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第10話 たらいまわし、たにんのはなし

今日はもう一話更新します

「……ふむ。今日はここまででよろしいでしょう」


「ふにゃあ」


エリックさんの言葉。それに合わせて私はぴんと伸ばしていた背筋の緊張を解く。


「おっと、気を緩めてはいけませんよ。仕草とは日常生活から定着させていくものですから」


「……はぁい」


「宮廷貴族と貴方たち地方貴族の間には溝がありますからね。宮殿へ行く際はちゃんと礼儀作法を覚えていないと田舎者とののしられます」


 くどくどと説法するエリックさん。耳で聞き流しながら私は朝の出来事を考えていた。

 ハロニカとの一件があった後、私はカフルだけを連れて勉強小屋へ向かった。それから二時間ほどエリックさんから礼儀作法の話を聞いている最中、私の意識はずっとそこへ向っている。


「どうしましたスカーレット。気落ちしているようですが」

 物思いにふける私を見てか、エリックさんが声をかけてきた。


「はろにか――わたしのおにいさまが、わたしのこときらいだって……」


「ハロニカ……ああ、あの子供ですか」

 顎に手を置いて、一瞬考えるようなしぐさをした後、ポツリと呟く。


「えりっくさんは、なにかしってる?」

 少しの期待を込めて私は尋ねた。


「さあ、私はここにきて日が浅いですから」


「そう……」

 しかし、彼の言葉は期待からは外れていてがっくりと私は肩を落とす。私の態度に、彼は心外とでもいう様に目を丸めて、右の眼のモノクルを弄った。


「彼の事を知りたいのならば、もっとしかるべき人物に尋ねるべきでしょう。ちょうど今ならソフィーカ夫人も王都から帰ってきたばかりですし」






「ハロニカ、ねえ。あの子も昔は可愛かったのだけど」


 ソフィーカ第一夫人。彼女は館の一室で優雅にお茶を飲んでいた。執事服に身を包んだ初老の男を側に控えさせている。

 椅子に座るその姿勢がとてもお上品で、背筋が自然な感じでしゃんとしていて、対面する私まで思わず佇まいを正してしまう。


 エリックさんの話では、この女性は基本的にはこの領地にはいないらしい。基本的には王都にいて、社交に勤しんでいるとか。

 たしかに、貴族としての所作が骨の髄までしみ込んでいるような美しき女性であった。

 

「よりにもよって騎士になりたいだなんて。いったいどうしてあんな子になってしまったのかしら」

 彼女の声はとても残念そうだ。


 騎士。そういえば彼の側には騎士団長を名乗る男がいた。


「きしになったら、だめなの?」


「そういう訳じゃあありませんけれど」


 ソフィーカさんはマグカップを口元に近づける。流れるようなしぐさであった。

 

「地方の騎士だなんて出世できませんし、華もありませんもの。そもそもこのご時世に剣など流行りませんわ。わたくし、ハロニカには中央に勤めてほしく存じます」


 悲しそうに眼を伏せる。その小さな仕草までが優雅な所作で、綺麗だった。貴族、上流階級の女性としてイメージされるそのままの人であると私は感じた。


 この気品に満ちた麗人からすると、剣を振るい騎士を目指すハロニカは粗暴にしか見えないのだろうか。


「でも、がんばってるよ」


私は、彼の真剣み溢れる表情を思い出す。騎士になりたいという彼を、私は応援してやりたいと思っていた。


「スカーレットさんは既にその年で魔力に覚醒しておりますし、頭もよろしいようですが、ハロニカは違うのです。あの子ったら、お勉強からもすっかり逃げ出して剣術ばかりに凝っているだなんて……」


ソフィーカさんはほおに手を当ててため息をはいた。その仕草は洗練されていて、まさに気品のひとである。

 現在の息子について、好ましくない印象を抱いていることがありありと分かった。


 だけど、それでも……


「それ……本人にいったの?」


「ええ。貴女と比べて息子が劣っているのは事実ですもの。奮起して勉学に励んでもらうために引き合いに出してもらってますわ」


「よくないよ、そんなの」


「どういうことですの?」


「そんなくらべるような言い方しちゃ、ますますやるきがなくなっちゃうよ」


 彼女の眼が軽く見開かれる。今までそんな事にすら気づいていなかったようだ。


「…………確かに、スカーレットさんのおっしゃる通りですね。教育方針について使用人のものどもに伝え直しましょう」


 一瞬で優美な雰囲気を取り戻すと、ソフィーカさんはそう静かに述べた。何だか他人事のように感じた。


 私が以前赤子の時に会ったソフィーカさんはもっと優しい雰囲気を纏わせていたのに。それほどまでに自身の息子に対して幻滅してしまっているのだろうか。

 

 他にも、ハロニカについての情報が何かないかと、私はさらに話をつづけようとした。しかしソフィーカさんが私に先んじて言葉を紡ぐ。


「わたくし、基本的には王都におりますので、ハロニカの事をあまり知りませんの。ですので、あの子の事が知りたいなら使用人達に聞きなさいな」





 使用人室は大きなお屋敷の地下にあった。

 ソフィーカさんのもとへいくために上った長い階段を再び下りて、更に地下まで下りたことで私の体は疲労に包まれる。


 カフルが負ぶっていくことを提案してくれていたけれど、それは断った。さきほど小さな道のりで疲れ果ててしまったことで、幼少のころから運動して最低限度の基礎体力はつけるべきだと、はっきり痛感したためである。


「そういえば、かふるは何かしってるの?」


「私はハロニカ様とあまりかかわっていないですので、あまり」


「そっか」

私達二人はゆっくりと歩を進める。


「ちかっていっても、しようにんさんってどこにいるの?」


「今の時間なら、ばば――メイド長が、あっちの休憩室にいるはず」


 カフルが指さす場所は地下におりて一本の廊下の突き当りにあった古ぼけた扉である。

 私はそこまで力を振り絞って歩き、カフルが開けてくれた扉をくぐって部屋の中に入る。


 中は広い空間だった。地下室とは思えないほど整然としていた。十人ばかりの男女がくつろいでいたが、私の姿を見てはすぐに立ち上がる。

 

 いきなり来たのは不味かったのかな?


「まあ、お嬢さま、いけません! こんな汚らしい使用人の部屋に立ち寄るだなんて」


 そんな中、一人毅然として私に近づいてきてしかりつける女性の姿。きつそうな目には眼鏡がかけられているその女性は、メイド長。


「きれいだとおもうけど……」


「こんなところに来てはなりませんと言っているのです!」


「ごめんなさい」


 叱られたためにすぐに謝る。

 地下室とは思えないほどに整然としていて汚いとは到底思えなかったが、一方で私が来たことにより休憩中の使用人たちのいらぬ気苦労をかけたのも事実である。


「それで、どうして来られたのですか?」


メイド長は私を休憩室にあったなかで一番きれいな椅子に座らせると、自分は立ったまま尋ねてくる。


「はろにかおにいさまについて、ききたくて」


「坊ちゃまですか……」

 ハロニカという名前を出すと、彼女の瞳が曇りだした。私は彼女の言葉を静かに待つ。


「……難しいお方です。お勉強はあまりしてくれませんし、最近は剣術に凝ってらっしゃるようで、騎士のものとその稽古にかまけてばかりです」

 メイド長が大きく肩を落とす。心底嘆かわしいと言わんばかりに顔を顰めていた。


「きしになりたいのもいけないことなの?」


「当然です。侯爵家の高貴な血にふさわしくありません」


「どうして?」


「騎士には私たちのような亜人も混ざっていますのに。儀式を終えた純正なる貴族たる坊ちゃまがそこに身をやつすことは残念でしかありません」


 異形のものへの差別意識がここでも見えた。見ればそこにいる使用人たちの多くも、身体に人ならざる特徴を保持していた。メイド長も、そうなのであろうか。


「でも、」


「でもも何もありません。貴族という誇りあるものが私たちのような亜人と肩を並べるなどあってはならないことです」


「……」

 もともと、貴方たちだってその高貴な血だったんじゃないの? どうしてそんな言い方をするのだろう。悲しくなってくる。


「勉学にも励んでくださらず、逃げ出してばかりで、このままではいけないことはわかってはいるのですが、どうしたらいいか……」

 メイド長はよよよと目頭をハンカチで押さえた。


 そうやって、夢を頭ごなしに否定しているから反発されるんじゃないの、と私は言ってやりたくなった。


「シアンが見てくださった頃はまだ少しはお勉強してくれていたんですけど、いつまでも女性の使用人ばかりを側に置くわけにもまいりませんしね……」


「しあん?」


「彼女はもともとハロニカ様の身辺のお世話をしていたのです。今はお嬢さまのおつきですけれど、それでもたびたびハロニカ様の事は気に病んでいますよ」


「しあんが……」


「もっとも、彼女であっても今のハロニカ様を更生させることはできないと思いますけれど」

 メイド長はもう一度大きくため息をついた。



 ハロニカについて話を聞けば聞くほどに、よろしくない事態が見えてくる。彼と仲直りをするにはどうすればいいのかも、私は何となくだが理解した。




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