第6話 約束、そしてお父様
さて、前回のおさらいだ。
魔力と呼ばれているモヤモヤを出したらメイド達に怒られた。以上。
まだ何が何だか分からないけど、ならばするべきことは一つしかない。
「ごめんなさい」
とにかく悪いことをしたらごめんなさい。これは人生の大鉄則だ。謝らないことには何もはじまらない。
彼女達の様子から見て、おそらくあのモヤモヤ、魔力って言うのは危険なのだろう。子供が危険な遊びをしていたら、叱るのも当然だ。おとなしくシュンとしていよう。大事なのは殊勝な態度だ。
全身で謝罪の気持ちを表現するのだ。
「お嬢さま、大丈夫。きにしないで」
カフルは私に慰めるように笑いかける。ただ、まだ少しその声が掠れていた。彼女のこの様子を見るといっそう申し訳なくなる。
「しかしどうしたものか。“血の精錬“が終わるまではどうしようも……」
妙齢のメイドさんは思案するように首に手をあてていた。
ついでに言うとシアンはまだポカンとしている。ポンコツかわいい。
「刻印の術式を使えばいい」
「あれをすぐに創ることができません。シャロンの家に頼もうにも一年はかかります」
カフルが口を開くが、すぐに反論される。即座に切り捨てられたことが不満なのか、カフルはむっとして言い返した。
「じゃあどうする?」
「魔法の使い方を教えるしかありませんでしょう」
「それは危険。お嬢さまが飲まれるかもしれない」
「ですがこのまま魔力をため込んで爆発する方が余計危ないにきまってます」
「お嬢さまの事も考えてほしい」
「それは考えたうえでです。魔法を教える危険よりも、再びため込んだ魔力を放出させていずれ爆発させる方がよっぽど危ないです」
二人はすっかり口論をはじめた。私とシアンは、はらはらとしながら黙って事態を見守っている。正直出てくる単語の意味が全然わからない。
血の精錬や刻印の術式ってなんだろう。異世界じゃなかったら痛い方々と言う烙印をくだしているところだ。
うーむ。しかし彼女たちの話から判断するに、わたしの不用意にしたことってすごく危険なようだ。みんなに多大な危惧を与えている。あらためてすごく申し訳ない。
「まりょく、危険なの?」
私はふたりに問いかけた。二人は間髪入れずにコクリと頷く。息ぴったしだ。
私は二人を安心させるように、つとめて微笑んでみる。前にいるカフルの両手をぎゅっと握った。彼女の手は少し汗ばんでいた。まだモヤモヤにあてられた恐怖が残っているのだろうか
きっと私は凄くいけないことをしてしまったのだろう。反省する。
「さっきみたいに、いっぱい出すのはもうしないよ。約束する」
安心させるためにも、きりっとして言おうとしたのだが、相変わらず舌がついていかない。こういう時はもどかしい。
「まだ三歳にもなったばかりの幼児ですよ。いつ暴走するか……」
妙齢メイドが三角眼鏡をキラリと光らせた。どうやら私の事を信じていないようだ。確かにこんな幼子の言葉など信じられるはずもない。その不安ももっともだと思う。
ならばどうしたものか。魔力の制御とやらが何かはわからないけれど、話を聞くに危険な香りがする。危険はさけられるものなら避けたい。
ふむ。幼子を信じるように仕向けるにはどうしたらいいのだろう?
「大丈夫。お嬢さまは賢い」
しかし、私の思考に反して、カフルはすぐに私の味方をしてくれた。彼女は私の事を信じてくれるらしい。やった。
その担保は賢いということ。まあ年齢に対してなら相対的に賢いかもね。しちゃだめって言われたことをしないだけの良識はあるよ。
「そうですわメイド長。スカーレット様はこのお歳でもう私たちの言葉も理解しておりますもの。きっと約束を守ってくれますわ」
彼女は両手を私の肩に置いた。シアンも私の肩を持ってくれるらしい。二つの意味で。ぷっ。
でも。うれしいけど君も私と同じで、まだ何が何だかわかってないよね?
そういえば。今シアンの言葉でようやくわかったけれど、この三角眼鏡の妙齢メイドさんってメイド長って呼ぶんだ。やっと固有名詞が出てきた。見た目通りの偉い人らしい。
メイド長さんは二人の言葉を聞いたきり黙ったままだ。沈黙があたりを満たす。
なんだかドキドキしてごくりと息をのんだ。どうなるんだろうか?
「メイド長、信じてください」
シアンが再び芯の通った声で言う。肩に乗せられた手の力が強くなる。
「ばばあは頭が固い。どうせ精錬前の今のままじゃ制御を教えたところで無意味」
カフルも援護するように二の句を継いだ。え、ばばあって。そこまで老けてはいないよ。
「誰がババアですか!」
案の定メイド長が切れた。怒るのももっともだ。ババアって。女性にいうことじゃあないよカフルちゃん。
しかしカフルは怒られても反省なんてさらさらしてないような無表情のままだ。どこ吹く風の態度はかっこいいね。さっきまでは涙目だったけど。
そんなカフルの様子は置いといて、重要なのはメイド長さまだ。彼女はしばらく考えていたが、やがて再び口を開いた。
「…………まあ、わかりました。カフルの馬鹿が言うように、どのみち“血の精錬“がおわるまでは何もできませんもの。スカーレットお嬢さまを信じるしかありませんね」
そして場は一応のおさまりをみせた。メイド長様はまだ納得できてはいなようであったが、しかし仕方がないといわんばかりに肩をすくめている。諦めたようだ。
---------
ヴァルムフォード家のお屋敷。執務室でるのは侯爵家の現当主のルーカス。彼の眼前には無数の書類が山積しているが、現在はそれにとりかかる様子もない。ルーカスの執務机の前にはメイド長がいて、彼女は静かにルーカスの言葉を待っていた。
もちろん、領地の経営をはじめとしたさまざまな業務にために、侯爵家は無数とも言える数の文官を抱えており、普段ならばこの部屋がここまで閑散とすることは少ない。だが、現に今、この執務室にいるのはたった二人だけである。
メイド長より、内々の話があるとの連絡を受けたルーカスは即座に人払いを行ったのだ。彼女の事に大の信頼をおいていたルーカスは、重要な話なのだろうと判断していた。
「して、要件はなんだマリカ」
ルーカスは、肘を机につき、両の手を顔の前で組んだ。眼光は鋭く光り、メイド長マリカに向かっている。声は底冷えするような低さで、メイド長の全身にしかと響き渡った。
毎度毎度のことながら実に威厳に満ちたお方だと、彼女はごくりと息をのんだ。しかし、いつまでもルーカスの威厳に当てられているわけにもいかないと、彼女はすぐに口を開く。
「お嬢さまについてなのですが」
「スカーレットがどうかしたのか?」
ルーカスは厳かに先を促す。
「やはり魔力に目覚めておりました」
メイド長は毅然とした態度で続けた。しかしルーカスはこの報告を聞いても眉一つ動かさない。
そもそも、娘のスカーレットが魔力を持っているという事についての話は以前にも受けていた。故にまた同じ報告を聞くことに、彼はさして意味を見出せなかった。
「貴様の感知が正しかったということか。しかし、微弱な幼子。たいした総量はあるまい。放置しておいても問題はないと以前話しておいただろう」
以前、の部分を少し強調させて彼は言った。
前例のない幼子の魔力覚醒。しかし彼はそれにも一切動じた様子を見せることはない。これこそが侯爵家の現当主ロード・ヴァルムフォードのなせる業であった。
しかし、メイド長は静かに首を振った。
「いえ。その量は既にあの魔法伯すらも超えています」
「は?」
この言葉を聞いてしまえば、流石のルーカスもうろえたえてしまづた。ロード・ヴァルムフォードとして培ってきた胆力が一瞬で崩される。
魔法伯とは、その時代で最も魔法に秀でたものにあたえられる、栄誉ある称号である。つまり、現代における至高の魔法使いその人をさす言葉であった。特に当代の魔法伯は歴代最高ともうたわれる非常に優れた人材である。
そして、メイド長は、その魔法伯よりも、いまだ二歳にもみたぬスカーレットの方が、魔力量の観点で見れば上回っているのだと、はっきり述べたのだ。
「馬鹿な。それはありえんだろう。儀式も経ていない子供だぞ」
ルーカスの声色には、はっきりとした狼狽があった。メイド長の言葉を信じ切れていないようである。
「ですが事実です」
「……どうするのだ。幼子に魔法を使わせるわけにもいくまい」
魔法とは危険なわざである。すくなくともまだまだ幼いスカーレットには手に負える代物ではないとルーカスは考えていた。そして、制御のための魔法具“刻印の術式”は、すぐに用意できるものではない。
メイド長は、ルーカスに対して自身の見解を述べることにした。
「しばらくは静観するしかないでしょう。ただ、念のため私とカフル以外に魔法使いを監視役に置くべきかと」
「……すぐに手配する」
ひとまずは、万が一の暴走の際に対応するための魔法使いを用いてスカーレットに対する監視を常に行う。そういった対症療法的な対策をとることにした。
そしてルーカスには、そのあてがあった。強力な魔法使いで、なおかつスカーレットへのお目付け役として非常に適した人材を。
彼ならば、自身の目論見のために、スカーレットへの監視を快く引き受けるだろう。ルーカスは即座に判断した。
そして、メイド長とルーカスは今後の方針についての幾らかの言葉を交わす。それが終わると、メイド長は恭しく一礼をしてから、執務室から退室した。
執務室にいるのは、ルーカス一人となった。
「これもシャロン家の……いや、エルフの血がなせる業、か」
彼は静かに呟いた。




