆然としている中、ベッドの脇にある窓が叩かれる。ちなみにここは二階だ。

 僕は窓を開け放ち、すぐに脇へ避ける。


「トウッ、シュタッ!」


 自分で効果音を言いながら、日本人ではありえない様な赤髪をサイドテールにしたエプロン姿の幼馴染みが跳び込んで来た。


「はよー! 春樹兄(はるきにぃ)!」

「おはよう。って、なんだその挨拶。ハローなのかおはようなのかはっきりしろ」

「えぇ、おかしいかな? 普通におはようだと頭に『お』が付くから丁寧に言ってるみたいで嫌なんだよね~」

「普通に言え」

「うん、春樹兄がそこまで言うならしょうがないな」

「僕は頼み込んでなどいない」

「あれ、そうだっけ? なははっ」


 頭を抱えたくなるほど馬鹿丸出しの幼馴染み兼妹(自称)の霧島桜(きりしまさくら)は、楽しそうに笑いながら僕の部屋を出て行こうとする。


「春樹兄、早く支度終わらせちゃってね。朝ご飯作っておくから」


 振り返り、それだけ言って慌ただしく一階へ降りて行く。

 見ると、さっきまで脱いだ服が置いてあった場所には何もなくなっていた。桜は馬鹿ではあるが、家事だけは一流なのだ。

 そんなことはどうでも良く。

 僕は頭を振り、今考えられることだけを考える。


(おそらく、なんらかの力が働いて僕の記憶が戻ったのだろうけど、その『なんらか』が分からない。可能性として、『彼女』に何かあったか、或いは……)

 

 考え込んでいると、扉がガタンッという大きな音を立てて蹴破られた。


「もう、何やってんの春樹兄! ご飯冷めちゃうよ!」

「あ、悪い。ってだから扉は蹴破らずにドアノブ回して開けろ!」

「えぇ、面倒臭い。蹴破った方が絶体早いじゃん」

「そんな考え方すんのは馬鹿力を持つお前だけだ。鍵掛けても蹴破って来やがって。何度扉を取り換えたことか」

「その時はちゃんと弁償してるでしょ」

「お前の親父さんがな。まったく……」


 呆れて溜め息を吐きながら、僕は肩を竦める。

 一応、確認しておいた方がいいだろう。


「なぁ、桜。訊きたいことがあるんだが」

「何々、スリーサイズ? やんっ、もう。春樹兄のエッチ」

「……」

 

 両手を頬に当て、体をくねらせる桜だが、自分で言ってて恥ずかしいのか顔が真っ赤だ。


「……」


 それを無視し続けると、段々限界に達して来たのか次第にチラチラとこちらを見る様になり、果ては涙目になりながら全身でオロオロしだした。


「ね、ねぇ春樹兄。いつもの様にツッコミ入れてくれないと、ちょ~と、なんていうか、ねっ?」

「そんなことより」

「そんなことより⁉」


 恥ずかしさが頂点に達したのか、桜は半泣きになりながら僕を上目遣いで睨み、ベッドへダイブし毛布へ包まってしまった。


「お~い、桜?」

「ううう~っ」


 少し意地悪が過ぎたらしい。

 こういう風に桜が拗ねた時はいつも決まっている。


「今度相手してやるから、機嫌直してくれよ」

「ほんとに⁉」


 この通り、直ぐに元気になる。

 相手というのは、ゲームなどではなく、ガチの試合相手の話だ。

 桜の親父さんは警察官でありながら『霧島流道場』という物を開き、そこで我流の体術を教えている。

 この前会った時に『今時の警察官は素手で銃に挑めぬとは情けない』と言っていたことを覚えている。銃に素手で挑もうと思うのは桜の親父さんと桜だけだろう。


「ほんと⁉ ほんとだよね⁉ 嘘とかだったら百回死ぬ思いさせるんだから!」

「お、おう……」


 『死んで貰う』ではなく『死ぬ思いをさせる』という所が現実的で、それを本当に実行する辺り桜は怖い。

 小さい頃、約束を破ってしまい桜が泣きながら激怒し、自分に非がある為なんの抵抗もしないでいると、そのまま……。


「? どうかしたの、肩なんか抱いて」

「いや、なんでもない……」


 首を傾げる桜に青い顔をしながら僕は首を振る。

 やめよう。あの時のことは少しトラウマになっている。そのせいでトマトジュースとか赤い液体が飲み辛くなった。


「ねねっ、それでサクラに訊きたいことって⁉」


 さっきまでと打って変わって、機嫌良く目をキラキラさせ、顔をグイッと近づけて来る。尻尾とかあったら全力で振っていそうだ。

 そんな近過ぎる顔を少し押し返し、あくまで自然と尋ねる。


「僕の名前は、神ノ宮春樹(かみのみやはるき)で合ってるよな」


 これはある種の確認だ。

 自分の記憶が混濁して今の自分が分かっていないではないか、という物と、この世界に元々『神ノ宮春樹』という人物が存在していたのか、という。

 後者の方はこの世界で培った記憶や桜との会話で、僕が元々いたことが分かるが。

 さて。

 桜の反応はというと……。


「……」


目を見開いて、何か驚いている様子だった。


「桜?」

「……春樹兄」


 桜は何か悟ったかの様に僕の肩に手を置く。

 その表情には憐みが含まれていた。


「自分の名前が分からないほどお馬鹿さんじゃないでしょ」

「うん、お前に言われたくない」

「どういう意味だ⁉ 流石にサクラでも自分の名前が分からないほどお馬鹿さんじゃないよ!」


 憤慨して、腹パンをくらわせようとする桜を躱し、僕は自室から逃げるように一階へ向かう。


「あっ、コラ待て!」


 そんな僕の後は桜は本気で怒っていないのか楽しそうに追って来た。

 傍から見ればバカップルの様だが、僕らはそんな関係じゃない。

 とりあえず。


「(僕はこの世界に生きて、何故か記憶を取り戻した、と……)」

「ん? 何か言った?」

「なんでもないよ」

 

 不思議そうにする桜のハイキックをしゃがんで躱しながら、僕は薄く微笑んだ。


                 ◆  ◆  ◆


「ああもう! 今日も一本も取れなかった!」

「まぁ、家の中だったしな」


 高校へ向かう道すがら、ずっと悔しそうにしていた桜は昇降口を通り過ぎ、下駄箱に来てもまだ悔しそうにしていた。


「道場だったら一本くらいは多分取れてたの思うのにぃぃぃぃぃっ!」

「それでも多分なんだな」

「だって春樹兄、私より断然強いじゃん。まるで何年も修業してた人みたいにさ」

「否定はしない」

  

 実際、いくつもの世界で何度も戦って来た訳だし、記憶がなくても自然とそれが表に出ていたのかもしれない。

 人とも、人外とも戦い続け自然と身に付いていた。

 靴を履き替え、桜はビシッと僕を指し頬を膨らませる。


「今年の目標、春樹兄にから一本でも多く取ること!」

「去年と変ってないだろ、それ……」


 呆れた風に言うと「いいの!」とさらに頬を膨らませ怒った様子を見せる。

 悪戯心が湧いた僕はその頬を突き、空気を抜いてやった。


「ポヒュウ~。もうっ! こっちは真剣なのに!」

「分かってる。だから今度、相手するって言っただろ」

「一回だけじゃ春樹兄の動きなんて読めないよ! 師匠ですら春樹兄の足元にも及ばないって言ってたし」

「親父さんそんなこと言ってたのか」


 それなりに手加減すれば良かったかもしれないと、今さら後悔しながら教室の前まで来ると、桜はこちらを振り返りまたビシッと指を差して来た。


「とにかく! そういう訳だから春樹兄はサクラ以外の人に負けちゃ駄目! いい⁉」

「そんな無茶な。僕だって負けることはあるんだぞ?」

「大丈夫! 春樹兄は私が勝つまで負けないって信じてるから!」

「……はぁ~。なるべく、な」


 それでいいとでも言うかのように大きく頷く。

 桜の謎の信頼は、一度発生すると消えないのだ。


「それじゃ、またお昼でね~」

「おう」


 隣のクラスだというのに遠くへ行くかのように大きく手を振りながら教室へ入って行く桜を見送り、僕も自分の教室へ入り窓側の一番後ろの席へ座る。

 することもなく、ただ窓の外を呆然と見ていると肩を叩かれる。


「おはよう、春樹」


 見ると、艶のある黒髪を頭の高い位置で一つに纏め、鋭い目つきをした巨乳美少女が微笑んでいた。


「おはよう、凍華。今日も朝練、お疲れさん」

「ああ。少し汗臭いだろうが我慢してくれ」


 一年の時から既に剣道部部長となっていた神無月凍華(かんなづきとうか)は、そう言って苦笑しながら隣の席へ座るが、女性特有の甘い香りと香水でも付けているのか柑橘系の香りが座った際に生じた小さな風に乗り鼻腔を擽る。


「そなんこと……っ⁉」


『そんなことないだろ』。

 そう言おうとして気が付いた。


 世界が、灰色一色になっていることを。


「なにがどうな、うげっ」


 立ち上がろうとした所、引こうとした椅子が固定でもされているかのように動かず膝カックンでされたような気分で地味にイラッとした。

 改めて、机と椅子の間から足を出し立ち上がり、凍華の前に立ち手を振ってみるが、やはり無反応だった。


「これも僕が記憶を取り戻したことと、何か関係が……ッ」


 異変はそれだけではなかったらしく、今度は激しい頭痛が僕を襲った。


「なん、だっ!」


 そして、『それ』は目の前に現れた。


『言語選択肢

 ①「そんなことないだろ。僕は結構好きだけどな」

 ②「そんなことないだろ。むしろもっと嗅ぎたいくらいだ」』


「変態か⁉」


 ①はともかく、②があれだったので反射的にツッコミを入れてしまった。


「というか、これは一体……」


 どの世界だったか、ゲームオタクとして存在していた時にやっていた恋愛シュミレーションゲームに出て来る選択肢のようだ。

 つまり。


「どちらかがあたりで、それをすると凍華の好感度が上がる、のか?」


 なんの為に。

 そう思わずにはいられないほど、この選択肢の意味が分からない。

 そもそも、こんな物が出るとしたら凍華よりまず桜の方ではないだろうか。僕が記憶を取り戻した時に一番初めに会ったのは桜だ。

 そうでないということは、凍華がこの世界において重要人物であるということか。


「とりあえず……」


 この世界から抜け出さなくてはならないのだが、やはり選択するしかないのだろう。

 本来なら、あまり変な奴と見られたくないから①を選ぶのだが……。

 僕は椅子に座り、短く溜め息を吐く。


「二番だ」


 そう呟くと、目の前の選択肢が消え、世界に色が戻る。

 そうして、世界が元通りになると同時に、自分の意思とは関係なく自然と口が動いていた。


「そんなことないだろ。むしろもっと嗅ぎたいくらいだ」

「……」


 急な変態発言に固まる凍華を見て、視線だけ動かし周りの様子を見るが誰か僕の変態発言に気付いた者はいず、ほっとする。

 ②を選択した理由。

 それは、こんな理不尽な形で好感度を上げるのはどうかと思ったからだ。

 予想でしかないが、多分あたりを選択すれば問答無用で好感度が上がってしまうのだろう。

 そんな物は、僕自身がやった物では無く選択肢がやった物であり、もし、もしもだ。仮にそれで凍華が僕のことを好きになったとしたらそれは多分、本当の恋とは言えないのではないだろうか。

 少なくとも、僕はそう思う。

 と、こんな長々と考えている間も凍華は固まったままだった。


「……」

「……」

「……冗談に決まってんだろ」

「はっ、な、なんだ冗談か。びっくりしたぞ! いつもはツッコミ役の春樹がいきなりボケて来てしかも平然と言う物だから本気にしてしまう所だったではないか! そうか冗談か。いや、そんな気はしていたがな、まさかそのようなことを言うとはな……」

「お、落ち着け凍華! 皆が見てるぞ!」

「はっ!」


 いつもは冷静沈着な凍華が顔を真っ赤にして慌てたことにより、視線を集めずに済んで良かったと思っていた所、教室にいた生徒全員の視線を集めてしまった。


「ッ」


 生徒たちになんでもないと手を振っていると、急に誰かに殴られたかのような鈍痛が頭に走った。

 頭を抱えながら、顔を真っ赤にして俯く凍華を見ると、その頭上に『好感度UP』と表示されていた。


「(まさか、今のが正解だったのか⁉)」


 分からん。凍華の好感度が上がるツボがまったく分からん。

 その当の本人は恥ずかしさから回復して来たのか、まだ少し赤い顔でこちらを睨んで来た。


「うううう~、は~る~き~っ!」

「冗談を言ったのは悪かったが、それに過剰に反応したのは凍華だろ」

「うううう~っ!」


 鋭い目つきがさらに鋭くなったが、今の状況を鑑みてその反応は子供っぽさが出ていてあまり怖くはなかった。


「また喧嘩でもしているのかい?」


 そこで、さっきまで違う生徒と話していた白金の髪に緑の瞳を持った美少年が近付いて来た。


「またとはなんだ、蓮華。私と春樹が喧嘩したことなど片手で数えるほどだぞ」

「私は一度もしたことないけどね」

「なんの張り合いだ……」


 僕が突っ込むと目の前の神無蓮華(かむいれんか)は爽やかに微笑む。


「これで学校のの三大美男女が揃ったね」

「なんじゃそりゃ」

「さっき話していたんだよ。この学校で特に抜き出ている美少女と美男子は誰かって。そしたら皆即決で私と凍華と春樹が出たって訳さ」

「お前らはともかく、僕はないだろ」

「何を言う。自分の知名度を知らんのか、春樹」


 凍華はそう言いながらスマホを取り出し、生徒会がやっているホームページや新聞部が作っているネット新聞を見せて来る。

 そこには僕が武術系の部活で何連勝しただの、成績がどうのだのと色々と書かれていた。


「未だ無敗の神ノ宮春樹を知らぬ者はおるまい。私や桜では足元にも及ばなかったのだからな」

「それに成績優秀、無遅刻無欠席、問題なんて一つも起こしたことが無く、困っている人がいれば助ける御人好し。噂じゃ、私は『貴公子』、春樹が『大和男児』、凍華が『お姉様』って呼ばれているらしいよ」

「やめろと言ってるのだがどうもな……」

「ああ、前なんか揉めてたのはそのことか」


 つい最近の話になるが、凍華が複数の女子に囲まれて何やら戸惑っている場面を目にしたことを覚えている。

 蓮華もそのことを思い出したのか、やれやれと首を振っていた。


「それにしても、今回の喧嘩内容はなんだったんだい」

「喧嘩というほどではないが、春樹が珍しくボケてな」

「……春樹、老いるにはまだ早いんじゃないかな」

「ボケだよ、ボケ! ボケツッコミのボケだ! 僕はまだそんな年じゃねぇ!」

「ふふっ、冗談だよ。けど、そうなんだ。確かにそれは珍しいね」 

 

 キョトンッとした顔で首を傾げる蓮華だが、本物の女子より女子っぽく可愛い蓮華の方が珍しいと思う。

 そう思った瞬間。


「またか……」

 

 世界が灰色へ変わり、選択肢が表示される。


『言語選択肢(神無蓮華へ)

 ①「いつも思うんだが、蓮華って女みたいだな」

 ②「いつも思うんだが、蓮華って男らしいよな」』


「なんでだよ⁉」


 男であるはずの蓮華に選択肢が現れ、僕は愕然とした。


「いやいやいや、男が攻略対象とか……」


 一部の女子以外は喜ばない展開である。

 けど、蓮華にも選択肢が表示されたということは、蓮華もこの世界において重要人物ということだろうか。

 この選択肢の意味は未だ分からないが、選ぶしかあるまい。


「すまない、親友。一番だ」


 聞こえてはいないだろうが、一応目の前で固まっている親友に謝りながら一番を選択する。これも理不尽な恋(?)にならない為である。


「いつも思うんだが、蓮華って女みたいだな」

「……」


 先程の凍華と同じく、ポカンッとした顔をする蓮華だが、直ぐに爽やかな笑みを浮かべ僕に顔を近づけて来た。


「すまん、冗談……」

「そんなに私、女の子みたいかな。これでも皆からカッコイイって言われる方なんだけど」


 有無を言わさずズイッと顔を近づけて来る蓮華に対して、遠巻きに僕らのことを見ていた一部の女子から黄色い悲鳴が上がった。


「……悪い、気に触ったなら謝る」

「いや、そんなことないよ。ふふっ」


 あれ?

 何故か嬉しそうにする蓮華の顔を見て疑問に思った所、またガツンッと頭を殴られたかのような鈍痛が走り、蓮華の頭上に『好感度UP』と表示される。


「ん? どうかしたのかい?」

「いや、なんでもない」


 僕が答えると同時に、HRのチャイムが鳴り響き担任教師が入って来る。


「ほらさっさと座れ~。日直、号令頼む」

「はい」


 号令を済ませ、出席確認をして一段落付き、とりあえず一度頭の中を整理する。

 まず第一に、何故記憶を取り戻したのか。それと記憶が戻ったというのに何故『彼女』の顔や姿を憶えていないのか。

 第二に、凍華と蓮華に表示される選択肢の意味は。

 第三に、凍華と蓮華の共通点は。

 どれも未だ手掛かりがなく、今の段階ではなにか行動を起こすことが出来ない。


「(なにかあるまで待つしかない、か……)」


 溜め息を吐くと、今度は物理的にガツンッと頭を殴られ、顔を上げると出席簿片手に青筋を浮かべた担任教師が立っていた。


「神ノ宮、もう授業が始まっているぞ」

「はい、すみません……」


 凍華ではないが、生徒の笑われ者になり赤面してしまった。


                 ◆  ◆  ◆


「やっほー! 春樹兄! 凍華ちゃんと蓮華くんもやっほ~♪」


 昼休み。

 腹が減ってぐったりしている奴らがいる中、桜が無駄に元気にやって来た。


「こんにちは、桜」

「いつも元気だな桜」

「それがサクラの取り得ですから」


 そう言ってドヤ顔をする桜が妙にイラッと来た。

 僕らはそれぞけ昼食を手に持ち、屋上へと向かう。

 この学校では屋上での出入りは禁止されていない為、生徒先生問わず自由に出入り出来るのだ。

 屋上の扉を開くと、第一に青い海が目に入る。この地区は海に面している、五月の少し涼しい日差しが海や砂浜を照らし、時折、春風に乗って潮の香りを運んでくる。

 次に目に入るのが僕らの住む街だ。

『夢想街』。

 東京から少し離れた海の上にあるこの街は過疎化が進むことなく、夢や希望に満ち溢れた若者が多いことから、何年か前に街の名前をそう改変したと聞く。


「それじゃあ、早速いただきま~す!」


 花より団子ならぬ、景色より弁当とはこのことだなと、少し呆れながら桜を見る。


「んぐんぐ、ん? ろうはひはほ(どうかしたの)?」

「いや、なんでもない……」


 桜の隣に腰掛け、桜お手製の弁当を開け一口食べる。

 まったく、脳筋馬鹿なのにどうしてここまで繊細な味が出せるのやらともう一度呆れてしまった。


「ねね、どう?」

「いつも通り美味いよ」

「よし! 今日も春樹兄の胃袋握り潰してやったぜ!」

「掴んだ、な。胃袋握り潰されたら僕は普通に病院送りだし、もしそれで死んだら真っ先に桜が犯人だと迷いなく言ってやる」


 何故食事中だというのに血生臭い話をしなくてはならないのか。目の前に座る凍華と蓮華も微妙な顔して食べるペースが遅くなったではないか。


「ささ、もっと食べて食べて!」

「んじゃ、遠慮なく」

「ぎゃああああああああっ! それサクラのたこさんウィンナー! それなら、こうだ!」


 僕の分の弁当に箸を伸ばして来るのを弾き、一気にかき込むと桜はまた絶叫した。

 目の前に座る二人から生暖かい目で見られたのだが、そこに僕まで入っているのは心外だ。


「それにしても、今日はほんとにどうしたんだい、春樹」


 桜が持って来た水筒から緑茶を出し、それを飲みながら穏やかに話をしていると唐突に蓮華がそう切り出した。

 ちなみに、お茶を持って来た本人は少し離れた所で膝を抱えいじけていた。たこさんウィンナー一つでそこまでなるかね、普通。


「どうしたって、何が?」

「いや、いつもならツッコミ役の春樹が急にボケたりするのは、まぁ、気分的な物もあるだろうしいいとして」

「僕は正論しか言ってない積りなんだが」

「茶化さない。というか、それをあんなにテンポ良く返してる時点でもはやツッコミに変ってるよ」


肩を竦めながら、蓮華は続ける。


「それでそこは別にいいんだけど、春樹が授業中にぼぅっとしてたり、先生に言われるまで気が付かなかったりていうのは本当に珍しいことだと思うよ」

「確かに。今日の春樹はどこか可笑しかったぞ」

「凍華まで……」


 凍華も腕を組んで頷きながら同意すると、思わぬ方向からも同意が来た。


「そうそう、変って言えば、春樹兄はなんで急に()から()に一人称変えたの?」

「そう言われると、確かに」

「それに少しだが、雰囲気が違う様な……」


 三人は顔を見合わせ、同時に僕へと視線を向ける。

 まいったな。こんな所で記憶が混濁していることに気が付かされるなんて。油断した。

 この世界において、確かに()の一人称は昨日まで()だったし、自分では気付かないが雰囲気も変わってしまっているのかもしれない。


「ねぇ、春樹兄。ほんとに大丈夫?」


 僕が直ぐに答えなかったことで心配を掛けてしまったのか、桜が覗き込むようにして近付き顔を見て来る。と。

 また世界が灰色へと変わり、選択肢が表示された。


『行動選択肢(霧島桜へ)

 ①霧島桜を安心させながら、柔らかい笑みを浮かべ、その頭を撫でる

 ②霧島桜を安心させながら、ドSの笑みを浮かべ、その尻を叩く』


「……」


 もうツッコム気力さえ湧かなかった。

 それにしても、こんなあからさまに好感度が上がりそうな物と、下がりそうな物の二つがあったとして、通常なら上がる方を選ぶのだろう。

 だが、何故そんなことを。

 この選択肢は僕らの間で好感度を上げて何をさせたいというのか。

 そこまで考え、思考が一時中断された。

 何故なら、停止した灰色の世界で、心配そうな桜の顔がずっと僕のことを見ていたからだ。


「(これは、好感度云々はともかく、ちゃんと安心させてやらないとな)」


 桜の後ろに視線をやると、凍華と蓮華も同じように心配そうな顔をしていた。


「一番だ」


 苦笑を漏らしながら、結局僕はそっちを選んだ。

 世界に色が戻ると同時に、僕の体を勝手に動き、右手が桜の頭をポンポンと軽く撫でる。


「あ……」

「大丈夫だ。少し風邪っぽいのは認めるけど、それ以外は至って普通だ。別に僕の一人称が変わった所で何か変わる訳でもないし、雰囲気が変わったと言われても僕はいつも通り過ごしている積りだからあんまり実感はないよ」


 答えになっていない答えかもしれないけど、桜達はそれで納得してくれたのか、さっきまでの心配していた空気が霧散した。

 だが、今度は何故だか凍華と蓮華の方から殺意にも似た空気が発せられた。


「ところで春樹、いつまで桜を撫でているのだ」

「そうだよ。私達も心配したんだから、少しくらい何かあってもいいんじゃないかな」

「何かってなんだよ。僕が出せるのは精々帰りに何か奢るくらいだろ」


 受け答えすると、何故だか桜も揃って三人で溜め息を貰うはめになった。


「ま、これでこそ春樹って感じだね」

「「そうだな(ね)」」

「なんか知らんが、とにかく馬鹿にされていることだけは分かるぞ。欠点があれば言ってくれればいいのによ」

「春樹、簡単に直せないから欠点って言うんだよ」

「やってみなくちゃ分からないだろ」

「そう、それだよ」


 指を差されながら言われても、なんのことだか分からず首を傾げてしまう。


「その『やってみなくちゃ~』とかいうのも、春樹の美徳であると同時に欠点でもあるんだよ。やって、結果が見えているのにその言葉だけ残して突っ込んで。こっちがどれだけヒヤヒヤしているか分かる?」

「グッ、確かに。返す言葉もありません……」


 自覚がある分、余計に凹む。

 昔(この世界で)、四人で遊んだ時に桜が調子こいて川に跳び込んで溺れてしまい、その後僕が助る為に跳び込み桜は助けた物の、今度は僕が溺れて意識を失ってしまったことがある。

 その時も確か、凍華と蓮華に止められたが『やってみなくちゃ~』と言っていた気がする。


「悪かったよ。今後気を付ける」

「そう言ってまたズケズケと進んで行くのが春樹であろう」

「そうそ、少しは自重した方がいいよ、春樹兄」

「あの時はお前のせ・い・だ・ろ・う・が~っ!」

いひゃい(いたい)いひゃい(いたい)っ」


 桜の頬っぺたを横に伸ばしながら、短く息を吐く。


「まぁ、なるべく気を付けるさ。けど、お前らが危なくなった時は自重しないからな」

 

 僕がそう言うと、三人は嬉しそうような、恥ずかしいような、呆れているような笑みを浮かべた。


                 ◆  ◆  ◆


 午後の授業を眠気と戦いながら受け、恙なく終わり放課後となった。


「それでは、私は部活へ向かうとしよう」

「私も今日は機械整備部の方に呼ばれているんだ。だから今日は桜と二人でだね」

「了解。二人とも頑張れよ」

「「ああ」」


 二人が教室を出て行くのを見送り、自分の片付けを済ませ席を立つ。

 僕は特に部活へ入っている訳でもなく、誘われれば付き合うという蓮華スタイル(帰宅部)である。


「あ、春樹兄!」


 教室を出ると、丁度そこにスマホ片手に持った桜がいた。


「ごめん、急に師匠から連絡来ちゃってさ。直ぐに道場の方に行かなくちゃなんだよね」

「道場って、親父さんの代わりか?」

「そそ、だから急ぐから先に帰るね! それじゃ、まったね~」


 言うが早いか、桜は二階の窓から飛び降りた。

 下から女の子の悲鳴とドスッという音が聞こえた辺り、びっくりして尻もちでも付いてしまったのだろう。後で桜を叱らねば。

 頭を抱えながら、溜め息を吐く。

 校舎を出ると、外は薄っすらと赤み掛かっていた。


(今日は色々と疲れた。特に、まだ記憶の混濁が残っているせいか体が少し重い。桜には風邪っぽいと言って誤魔化したが、これは普通に風邪と言っても良かったかもな)


 けどまぁ、少しでも心配がないように見えるならそれでいいか。

 そう考えていると、少し強めの風が吹く。

 それに乗せられてか、広告か何かのチラシが顔に張り付いた。

 鬱陶しく思い、それを顔から剥がして見ると、僕は……。


「なんだ、これ……」


 思わずといった風に呟いていた。

 何かの広告かと思っていたそれには、こう書かれていた。


『神ノ宮春樹

  現段階において、選択肢が表示されている者から一人攻略せよ。

 現段階における攻略対象

  神無月凍華

  神無蓮華

  霧島桜

 ※注意

  これは強制ではない。

  が、この選択肢の意味が知りたくば、従うことをお勧めする。

 世界の創造主より』


第一話を読んで頂きありがとうこざいます。

第二話もその内書くと思いますので、その時は読んでもらえたら幸いです。

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