股制者
「たしかに金的は絶対。たった一ヶ所の変更なのに、金的のアリとナシじゃ組手の内容がガラリと変わってしまうくらい――」
「ですよね……」
「まぁまぁ最後まで聞いて。でも、だからといって貴方がそこまで意気阻喪に陥ることもないと思うの。たとえばそう……既に何度か体育の授業受けたでしょうけど、どうだった? 正直楽勝じゃなかったかしら?」
なんだか返答し辛い僕に代わって菖蒲さんは続ける。
「女に遠慮して言いにくいのでしょうけれど、思ったでしょ? 貴方みたいな男性として肉体的に恵まれていないタイプでも。……そんなものよ、女って。ひょっとしたらあの大天使様だって言ったんじゃない? 『女は男に勝てない』的な」
!? 以前、お姉さまに言われたのを言い当てるなんて。なんでこう丸っとお見通しなのか。……このひともエスパーなんだろうか……。でも、お姉さまは……――。
「女は男に勝てない。でも、それを逆転させるのが金的。とか言われた?」
……やっぱりエスパーだ。
「なるほど……。小狡い真似を……そうきたかってカンジよね、ホント……」
意味深げな溜息ひとつ、肩を落としながら菖蒲さんは言った。
ヤレヤレといったカンジにもうひとつ溜息。でも、その仕草がなんとなしお姉さまとダブるよう見えた。やはりどことなく似てる。
「……ところで、菖蒲さんはお姉さまとはどういう関係なんですか?」
「あぁ、そうね。そっちから先に話そうかしら。一言に言えば親戚。家同士そんなに仲の良い間柄ではないけれど、近しくはあるから色々とね。……あぁ、私個人としては彼女のことそんな嫌いじゃないだけど」
――
その後話してくれた内容の中に、お姉さまがかつて習っていたのはどうやら彼女たちの一族で受け継がれてきた古武道らしいことが含まれていた。ただ、どうも菖蒲さんの家は行っていないとか。……そして、お姉さまが金的攻撃に魅入られて破門されたことも……。
「……杜若家は特別大きいところでしょ? しかも彼女は次期党首。注目される分だけ悪いこともイヤでも多少は入ってくるというか……。勿論、外には漏れないようしてるでしょうけど」
「確かに……ちょっとアレな趣味……ですからね……」
「趣味というより性癖……立派な性加害よ。それとも『ご褒美』って思うタイプだったり?」
「いえ、違います! そんな……!」
危ない危ない。変な人認定されないためにきっぱりと否定した。
「そう、良かった。……ひょっとしたら貴方にとってはそうでない方がいいもかもしれないけれど。……でも私は男性の性被害を、本気にしろ茶化してにしろ、『ご褒美』とか呼ぶのは嫌い」
言われてみればそういう傾向はあるかもしれない。逆セクハラの場合なんとなし笑いにされてしまうというか……そもそも、「逆」セクハラという呼称自体がセクハラ的というか。セクハラの主体は男という前提がなんとなしもにょる。……なにせ僕自身がお姉さまに割とセクハラ三昧されてるせいもある。
……ひょっとして菖蒲さんてお姉さまより僕に理解がある? 多分僕にセクハラしないだろうし。なんといっても金的しないのは大きい。金的しないのは本当に大きい。…………それが普通なんだけど。……泣ける。
「今度は私から訊ねてもいい? 大天使様の性欲、金的欲求はどう解消してるのかしら? しょっちゅう蹴られてるようでもないし、貴方自身は金的されるのイヤみたいだし……」
「それは――」
――
「――というわけです……」
僕は二人の約束を話すことにした。お姉さまから武道を習うこと、金的は普段の稽古では絶対痛くない防具を用意した上で行うこと。……お姉さまの望むような金的は月に一度、修行の成果を図る際のみに限定したこと。
(実際はじみーにセクハラ受けてる気するけど……)
「なぁる……。でも、勝算あるの? 格闘技に限ったわけじゃないけれど、彼女はまさに天才よ?」
「それは……」
「ううん、月一に抑えられたことを褒めるべきね。きっとゼロにはできなかったでしょうし。むしろ面白いアイディア。それにそう、月に一度で思い出したわ……――」
「菖蒲!!」
その場を、空間を引き裂くような言葉。その主は本当に空間を切り裂いて現れたかに思わせる。……なにせニンジャマスターだし。
「あら、これはこれはご機嫌よう。ガウリール様」
「瑞祈から離れなさい」
こうも露骨、ガウリールたるお姉さまが無条件的に苛立ちを表にするなんておそらく他にあるまい。せいぜい十秒二十秒で両家の関係はともかく、両者のそれは少し把握できた気がする。
「まったくヒドイ……お姉さまの大事な妹に手出しするつもりなんて毛頭……むしろ足先ひとつ上げるつもりもない分、お姉さまより大事に扱って……――」
「菖蒲!!」
「やれやれ、怖い怖い。それじゃね、露草さん」
近づくや菖蒲さんはそっと僕に耳打ちした。
「……『ひの七日間』に……」
次の光景は驚くべきものだった。お姉さまは菖蒲さんに向けて突きを。けれど、僕が本当に驚かされたのは、お姉さまがきっと本気で放ったであろう拳を菖蒲さんは躱したことだ。あの完璧星人のジャブみたいなスピードで飛んでくるストレートをだよ? ……菖蒲さんは武道やってない筈じゃ……。
「ホント怖い怖い。ご機嫌よう、ミカお姉さま」
言うや彼女は消えてしまった。……いや、僕が呆気に取られていたせいで記憶があやふやになってそう感じただけなんだろうけど。気付くとその姿はどこにも見えなくなっていた。
「瑞祈!」
ちょっと苦しいくらいの力で僕を抱きしめるお姉さま。
「大丈夫? 何もされてない?」
覗き込んでくる深い、アメジストとオブシダンのいいとこ取りみたいな瞳。
「良かった。……本当に……本当に」
ちょっとオーバーなくらい心配してくれてる。それだけ菖蒲さんとは何かあるのだろうか。菖蒲さんの方はそうも嫌ってる風でもなかったけども……。
でも伝わってくる、触ると陶器みたいにひんやりしているのに不思議と温かみを感じる手。その手が僕を包み込んでいたのが脚の間に滑り込んできて急所の卵を……。
「……ん! って、もーっ!」
「……ダメ? ほら、やっぱり心配じゃない。無事を確かめたくて」
「ダメに決まってます!」
……まったくこの人は油断も隙も……。