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天使が来りて玉を蹴る  作者: 漫遊 杏里
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外伝その2

 グラウンドには、女の子たちの軽快な笑い声が響いていた。

 今日は体育の授業で、皆がブルマやスパッツ姿に着替えて準備運動を始めている。初夏の陽気に空気はぬるく、肌に少し汗が滲むほど。動きやすく涼しげな格好が自然な光景の中──

 一人だけ、瑞祈は長袖のジャージ姿だった。

 寒いわけでもないのに、彼は肌を隠すようにして立っている。その姿を見てリンはふと目を細めた。


(……また目立たないようにしてる)


 彼は気づかれぬよう女子の輪に溶け込もうとするが、それが逆に違和感を生む。ブルマやスパッツでストレッチする周囲の女の子たちのなかに、一人だけ明らかに「慎重すぎる」気配をまとった存在──。


 そのとき、ふざけあう声が響いた。


「いまだっ!」


 ひとりの女子が、悪戯っぽく声を上げるや否や、小さく足を振り上げた。その蹴りは、せいぜい膝の高さ程度。からかうような軽いものだった。

 しかし──瑞祈の反応は異常に鋭かった。


「っ!!」


 彼は腰を引き、片手で股間を押さえ、反射的に一歩後ずさる。それはまるで訓練された兵士が急所を守るような、本能に刻み込まれた動作だった。


「え、なにそれ?」


「ちょっ、大げさだよー!」


 笑い声が弾ける。女子たちは顔を見合わせ、今の動作を面白がって真似しはじめる。


「そんなに警戒しなくていいじゃん!」


 瑞祈のことを「ただの女の子」と思っている彼女たちにとっては滑稽な反応に映ったのだろう。

 だがリンは、ただ静かにその様子を見つめていた。


(……やっぱり)


 あの動き。あの防御本能。知ってしまった今となっては、瑞祈のその一瞬の反応に嘘がないことがわかる。

 瑞祈は「それ」を持っている。そして、周囲の誰もが無邪気に過ごすこの場所で、彼だけが常に「狙われる可能性」にさらされているのだ。


(……そんなに敏感なの?)


 女子たちのブルマ姿は確かに無防備で無邪気だ。彼女たちにとっては股間は守るべき急所ではない。

 だけど──瑞祈にとっては違う。その「違い」が、リンの胸の中に妙な感情を芽生えさせる。


 その後、瑞祈は周囲の笑いにぎこちなく微笑みを返した。けれどその表情には、どこかうわべだけの愛想笑いのような影があった。

 見てはいけないものを見てしまったような罪悪感と、知っているからこそわかる孤独が、リンの胸に重く広がる。


(……露草くん、なんか特別かも)


 そう思ったときリンは自分の中にある「前提」が揺らぎ始めていることに気づいた。これまで彼女が無意識に抱いていた「男性器は怖くて汚らわしいもの」という感覚。

 けれど、今目の前にいる瑞祈は──

 その「それ」を持っていながら、あまりにも繊細で、臆病で、でも優しくて。


(……もっと知りたい)


 その思いは、胸の奥でじんわりと熱を帯びて広がっていった。知らなかった秘密。触れてはいけない境界線。それに一歩近づいてしまったからこそ、リンの心はもう、戻れなくなっていた──。

ちょっとでも文字数稼ぎたいのです(死

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