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天使が来りて玉を蹴る  作者: 漫遊 杏里
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喘域

 人目を避けるため、少し茂みに移動していた。肩を借りてほんの少し歩いただけなのに、体力の消耗は尋常じゃない。僕はただ、蹲って股間を押さえるしかなかった。

「ここなら……」と彼女がそう言い終える前に、僕は膝から崩れ落ちた。立っていられるはずがない。

 すると腰の辺りにひんやりとした感触……服越しでも、彼女の手が腰に触れるのを感じた。それはひんやりとしていてどこか温もりもあり、そして柔らかかった。優しく、そっと撫でられる感触。そんな手つきで彼女は僕の腰を擦ってくれるのだった。

 ――救われるような気がした。矛盾しているけど、僕をこんな目に遭わせたその人に慰められて、少しだけ気が楽になったのだ。


「大丈夫、落ち着くまでこうしていてあげるから……。それと……ごめんなさい……」


 柔らかな日差しの元で僕等はゆったりとした時間の中にいた。これが癒しの空間というものなんだろうか。……股間の痛みさえなければ断定形になっていたと思う。


 ――

 やがて、どれほどの時間が経ったのか、少しだけ我慢できるようになった。まだ歩くのも辛いくらいだけど。


「ありがとうございます。だいぶ良くなりましたから……」


 呼吸はまだ乱れていたが、何とか言葉にできた。彼女はすっと立ち上がると、


「ここで横になってて、すぐ水と薬を持ってくるから」


 そう言ってその場を離れていった。

 木陰に横たわり、空を仰ぐ。太陽はすっかり高く登っていて……初日から大遅刻だった。でも、そんなことがどうでもよくなるくらい、頭の中は彼女のことでいっぱいだった。

 ……少し余裕ができたせいか思い返すけど、自分は女顔で、声も女の子っぽい。そんな自信があったけど、それって男としてはどうなんだろう……。

 それでも、考えの終着点はやっぱり彼女。あの美しい存在。

 ……そして、股間の痛み。


(どうしてあんなことをして、その後介抱までしてくれたんだろう?)


 普通なら、男だと分かった時点で誰かに報告したり、排除しようとするはずだ。それなのに、謝罪までされた。


(……にしてもいきなり股間蹴るのは酷いよね)


 でも、でもあんな綺麗な人に謝られたらなんとなく怒るのも変に遠慮しちゃうというか……。

 そんなことを考えているうちに彼女が戻ってきた。


「水飲める?」


 ペットボトルを差し出す際心配そうに尋ねる。


「吐きそうになったら遠慮しないで」


「……はい、ありがとうございます」


「それとこれ薬ね」


 手渡されたのは、赤いカプセルと青いカプセル。


「赤と青、好きな方を飲んでいいわ。どちらも貴方の痛みを消すのに役立つことには変わらないから」


(好きな方?)


 不思議な言い回しだ。普通こういうとき飲む側に選ばせたりしない。僕の困惑を察したのか、彼女はフフッと笑みを浮かべる。


「それはね、赤いのは普通の鎮痛剤。気休め程度かもしれないけど痛みを和らげてくれるわ。そしてね……。そして、青いカプセルは真実の世界に目覚めるものなの。この世は実はコンピューターの作り出した夢の世界で現実世界は別にある。それはとても無残で凄惨な世界。でも、貴方が股間を蹴られたという夢から解放される。つまりは痛みもなくなる。そういうわけ」


(……なんか一昔前に流行ったSF映画そのものな流れのような……)


「この世界は誰かの作った箱庭かもしれない。超知的生命体のシミュレーション、そんな説もあるくらいだし。現実なんてもともと曖昧なものなのよ」


……なんだか話のスケールがでかい。


「……ま、そんな突飛なこと言われて急に決めろだなんて困惑するわよね。だから冷やされてる間に考えてくれればいいわ」


 そう言うと彼女は徐にスカートを捲り上げだした!?


「ええっ!? ちょっと!!」


 まさか、と思った次の瞬間、彼女は僕のスカートに手を伸ばし下着にまで手をかけてきた。


「ふ〜ん、スパッツと二枚履きか。下着はちゃんと女物……フフッ、可愛い。こういうの、好みなの?」


「ちょっと、やめてくれませんか……」


 言いかけた言葉は、彼女の手の感触で止まった。彼女の長い指が、僕の……その……敏感なところをそっと撫でたのだ。


「大丈夫、怖がらなくていいのよ。いい子だから……ね?」


 彼女の指先は、ベルベットのような優しさで僕の急所を撫でる。


「ひゃんっ……」


 情けない声が漏れる。


「……クリファね」


 聞き慣れない単語に戸惑う僕。


「気にしないで。ちゃんと体内に入り込んでないし、潰れてもない。少し腫れるだろうけど、無事よ」


「ありがとうございます……」


 無事なのはありがたいが、羞恥と混乱で頭がいっぱいだ。


「離してくれますか? 手……」


「……あら」


 彼女は名残惜しそうに僕を見下ろした。


「少し楽しみたかっただけ。ダメ?」


 そのまま、指で胡桃を軽く揉むように扱く。


「ふぁ……」


 さっきよりも意識がはっきりしてきた分、恥ずかしさが一気に押し寄せてくる。でも、逃げられない。


「とてもいい反応ね……。もっと続けたいけど、そろそろ終わりにするわ」


 彼女はそう言うと、指で片方の胡桃をキュッと捻った。


「ッ!!!」


 抉られるような激痛に、再び崩れ落ちる。でも、彼女はすぐに僕を優しく抱きしめてくれた。


「……ごめんなさい。どうしても我慢できなくて……痛かったでしょ。本当にごめんなさい。泣いてもいいから……」


 彼女は僕の頭を撫で、包み込むように抱きしめ続けた――。




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