第7話 翠の瞳の青年
「はじめまして。あなたがスカーレットですね」
三日後。謎の男が訪れた。隣にはお母さまを連れ添っている。
端正な顔立ちをしている人だ、そう感じた。ほっそりとした輪郭に、顔の各パーツがバランスよく配置されている。その中でも、優しい印象を与えられるたれ目の中の、翠色の瞳が特に綺麗で目を引いた。また、そのうち、右の眼には小さなモノクルをつけていた。
その人物のさらさらの金髪は肩とあたりでそろえられていて、男の人にしては長い髪はとてもきれいだった。
体躯はやせた長身。お母さまよりも顔一つ分以上は大きい。そしてその全身を纏った灰色のローブには紋章のようなものが刻まれている。
外見からは、頭のよさそうな印象をうける。学者さんみたいだ。
誰だろうか。私はくてっと首を傾げる。お母さまは私のそんな様子を見て、口を開く。
「彼は私の兄。仲良くしてあげてね」
「エレンの兄、エリック・シャロンです。よろしく」
この男性の正体は、私のおじさんだった。
母をみてもそうだが、この人たちは外見が若すぎる気がする。二人ともまだ二十代の前半くらいにしかみえない。
お母さまは子供を一人産んだとは思えないほどのみずみずしさを保ち続けているし、エリックさんも、伯父さんと呼ぶにはそぐわない程の青年らしい面影を全身に残している。
お母さまの一家はそういう家系なのだろうか? それとも純粋に若いだけ? よくよく考えたら私は母の年齢をしらないわけだし。
私がぼんやりと考え事をしながらエリックさんをみつめていると、彼は私ににこっと笑いかけた。笑顔が非常に眩しかった。この男は美青年と言う言葉が良く似合う。悪く言えば優男だ。
そして、はにかむ彼の周りに少女漫画的なキラキラとしたトーンが彼の周りに漂いだした。
えっ。
慌てて目をこする。そして改めてエリックさんの方を見返した。よかった。錯覚だった。
なんという甘いマスクだろうか。きっといろいろな女性をたぶらかし続けてきたに違いない。
でも私のメイドさんにまで色目を使ったら許さないんだからね!
私は、近くにいたアリスを守るように両手を広げてまもるようにして、エリックさんに立ちはだかる。
「え、どうなされたんですかスカーレット様?」
「ありすはおとされただめだよ」
「へ?」
と、そんな冗談は置いといて。はたして、伯父様が私のところに来た理由はなんだろうか? ただあいに来ただけ、という様子ではなかった。何かあるのだろうという予感がする。
だが、いったい何の要件だろう。
何だか、男性の親族と言う存在が新鮮だった。今思えば、彼は私がこの世界で会った初めての男性の親族なのかもしれない。お母さまやお養母さまにはあったけれど、私は兄弟や父には会えていない。
二歳以降は、メイドさんの同伴ならば部屋から出て家をある程度自由に動けるようになっていたけれど、それでも何故か兄弟や父の顔をみてはいないのだ。
お父様と会えない理由は、我が侯爵家の当主としての職務が忙しいのからなのかもしれない。だとしても一度くらいは会ってくれてもいいように思う。
私は伯父様の顔をまじまじとみつめた。確かに、見れば見るほどお母様と似ていた。二人を見比べると、非常に兄妹らしい。
と、そうやって私がじぃっとエリックさんの方向を見ていると、エレンお母様は私のその態度に何を思ったか、すぐに口を開いた。
「エリック兄様は貴方の先生よ」
「せんせい?」
「スカーレットはとてもかしこいと聞きましたからね。その才能を生かさないともったいないですよ」
なんと。三歳児から既にお勉強が始まるのだろうか。流石貴族。
だが、現在私は、お世話をしてくれているメイドさんたちから簡単な教育は受けている。それで三歳児としてはそれで十分だと感じていた。
だから、それ以上の英才教育は現在不要であると私は思った。それになんだか唐突だ。
「血の精錬で王都へ赴く際に、示さなければなりませんから……」
私が黙ったままでいると、エリックさんは非常に小さな声で、ぼそりと付け足した。
その声には奇妙な恐ろしさがあった また、彼の瞳には不安になるほどの鋭い光があった。
思わず目を動かし、視界の中に母の姿を探した。そうやって見つけた母の姿。しかし、彼女の微笑みの中にも黒い不穏さがあるように感じられた。
彼らを改めて注視すると、その様子は少し不可解であった。まるで何かを企んでいるような、そんな様子である。
それは、エリックさんの言葉の中にあった「血の精錬」という単語に関連があると直感した。
この単語は以前にも聞いた。これが何を意味するのかは分からないが、響きからはあまりいい印象をうけない。
それが意味するところについて誰かに聞いてみたい。
だが、今、不穏な雰囲気な彼らに聞くのは少しはばかられた。
ならば、私の後ろで控えている猫耳メイドのアリスに聞いてみよう。
「ありす、ちのせいれんって?」
私はアリスにそっと身を寄せて、こそこそとした声で尋ねた。
「スカーレット様が四歳になったら受ける儀式ですよ」
アリスも私に合わせて小さな声でこたえる。
彼女の言葉は非常に簡潔で、その回答だけでは依然として何もわからなかった。要領を得ないアリスの言葉に、少しもどかしさを感じる。
私は次いでアリスに質問を続けたかかった。しかし伯父と言う来客が目の前にいるのに、これ以上メイドさんとお喋りに興じるのも、非常に無礼である感じがする。
私はアリスに身を寄せるために一歩後ろに引いていた身体をもとに戻し、再びエリックさんとお母さまの方に向き直る。
彼らの意図はわからないが、エリックさんが私の伯父で、かつ私の先生にもなるのだということは分かった。ならば挨拶くらいちゃんとすべきだろう。ここでいい印象を与えておくことも、後々のためになる。
「えりっくさん、よろしくおねがいします」
私はスカートの裾を軽くつまんで、足を一歩後ろに下げ、それからぺこりと軽く頭を下げた。なんちゃっての挨拶の作法だ。前にシアンから教えてもらったものを、私はこれ見よがしに披露する。
ちらっとお母さまの方を見た。やった、びっくりしているみたいだ。「まあっ」と口に手を当てている。その声は喜色を帯びて弾んでいた。
えへへ、貴方の娘は日々成長しているのですよ。後で頭撫でてほしいな。
ついでエリックさんの方を見る。こっちは表情が微笑から動いてないままだった。少し悔しくなる。でも、仕方ないか。
客観視すれば、メイドさんから教わった、見様見真似の貴族っぽい挨拶を幼子が一生懸命真似しただけなのだ。家族びいきを抜けば、ただのおままごとにしか見えないのだろう。
「ええ。こちらこそ」
エリックさんが、再び微笑を浮かべながら、柔らかい声を出した。一見して優しそうな言葉ではあったが、右の眼につけられているモノクルが、きらんと光った気がした。
これが、私とエリックさんの出会いだった。そしてこれは、私が初めて出会った家族以外の貴族という存在である。
この時はまだ、彼について、いや、シャロン伯爵家というものについて、私は何も知らなかった。
エレンお母様のことは優しい母親としかとらえていなかったし、その兄のエリックさんも単なる家庭教師だと思っていた。
貴族とは何か。私がそれを知るのは、もう少し後の話になる。




