表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使が来りて玉を蹴る  作者: 漫遊 杏里
36/55

こうなんじゃ……

 目の前に広がる南国の風景に思わずため息をついた。海の青さと澄み渡る空、熱帯植物に囲まれた小道──見渡す限りの楽園のような風景に圧倒されていた。


「ここ、本当に僕たちだけで使っていいんですか……?」


 僕の不安そうな声に、お姉さまは優雅に微笑む。


「ええ、遠慮はいらないわ。今週はこの小島も別荘も、瑞祈のための合宿地だから」


 彼女は軽く肩をすくめてみせた。その余裕と力強さに、僕は気が引き締まるのを感じる。だが、視線を奥に向けたとき、僕は思わず立ち止まった。

 別荘の隣に見えたのは、無機質な建物──杜若グループが持つ研究施設らしい。小島に似つかわしくないほど新しく、厳かな雰囲気さえ漂わせている。中にスタッフの人影がちらほら見えるのを確認して、僕は思わずつぶやいた。


「小島に研究施設とか……これ、ゲームなら絶対悪いフラグだよね……」


「何を言っているの、瑞祈?」


 不意に後ろからお姉さまの声がして、僕はドキリとした。お姉さまは少し面白そうに僕の顔を覗き込む。


「ここでの訓練に必要なものは揃っているわ。施設もいざというときに頼ってもいいのよ。気になるなら、ちょっと見学してもいいけれど?」


 彼女の笑顔に、少しだけ不安が和らぐ。


「でも、まずは荷物を置いて、楽にしなさい。今日は学院も離れたしスカートを穿かなくていいのよ?」


「……! そうだった……!」


 学院では強制されていたスカートから解放される、それだけで気が軽くなる。出発前に言われた際にガッツポーズまでしたのに忘れてしまっていた。……それだけ島の雰囲気が良かったということで許して欲しい。誰にでもなく謝る僕。


「そうよ。せっかくの合宿だから、動きやすい服装で思う存分過ごしてほしいの」


「はい、嬉しいです!」


 開放感に胸が高鳴る。お姉さまはその変化に気づいていたのかもしれない。何かがほぐれるような、そんな自由さを少し感じた。


 島に到着し、荷物を降ろして周囲を見渡す。海の青さと白い砂浜に囲まれた別荘の明るい雰囲気が、ますます心を踊らせる。


「ここは女の子の恰好しなくていいんだ。万歳!」


 思わず声に出して叫ぶと、お姉さまは笑って振り向いた。


「その調子で、思いっきり楽しみなさい」


 その言葉に勇気をもらい、改めて今日からの合宿への期待が膨らむ。普段の学院とは違う、この自由な空間で、思う存分稽古できることが嬉しかった。


 ──

 日が西に傾き、空がオレンジ色に染まるころ、僕たちは別荘の裏庭に集まった。少しずつ涼しさが増す中、お姉さまはリラックスした様子でストレッチをしていた。


「準備はできている?」


 彼女の声が僕の心を引き締める。


「はい、頑張ります!」と力強く答えながら、僕はトレーニングウェアを身にまとい、ファールカップの装着を再確認する。今日は心の中に興奮と不安が混ざり合っていた。


「まずは基礎からやりましょうか」


 お姉さまが真剣な眼差しで僕を見つめる。夕暮れの空の下での稽古はいつもとは違う特別な感じがする。彼女が指導するというだけでやる気が自然と湧いてくる。

 最初は基本の動きから始まった。軽快なリズムで動き、心地よい汗が流れる。お姉さまの動きは力強く、美しく、どれだけ見惚れても飽きない。彼女の背中を追いかけるようにして同じ動きを繰り返す。


「いい感じよ、瑞祈。もっと力を抜いて、リズムに乗るの」


 その言葉に勇気をもらい僕はさらに動きを改善しようとする。しかし、その瞬間、僕の内心にはある不安が広がった。稽古中にお姉さまが何を考えているのか、ふと気になってしまう。少し目を逸らすと、お姉さまはその視線に気づいたようだった。


「どうしたの? 心配しなくていいわ。ここでは思い切り自分を出していいのよ」


 その言葉に後押しされ再び集中する。気持ちが軽くなり、思う存分稽古に取り組むことができた。


 ──


「さあ、次は少しコンタクトを取り入れた練習をしましょ」


 お姉さまは真剣な眼差しで僕を見つめ、攻撃の体勢を整えた。これからが本番だ。思わず気合いを入れて彼女に立ち向かう準備をする。日が沈みかける中、二人きりの稽古は、ますます心を熱くさせる。


 お姉さまは一瞬の静寂を破り、軽やかに前進してきた。彼女の動きはまるで水の流れのように滑らかで迫力がある。僕は彼女の真剣な眼差しに心を奪われ無意識のうちに身構える。


「来て!」


 声と同時にお姉さまは攻撃を仕掛けてきた。鋭い一撃を避けるため、僕は瞬時に反応し、横に身をかわす。


「いい反応ね!でも、もっとリズムを感じてみて。力任せじゃなくて、流れるように動くの」


 彼女の言葉が耳に残り、心の中で自分を奮い立たせる。今度は自分から攻撃する番だ。慎重に距離を測り、体の動きに合わせて前に出る。勢いよくパンチを繰り出すと、お姉さまは軽やかにその攻撃を受け止めた。


「悪くない!でも、もっと自分を信じて。心と体を開いて攻撃するの」


 彼女の言葉はまるで魔法のように僕の心を解放する。少しずつ自信がつき動きに余裕が生まれてくる。攻撃を重ねるごとに、お姉さまの反応も変わり、まるでダンスを踊るような感覚に包まれた。


「その調子! いい感じよ!」


 お姉さまの応援が僕の心をさらに熱くさせる。

 しかし、無邪気な笑顔の裏には、何か特別な思惑が隠されている気がして、ふと不安がよぎる。果たして彼女は、僕のことを本気で鍛えようとしているのか、それとも他の何かを企んでいるのか。考えながらも、攻撃を続けた。


 その時、彼女の目が瞬間的に光った。急に動きが加速し僕の周囲に彼女の影が渦を巻く。動きに合わせて交わすのが精一杯で冷静に考える暇もない。お姉さまは攻撃を返しながらも、微笑みを絶やさない。


「さあ、もっと来て!私を超えられるかしら?」


 挑戦的な言葉に心の奥底で沸き立つ熱がまた高まる。動きに合わせて全力で攻撃する。お姉さまの挑発に応えるべく今まで以上の力を込めて前進した。


「行きます!」


 気合いを込めて攻撃を放つ。お姉さまは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに彼女らしい余裕の表情に戻る。攻撃を受け止めると、彼女の動きは一瞬の隙を見逃さず素早く反撃に転じた。

 その瞬間、彼女の技が僕の横腹に命中する。予想外の一撃に驚きながらも、力を込めて受け止めたが、思わずよろけてしまった。すぐにバランスを取り戻すものの、心の中には緊張感が走る。


「っと、大丈夫?」


 お姉さまは心配そうに微笑みかけてきたが、その目には挑戦の色が宿っている。


「大丈夫です!もっと来てください!」


 声に力がこもる。彼女との稽古が心を強くしてくれる。


「いいわね。次は少し本気で行くわよ!」


 お姉さまの宣言とともに、次なる攻撃が始まる。僕の心は期待と緊張で高鳴り彼女との真剣勝負に向けて準備を整えるのだった。


 周囲の空気が一瞬凍りつく。彼女の目が鋭く、僕を捕らえるように見つめている。心の奥で緊張が高まり、気持ちが引き締まる。


「来なさい、瑞祈!」


 彼女の声が耳元で響くと同時に足元からエネルギーが湧き上がる。今まで以上に全力で挑む覚悟を決め、自然と身体が反応した。

 彼女の攻撃は今までのような余裕のあるものではなく、まるで隙間なく繰り出される嵐のようだった。僕は本能的に身を守りながらも動きに合わせて反撃のチャンスをうかがった。

 お姉さまのキレのあるパンチが僕の頬を掠める。その風圧を感じつつ思わず身を引く。だが、その瞬間、彼女の蹴りがこちらに向かって放たれる。目の前で繰り出される美しい弧を描く足に思わず息を呑んだ。


(今だ!)


 心の中で叫ぶと、咄嗟に体を横にずらして避け、続けて反撃のパンチを放った。お姉さまは見事にその攻撃を受け止め、瞬時に逆襲に転じる。まさに戦いは流れるようなダンスのようだ。


「いいわ! でも、もっと力を抜いてリズムを感じるの。体の動きを信じて!」


 彼女の言葉が、まるで音楽のように心の奥で響く。


「はい!」


 思い切って自分を解放し、攻撃のリズムに合わせてみる。心を開くことで、動きがどんどん軽やかになっていくのがわかる。

 お姉さまとの間に生まれる微妙な間合いを読み取る。彼女の目が光るのを見逃さず、今度は攻撃の隙を狙って踏み込む。体が自然に動き出し、初めての心地よさを感じながら、力を込めて前に出た。


「お姉さま、もう一度!」


 反撃する意志を込めて叫ぶと、彼女は微笑みながらも一瞬の緊張を漂わせた。


「来なさい、瑞祈!」


 その瞬間、僕は全力で突進する。お姉さまの身体が目の前で回転し、華麗な動きの中で反撃を防いだ。しかし、その勢いに乗って、彼女の脇をすり抜けようとした。

 直感的に感じる緊張感。その先にあるのは、勝利の美酒か、それとも敗北の痛みか。お姉さまの動きに合わせて、再度攻撃に出る。


(よし!)


 全身の力を込めて攻撃を放つ。お姉さまの瞬時の反応がすべてを支配し、僕は自分の力を信じて前に出る。

 強烈な一撃が、お姉さまの身体に命中した瞬間、彼女の驚きの表情が心に焼き付く。反撃の姿勢を崩さず再び攻撃を繰り出そうとしたとき、彼女は素早く動き出し、僕の身体を捕らえた。


「うっ!」


 驚きと共に、彼女の巧妙な技により、バランスを崩し地面に膝をついてしまう。


「ほら、そうやって動きに引っ張られない。冷静に。自分を見失わないで」


 お姉さまの声が、心を和らげる。


「わかりました!」


 再度立ち上がり心を引き締める。勝負はまだ続く。お姉さまとの稽古は、単なる力比べではなく、心を鍛える戦いでもあるのだ。


「次は私の番」


 彼女の言葉に全身が引き締まる。次の攻撃に備え、心の準備を整えながら、再び構える。


 お姉さまの眼差しが鋭さを増し緊張感が一層高まる。彼女はまるで猛獣のように次の攻撃を待っている。周囲の静けさがまるで二人だけの世界を作り出しているかのようだった。


「準備はいい?」


 彼女の声が静寂を破る。心の中で「はい!」と叫びながら、深く息を吸い込む。これからの展開がどれだけ自分を試すものになるかを理解していた。


「いくわよ!」


 お姉さまが最初に動き出す。流れるような動きで、まるで風のように素早い。僕はそれに合わせて反応し、彼女の動きを読み取ろうとする。


 彼女の拳が迫る。まさに目の前で繰り出される一撃に、全神経を集中させて防御する。だけどその瞬間、彼女は華麗に身を翻し、次の一手を放った。


「この程度で止まると思ったの?」


 彼女の挑発に負けじと気持ちが高ぶる。


「やります!」の言葉と共に反撃に転じる。お姉さまの動きに合わせて、身体を動かし、間合いを測りながら踏み込んでいく。

 次々と繰り出される彼女の攻撃。突き、蹴り、そして瞬時に変わるステップ。目の前で展開される美しい舞に心が奪われるが、ここで負けるわけにはいかない。


「もう一度よ。来なさい!」


 彼女の真剣な眼差しに応え、僕は全力で踏み込んだ。

 彼女の反応を予測し、次の一手を準備する。瞬間的な判断が求められる中、僕は思い切って突進した。


(これが、僕の全力だ!)


 全身の力を込めて強烈なパンチを放つ。お姉さまの身体がわずかに動く。

 だが、彼女はその一撃を華麗に避け、逆に僕の側面に回り込む。


「甘い!」


 彼女の言葉が耳に届くと同時に膝が腰に触れる。


「うっ!」


 瞬間、バランスを崩し、身体が崩れ落ちる。地面に膝をついた瞬間、彼女は優雅に身を翻し完璧なポジションを取り直していた。


「私の勝ちよ、瑞祈」


 その言葉には優しさと共に強さが宿っている。でも、敗北の悔しさが胸にこみ上げてくる。


(でも、次はもっと強くなって絶対に勝つ!)


 心の中で誓いを立てる。お姉さまの技術はすばらしいが、それを超えていこうという意志が僕を突き動かす。


 お姉さまは微笑んで手を差し出してくれた。


「そうね、また立ち上がりなさい。それじゃ、今日の訓練はここまで。でも、貴方の成長を見守っているわ」


 その言葉に勇気をもらい、僕は彼女の手を取る。立ち上がりながら次の挑戦に備える自分の姿を心に描く。


「次の稽古はもっと厳しいわよ。準備しておくこと!」


 彼女の言葉に新たな決意が芽生える。次こそは彼女に勝ってみせるんだ。


 ──

 稽古を終えた後、息を整えながらお姉さまと向き合う。彼女は満足げな表情を浮かべていた。


「瑞祈、今日の稽古は素晴らしかったわ。貴方の反応速度は本物よ。セレストとの稽古でも彼女の動きにしっかりついていけていたものね」


 照れくささがこみ上げてくる。お姉さまの褒め言葉は、どこか特別な響きがある。彼女の期待に応えられたことが嬉しかった。


「それに……いつもなら途中でファールカップが熱くなって辛くなることが多いのに、今日は最後まで通せたのも良かったわ」


 お姉さまの言葉に、ふと自分の股間に目をやると、カップがまだそこにしっかりと装着されているのに気づく。


「……あ、そういえばまだ熱くなってないかも……」


「ええ、そうよ。……ただ……残念ね」


 お姉さまが微笑みながら言う。


「冷やせないのはちょっと残念だわ」


「えっ、何が残念なんですか?」


 思わず驚き、首を傾げる。

 するとお姉さまはくすっと笑いながら僕の股間を──カップ越しに軽く指先で弾いた。


「だって、せっかくのチャンスじゃない。貴方の金的が冷やされているところを見られるなんて、もしかしたら一番の見どころかもしれなかったのに。あーあ、せめてカップの上からでも金的しておけばよかったわ」


 彼女の声には冗談混じりの響きがあったが、どこか本気のようにも感じられた。


(まったくこの大天使様は……)


「そ、そういうものなんですか……?」


 心の中で動揺しながらも、少し嬉しさが混じる。お姉さまのその気遣いが、僕の心をくすぐった。


「まあ、次回のお楽しみってことで」


 彼女はさらりと微笑むと、再び前を向いて歩き始めた。今後の稽古に期待が高まる──



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ