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第2話 異世界に

 目が覚める時の気持ちを、面白いと言ったのは何の作品だっただろうか。その気持ちは少しわかる。俺にとって目覚めは、どろどろに濁った沼の中から、徐々に這い上がっていくような感覚に近かった。少しずつ思考が覚醒していく。どんよりと沈んでいた脳が、どんどん浮かび上がっていくような、ゆっくりと時間をかけてクリアになっていくような、そんな感覚。


 俺は目を開けた。同時に眩しい光が両の目をおそった。


 あまりの眩しさに、反射的に手で顔を覆おうとする。しかし、それがうまくできなかった。というのも、手を動かそうと思っても、身体がついていかないのだ。


 それは手だけではなかった。全身が、思う様に動かない。


 まるで魂と肉体が切り離されたような感覚。脳の想定と実際の動きがまるで一致しなかった。


 ――何があったんだ?


 トラックに轢かれて、それで。それで……。それで、何があった?


 思い出せなかった。事故に遭ったことまでは覚えている。しかしそこから先の記憶はなかった。順当に考えるのならば、いまは事故の直後だろう。


では、これは事故の後遺症なのだろうか?


 自然、覚醒した脳がこれからの将来について考え出した。いきつく結論に空恐ろしさを感じた。俺は、こんなところで止まるのだろうか?後遺症で身体が動かせないままに、残りの人生を過ごすのだろうか。


 漠然とした不安に包まれる。俺は動かせない体をなんとか思い通りにしようと必死にもがいた。

そうした無情にも成果を見せない悪戦苦闘の最中、目が徐々に光になれ、ついに視力を取り戻した。


 果たして、視界に映るのは、見覚えのない天井だった。細やかな装飾が施された真白な天井には、豪華なシャンデリアがぶら下がっていた。奇妙な情景だった。俺がいるのは、病院ではないのか?


慌てて目を動かそうと試みた。それは予想に反してうまくいった。俺は部屋の様子を目に入れるため目玉をぎょろりと左右に動かした。


 はたして、そこに映るものに、一切の見覚えがなかった。木製のベッドの柵の向こう側に映る様子は、まるで洋館の一室のようだった。シルクのような艶やかなカーテンを両脇に飾り付けた大きな窓からは、陽の光が突き刺していて、それは部屋中を隈無く照らしていた。

床に敷かれている絨毯は品のある落ち着いた赤色で、見るからに高級そうだった。一つ鎮座する木製の机には綺麗な光沢があって、その上には鮮やかな色の布が置かれていた。奥にある家具はドレッサーだろうか? 鏡台のようにも見えるが、鏡の部分は蓋で閉じられていた。


いずれにしても、少なくとも病院ではありえないものの数々。もっと言えば、現代の日本のものであるとも思えなかった。


 ――ここは?



「nishidawoma bixuagiuthisha!」


 思考を寸断する音が耳に響いた。つんざくようなその音の正体は、ひとつの声だった。俺はその声の方向を掴もうと目を動かす。しかし、視界の範囲には見つからなかった。首がうまく動かせないために、声の主を見る事はできない。

そう思っていたが、やがて足音とともに、声の主が目の前に現れた。


 それは二人の若い女性であった。彼女らは俺のすぐ側で、何かを話し合っているようである。


 一人は二十代の前半ほどであろうか、淡い金の髪を長く伸ばした美しい女性である。すらりとした背の高い体躯にはゆったりとしたガウンをまとっていた。彼女については、非常に整ってた顔立ちが一際目を引いた。街を歩けば万人が思わず振り向くような、そんな美しさを持っている。


 もう一人の女性はメイド服をまとった中高生くらいの小柄な少女であった。大きな目が特徴的で、女性と少女の境界線をいまかいまかと飛び越えようとしているうな、いまだ幼さを少し残したままの、可憐な少女であった。

 そしてこのメイド服の女性、驚くべきことに頭から猫の耳が生えていた。


 もう一度言おう。


 頭から猫耳が生えていた。


 ――は?


 驚きから声を出そうとする。しかし満足に声も出せない。

 俺はどうにもできず、二人の動向を呆然と眺める。


 猫耳、メイド服。これ何かの仮装だろうか。いや、それにしては耳がリアルすぎるような気がした。質感が、あまりにも生物的すぎる。

 そもそも、仮装姿でここにいるのはどう考えてもおかしい。


 どういうことであろうか? 彼女達が何者であるのかまるで分からない。


 二人は、寝そべっているであろう俺の体を静かに見下ろした。

 彼女たちが近づいてきてくれたため、俺の瞳に、彼女達の姿がより鮮明ににうつった。


 やはり、猫耳ばかりに目が言ってしまう。


 あれは何だ?


 近くでまじまじと見ても、なおのこと謎が増すばかりである。



「guidaui buyiohujavuio?」

「autyui! dyuhuixyuxgyuhaiwa

 俺の観察をよそに、金髪の女性が猫の耳のメイド服少女に何かを問いかけた。少女は女性に対し咎めるような声を出す。


 何かを問いかける声。だがそれが何かはわからない。

 咎めるような声。その内容はわからない。


 彼女らの発する音声は均整がとれており、それがある言語であることは容易に推察できた。しかしそれ以上がわからない。


 彼女らの言葉は、明らかに日本語とは言語体系が異なっている。しかしヨーロッパ・インド系のものでもない。普通ならば、ある程度の言語であれば聞き覚えくらいはあるはずなのだが、それすらもない。全くもって聞いたことのない未知の言葉。


 不可解なものが、また一つ増えた。この奇妙な前時代的な光景、あるいは異様な身体的特徴をもつ少女。そして謎の言語。

いろいろと違和感にまみれたこの空間。ここは果たしてどこなのだろうか。


 猫耳メイド少女が俺の方に手を伸ばした。そっと背中に腕を回す。そして、ゆっくりとした動作で俺を慎重に抱きかかえる。


――いや、これは明らかにおかしい。


 大の大人が、一人の少女に容易く抱きかかえられたのだ。そして、成人男性の体躯が彼女の両腕に全身がすっぽりとおさまる。

それは、明らかな異常だった。


 そこで、突然一つの予感に行き当たった。荒唐無稽な予感。しかし、それが正しい予感だとするならば、多くの疑問が氷解する。否定したいが、否定はできない。予感が、徐々にして確信へと変貌を遂げる。


―――もしかして、根底から違うのではないだろうか?


 事故の後と言う認識、それ自体が間違いなのではないだろうか。



 確信が告げる。小柄な少女が俺を抱きかかえられるのも簡単な話だ、と。だって今の俺の体はそこまで小さくなっているのだから、と。

 身体が満足に動かせなくて当然なのだ。いまの俺の体はそこまで発達し終えていないのだから。


思考の果ての結論が、未だ納得のしていない理性に訴えかける。荒唐無稽にも程があったが、しかし理性もそれを受け入れるしかない事にようやく気づく。


 俺は、赤子に生まれ変わったのだ。

  

 また、転生したという事実に気づけば、そのほかの疑問も次いで晴れた。

 それは、ここはどこかという疑問。ここはどこの国なのか。はじめはわからなかった。


 だがそれも最早明確であるようなのだ。彼女達の肌白人、顔立ちもヨーロッパ系のものに比較的近い。だが、彼女の言語はそれらとは大きくかけ離れている。

 また少女の猫耳。二一世紀のグローバリズム化した社会で、情報に氾濫した現代で、このような存在がいたのならば俺が知らないはずがない。


 ここは、世界観が明らかに地球のものとはかけ離れている。

 ここは、少なくとも俺の知っている世界ではない。


 異世界。この言葉が頭に浮かんだ。


 その言葉の響きは脳にすっぽりと嵌った。それが正解だと、頭で何かが啓示のように告げていた。


 俺は、異世界に転生したのだ。


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