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天使が来りて玉を蹴る  作者: 漫遊 杏里
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変獄

「……ぃぎッ! ああああっ!!!」


 指を押し込まれた先から湧き上がる、重く鈍く、それでいてキリキリと締め付けるような痛み。堪えきれず僕は絶叫した。


「……あ……う……ひっ、ひっ……」


 一度叫んだあとは、逆に声が出なくなる。呼吸もままならない。喉の奥で息が詰まり、どうにもならない苦しさだけが全身を支配する。頭の中がどす黒く濁っていくような……なんていうかもう、アイヤーな感じ。


 けれど、そんな僕を前にして彼女は――。


「そう、この感触、この声、この姿……。素敵……想像以上に……」


 頬を紅潮させてうっとりしている。僕の苦しみを前にして、どうしてそんな……いや、やっぱりこの人、ちょっとおかしい。


「ごめんなさい……」


 急所にかけた指の動きが止まり、彼女が表情を曇らせる。


「……私、またやってしまった。許してね、とは言えないけれど……ごめんなさいね」


 そして、先ほどまでの痛烈さが嘘のように、彼女の手が優しく撫で始める。まるで宝物を扱うような、柔らかく繊細な手つき。


 不可解なことに、僕はその手に身を委ねていた。痛みが完全に引いたわけじゃない。なのに、なぜか温もりに心がほどけてしまう。今だけは……合意、なのかもしれない。いや、変な意味じゃなくて。


「……私ね、武術を習っていたの」


「武術……ですか?」


 僕をそっと抱き寄せながら、彼女は静かに語り始める。


「女子供が、大人の男に勝つ方法って何だと思う?」


 優しく刺激される僕のタマゴ。これはもう、誘導尋問以外の何物でもない。


「……急所……攻撃、ですか」


「急所ねぇ……ここかしら?」


 手首の内側に親指を押し当ててくる。


「……痛くないの?」


「ちょっとだけですけど……別に平気です」


「じゃあ、ここは?」


 今度は肘関節のツボを刺激される。……が、やっぱり大した痛みはない。


「……ウソ。内尺沢も肘詰も効かないなんて。どちらも人体の急所よ? まさか特異体質? 引かぬ、媚びぬ、省みぬ?」


 また最後に意味不明なフレーズを混ぜるこの人。でも省みることって大事だと思います。


「困ったわね……。じゃあ、釣鐘(ちょうしょう)はどうかしら」


「ちょうしょう……?」


「別名、金的」


 そう言った次の瞬間、身構える間もなく力が加わる。


「ぐあっ――!!」


 まるで内側から捻り潰されるような痛みに、僕はまた地面に倒れ込む。


「ふふっ、やっぱりそこは急所なのね」


 さっきまでの謝罪ムードはどこへやら、満面の笑みを浮かべている。


「それにしても、その反応……とても良い感度ね。素敵」


 素敵じゃない! そんな声を出したいのに、苦しさに言葉が出ない。

 今日だけで何度目だろう、この痛み。もう泣けてくる。


「ごめんなさい、ついうっかり。でも、これでわかったでしょ? 問いの答え」


「は……い……」


 消え入りそうな声で答えるしかなかった。


「そう、金的攻撃よ。でもね、私の習った武術では、本来それは女性には教えない技だったの」


 声のトーンがまた静かに落ちていく。


「『女性が金的を知れば、その快感に溺れる恐れがある』。そう言われていたの。だから心技体が全て揃った者にしか教えてはいけないと……」


「けれどそう、自分で言うのもおこがましいけれど才能あったの。呆れるほどにね。そうして技と体だけが早く仕上がって、特例として教えられることになった。師は反対だったけれど……」


 空を見上げる彼女。春の青空が、いつもより少し濃く見えた。


「そして、私は堕ちた……。金的の必殺性、優越感、征服感、感触……すべてに魅了されてしまった。ただ金的を求めてストリートファイトに明け暮れた。……そして……破門された」


「……破門」


「そう。心のないまま『術』だけを手に入れた者の末路。私は武道を学ぶべきだったのに、術に溺れてしまった」


 その表情は、どこか哀しげで。


「数えきれないほどの男性と戦ったわ。もちろん、目的は金的。だからわかるの。貴方を見た瞬間、『付いてる』って。感覚でわかるのよ」


 信じがたい話。でも、僕の女装を見抜いたのは事実。だからこそ、ここにいるんだ。男を避けるために。


「でも、まさかこんなところで……。外見が少女そのものの貴方と出会うなんて。抑えていたものが抑えきれなくなってしまったの、ごめんなさい。でも……」


 僕の顔に顔を近づけ、囁くように言う。


「想像以上だったわ。『美少女』が股間を押さえて悶える姿。……何かに再び目覚めてしまいそうだった。……とても、とても素敵――」


 その声は、やけに甘くて。


「――ねぇ、お願い。私の妹になって」



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