表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

第8話 私、すくすくと成長しています! 【後編】

 新事実、私たちは人間ではなかった。私たちは御伽噺の中に出てくるようなファンタジー感あふれる存在の末裔らしい。少しかっこいい。


 あれ、でも。


 そういった存在は、絵本の挿絵を見た限りでは、外見に人とは異なる固有の特徴を持っていた気がする。

 エルフは耳がとんがっていたし、ドワーフはずんぐりむっくりの体型だ。そういった共通のイメージが物語の中には含まれていた。


 しかし、私たちの外見はただの人間と変わりがない。


「えるふって、絵本にでてくるのと同じもの?」


「そうですよ。もっとも、絵本に限らずこの国の創世神話の伝承には、多くの幻想族に関するものが数多く残されていますがね」


「でも、絵本の絵と、すがたがちがうよ?」


「固定されていない動的な魂が、まず初めに引き起こす現象こそが、外見の変異です。

 魂の固定という手段が確立されていなかった時代だからこそ、祖先はその不可思議な身体的特徴に甘んじていたのですよ」


「みためがかわっちゃったら、だめなの?」


「もちろんです。放っておけば、その異形は少しずつ進行していきます」


「しんこう?」


「ええ。不安定な魂は、肉体との平衡性を保つために、身体を徐々に徐々に姿を人ならざる者へと変化させてしまうのです。

 そうやって人としての肉体を失っていき、やがてすべてを手放してしまった存在は、生命維持に必要な機能までも失ってしまい、そのまま死へと至るのです。

 つまり、祖先は魔法と言う神秘の代償として、常に崩壊と隣り合わせにありました」


「ほへえ」


 なんというホラー。そんな世界観いらないよ。


「ですが、我々は既にその欠陥からは超克しています。異形の姿に身を堕とされる呪いからは、既に解放されているのですよ」


 エリックさんは言葉の調子こそ柔らかではあったが、その言い方には、はっきりとした棘があった。


 外見の変異と言うものへの忌避感を、隠すことなく言葉の端に滲ませている。おぞましく、忌むべきものであるとでも言わんばかりの嫌悪であった。


 エリックさんの話を聞く限りでは、この世界では異世界特有の姿を持つ人には会えないのかな。

 それは残念だなあ。と思ったが彼の言葉から判断するに仕方のない事なのだろう。


 長耳とか、ちっちゃい体型とか、結構かわいくて私は好きなんだけどなとか、そんなお気軽な私の意見は到底いえそうにない。彼の話を順当に受け止めるなら、この異世界に、いわゆる亜人という身体的特徴には出会えない。


 …………いや。でも。


 ちがう。でもそこには、明らかな錯誤があることに気が付く。


 私は知っているはずではないか。そういった幻想の存在を。私が初めて自我を持った時、目の前にいた人物。私がこの世界で生きている中で、最も目にしている人物たち。


「もっとも、スカーレットはその異形の姿を毎日見ていますがね」


 エリックさんは私の背後に立つ人物にそっと指を向けた。


 私は不安という衝動にかられ、勢いよく振り返った。もちろんそこにいるのは私の愛すべき一人のメイド。


 私は、兎の耳をもつ少女の姿を視界に収める。


 彼女の外見は、明確に人とは外れたものであった。それはシアンだけの話ではない。アリスやカフルも、私の日ごろのお世話をしてくれるメイドさんたちすべてに対していえる事。


 彼女たちの姿は、まさに獣人と言って差し支えなかった。


 エリックさんが先ほど語った話を再び思い出す。


 異形。変異した肉体。徐々に崩壊する身体。外見の変質は、魂が身体へ蝕む呪い。


「しあん!」

 私の声は震えていた。どうしようもない不安が襲う。


 そんな私を見て、彼女は屈んで私と目線を合わせると、優しく微笑みかけてくれた。彼女の兎の耳が、真ん中のあたりで垂れていた。


「ふふ。お嬢さま、そんな不安そうな顔しなくても大丈夫ですわよ」


「でも……」

 視界がにじむ。感情の発露がとめられない。こんなにも私は情動的な人格だっただろうか。

 私は、明らかに弱くなった。でも、大切な人のために悲しめる方が、きっと本物なのだ。


 私は涙の溜めた目をぬぐいもせずに、シアンをみつめた。


 そんな私を彼女は慈しむような穏やかな顔つきで眺めていたが、すぐに一転して可笑しそうに笑う。


「だって、そもそも誤解ですもの」


「ふぇ?」


 空気が弛緩したことを肌で感じ取った。


 あれ? なんか、私の危惧が間違っている予感がする。わたし、何か勘違いしてる?


「スカーレット、言ったでしょう。そのための血の精錬だと」

 背中から聞こえるエリックさんの声。


「そうですわ。私達は少し遅れただけで、第一段階の変質の後には儀式を受けましたわ。ですから動物の耳や尻尾を持っているだけで、それ以上に異形と化すことはありませんわ」

 シアンも私を慰めるように語った。


 私の早とちりだった。恥ずかしっ。


 私は慌てて涙を指で拭って、何でもないように振舞う。しかし恥ずかしさから顔が熱くなった。

 むう。まあ幼児だし、泣くのも仕方ないよね!


 とりあえず、話を変えよう。恥ずかしいし。


「じゃあ、しあんもきぞくなの?」

 と、尋ねる。エリックさんの話を総括するならばそういうことになろう。


 しかし、シアンはそこで逡巡したような様子を見せた。言いにくそうに、表情を一瞬、かすかにだが歪めた。


「そうですわね。私も、この姿になる前――五歳ごろまでは貴族と言う階級に列席しておりましたわ」


 だった。シアンの言葉は過去形の形で語られた。それは、今は違うというニュアンスで。


「どうして?」


「外見の変異は絶対の禁忌ですもの。獣人の姿になった私やアリス、カフルは貴族の称号を既にはく奪されていますわ」


 彼女の声は、落ち着いたものだった。しかしその無機質な声色は押し殺した感情が漏れ出ていて、悲哀の色を感じられる。


 シアンの気持ちが痛々しい程に伝わってきた。子供の頃に肉体が変質し、それと同時に特権的身分を失うのは、どれほどの恐ろしさだろうか。


 見た目が変わってしまうという事は、この世界ではそれほど忌むべきものと認識されている。


 たとえ死に直結するものでなくなったとしても、そういった身体的特徴を持つだけで忌避されてしまうというのは、とてもかわいそうだ思う。この世界の慣習なのだから仕方のないことなのだとして、簡単に済ましたくはない。


 だが、今の私に何かできるわけではない。


 私は居た堪れなくなって、しかし謝るのもかえって嫌味のようで、何も言うことができなかった。


 反転させていた身体をエリックさんの方へと向き直った。

 エリックさんは、一度息をついてから口を開く。


「だいぶ脱線してしまいましたね。まあ、そういうわけでスカーレットはそうならないためにも三歳の誕生日に中央へいって儀式を受けてもらうわけです。そして王宮へ出向くのですから、最低限の礼儀作法を身につけましょう」


 うまく、まとめられた気がする。




 結局、今日はその場でお開きになった。時間も長いこと経過していたし、たくさんの話を聞いた私の体は疲れ果てていた。エリックさんもそんな私を多少は労わってくれたらしい。



 おっきな御屋敷の、長い長い廊下を歩きながら私は整理していた。


 一日でいろいろなことを聞いた気がする。あの伯父様は、こんな内容を二歳児の脳みそで理解できると思っているのだろうか。まあ、私は純正の二歳児ではないのだけれど。


 儀式の事。魔法の事。貴族の事。魂の事。そして、シアンたちの身体のこと。


 たくさんの話を聞いた。たくさんの疑問が一層沸いていた。知りたいことがいっぱいだ。


 だが、一番気がかりだったのは、なによりもまず私自身についてであった。


 それはずっと長い事、うすうすとは実感していた現実だった。しかし、どうにも目をそらしてきた。

 それが、今日ではっきりと突き付けられた気がする。


 私は、こんなにも感受性の強い人間だったか? 私は、こんな人格だったか? 少なくとも前世の自分は他人のために自然と涙を流せるような優れた人格ではなかった。


 幼児故の涙もろさ? それはどうにも違う気がする。


「私」という一人称だってそうだ。はじめは半分以上オフザケで使っていた。しかし、今では、すっかりと身体になじんでしまっている。はじめからこんな話し方だった、そう勘違いしてしまうほどに。


 これまで、スカーレットという人格を構成していたのは、あくまでも「前世の自分」だと理解していた。


 しかしもしかするとそれは間違いなのかもしれない。

 もっとも、ならばどういう次第となっているのか、それはわからない。


 結局、私はこの世界に対して、起こる不可思議なあらゆる現象に対して、依然として無知すぎるのだ。


 もっと貪欲に知識を求める必要がある、そう感じた一日であった。



 色々とぐるぐる考え事をしながら、私はシアンと一緒に長い廊下を歩き続ける。二人の間に特に会話はなかったが、それは私が先ほど地雷をふんだから気まずくなったという事ではなく、純粋に私が考え事に没頭しているせいであった。

 優しいシアンは、そんな私に極度に関して干渉することもなく、繋がれた私の手のひらを小さな力で握っているだけであった。


 と、私とシアンは廊下の曲がり角にあたる。考え事に没頭していたとはいえそれに気づかずぶつかるような間抜けな目に合うはずもない。シアンに手をにひかれて、左に曲がる。


 すると見つけた。何が? 少年が。 


  一人の小さな男の子が、仁王立ちで私たちの前に立ちはだかっていた。


 年は六歳くらいであろうか。まだまだ幼い子供であった。まあ私の方が幼いのだけど。しかしそこは御愛嬌。


 でも、誰だろうか。この小さな男の子は。心当たりがない。


 少年はそのあどけなさでまみれた自らの幼い容貌を、必死にしかめていた。


「お……」

 その小さな小さな男の子が口を開く。そして発せられる声。

 それは当然のごとくらまだまだ幼い高い声であった。まあ私の方が幼いのだけど。しかしそこも……ってもういいか。


「お?」


「お前なんか、だいっきらいだ!」


 少年は大声で叫ぶと、踵を返して駆け出して行った。


 ええ……なんで?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ