問う族
数日間、学院の空気はどこか落ち着かず、僕への注目がますます高まっていた。誰もが「お姉さまの妹」という立場を強調するようになり、道行く生徒たちの囁きが耳に入るたびに、僕はなんとも言えない気まずさを覚える。
「お姉さまの妹だから、当然よね」
「きっと選ばれし者なんだわ、あの子……」
まるで僕が特別な力でも持っているかのような視線──勘弁してほしいよ。僕に何も起こらなかったのはただの偶然……ある意味必然だけど……であって、他に理由なんてない。けど、それを説明することもできないから結局変な誤解だけがひとり歩きしていく。
その様子を見たサキは楽しそうに笑うけど、時折「バレたらヤバくない?」という顔をするのがまた厄介だ。僕が男だと知られるわけにはいかないから気を抜ける瞬間なんてない。
「そんな大層なことじゃないんだけどなぁ……」
溜息混じりに呟きながら、僕は稽古場へ向かう準備を始めた──
──稽古場に着くと、先に到着していたお姉さまから例の「絶対痛くないファールカップ」を渡される。あの約束がついに実現する時がきたのだ。
「はい、約束の品。某国の軍用プロテクターの試作品をベースにカスタムさせたものよ」
さすがお姉さま。どこの国かは知らないけど軍用って……。袋を開けると中には通常より一回り以上ぶ厚いファールカップが入っていた。
(……これ……その……)
恐る恐る装着してみると、案の定、股間がもっこりと不自然に膨らんでしまう。鏡に映る自分の姿を見て僕は耳まで真っ赤になった。
「……確かにこれなら痛くはなさそうだけどさ……」
問題は別のところにある。こんな大きいカップを着けたまま、どうやって堂々としていればいいの……?
そしてさらなる追い打ち──お姉さまは「ユニセックスのウェアよ」と称し、ぴっちりとしたトレーニングウェアを手渡してきた。確かに男女どちらも使えるデザインではあるが、体のラインがはっきり浮き出るこの生地は、むしろ女性を想定したような曲線美を強調する作りだ。着るだけで羞恥心が猛烈に掻き立てられる。
「ま、待ってください、これ本当に着るんですか……?」
お姉さまの無言の視線が「当然でしょ」と言っている。僕は仕方なくウェアに袖を通した。しかし、ファールカップが大きすぎて、股間の膨らみがさらに強調されてしまう。鏡に映った自分の姿を見て僕は思わずうめき声を漏らした。
「あうぅぅ……」
もう恥ずかしさの限界だ。こんな格好で他人に会うなんて無理──そう思いつつ稽古場の扉を開けると、すでに準備を整えたお姉さまが待っていた。
「えっ……?」
思わず言葉を失った。お姉さまも、同じファールカップを装着していたのだ。
「お、お姉さま……それ、どうして……?」
彼女の股間は僕と同じように不自然な膨らみを帯びている。本来スッキリしているはずの場所が、こんもりと盛り上がったことで生まれる奇妙なコントラスト。女性らしい肢体の中になんとも浮いた異物感に僕はどこか言いようのない気まずさを覚え無意識に視線を泳がせた。
「あら、何か問題でも?」
涼しい顔でそう言うお姉さまに僕は慌てて首を振るしかない。
「い、いえ……別に……」
だが心臓が早鐘のように脈打ち、冷静を保つのが精一杯だ。お姉さまは僕の動揺を面白がっているのか少し意地悪く笑みを浮かべた。
「瑞祈、女性の股間を蹴れる?」
彼女の言葉に、僕はさらに追い詰められる気分になる。
「え……それは……」
答えに詰まる僕にお姉さまは一歩近づく。その動作が妙に艶めかしく、膨らんだファールカップが擦れ合うわずかな音が耳に届くたび、頭の中が混乱する。女性である彼女の股間が自分と同じように膨らんでいる──その異様さがどこか淫靡に思えてしまうのだ。
「稽古だからと言ってもいざという時には金的攻撃も含めるの。貴方、生身の女の股間を狙うことができるかしら? ほら、集中なさい。あなたが防具の意味を本当に理解しているか確かめてあげる」
彼女は静かに言い放ち僕の視線をそのまま固定した。
「……ちなみに、あなたのカップ、ちゃんと密着してる?」
「え……?」
お姉さまの言葉に僕は一瞬わからず口を開いた。
「ウェアの上からじゃ意味がないの。スリットからちゃんと出して装着しなさい──でないと守るべきところが守れないわよ?」
その言葉に、顔から火が出そうになる。
(まさか……そんな……)
お姉さまが手招きする。
「ほら、やり方を教えてあげるわ」
僕は完全に逃げ場を失った。
お姉さまの手によって僕のウェアのスリットがぐいっと引き開かれた。その中から引っ張り出された金的に彼女は淡々とカップを押し当てる。
「さあ、しっかり装着するわよ」
冷たく、金属的な感触が肌にじかに伝わってくる。外側の硬質な素材とは裏腹に内側にはやわらかなクッションが仕込まれていて異様な快適ささえ感じさせる。しかし、それが逆に居心地の悪さを増幅させる。
「……これ、本当に必要なんですか?」
僕は半ば泣きそうな顔で訴えるがお姉さまは口元に妖しい笑みを浮かべるだけだった。
「もちろん。軍用の技術を応用した特別製よ。安全性の保証はするわ──それに、これを付ければ私の蹴りも恐くないでしょ?」
金的蹴りが恐くなくなるのはありがたいけど……問題は、付けた状態で他人に見られたら、間違いなく心が折れるということだ。
「それにね、瑞祈」
お姉さまが耳元で囁く。その声はどこかぞくりとするほど甘美な響きを帯びていた。
「これ、あなたの『命』を守るためのものでもあるのよ」
「……えっ?」
意味深な言葉に僕は思わず彼女の顔を見上げる。だが、彼女は何も答えずただ優雅に微笑むだけだった。
──稽古場の床は冷たく、空気には緊張感が漂っていた。お姉さまの指導は本気だ。僕が甘さを見せるたびに、容赦なくその隙を突いてくる。
「基本がすべてよ。何事も基礎を疎かにしてはダメ」
お姉さまはそんな言葉とともに僕に構えの重要性を叩き込んできた。重心のバランスを保つこと、相手の動きを読むこと、そして攻めと守りの両立……理屈ではわかるけど、実践となると途端に難しい。
「次は蹴りの練習から」
僕が蹴るたびにお姉さまはスムーズに受け流す。足の運びが優雅で、まるで踊っているようだ。僕も必死に真似をするけどそのたびに思い知ることがある。蹴りの瞬間に股間がガラ空きになるという恐怖だ。
「──あっ!」
僕が一瞬でも気を抜くと即座にお姉さまの足が飛んできた。重い音を立ててファールカップに直撃する。
バチンッ!
「ほらね、攻めるときは防御が甘くなるの。金的はその典型」
そう言ってお姉さまは僕の姿勢の崩れを指摘するようにもう一度軽く蹴りを入れる。何度もファールカップ越しに直撃される……けど本当に痛くない。最初に蹴りが入った際は思わず目を瞑り、やってくるだろうあの痛みに備えたけどもそれが来なかったことに感動すらおぼえたくらいだ。だって、流しg……金的蹴りが完全に入ったのにだよ?
だけど、その度に僕は股間の無防備さを思い知らされる。
(本当に守りにくい……これ、どうすればいいんだ……?)
蹴りを繰り出すたび、ガラ空きになった股間を狙われ、カップの中で軽い衝撃が響く。冷や汗が背中を伝う。普通の状況なら悶絶ものだろうけどファールカップのおかげで僕は耐えられた。感謝の気持ちがじわじわ湧いてくる。
(このファールカップがなかったら……死んでたかも……)
「ほら、もっと素早く!」
お姉さまの鋭い声が飛んできた。僕は焦って蹴りを繰り出すが、またも股間が空く。その隙を見逃すお姉さまではない。
バチンッ! バチンッ!
容赦なく飛んでくる蹴り。ファールカップがなければ何度床に転がっていただろう。冷や汗を流しながら僕はファールカップに手を当てた。衝撃が来ても痛くないどころか安心感すら覚え始める。
(これがなかったら僕……どうなってたんだろう……?)
「分かってきたかしら?」
お姉さまは僕の顔をじっと見つめる。冷たい視線に隠れた微かな笑み。僕が感じ取っている戸惑いや安堵をすべて見透かしているのだろう。
「ええ……なんとなく……」
僕は息を整えながらもう一度構え直す。攻めたいけど守らなきゃいけない――この絶妙なバランスの難しさ。何度も蹴り込まれた股間はガードされているものの、精神的な疲れは積もっていく。
「まだ終わらないわよ?」
お姉さまの鋭い目が光る。僕は小さくため息をつきながらもう一度立ち上がった。
(絶対痛くないファールカップ……様様なのです……)
──稽古が続くうちに、僕は股間にじわじわとした違和感を覚え始めた。
(なんだろう……なんか、熱い……?)
ファールカップの内側が少しずつ温かくなり、それが「温かい」を通り越して「熱い」に変わっていく。汗と摩擦が熱をこもらせ、動けば動くほどカップの中はサウナ状態になっていった。集中力はじわじわと削られ、次第に熱さ以外のことが考えられなくなる。
「くっ……!」
思わず片手を股間に当てたその瞬間──
「休憩にしましょ」
お姉さまの声がまるで僕の限界を見越していたかのように響いた。
僕は迷う暇もなく熱を持ったファールカップを外そうとした。だが、カップを外せば当然金的が丸出しになる。それを一瞬ためらったけども──
(こんなに熱くちゃ、もう無理……!)
焦りと羞恥心を振り切り急いでカップを引き剥がした瞬間──
「アチッ!」
金属コーティングされたカップの内側は想像以上に熱くなっていて、思わず声が漏れる。金的がむき出しのままだがそれを気にしている余裕などない。股間を両手で仰いで冷やそうとする僕の姿にお姉さまがくすっと笑ったのが聞こえた
「そのファールカップの素材、まだ研究段階の試作品なのよ」
お姉さまは優雅な所作で自分のカップを触り、問題なさそうに指で軽く叩いた。
「完成品は手に入らなかったの。残念ながらこれは一定時間で急激に熱を帯びる欠陥があるのよ」
「な、なんで教えてくれなかったんですか……!」
僕は息を荒げながら文句を言ったが、お姉さまは涼しげな顔のままだ。
「私のはまだ熱くなっていないわ。無駄な動きで体温を上げたりしていないから。それに、私の股間には……当然、包むべき金的が存在しない」
お姉さまのその言葉になんだか僕だけが無駄に苦労している気がして悔しくなる。とはいえ──彼女の言う通りだった。僕の金的がカップに直接押し付けられてむしろ熱が集中していたことに気づく。
「……でもね、それだけじゃないのよ」
お姉さまは僕の顔を覗き込むように言った。
「瑞祈の金的は普通の男性のものより神経が極度に発達していて尚且つ活発。つまり、ちょっとした摩擦や温度変化にも敏感。それでいて金的自体が熱を持ちやすい……」
そんな事実を冷静に言わないでほしい……。僕は羞恥心で耳まで真っ赤になりながらもじもじと股間を隠そうとした。
「ほら、服を脱ぎなさい。そのままだと危険よ」
「えぇぇ……!?」
お姉さまの命令に抵抗するもその冷静な眼差しに逆らえない。仕方なくトレーニングウェアを脱ぎ、熱を持った股間をお姉さまにさらしてしまう。
「……我慢なさい。冷やしてあげるわ」
彼女は冷たいタオルを手に取り、僕の金的にそっと当てた。
「っ……!」
思わず声が漏れそうになるのを必死で堪える。冷たさに加え感度のせいで思いのほかビリッとくる感覚が襲ってきた。
「大丈夫、落ち着いて。少しの間だけだから」
お姉さまの声はどこまでも冷静で妙な安心感がある。恥ずかしいのにその冷やす感触に妙な安堵感が込み上げてくる。
「これで少しは学べたかしら?」
お姉さまは僕の顔を覗き込みながら、わずかに笑みを浮かべた。
「自分の急所がどれだけ脆く、守るのが難しいかを」
僕は返事をする余裕もなくただひたすら冷やされることに集中するしかなかった。心の中で「何なんなのこの稽古……」と呟きつつもどこかで──この奇妙な経験が僕の何かを変える予感がしていた。
「……!」
冷たさが、熱を持った金的にじんわりと沁み込む。その瞬間、思わず体が震えた。
「動かないで、瑞祈。ちゃんと冷やさないとダメよ」
その言葉にはどこか優しさがあって僕の緊張を少しだけ解いてくれる。だけど同時に、まるでこの状況を楽しんでいるかのような余裕も感じられる。
「ふふ……でも、瑞祈の金的を冷やしてあげるのは、私の役目だもの」
「えっ……?」
顔が一気に熱くなる。お姉さまは何気ない仕草で、タオルの端を整えながらも絶妙な位置にそれを当て直した。
「心配しないで。ちゃんとタオル越しだから、私は見ないわよ」
その言葉に少しだけ安心する……いや、そう思おうとしているだけかもしれない。でも彼女の指先が、タオル越しにほんの少し僕の股間に触れるたび、胸がざわついて仕方なかった。
「ああ、瑞祈って……本当に敏感なのね……素敵……」
お姉さまはまるで独り言のように呟く。その声は楽しそうで、それでいてどこか優しさも混じっている。
(でもほっとくと恍惚に割合を持っていかれそうな表情でもあるけど……)
「ほら、もう少しだけ。ちゃんと冷やしておかないとまた熱くなっちゃうわよ?」
僕は返事もできずただタオルの冷たさを感じながら静かに息をついた。この瞬間だけは──意地悪さと優しさが入り混じった彼女の手に素直に甘えるしかなかった。




