第5話 モヤモヤモヤモヤモヤモヤモヤモアモヤ
西洋名における中黒とダブルハイフンの違いについて、勉強不足であるため勘違いしていました。現在は修正しております。
また、文頭のスペースを半角にしていたために反映されていないことにも気が付いたため、それも修正します。
内容に関しての変更はございません。
気が付いた時には、三歳をとうにすぎていたらしい。
母やメイドの話から判断しただけであるので、あくまで“らしい“と伝聞の形で述べたのだけど、身体の発達段階と照らし合わせると確かに三歳として十分な発達を見せているように思う。というか、誕生日を祝う習慣とかないのかなこの世界。ちょっぴり残念だ。
さて、三歳になっている私は、どんどん立派に成長している。ちゃんと歩けるようになっているし、言葉だって舌足らずだが話せるようになった。さらに、メイドさんを連れ添ってなら自室を出て家中を散策できるようになっているのだ!
いや、もちろん威張るようなことではないってことは、さすがに分かっているけど。
ハイハイしたり立ったり、歩いただけで凄く褒められたからって、別に調子に乗っているわけではないからね。
でも、はじめて立った時、いっぱい頭撫でてくれたのはうれしかったなあ。それに抱きしめてくれたのも。
あんなに喜んでくれるならこちらとしてもいい気分になる。もっとチヤホヤされたくなって頑張れるのだ。
意外と発達訓練というものは、リハビリテーションのようで辛い。私の頭には前世の記憶があるから、満足に動かない体には、どうしてももどかしさを感じてしまう。
しかし、頑張ったら頑張った分だけ家族やそれ同然のメイドさんたちがいっぱい褒めてくれるから、頑張っていけた。
まあ、なんにせよそんなこんなで順調に成長している。
さて、この世界に来てそれなりに経って、分かったことがいくつかある。
まず、この家はすさまじい大貴族であるという事。私の住む国の名前は神聖王国エヴォーリカというらしく、そこは古臭い封建的な貴族制の国家なのであるが、なんと我が家は国王、公爵に次いで三番目に偉い家系である侯爵家なのだ。
え、じゃあ私って世継ぎじゃん!と思ったが、残念ながら、そういうことはないらしい。
それは私が女の子だから、という事ではない。
私のお母さんエレン・ヴァルムフォードは、なんと正室ではないらしい。ソフィーカと言う名のもう一人の奥様が正妻で、このソフィーカ様の子が侯爵家を継ぐという話になっているようだ。
じゃあ私は? どっかの貴族と婚姻でもするのかな。流石に愛せないよ?
まあ、興味もないしいいけどね。そういう権力闘争みたいのは前世で十分堪能しましたので。
ところで、しかし正妻と側妻がいるからって家族内で不和があるわけでもないみたいだ。
ソフィーカ奥様も一度私の様子をみにきてくれた。そのときエレンお母様と並んでいるその姿はとても仲がよさそうで安心した。もし妾いびりとかあったら凄く悲しいからね。
ちなみに、ソフィーカ様は別の妻との子だというのに私をちゃんと可愛がってくれていた。いい人認定。
そういうわけで私には半分血のつながった兄弟も三人いる。まだ姿はみていないけど。
見ていないと言えば、お父様の姿はいまだ見ていない。どうしてなのだろうか。あれ、もしかして私、実はお父様からは愛されてないのだろうか?
お父様に会えない以外は、みんながみんな私を可愛がってくれて、ある意味で順風満帆なこの人生。
しかしこの頃悩みがあった。最近視界に、変なものがうつるのだ。
それはしろいモヤのような不思議なもの。煙のような、湯気のような、なんだか不思議なモヤモヤが私の周りに浮いている。
そのモヤモヤがどこから出ているのかと周囲を見渡してみると、それはなんと私の体から出ているのだ。からだ中からもやもやと謎の白いものが出て、ゆらゆらと揺らめいている。
何だか漫画の気とかオーラとか、そんな感じの見た目で少しかっこいい。
これはなんだろうか。全く分からない。
このモヤが始めてみえるようになったのは、半年ほど前の事。いやこの世界の暦がわからないので半年って言うのは正確ではないかもしれないけれど。まあとにかく大体、半年。
はじめて見えた時は、ほんのかすかにしか見えなかったから、たいして気にならなかった。しかし日々日々このモヤモヤが濃く、それにたくさん出てくるようになってきた。
身体を微かに覆っていただけのそれは、月日が経つにつれてどんどんモヤモヤと広がりだしている。
正直、そろそろ邪魔である。
今まではほっといたけど、流石にどうにかならないものか。
気になってじっと自分のからだを見つめると、その白いモヤのようなものが、ぶわっと身体からがふきだした。
「わあ!」
びっくりして思わず声を出す。
「スカーレット様、どうしましたの!?」
そばにいたうさ耳メイドのシアンが私の声に反応して慌ててかけてきた。
長い兎の耳がピンと立っていて面白い。このシアンというメイドさんは普段の言動や仕草がお上品だから、こういう反応をされるとギャップで余計可愛い。
しかし、心配させたままと言うのも申し訳ないので、何でもないよと言わんばかりに、シアンの方を向いてはにかんだ。
「えへー」
「もう、びっくりしましたわ」
シアンはほっと胸をなでおろした。うさ耳がへたりと垂れる。
獣人メイドさんは感情と耳の動きが連動してるからわかりやすい。
そういえばモヤに関してもう一つ、これはほかの人には見えないらしい。というのも、先ほどから私はシアンと遊んでいるのだが、彼女はこのモヤモヤについて何も指摘しない。
いや、これが見えるのがこの世界のデフォなのかもしれないのだけれど。
ただ、だとしたらシンプルに不便だ。
いまの噴出のせいですっかり視界を遮ってしまっている。
このモヤモヤ、動かせないだろうか。
えいっと念じてみる。
簡単に動いた。
ゆらゆらと煙のように漂っていたモヤが、一か所に集まりだす。身体からでて四方八方に噴出していたモヤモヤが身体とは薄い線でつながったまま、ごわごわとした球体のかたちになった。
うーん。まだ邪魔だなあ。
この体とモヤモヤをつなぐマリオネットの糸みたいな線を、何とかして切り離せないだろうか。
続いて念じてみる。えいやっ。
それも拍子抜けするほどあっさりできた。プツンプツンと切れていき、やがて私からは完全に切り離されたモヤモヤが宙に漂う。切られた部分は身体に引っ込められないかと思ってみると、それもやはり容易にできた。
このモヤモヤは念じればだいたい思い通りに動くらしい。
なぜもっと早く気づかなかったのか。
この世界に生まれて二年以上たって、どんどんアホになっている気がする。そもそもお母さんに抱っこされたときから、前世と今で、私の人格が断絶してはいないか。昔の私はこんなのではなかったような……。
まあ、いっか。
それにしても、この球形になってるモヤ。さらに形も変えられないだろうか。
立方体に……あ、できた。
四面体……できる。
ハート形には…………ちょっと苦戦したがこれもできた。
栗みたいなトゲトゲの球には…………………諦めた。
何だか楽しくなってきた。
念じて作る粘土細工みたいだ。なかなかいい玩具を手に入れたと思うと、へにゃっとほおが緩んだ。
「どうしたのですか?お嬢さま」
「えへへ。しあん。好き!」
私はごまかすようにシアンに抱き着く。そしてか弱い幼児の力でぎゅーっとしがみつく。
うさ耳メイドさんからは、とてもいい香りがした。
「あらあら。私もですよ、お嬢さま」
シアンは私の頭をよしよしと撫でる。その私を撫でる手つきが非常に気持ちよくて、目が自然と猫のように細められる。
にゃー、ごろごろ。
先ほどのモヤモヤを再びハート型にしてシアンの周りに漂わせる。そして一つだと味気ないと気づいたので、モヤモヤを細かく分解してから、たくさんの小さなハートを作って彼女の周りいっぱいに浮かべた。
多分シアンには見えてないはずなので、完全に自己満足だけど。まあ、楽しいからよしだ。
私は身体をくるりと反転させて、シアンに前から抱き着く形から、背中を寄りかかるような姿勢に態勢を変化させる。そしてじっと自分の掌を見つめた。
ふむ。もっと出せないだろうか。たくさんあった方が作れる形の幅も広がるだろう。
だけどどうやったら出るんだろう。これも念じてみたらいけるかな。
ぐっと体に力を入れて念じてみる。手のひらからぼうっと白いモヤが飛び出した。
蒸気機関車みたいだなと思うと、くすりと笑みがこぼれた。
もっと。もっと。もっと。
楽しくなって出し続ける。
最初は勢いよく飛び出したが、それで栓がとれたのか以降は滑らかに、するすると噴出していた。
どんどんどんモヤが部屋を満たしていく。とても広いお部屋が、白いモヤモヤで満たされていく。
これは実体をもたないみたいでシアンの体や家具はするりとすり抜ける。
モヤモヤモヤモヤモヤモヤモヤモヤ。
そうやって調子に乗って部屋を私のモヤモヤで満たし続けている、まさにそのとき。
突然、扉が勢いよく開かれた。
「「スカーレット様!」」
そんな叫ぶような声とともに、二人の女性が入ってきた。
うち一人は犬耳メイドにして私お世話をしてくれる無表情系メイド、カフルだ。犬の耳がついててかわいい女の子。
もうひとりは妙齢のお方。きつそうにつりあがった目と、それに似合う三角眼鏡が非常に印象的だ。この女性もよくお見掛けするメイド様だ。時々私のところに来ては、何かを確かめるように、私の体中を検分するように眺めてから、何だか難しい顔をよくしていた。
しかしきつそうな見た目とは裏腹に、とてとてと私が近寄ると、ちゃんと構ってくれるのでかなりの好印象だ。
そんな二人が、焦った顔をして立っている。汗がダラダラだ。
どうしたのだろう。
「こんな、ことって。あまりにも、膨大すぎる」
カフルがごくりと息をのんだ。この子は少しびびってるような雰囲気。普段の無表情クールとのギャップで萌える。犬の耳も心無しか元気がない。
「今までは微弱でしたので、気のせいかもしれないとおもっていましたけど……流石にこれは」
それに対して妙齢の非獣人メイドは一筋の汗を額に浮かべながらも、あくまでも冷静さを保とうとしている。
「ど、どうしたのよ」
シアンがわけもわからず、手元にいる私とカフル達に視線を何度も上下させていた。
私もわからない。仲間。すき。
二人のメイドは、そんなシアンの言葉を完全に無視した。そして私のもとに駆け寄ってくる。
カフルは私の肩に手をのせると、緊張した顔を私にむけた。
「かふる?」
「お嬢さま、魔力を抑えてください。そーっと、そーっと。ゆっくりです」
カフルが私に語り掛けた。声が若干震えてる。
「スカーレット様。感じておりますでしょう。魔力の波動を鎮めるのです」
もう一人の妙齢メイドさんもカフルの後ろから囁くように言う。
まあ、流石にここまでくれば彼女たちの言ってることはわかる。
このモヤモヤって魔力っていうんだね。かっこいい。
「まりょく?」
私は念のため二人に尋ねる。言葉がいまだ舌足らずな感じがして、少し恥ずかしい。
「大丈夫です。お嬢さま。落ち着いて、身体に引っ込めるイメージです」
カフルをよく見ると、額に脂汗がにじんでいる。少し涙目にもなっていた。
なんだか罪悪感でいっぱいになる。
ちょっと調子に乗ったら、今まで仲良くしてくれたメイドを泣かせてしまう事になるなんて。
すぐに言われたようにしよう。
魔力が念じれば簡単に動くことは実証済みである。ならばと私は、全力で「ひっこめ、ひっこめ」と心内で唱える。
すると、部屋中に拡散していたモヤが凄い勢いで私の体に戻っていきはじめた。掃除機に吸い込まれるホコリみたいだと感じた。
結局、ひろげるのには数分要したのに、引っ込めるのには30秒もかからなかった。
魔力を収めおえると、カフルはぺたりとへたり込む様子が見えた。
彼女は心底安心したのか、ほっと胸をなでおろしている。
「あれだけの魔力。はやめに制御を教えるべき」
カフルはやがてぽつりとつぶやく。
「同感ですカフル。このままでは問題だらけです」
妙齢のメイドが大きく息を吐いた。
「え、ちょ。なんだったのよ」
シアンが全く状況を飲み込めていない。かわいい。




